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最新更新日:2014-04-01

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手記:短くも濃密だったカンボジアでの4日間
ツアーに参加した会員有志一同。アンコールワット遺跡にて
カンボジア・スタディツアーの目的
カンボジアに渡ったFreeWill会員有志一同(以下、私たち)にとって、今回のツアーの目的は二つありました。一つ目は、もちろんルッセイスロックFreeWill学校の贈呈式に参加すること。そして二つ目の目的は、普段あまり意識することもなく過ごしてきて、今回、FreeWillプロモーションのおかげで縁ができた、カンボジアという国について知ることでした。
残酷な歴史の爪痕
私たちは贈呈式典に参加したあと、「トゥール・スレン(S21)」という刑務所の史跡を訪ねました。ここは元々は高校でしたが、1970年代後半、悪名高いポルポト政権が政治犯を収容し、拷問する場所に造り替えたのだそうです。もう30年以上も前の出来事なのに、未だあちこちにどす黒い血痕が残っていました。

原始共産制回帰を目指し革命を起こしたポルポトと彼の秘密警察、クメール・ルージュは、肉体労働に従事していない都市居住者を目の敵にし、のちに「メコンのヒトラー」と呼ばれる残虐非道な手段で、100万人以上の人々の命を奪いました(一説によれば300万人以上)。また、「革命に学問は不要」という方針のもと、特に教師や医師などのインテリ層(眼鏡をかけた者、手の綺麗な者)がターゲットにされたため、カンボジアには、それから長いあいだ、「教師」や「学校」が不在となってしまいました。

カンボジアには、各地に大量虐殺の刑場跡が残っていますが、このトゥール・スレンに付属する刑場として造られたのが、有名なチュンエクの「キリング・フィールド」です。広域にわたって放置された遺体の一部を掘り起こしたあとに、美しい慰霊塔が建っています。中には数百もの頭蓋骨が積み上げられていました。
トゥール・スレンの牢獄
トゥール・スレンの牢獄
キリング・フィールド入口(背景に慰霊塔)
キリング・フィールド入口
(背景に慰霊塔)
慰霊塔内に転がる虐殺犠牲者の頭蓋骨
慰霊塔内に転がる虐殺犠牲者の頭蓋骨

孤児院でホッとひといき
まだ生々しい傷跡を残す両史跡とも、あまりにも残酷で、すっかり意気消沈気味になってしまった私たちでしたが、最後に「CCH」という施設を訪れ、子どもたちの笑顔に触れることで少し元気を回復しました。CCHは、2002年に【JHP 学校をつくる会】様が建てた孤児院です。ここにいる子どもたちのほとんどは、かつてストリート・チルドレンでしたが、この孤児院のおかげで教育を受けることができ、その後、大学に進学した卒業生たちもいるそうです。
CCHの子どもたちと その1
CCHの子どもたちと その2
CCHの子どもたちと その3

「日本の遊び」を通じて、生徒さんたちと交流会
カンボジア、カンダール県にあるルッセイスロック中学校が、FreeWillプロモーションによる追加支援で校舎を建てる学校として決定しました。この中学校はプノンペンから1時間圏内にあります。2004年にルッセイスロック小学校の敷地内に開校しましたが、現在まで校舎がなく、同小学校の2教室と1キロ先にあるチューティアル小学校の5教室を間借りする形で、7クラスの授業を行っています。
近隣の4つの小学校から入学者があるため、ここ数年で100名近い新入生が入ってきます。このままでは教室を貸している小学校のほうでも教室不足が起こりそうな状況であり、また最も近い他の中学校でも7キロ以上離れているため、この地域での同校の重要度は非常に高く、今回の支援校に決定したものです。なお、支援の内容は、1棟5教室、トイレ5室、備品(黒板、机、椅子)です。
CCHの子どもたちと その4
CCHの子どもたちと その5
学校教材の卸業を営まれている、光文堂・岩井千代子様のご厚意によりご寄付頂いた文房具を校長先生に寄贈しました。交流会で現地の子どもたちが大喜びした「折り紙」や「シャボン玉」の一部も、岩井様から頂きました

CCHの子どもたちと その6
CCHの子どもたちと その7

▲ 学校教材の卸業を営まれている、光文堂・岩井千代子様のご厚意によりご寄付頂いた文房具を校長先生に寄贈しました。交流会で現地の子どもたちが大喜びした「折り紙」や「シャボン玉」の一部も、岩井様から頂きました
教育がないということ、夢を描けないということ
将来の夢は?との問いに、子どもたちのほぼ全員が、「先生になりたい」「お医者さんになりたい」と答えていたのが印象に残ります。本来、可能性が360度、全方向に開かれている筈の子どもたちなのに、カンボジアでは「夢」にさえ多様性を持つことができないのでしょうか。知らないから想像すらできない。また、たとえ想像することができたとしても、学びの環境がほとんどないカンボジアでは、教育の門が狭すぎます。
日常的に渋滞するカンボジアの市街地
日常的に渋滞するカンボジアの市街地
アンコールワット遺跡で見かけた僧侶
アンコールワット遺跡で見かけた僧侶
市民の足は、自転車、バイクなどが多い
市民の足は、自転車、バイクなどが多い

現地の人たちとの交流を通じ、肌から吸収したこと
「贈呈式で学校名が見えた時には涙が出た」「まさに感動した!」「子どもたちの純粋な笑顔に感動し、涙が出てきました」「いたたまれない気持ちで胸が痛くなった」「私の給与の端数で、どこかの誰かを助けているということが実感できた」

話を読み聞きすることと、現地の人たちとの交流から感じる実感には、大きな隔たりがあります。こうして参加者各自が様々な思いを胸に、短くも濃厚なツアー日程を終えましたが、つくづく『日本は恵まれている!』ということを実感した4日間でした。ここで感じたことを忘れることなく、明日からの我が身の行動に活かしていければと思わずにいられません。
北條 総子(社会貢献推進部/FreeWill運営委員)北條 総子(社会貢献推進部/FreeWill運営委員)