Science October 27 2017, Vol.358

非充填ナノ粒子の配列(Non–close-packed nanoparticle arrays)

コロイド・ナノ粒子からなる薄膜は、通常密な充填格子を形成する。二成分の粒子で格子が作られ、一方の成分の粒子を取り除くことができるとすると、次に後に残るナノ粒子が安定化されている限り、より疎な配列が形成されるだろう。Udayabhaskararaoらは、金と四酸化三鉄 (マグネタイト)のナノ粒子からなる二成分の超格子を空気-液体界面に形成し、その後にそれらを炭素で被覆された表面に移すことができた (Kotovによる展望記事参照)。どちらかのナノ粒子の選択的エッチングにより、炭素表面によって安定化された空孔を持つ非充填配列が作り出された。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 514; see also p. 448

インフルエンザに広く反応する薬剤(Broadly reactive drugs for flu)

インフルエンザ薬剤は限られている。利用できる薬剤に対して、ウイルス抵抗性の蔓延が著しい。この問題の一部は、インフルエンザ・ウイルスが絶えず変異していることである。Kadamたちは、このウイルスの生活環のうちの細胞侵入段階を、薬剤の標的として試した(Whiteheadによる展望記事参照)。細胞侵入は、主要な表面糖タンパク質である血球凝集素(HA)が仲介する。この段階は、広域中和抗体がHAに結合することで阻止できる。著者たちは、広域中和抗体と同じHA上の部位に結合し、その抗体活性を模倣する小さな環状ペプチドを作った。このペプチドは安価かつ容易に合成され、マウスに無毒で、多くの型のインフルエンザ・ウイルスによる細胞感染を防止した。(MY)

【訳注】
  • 血球凝集素:インフルエンザ・ウイルスの表面に数多く存在するトゲ状の構造体。目標の細胞表面を認識して結合し、ウイルスのゲノムを細胞内に挿入する機能を持つ。
  • 広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体で,多様な抗原に対して能力を発揮するもの。
Science, this issue p. 496; see also p. 450

剛性と伸張性を合わせもつ(Combining stiffness and stretchiness)

変形時のエネルギーを吸収するように、材料を伸び易くすることと、引き伸ばされたときにそれほど伸びないように、材料を硬くすること、との間には、通常 二律背反の関係がある。ムール貝は、昔から濡れたときに機能する接着剤を開発するための着想の源だった。Filippidiらは、カテコール基を含む伸張性ポリマー材料を作り、その機械的性質は、鉄イオンの添加により乾燥すると増大した(Wineyによる展望記事参照)。鉄イオンは犠牲金属配位結合をもたらし、剛性のために伸長性を犠牲にしない可逆的な耐荷重ネットワークを形成する。(NA,KU,ok,kh)

【訳注】
  • カテコール。ベンゼン環に2個のOH基が付いた化合物、各種金属とキレート錯体を作る
  • 犠牲結合:イオン結合や疎水結合のような壊れやすい結合を持つ化合物を意図的に導入することで材料全体を強くする。下記参照のこと http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/12_kiban/ichiran_24/j-data/h24_j3206_gong.pdf
Science, this issue p. 502; see also p. 449

凍結保存する(Frozen in time)

電池内で生じる電気化学的過程は、極めて動的である。充放電の繰り返しの複雑さを理解するには、その過程をその場で観察できるようにするか、別の場所で解析するために電池を急速に凍結する必要がある。Liたちは、電池を調べるために、通常は生体試料の研究に用いられる、低温電子顕微鏡技術を応用した。彼らは、生じる固体電解質界面を確認し、リチウムとその界面との相互作用を観察し、電池寿命が短くなる可能性がある樹状突起の形成をとらえた。(Sk,KU.kj,ok,kh)

Science, this issue p. 506

マラリア原虫の侵入と脱出(Plasmodium parasite entrance and exit)

発汗と発熱はマラリアの特徴である。赤血球はマラリア原虫の複製工場である。発熱は、原虫のメロゾイト期が赤血球から血液循環へ一斉に飛び散るときに起こる。NasamuらとPinoらは、二つの原虫プロテアーゼであるプラスメプシンIXとXが、大規模な細胞からの脱出に必須であることを発見した(Boddeyによる展望記事参照)。プラスメプシンXはまた、メロゾイトによって、複製サイクルを続けるために新たな赤血球に侵入するのにも使われる。これら二つのプラスメプシンは、宿主の細胞膜を破壊するのに必要な酵素の成熟を調節することにより役割を果たす。 これらの機能は原虫に必須であるため、著者らはプロテアーゼ阻害剤を用いて、プラスメプシンが潜在的な薬剤標的を提供することを示した。(Sh,kj,nk,ok,kh)

