AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 29, 2004, Vol.306


根の先端から受け取る(Getting from the Tip of the Root)

オーキシンホルモンのシグナル伝達は、通常植物の先端から根の方へ移動し、その 途上で広範囲の成長に関する事象を指示する。オーキシン輸送の極性はオーキシン 流出のキャリアであるPINの非対称性の局在化によって行われる。細胞のある一方の 端にのみPINを局在化させるものがFrimelたち(p.862;KaplinskyとBartonによる展望 記事参照)によって説明されている。PINOIDキナーゼがPINオーキシン流出キャリア の局在化を制御しており、細胞の一方の端、或いは他方の端にキャリアを運んだ り、オーキシンの流れの方向を制御したりしている。(KU)
A PINOID-Dependent Binary Switch in Apical-Basal PIN Polar Targeting Directs Auxin Efflux
   Jirí Friml, Xiong Yang, Marta Michniewicz, Dolf Weijers, Ab Quint, Olaf Tietz, René Benjamins, Pieter B. F. Ouwerkerk, Karin Ljung, Göran Sandberg, Paul J. J. Hooykaas, Klaus Palme, and Remko Offringa
p. 862-865.
PLANT BIOLOGY:
Plant Acupuncture: Sticking PINs in the Right Places

   Nicholas J. Kaplinsky and M. Kathryn Barton
p. 822-823.

背景の波を見る(Seeing Waves in the Background)

宇宙マイクロ波背景輻射(cosmic microwave background CMB) は、およそ1mmの波 長にピークを有しているのだが、熱いビッグバンの残骸を表していると考えられて いる。Cosmic Background Imager は、13 要素からなる干渉計であるが、チリアン デス山脈の乾燥して暗い Chajnantor 高原の標高 5000m の地点に設置され、2002年 9月から2004年5月までのこの輻射の偏光を観測した。Readhead たち (p.836, 2004 年10月7日のオンライン発行版。表紙、Seife による 10月8日のニュース記事参照) は、偏光のデータがダークエネルギーとダークマターとに支配された平坦な宇宙と 矛盾のないことを見いだした(すなわち、標準モデルと矛盾しない)。宇宙の初期に 存在した密度揺らぎは断熱的であり、インフレーションモデルと一致してい る。(Wt)
Polarization Observations with the Cosmic Background Imager
   A. C. S. Readhead, S. T. Myers, T. J. Pearson, J. L. Sievers, B. S. Mason, C. R. Contaldi, J. R. Bond, R. Bustos, P. Altamirano, C. Achermann, L. Bronfman, J. E. Carlstrom, J. K. Cartwright, S. Casassus, C. Dickinson, W. L. Holzapfel, J. M. Kovac, E. M. Leitch, J. May, S. Padin, D. Pogosyan, M. Pospieszalski, C. Pryke, R. Reeves, M. C. Shepherd, and S. Torres
p. 836-844.

水の中での屈曲した水素結合(Bendable Hydrogen Bonds in Water)

分子力学シミュレーションによると、液体状態の水分子は4個ぐらいの水素結合(2個 のアクセプターと2個のドナー)を形成していることを示唆している。しかしなが ら、最近の密度関数の研究と共に、X線ラマン分光とX線吸収分光の測定からは、1個 のドナーと1個のアクセプターの描像の方がより正解に近いと主張されてい る。Smithたち(p.851)は、-27℃と15℃の間での普通の水と過冷却水の吸収端近傍Ⅹ線 微細構造スペクトルを測定し、吸収端前の特徴が水素結合の切断というより、ゆが んだ結合構造によってのみ説明されることを見出した。完全なる四面体構造に比べ て液体の水においては、水素結合エネルギーの僅か27%程度が失われているにすぎ ない、と著者たちは論じている。(KU,nk)
Energetics of Hydrogen Bond Network Rearrangements in Liquid Water
   Jared D. Smith, Christopher D. Cappa, Kevin R. Wilson, Benjamin M. Messer, Ronald C. Cohen, and Richard J. Saykally
p. 851-853.

