オフィスにいても、家に帰っても、私たちの身の回りは化学物質でいっぱい。天然素材100%のものは冷蔵庫の中の生鮮食品くらいで、他はみな化学物質を加えたり、組み合わせてできた人工的な品物です。いまや化学物質なしでは成り立たない私たちの生活。でも、化学物質の中には人間の体に蓄積してがんの原因になるものや、地面や海にばらまかれると生き物が住めなくなるものもあります。そんな有害物質はすでに法律で規制されているから大丈夫...とみなさん、漠然と思っているでしょうが、実はそんなに安心はできないのです。 世の中に出回る化学物質の数は10万を超えると言われます。そのうち安全性がわかっているのは1980年代以降に出てきた新しい物質だけで、以前から使われていた物質は、長い間使っていてとくに問題が起きてない...という程度の根拠で使用が許されているのです。また、薬品や化学原料などには一応の規制の網が張られていますが、完成品として仕上がった製品に含まれる化学物質については、製造元や販売元でもすべてを把握しているわけではありません。化学物質に対してこんなにアバウトでよいのか!と、EUで化学物質を厳重に管理する法規制ができあがりました。それがREACH規制※1です。
スウェーデンのある靴メーカーが、プラスチック製のサンダルに規制対象の物質が含まれているのに開示をしなかったという理由でNGOから訴えられました。このため、この靴メーカーは、サンダルを直ちに市場から回収させられました。この出来事は、REACH規制の必要性をわかりやすく表しています。REACHでは、人体や環境への危険性が危ぶまれる物質(高懸念物質)が含まれている場合、消費者の要求から45日以内にその安全性について情報を開示しなければなりません。「製品に含まれる化学物質の使用状況を明らかにし、正確な情報を届け出て、消費者にも開示しなければ、その製品はEUでは販売不可...」なのです。こんな風にあらゆる物質について届けさせるのは、安全性がわからない新しい物質が流通しないように、また、既存の物質でも「これは危険!」とわかった時点にすぐに販売を中止できるように、という意味があります。
生活者の視点からすれば、なるほどナットクのありがたい規制ですが、一方のメーカー側では「EUがまたドえらい規制を作った!」とパニックになりました。というのも、この規制のおかげで、化学物質を直接扱っていない川下企業も、1,500以上の規制物質の量と使用方法を製品ごとにデータベース(DB)化しなければならなくなりました。しかも、その情報はそもそも川上の化学原料メーカーが握っている情報で、川下の製造元や販売元には明らかにされていないのです...。
一部では、この規制は日本の製造業をイジメる手段だと噂されています。というのも、EUでは化学原料の生産は大手3社による寡占状態ですが、日本の化学品原料メーカーは130~140社あり、しかも、その多くが中小零細企業。各社がそれぞれに膨大な化学物質データと格闘し、さらに、製品メーカーや販売会社は複数のサプライヤーから収集した煩雑な情報を整理して...そんな作業に追われたら、業界全体としても大変な手間とコストです(それでなくても日本は人件費が高いのに...)。
REACHがイジメかどうかはさておいて、この規制で日本製品の競争力を落とすわけにはいかない!と「JAMP」※2という組織が立ち上がりました。日本の電機、化学、精密機械などの企業17社の発案で、業界横断で共通の化学物質ツールをつくり、無駄なく効率的に情報管理をしようという組織です。従来からある「ライバル企業」「異業種」という分厚い壁をとっぱらった世界でもめずらしい取り組みです。リコーは当初からの発起人企業のひとつで、もともと持っていた化学物質ツールや情報システムのノウハウを惜しみなく提供し、JAMPのシステム構築に積極的に協力。 JAMPの化学物質情報ポータルサイトは、2009年6月にめでたく立ち上がりました。 REACHは、いまや人間の生活と切っても切れなくなった化学物質をもっとよく知り、もっと上手に付き合っていこうとする考えから生まれました。地球とそこに生きる生き物を守るために、たった一人の人間ができることは限られています。「みんなでできることはみんなでやる」...それが環境活動の基本なんですよね。