Science December 22 2017, Vol.358

狂犬病の蔓延を食い止める(Stemming the spread of rabies)

狂犬病は幾つかの発展途上国において、今なお厄介な問題である。Zinsstagたちは、チャドの首都ンジャメナ(N'Djamena)での、以前行われた2つのワクチン接種推進運動の影響を調査した。この運動では約70%の犬が狂犬病のワクチン接種を受けた。この続けて行われた予防接種推進運動は、犬から犬への、および犬から人への狂犬病感染を低減した。推進運動後のンジャメナへの狂犬病の再発生は、予防接種がなされた地域内での感染持続よりも、ンジャメナ周辺地域のワクチン未接種犬により生じたらしい。このように、集団予防接種の取り組みは、この致死的病気で苦しんでいる地域で、狂犬病を食い止めるのに役立つ可能性がある。(MY,nk)

Sci. Transl. Med. 9, eaaf6984 (2017).

温暖化が発展途上国を圧迫する(Warming stresses developing countries)

発展途上国において気候が原因でおきる対立が 亡命申請書のかたちで先進国に飛び火している。将来の気候変動のこの影響を見積もる一つの手法は、短期の異常気象の影響を注意して見ることである。このような一過性の急激な現象は、分析に際して、世界中の国々に当てはまる無作為に施される処置として解釈してよい。MissirianとSchlenkerは、このように地域的な農業に対する衝撃と、その国からの移民者による欧州連合への亡命申請書との間の関係を分析した。亡命元の国における気温が農業にとって最も良い20°C近辺の温和な最適条件から逸脱した場合、亡命申請は増加した。このように正味の予測としては、地球の気温が上昇すると亡命申請は増加するであろう。 (Uc,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1610

組織一体性の切り替え時を見計らう(Timing a switch in tissue integrity)

植物では、花粉管が胚珠に向かって伸びる際に、精子細胞が花粉管を通って移動する。受精の成功は、花粉管が破裂して精子細胞を遊離するかにかかっている(StegmannとZipfelによる展望記事参照)。GeたちとMecchiaたちは、花粉管の伸長期には一体性を保持するが、丁度良い時にそれを壊すよう仕組む、細胞間の相互応答を明らかにした。花粉管由来のシグナル伝達ペプチドである RALF4と RALF19は、花粉管が伸びる際に、その一体性を保持する。ひとたび胚珠に達すると、雌性組織由来の関連するシグナル伝達ペプチドRALF34が引き継ぎ、花粉管の破裂を引き起こす。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1596, p. 1600; see also p. 1544

微小環境配列決定法(NICHE-seq)からの空間情報 (Spatial information from NICHE-seq)

免疫機能は、体内微小環境のある範囲内における異種細胞の相互作用に依存する。免疫細胞機能に関する情報は、単細胞RNA塩基配列決定法を用いて収集されているが、これらの技術は伝統的に空間情報が不足している。Medagliaたちは微小環境配列決定法(NICHE-seq)に関して記述しており、これは光活性化可能な緑色蛍光タンパク質を発現する遺伝子導入マウスにおいて、視覚的に選択された領域内から細胞の選別と分析を可能にする技術である。この方法は、ウイルス感染後のマウスのリンパ節と脾臓中の、T細胞に最適化した微小環境とB細胞に特異的な微小環境を首尾よく同定した。この手法は器官研究において、細胞情報と空間情報の間の隔たりを埋めることを可能にする。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 微小環境配列決定法(NICHE-seq):光活性化可能な蛍光レポーター、二光子顕微鏡法、単細胞RNA塩基配列決定法を組合せて特異的微小環境の細胞と分子組成を推定する、著者らが開発した手法
Science, this issue p. 1622

南北アメリカ大陸の維管束植物(The vascular plants of the Americas)

南北アメリカ大陸における植物調査は、多様な地域の植物相や目録として集められた知識を含み、500年前まで遡る歴史がある。Ulloa Ulloaたちは、すべての既知の新世界原産の維管束植物の、包括的で統合された集大成を提示している(Givnishによる展望記事参照)。この集大成は、一般に公開され、検索可能なデータベースで、全世界合計の約3分の1にあたる124,993種を含んでいる。彼らはさらに、科や属のあれこれで種の分布の詳細、多様性の地理的中心点、および地域間の植物の関係を提示している。南北アメリカ大陸での植物種発見率は平均すると年間約750種であり、この貴重な資料集は増え続けるであろう。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 維管束:植物の体内で水や養分の通路、植物体支持の役割を果たす管状組織の束
  • 維管束植物:陸上植物のほとんど(コケ類と藻類以外)
Science, this issue p. 1614; see also p. 1535

転写の化学的制御(Chemical control of transcription)