液体-液体の相転移(Liquid-Liquid Transition)

ある種の物質は共存する液体相を示す可能性が最近の研究で示唆されているが、こ の可能性が2つの研究(YargerとWolfによる展望記事参照)で確認された。Katayamaた ち(p.848)はX線撮影法を用いて、圧力1GPa、温度1000℃のもとでリンが第二のより密 な液体相を形成するのを観察した。KuritaとTanaka(p. 845)は位相差顕微鏡を用い て、低温(212K)での亜リン酸トリフェニルにおける液体-液体の相転移の挙動を調 べ、二つの共存する相のスピノーダル分解を観測した。(KU)
CHEMISTRY:
Polymorphism in Liquids

   Jeff L. Yarger and George H. Wolf
p. 820-821.
Macroscopic Separation of Dense Fluid Phase and Liquid Phase of Phosphorus
   Yoshinori Katayama, Yasuhiro Inamura, Takeshi Mizutani, Masaaki Yamakata, Wataru Utsumi, and Osamu Shimomura
p. 848-851.
Critical-Like Phenomena Associated with Liquid-Liquid Transition in a Molecular Liquid
   Rei Kurita and Hajime Tanaka
p. 845-848.

深いマントルのモデリング(Lower Mantle Modeling)

地震波速度を他のデータと組合せて初めて、波のスピードが熱あるいは組成効果に よって引き起こされているのかどうかを決定できる。Trampertたち(p.853 ; van der Hilstによる展望記事参照)は、 温度や灰チタン石(Perovskite)、及び鉄の変化 に対する確率密度を作成するため、地震モデルに重力制約(gravity constraints)条 件を加えた。こうした結果は、マントルの最低部1000キロメートルでは温度の違い よりもむしろ化学的な変化が主な原因となって浮かんでいることが示された。化学 的浮力(chemical buoyancy)が優勢であるという事実は、対流やホットスポットプ ルーム発達の動的なモデルに影響を与えるであろう。 (TO,Ej,nk)
Probabilistic Tomography Maps Chemical Heterogeneities Throughout the Lower Mantle
   Jeannot Trampert, Frédéric Deschamps, Joseph Resovsky, and Dave Yuen
p. 853-856.
GEOPHYSICS:
Changing Views on Earth's Deep Mantle

   Robert D. van der Hilst
p. 817-818.

乾燥地に生命の種を蒔く(Sowing the Seeds of Life on Dry Land)

種子を作ることは、植物が乾燥した環境で存続することを可能にした最も革新的な 出来事であった。今日、最も初期と知られる種子植物は後期デボン紀(3億6500万年 前)?である。Gerrienneたち(p. 856)は中期デボン紀(3億8500万年前)において、 もっと早い時期の種子の存在を示している。彼らの発見は、35年前に初めて記述さ れた植物構造、Runcaria heinzeliniiの資料の再調査に基づいている。Runcariaの 形態は、最も初期の起源の種子植物は風媒植物であることも示している。(TO,nk)
Runcaria, a Middle Devonian Seed Plant Precursor
   P. Gerrienne, B. Meyer-Berthaud, M. Fairon-Demaret, M. Streel, and P. Steemans
p. 856-858.

発生時における対称性と非対称性(Symmetry and Asymmetry in Development)

生物の左右は対称性、それも鏡像対称、を保って形成されるようだが、心臓や肝臓 のように鏡像対称でないものもある。Palmer (p. 828) は、この非対称性形成の きっかけとなる本質的進化のメカニズムについて見直しをしている。左右の均衡が 崩れるタイプの遺伝的に決められた非対称性は進化に伴って何回も生じる。この根 底にあるプロセスの考察から、遺伝的同化(genetic assimilation)だけでなく、 変異も関わっているように見える。脊椎動物の心臓のルーピングの解析によって情 報伝達カスケードのどちらの側が、より先祖型に近いかが推測できる。(Ej,hE)
[訳注]心臓のルーピング;( heart looping) 発生学的には1つの管である心臓が、 ループを作るように徐々に変形することによって、複雑な4室の心臓を形成するプ ロセス。この様子のアニメーションが以下のURLで見られ る。
http://www.rchc.rush.edu/embryology/heart%20looping.htm
Symmetry Breaking and the Evolution of Development
   A. Richard Palmer
p. 828-833.

アミロイド形成を邪魔する(Blocking Amyloid Formation)

タンパク質同士の相互作用を抑制することは、生化学や薬剤設計における“聖杯”の 一つとして未解決のままである。Gestwicki たち(p. 865; Wickelgrenによるニュー ス記事参照)は、アミロイドβのオリゴマー形成し、アルツハイマー病に至るタンパ ク質同士の相互作用の生成を阻止する戦略について述べている。アミロイドβの阻止 剤となる可能性のあるいくつかのモデル化合物が提示されている。(Ej,hE)
Harnessing Chaperones to Generate Small-Molecule Inhibitors of Amyloid ß Aggregation
   Jason E. Gestwicki, Gerald R. Crabtree, and Isabella A. Graef
p. 865-869.

