グローバル科学トピック


グローバル科学トピック:007

April, 2009

古代宇宙に銀河の卵?謎のガス雲「ヒミコ」

宇宙望遠鏡はタイムマシン!? 国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」が捉えた古代宇宙の謎。


謎の天体・ヒミコ謎の天体「ヒミコ」2009年4月22日、天文学上とても衝撃的なニュースが全世界を駆け巡りました。およそ129億年前(=宇宙が誕生して「ほんの8億年」しか経っていない時期)の宇宙に、現在の宇宙論では説明できないほど巨大な天体が発見されたというのです。「ヒミコ」と名付けられたこの天体の正体がなんなのか?現在、世界中の天文学者たちが頭を抱えています。

国際研究チームを率いるアメリカ・カーネギー研究所の大内正己・特別研究員は、国立天文台ハワイ観測所にある「すばる望遠鏡」を使い、太古の宇宙を観測しています。

えっ?太古の宇宙を観測ですって?

...どうやって「昔の宇宙」を見るというのでしょうか?

「見える」ということ

私たちの目に「物が見える」ということは、その物からの光(物体が放射する光、あるいは物体が反射する光)が、私たちの目に届いたことを意味します(参考:「コピーの不思議Q&A」)。1秒で地球を7回半まわる「光」は、秒速30万キロ(正確には 299,792,458m)の距離を進みますが、かの有名なアインシュタイン博士が1905年に発表した「特殊相対性理論」によると、『物体を秒速30万キロ以上の速度で動かすには「無限のエネルギー」が必要である(=不可能である)』そうです。つまり、この宇宙には「光の速度を越える速度で動くものは存在しない」ことになります。

でもこれは別の言い方をすれば、たとえ宇宙で一番速い光でさえ、毎秒30万キロ以上の速度は出せない!ということですから、遠くの物体が発した光が私たちの目に届くまでには、それ相応の時間がかかるのです。たとえば地球から約1億5,000万km離れた宇宙空間に存在する「太陽」が発した光は、地球に届くまでに約8分の時間がかかっています。これはつまり、私たちが見ている太陽は実際には 分前の太陽!であることを意味します(今この瞬間、太陽が爆発して消えてしまったとしても、8分経たないと私たちにはその太陽の消滅が見えません!)。

日常からかけ離れた宇宙規模の速度や距離を表す単位として、「光年」があります。これは、光が1年かかって進む距離(=9.46ペタメートル=9,460,730,472,580,800m)を表しており、たとえば『私たちの地球がある「天の川銀河」の直径は、約10万光年です』などと使います。これは、たとえ光の速度で移動しても、天の川の端から端まで移動するには10万年の時間がかかるという意味です。

はるか彼方のディープ・スペースから...

スバル望遠鏡ハワイ・マウナケア山頂にある国立天文台すばる望遠鏡今回の発見を発表した大内特別研究員とそのチームは、ハワイ島マウナケア山の頂上にある国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」を使い、くじら座の「すばるXMMニュートンディープフィールド」を探索していました。これは地球からおよそ129億光年離れた距離にあるディープスペース(深宇宙)領域で、現在の観測技術で見ることのできる限界、もっとも遠く離れた宇宙の最深部です。

129億光年の彼方と言われてもちょっとその距離を想像することはできませんが、私たちの宇宙の推定年齢がおよそ137億歳と考えられていますので、このすばる望遠鏡に届く129億年前の宇宙の姿とは、まだ赤ちゃん時代の宇宙が発した光なのです。

その古代の宇宙から届く信号の中に、あり得ないほど巨大な天体(巨大なガス雲=天文学用語で「ライマンアルファ・ブローブ」といいます)の存在を示すデータが見つかりました。その直径はおよそ5万5千光年。上で述べたように、私たちの天の川銀河の直径が約10万光年ですから、そのおよそ半分ほどの巨大な大きさです。研究チームは当初、もっと手前にある大きな天体の光が測定エラーのために紛れ込んだもの、つまり「なにかの間違い」だろうと思ったそうです。というのも現在の「ビッグバン宇宙論」では、銀河は宇宙創生期にできた小さな天体が集合と合体を繰り返し、20〜100億年近くの歳月をかけて次第に形成されたもの、というのが定説だったからです。


左:ケック天文台/右:ラス・カンパナス天文台左:ケック天文台/右:ラス・カンパナス天文台
研究チームは、すばる望遠鏡と同じマウナケア天文台群のお隣さんである、W.M.ケック天文台の分光器からのデータ、そして南米・チリにあるラス・カンパナス天文台の分光観測データを確認し、導き出された「129億光年」という数値にギョッとしました。この謎の天体が発見された129億光年前の宇宙は、「宇宙再電離期」と呼ばれる、誕生から間もない激動の時代の宇宙であり、そこに既に数百億個の星が集合したガス雲があった!などという発見は、まったく想定外の事件だったからです。

また、もしこのような大きな天体が存在するとしたら、近くにほかの、もっと小さな似た天体が幾つも存在しなければならないのですが、観測データによれば、その他の天体は見つかっていません。さて、これは一体どういう事なのでしょう???

謎の天体「ヒミコ」

古代にたしかに存在していた事はわかったものの、正体が全くわからないこの天体は、「すばる望遠鏡」を管轄する日本の観測域で発見されたことから、弥生時代後期の日本史に登場する謎のベールに包まれた倭国の女王「卑弥呼」にちなみ、「ヒミコ」と命名されました。

左:イギリス赤外線望遠鏡/右:スピッツァー宇宙望遠鏡左:イギリス赤外線望遠鏡/右:スピッツァー宇宙望遠鏡

ヒミコは、その後、やはりマウナケア山の頂上にあるイギリス赤外線望遠鏡、また宇宙空間に浮かぶNASAのスピッツァー宇宙望遠鏡によって検証され、その観測データに間違いのないことが確認されました。こうして今、世界中の天文学者たちの間で一番アツい!ヒミコは、世界が固唾を飲んで見守る中、今後はより大型のハッブル宇宙望遠鏡によって、詳細な観測が開始されるそうですっ!

参考:M.K. Keck Observatory ニュースリリース(英文)、
   Carnegie Institution for Scienceニュースリリース(英文)

The image of "Himiko," the reproduction of Figure 2 in the article of The Astrophysical Journal May 2009 - 10 v696 issue, courtesy of Carnegie Institution for Science. すばる望遠鏡の写真:Denys (fr)(CC Attribution 3.0 Unported)/ケック天文台の写真:NASA(public domain)/ラス・カンパナス天文台の写真:Krzysztof Ulaczyk(CC Attribution-Share Alike 3.0 Unported)/イギリス赤外線望遠鏡の写真:Mailseth(CC Attribution-Share Alike 3.0 Unported)/スピッツァー宇宙望遠鏡の写真:NASA(public domain)


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