フリードライヒ(Friedreich)運動失調症は、効果的な治療法の無い回復不能な神経変性疾患であり、イントロン反復の拡大と、それゆえの FXN遺伝子の発現低下によって引き起こされる。Erwinたちは、この拡大された抑制的反復を特異的に標的とする分子を合成した。この分子は、それによってタンパク質生産可能な転写伸長を認可し、FXN発現を正常レベルに戻す。将来、同様の治療介入は、マイクロサテライト反復における不安定な拡大によって引き起こされる多様な一連の疾患に有効であるかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • FXN(frataxin)遺伝子:神経系や心臓に存在するタンパク質を発現する遺伝子。
  • マイクロサテライト反復:数個程度の塩基配列を反復単位としてを繰り返しゲノム上に存在する反復配列
Science, this issue p. 1617

サービス拒否の動機を解きほぐす(Untangling service denial motivations)

米国において、企業は宗教的理由で特定の顧客に対するサービスを拒否することが許されるべきかどうかについて、国民的議論が続いている。しかしながら、この問題に関する現在の公知の見方についてはほとんど知られていない。Powellたちは全国規模の科学的調査を用いて、ゲイや異人種間のカップルを含む少数派に対する業務サービスを拒否する権利に、反対あるいは支持する米国人の動機を解きほぐした。同性カップルへのサービス拒否を支持する米国人は、宗教上の自由に対する信念によって動かされているのではなく、それよりも普遍的自由至上主義や婚姻権に対する個人的反対によって動かされているように見える。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao5834 (2017)

プレートでの減衰を測定する(Determining damping of our plates)

プレート・テクトニクスが機能するためには、アセノスフェアと呼ばれる弱い層が、硬いリソスフェア・プレートの下になければならない。その強度の違いを定量化することは、結局、それぞれの層がどの程度エネルギーを減衰させるかということになる。Takeuchiたちは、海洋底の地震観測網と2011年の日本の東北沖地震の地震エネルギーを利用して、それぞれの層の地震波減衰を定量化した(Daltonによる展望記事参照)。アセノスフェアでのエネルギー減衰は以前の推定とぴったり合致したが、リソスフェアでの減衰は、いくつかの以前のモデルで予想された減衰のおよそ5分の1の強さであった。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1593; see also p. 1536

GW170817の「GROWTH」での成長観察(GROWTH observations of GW170817)

重力波事象 GW170817 は、二つの中性子星の合体により引き起こされた(Smithによる紹介記事参照)。三つの論文の中で、GROWTH (Global Relay of Observatories Watching Transients Happen) プロジェクトに参加したチームは、X線から電波までの波長での、この事象の観測結果を提示している。Evansたちは宇宙望遠鏡を用いて、紫外領域で GW170817 を検出するとともに、そのX線強度に制限を与え、この合体によりキロノヴァとして知られる高温の爆発が生じたことを示している。Hallinanたちは、爆発が宿主銀河内部で周囲のガスと衝突した際に生じた電波放出について述べている。Kasliwalたちは、可視および赤外線での追加観測結果を提示し、光速に近い速度で膨張する物質が繭のように中心天体を包み込んでいるという事象のモデルを公式化して、全観測波長でデータと対応させた。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1565, p. 1579, p. 1559; see also p. 1554

重力波事象からの光子(Photons from a gravitational wave event)

合体する二つの中性子星は、重力波の信号を発生し、そして、電磁波をも放射すると推測されている。重力波事象 GW170817 が検出されたとき、天文学者は通常の望遠鏡を用いてその源を探索すべく殺到した (Smithによる紹介記事参照)。Coulterたちは、One-Meter Two-Hemispheres (1M2H) 共同研究が、どのようにしてその電磁気学的な源の位置を最初に突き止めたかを記している。Droutたちは、1M2H で可視・赤外域での明るさを測った結果を示している。Shappeeたちは、その事象の分光結果を報告しているが、それは、これまで検出された突発天体とは違ったものである。Kilpatrickたちは、これらの観測が、キロノヴァとして知られる爆発によってどのように説明出来るかを示している。このキロノヴァは、大量の重元素を核反応中で生み出している。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1556, p. 1570, p. 1574, p. 1583; see also p. 1554

軽い感染が大問題を引き起こす(Minor infections cause big problems)

病原性感染は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患(IBD)に見られる慢性炎症に関与している。Yangたちは、再発性で、低レベルで、完全消散のネズミ・チフス菌(Salmonella enterica Typhimurium:ST)感染が、マウスにおいて重度の結腸炎を促進することを示している。ST誘発性の TLR4活性化は、十二指腸内でノイラミニダーゼ3(Neu3)生成と活性の増加をもたらした。これが、腸のアルカリ・ホスファターゼ(IAP)の脱シアリル化と分解に導いた。IAPの欠乏は、結腸内で炎症を誘発する共生細菌生成のリポ多糖-リン酸の著しい増加を引き起こした。子牛IAPまたは抗ウイルス薬 zanamivir(この薬剤は Neu3活性を阻害する)による処置は、この炎症カスケード反応を妨げた。この経路は、将来のヒトIBD療法に対する有効な標的として役立つかもしれない。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ノイラミニダーゼ:細胞膜表面に存在し、糖タンパク質や糖脂質などの糖鎖末端のシアル酸を切断する酵素
  • アルカリ・ホスファターゼ:アルカリ性の条件でリン酸エステル化合物を加水分解する酵素
Science, this issue p. eaao5610