脊椎動物の目に新たな光を(New Light on the Vertebrate Eye)

2種の光受容体細胞が、脊椎動物および無脊椎動物の両方において見出されている。 脊椎動物における感光性の装置は感覚繊毛を有する一方、無脊椎動物の複眼は感杆 型のものである。Arendtたち(p. 869;Pennisiによるニュース記事を参照)はここ で、左右相称動物における光受容体細胞の方を比較することにより、動物の目の進 化を調べた。脊椎動物の目を、昆虫と脊椎動物の最後の共通祖先の現在の子孫であ る原始的な海棲ゴカイの仲間、Platynereisと比較した。Platynereisは、感杆型光 受容体細胞を有しているが、繊毛型光受容体を伴う脳の構造も有している。このよ うに、祖先型の脳の感光性複合体は、感杆型と繊毛型の両方とも持っていたかもし れない。さらに、無脊椎動物の目の感杆型光受容体は、脊椎動物の網膜神経節細胞 に最も密接に関連しているが、一方脊椎動物の網膜の杆状体細胞および錐状体細胞 は、無脊椎動物の脳内に位置する繊毛型光受容体の集団に関連している。(NF)
Ciliary Photoreceptors with a Vertebrate-Type Opsin in an Invertebrate Brain
   Detlev Arendt, Kristin Tessmar-Raible, Heidi Snyman, Adriaan W. Dorresteijn, and Joachim Wittbrodt
p. 869-871.

BRCA2、長くなった分裂の物語(BRCA2, a Tale of Long Division)

BRCA2腫瘍抑制因子遺伝子に変異を有する女性は、乳癌および卵巣癌を発症するリス クが著しく上昇する。BRCA2タンパク質は、DNA修復および組換えに関与している が、しかし、その細胞活性の全貌はいまだ明らかではない。Danielsたち(p. 876、2004年9月16日にオンライン上で発行;Marxによる9月17日のニュース記事を参 照)は、細胞分裂が完了する際に2つの娘細胞が分離する段階にある細胞質分裂につ いて、BRCA2がこの細胞質分裂の信頼性を制御している可能性があるという興味深い 事実を提供した。BRCA2欠損により、細胞質分裂が遅延し、不完全な細胞質分裂の指 標である2核細胞の頻度が上昇する。娘細胞分離におけるBRCA2の潜在的な役割 は、BRCA2欠損腫瘍細胞がなぜしばしば異常な染色体数を含むのかを説明するための 補助となる可能性がある。(NF)
Abnormal Cytokinesis in Cells Deficient in the Breast Cancer Susceptibility Protein BRCA2
   Matthew J. Daniels, Yunmei Wang, MiYoung Lee, and Ashok R. Venkitaraman
p. 876-879.

抗うつ薬が情動の発達に与える影響(Depression Meds Affect Emotional Development)

セロトニン輸送体の阻害は、多数の抗うつ薬の主要な標的である。遺伝子的戦略お よび医薬的戦略を使用して、Ansorgeたち(p. 879; Holdenによるニュース記事を 参照)は、セロトニン輸送体が発生の間に作用して、その後の人生における正常な 情動行動や不安関連の行動を引き起こすことを示している。フルオキセチ ン(Prozac)--最も一般的に使用されている抗うつ薬--に対して初期発生の間に一 過性に曝露すると、成体マウスに異常な情動行動を起こさせ、この行動はセロトニ ン輸送体を欠損したマウスの行動に似ている。(NF)
Early-Life Blockade of the 5-HT Transporter Alters Emotional Behavior in Adult Mice
   Mark S. Ansorge, Mingming Zhou, Alena Lira, René Hen, and Jay A. Gingrich
p. 879-881.
NEUROSCIENCE:
Prozac Treatment of Newborn Mice Raises Anxiety

   Constance Holden
p. 792.