【訳注】
  • メロゾイト:マラリア病原虫など胞子虫の無性生殖において、宿主の赤血球に寄生した分裂前体から分裂によって生じた細胞。
  • プロテアーゼ:タンパク質やペプチド中のペプチド結合を加水分解する酵素
Science, this issue p. 518, p. 522; see also p. 445

PAHに関しての進展(Progress for PAH)

肺動脈高血圧症(PAH)において、肺動脈が肥厚して閉塞し、ミトコンドリア呼吸が抑制される。Michelakたちは、ミトコンドリア酵素のピルビン酸脱水素酵素キナーゼを抑制する薬物である、ジクロロアセテート(DCA)を用いて PAH患者由来の肺を治療した。DCAはミトコンドリアの機能を増加させたが、効き目には個人差があった。この効き目の個人差は、第1相試験において、患者によっては血行動態と機能的能力が改善されたという結果に反映された。興味深いことに、ミトコンドリア・タンパク質をコードする2つの遺伝子の不活性化の突然変異を有する患者は、DCAへの応答がより低かった。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 肺動脈性高血圧症:心臓から肺に血液を送る血管(肺動脈)の末梢の小動脈の内腔が狭くなって血液が通りにくくなり、肺動脈の血圧(肺動脈圧)が高くなる病気。死亡率の高い(右)心不全をもたらす危険がある。
  • 第1相試験: 臨床試験において、前臨床試験データに基づき最初に行うヒト試験。
Sci. Transl. Med. 9, eaao4583 (2017).

鳥だ!飛行機だ!いや、ロボットだ!(Is it a bird, a plane? No, it's a robot!)

飛ぶことができ、泳ぐことができるマイクロ・ロボットには、空気と水の両方の環境下で有効な推進力が必要である。それらは、また、2つの環境の境界を通過するとき、かなりの強さの表面張力を克服する必要がある。Chenたちは、ガス燃焼装置と舷外浮材を備えた164mgのマイクロ・ロボットを作成した。これらの設計部品はマイクロ・ロボットを安定化させ、水の表面張力を克服して離水を可能にした。界面活性剤コーティングが潜水を可能にし、羽ばたき翼構造が空気と水の両方の環境で機能する推進力を与えた。マイクロ・ロボットは、弾性表面上に着陸し、空中に浮遊し、水中に潜って、そして泳ぐこともできた。(Wt,kj,nk,ok,kh)

Sci. Robot. 2, eaao5619 (2017).

細菌の触覚を解明する(Elucidating a bacterial sense of touch)

細菌は、宿主内の表層に付着することができる。 このことが、組織コロニーの形成、病原性の誘発、そして最終的には、抗生物質と免疫系による除去に抵抗するバイオフィルム-多細菌群集の形成をもたらす(HughesとBergによる展望記事参照)。Hugらは、バクテリアが表面に出会った時にその行動を急変することを可能にす る触覚を持っていることを示している。この触覚は、鞭毛の内部構成要素、すなわち表面に向かって泳ぐことを手助けする水素イオン駆動力によって動かされる回転モータを利用している。このようにして、多機能性鞭毛モータは、表面へ適応させる機械的感覚装置となっている。これを補完する研究で、Ellisonらは、同様の表面感知の役割において細菌性線毛が果たしている役割を解明している。(ST,KU,kj,nk,ok,kh)

Science, this issue p. 531, p. 535; see also p. 446

何とか孔を通過する(Squeezing through a hole)

イオンの輸送は、一般に、その水和物の半径に直接関係しており、融通がきかないと思われている。水和イオンが何とか通り抜けるかどうかであり、電荷よりもむしろ、形状が支配的な役割を演じるはずである。Esfandiarたちは、グラファイト、窒化ホウ素、および二硫化モリブデンを含む、積層構造のバルク材料により、ナノ流体素子を作成した。彼らは、この素子のナノ流路を通過する水溶液中のイオンの輸送を、詳細に調べた。意外なことに、彼らは、水和物寸法は同じくらいでも、プラス・マイナスが逆の電荷を持つイオンの間では挙動に差が生ずることを観察した。(Sk,KU,kj,nk,ok,kh)