もうひとつの臨界点を指し示す(Pointing to a second critical point)

多くの点で水の熱力学的性質が通常と異なることに対する説明の一つは、なにがしかの陽圧下にて超過冷却水に臨界点が存在するということである。バルク水の場合、臨界点に到達する前に氷の核形成が発生するために、このような条件は“到達不能な場所(no man's land)”として記述されている。Kimらはフェムト秒のX線レーザー・パルスを用いて、227Kまで冷却されたマイクロメートル・サイズの水滴を調べた(GalloとStanleyの展望記事参照)。X線散乱関数から抽出された等温圧縮率及び相関長の温度依存性は、無限に発散するのではなく、水の場合229Kで、重水の場合233Kで最高値を示した。この結果は、過冷却領域中の臨界点から発する最大相関長の軌跡である Widom線の存在を示唆している。(NK,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1589; see also p. 1543

コムギさび病の真菌エフェクター(Fungal effectors of wheat stem rust)

病原真菌類Ug99(1999年のウガンダでの確認に因んで名付けられた)は、世界的にコムギの収穫を脅かす。Ug99は、コムギ畑全体を枯らすことがあり、コムギの収穫をほかでは守る多くの耐病性遺伝子によって阻止されない。この菌がコムギを攻撃する際に分泌する2種のペプチドについて、2つの論文が述べている(Moscouとvan Esseによる展望記事参照)。Chenたちは、菌のAvrSr50がコムギの免疫受容体Sr50に結合することを示し、また、Salcedoたちは、真菌のAvrSr35がSr35に結合することを示している。結合がうまくいくと、コムギの免疫防御が活性化する。これらのAvrエフェクターを除いたり不活性にすると、コムギを無防備で病気にかかりやすい状態にする。病原真菌類Ug99ではこのような突然変異が起こっている。(MY,kj)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質に選択的に結合してその生理活性を制御する小分子。
  • Avr:avirulence
Science, this issue p. 1607, p. 1604; see also p. 1541

初期植物化石の宝庫(A treasure trove of early plant fossils)

1917年、科学者たちは、スコットランドのライニー村付近で発見された、古代の生態系化石について最初の詳細報告を発表した。100年後、この極めて良好に保存されたライニー・チャート化石は、初期陸生植物の生活環への洞察を提供し続けている。展望記事でKenrickが述べているように、ライニー・チャート植物の生活環は、蘚類のような古代の植物と見なされるものであっても、今日の全ての陸生植物系統のそれとは違っていた。発生遺伝学からの結果との比較は、遺伝子発現パターンの変化が、どのように植物の生活環を変容したかを明らかにしている。(MY,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1538

共生のために微生物を認可する(Licensing microbes for symbiosis)

腸内微生物叢は、宿主の代謝を助けたり、必須栄養素を競って病原体の侵入を制限したり等のいくつかの重要な機能を持っている。この共生関係を確立し、維持するために、宿主がまだ若い時に腸内微生物抗原への耐性を発生させることが極めて重要である。Knoopたちは、共生微生物に対するマウスの腸内耐性が生後10日から20日の間に発生し、結腸における杯細胞関連抗原通路(GAP)の形成と完全に同期していることを見出した。この GAPは、腸管腔から粘膜固有層への細菌抗原の輸送を容易にする。したがって、腸内微生物耐性は、まだ若い時に結腸にコロニー形成する微生物に限定される。(KU,kh)

【訳注】
  • 杯細胞:粘液分泌性の単細胞腺で、腸繊毛においては吸収上皮細胞間に存在する
  • 粘膜固有層:上皮と組織の中間に存在する層
Sci. Immunol. 2, eaao1314 (2017).

代謝の弱点を理解する(Understanding a metabolic weakness)

細胞は、必須アミノ酸であるメチオニンとシステインを産生するために同じ前駆体を使用する。Lienたちは、脂質キナーゼPI3Kの発癌性突然変異を有するヒト乳がん細胞が、何故にメチオニンを産生することができないのか(メチオニン依存性と呼ばれる代謝脆弱性)を確定した。発癌性PI3K突然変異体は、システインの酸化型を持ち込む輸送体である xCTの発現と活性を阻害し、それによってメチオニン合成に有用な前駆体を制限した。したがって、メチオニンに対する制限は、発癌性PI3K突然変異体を発現する乳腺腫瘍を治療するために利用できるかもしれない。(KU)

Sci. Signal. 10, eaao6604 (2017).