作業記憶に影響するストレス(Stress Interferes with Working Memory)

前頭葉前部皮質は目のすぐ上に存在するが、これは計画や作業記憶のような、脳の 高度な実行機能遂行に必要な部位である。Birnbaum たち(p. 882) は、無傷のまま の作業記憶が要求されるネズミとサルについて、課題実行の研究をした。細胞間シ グナル伝達酵素であるプロテインキナーゼC(PKC)の高活性状態は、動物たちの記憶 能力を妨害した。ニューロン電位活性測定による細胞の作業記憶への相関でも、高 PKC状態において同様の感受性が見られた。ストレスが加わるとPKCの活性化因子と して知られているノルエピネフリンが放出されるから、ストレスはPKCを介在して、 前頭葉前部の認知機能抑制効果を果たすことは間違いないようだ。(Ej,hE)
Protein Kinase C Overactivity Impairs Prefrontal Cortical Regulation of Working Memory
   S. G. Birnbaum, P. X. Yuan, M. Wang, S. Vijayraghavan, A. K. Bloom, D. J. Davis, K. T. Gobeske, J. D. Sweatt, H. K. Manji, and A. F. T. Arnsten
p. 882-884.

動力学的ピンポン(Kinetic Ping Pong)

チアミン-依存性酵素は、広い範囲の重要な応答を触媒するためにチアミンを補助因 子として利用している。そうした酵素は、第一の生成物が第二の基質が結合する前 に遊離される逐次的な二つの半応答によって特徴づけられる「ピンポン」動力学を 示すことになる。このたび、結晶学的データと変異原性データに基づいて、Frankた ちは、ピルビン酸脱水素酵素のE1ホモ二量体にある2つの活性部位を同期させている 機構を示唆している(p. 872; またJordanによる展望記事参照のこと)。2つの活性部 位は、一定に保たれた酸性トンネルによって連結されており、水素イオンをその20 オングストロームのトンネルを介して行き来させることによって、補助因子が互い の一般的酸ないし塩基として働き、触媒作用が協調して進行することが保証される のである。(KF,hE)
A Molecular Switch and Proton Wire Synchronize the Active Sites in Thiamine Enzymes
   René A. W. Frank, Christopher M. Titman, J. Venkatesh Pratap, Ben F. Luisi, and Richard N. Perham
p. 872-876.
BIOCHEMISTRY:
How Active Sites Communicate in Thiamine Enzymes

   Frank Jordan
p. 818-820.

きみが僕によくしてくれるから(You Scratch My Back...)

無関係の個体間における協力の存在は、進化生物学における中心的難題のまま残さ れている。Doebeliたちは、協同的投資のレベルの漸進的な進化によっ て、Hawk-Dove(あるいはSnowdrift)ゲームにおける多様なタイプの協力者と離反者 が出現してくる、ということを示している(p. 859)。この結果は基本的に、協力者 と離反者はそうした選択肢がすでに存在している条件下でのみ共存できるとする、 古典的なゲーム理論のモデルの結果とは異なっている。古典的なゲーム理論のモデ ルでは協力者と離反者の頻度を進化の変数として考慮しているが、一方現在のモデ ルでは、協力のレベルそれ自体が進化するのである。そうしたモデル化は、生命体 における協力と裏切りの進化の動力学に関して、またヒトの文化的多様性の出現に 関して、意味をもつものになっている。(KF)
The Evolutionary Origin of Cooperators and Defectors
   Michael Doebeli, Christoph Hauert, and Timothy Killingback
p. 859-862.

サイクリンとS期(Cyclin into S Phase)

サイクリンEは、増殖細胞中のDNA合成(S期)の開始を制御するサイクリン依存性キ ナーゼ2(Cdk2)複合体の活性サブユニットとして機能している。しかし、サイクリン Eノックアウトマウスの表現型は、Cdk2ノックアウトマウスのそれとは同一ではない ので、このことからサイクリンEにはCdk2との相互作用とは別の機能がある可能性が ある。MatsumotoとMallerは、そうした機能の1つを同定したと報告している(p. 885)。サイクリンEは、その分子の20個のアミノ酸からなる部分である中心体局在シ グナル(CLS)を介して中心体に局在化した。中心体に結合しようとする内在性タンパ ク質と競合するあるCLSペプチドの発現、あるいは変異したCLSと一緒になった全長 サイクリンEの発現が、サイクリンEのDNA合成の効果を抑制した。サイクリンEと Cdk2との相互作用を妨害する変異は、しかし、DNA合成を促進するサイクリンEの能 力を邪魔することはなかったのである。(KF,hE)
A Centrosomal Localization Signal in Cyclin E Required for Cdk2-Independent S Phase Entry
   Yutaka Matsumoto and James L. Maller
p. 885-888.

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