Science, this issue p. 511

細菌毒素はリジン残基をアセチル化する(Bacterial toxin acetylates lysine residues)

コレラを引き起こす細菌によって産生される毒素は、宿主細胞の細胞骨格にその影響をもたらす触媒活性を有する。Zhouたちは、コレラ菌(Vibrio cholerae)由来の毒素、Rhoファミリーのグアノシン・トリホスファターゼ(GTPase)-不活性化領域のタンパク質構造を決定し、それがヒト脂肪アシル基転移酵素の構造と類似していることを見出した。実際に、その毒素ペプチドは、アクチン細胞骨格を調節する RhoファミリーGTPaseのリジン残基の脂肪アシル化を触媒することができた。哺乳類のタンパク質におけリジン残基のこのような共有結合的修飾は、以前に注目されていたが、原因となる酵素は知られていなかった。(KU,kh)

【訳注】
  • RhoファミリーGTPase:細胞骨格アクチン・フィラメントの再構成の制御に関係する。また、多くのタンパク質と相互作用して、細胞運動を制御する情報伝達系に関与する。
Science, this issue p. 528

正しい場所に正しい道を作る(Building the right roads in the right places)

今日の世界的インフラ開発ブームは、特に熱帯と亜熱帯領域において、何百万キロメートルという新しい道路の建設を含む見込みである。 。展望記事において、LauranceとBurgues Arreaは、道路計画がしばしば社会経済的利点を過剰評価し、道路の維持コストを十分に説明していないと、そしてまた生態系と生態系がもたらすその貢献を脅かすと主張している。未来を見越した計画手法は、正反対の見解同士の橋渡しをし、人間社会の利益と自然環境のために同様に正しい場所での道路建設を導く助けとなるかもしれない。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 442

セラミドの良い面(The good side of ceramides)

腫瘍増殖は、脂質であるセラミド類に属する幾つかの分子と、それらを産生する酵素により高められる。しかしながらGencerたちは、酵素CerS4により合成される炭素数18-20のセラミドが、腫瘍抑制因子として作用することを見つけた。これらのセラミドは、形質転換成長因子β(TGF-β)の受容体複合体が、ソニック・ヘッジホッグ・シグナル経路を活性化することを妨げた。CerS4は、マウスにおいて、哺乳類腫瘍の転移と、毛喪失障害である脱毛症の発生を阻止した。TGF-βとソニック・ヘッジホッグ・シグナル経路は、薬理学的に標的とするのが困難である。しかしこの発見は、セラミドの中には、多様な障害にあるこの経路に対して治療上の可能性を持つものがあるかもしれないことを示唆する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 形質転換成長因子β:ガンや細胞の分化・遊走・接着などをはじめとする幅広い領域で重要な役割を担っているタンパク質。
  • ソニック・ヘッジホッグ:胚発生において細胞の増殖や分化、四肢の発生、神経細胞の誘引に働き、成体期において幹細胞性の維持や腫瘍形成などに関与するリガンド・タンパク質。
Sci. Signal. 10, eaam7464 (2017).

生物画像化用の超音波生体探針(An ultrasound bioprobe for biological imaging)

回折限界を超える生物画像化方法は、生命の化学を理解する上で重要な道具を提供した。Shekhawatたちは、液体媒体中の生物系を高分解能で画像化するために散乱超音波の位相を検出する方法を開発した。彼らは、二酸化ケイ素コア・シェルのナノ構造中で磁性コアの画像化に成功し、トロンビンで刺激された血管内皮細胞中の細胞内線維において剛性の局在を特定することができた。この取り組みは、細胞表面下をナノメートル以下の分解能で生物医学と分子の画像化の応用への道を開くものである。(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • トロンビン:血液凝固において、タンパク線維であるフィブリノーゲンを、傷口をふさぐノリ状に固まった線維素に変えるタンパク質分解酵素
  • コア・シェル: 2種類の化学種の一方が核(コア)を形成し、もう一方の化学種がその周囲を取り囲んだ(シェル)構造のこと。これにより, コア構造の安定化を実現できる。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1701176 (2017).