Science October 6 2017, Vol.358

高密度化光格子の時計を作る (Making a denser optical lattice clock)

現代の最も先進的な時計の幾つかは、一次元光格子に並んだ数多くの原子から構成されている。 原子の数は多いほど安定性を向上させるが、原子間の相互作用が正確度を制限する場合がある。 Campbell たちは、そのようなフェルミオン同位体のストロンチウム原子を三次元光格子へと装填した。 低温と強い相互作用で、原子は互いに反発し合い、各々の格子位置が正確に1原子で占有される整然とした配置となった。 この配列が、光格子時計の正確度に対する相互作用の影響を低減し、一方、三次元配置で可能となった原子の高密度さが、正確度を向上させた。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 90

気候と炭素循環 (Climate and the carbon cycle)

地球温暖化が地球規模の炭素循環にどのように影響を及ぼすかは、その影響の大きさどころかそれがプラスマイナスどちらに働くのかということすら、未だ明らかになっていない。 この疑問に答えるための助けが、生態系の中での炭素循環と気候とのフィードバックを調査するよう設計された野外での長期間の実験から得られるだろう。 Melillo たちは中緯度の広葉樹林において 、26年間にわたり土壌温暖化の観測を行った(Metcalfe の展望記事参照)。 温暖化は土壌からの正味炭素損失の複雑な様式をもたらした。 これらの結果は、地球が温暖化するにつれて、同様の生態系から長期間にわたる炭素の正のフィードバックが生じる予測を裏付ける。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 101; See also p. 41

ミツバチからハチミツへ (From bees to honey)

ネオニコチノイド系農薬は、世界中で用いられている。 蜂の健康に悪影響があり、また、その影響が持続するという証拠が増加するにつれ、その農薬影響に関する懸念が増加している。 Mitchell たちは、世界中からの蜂蜜におけるこの農薬の広がりを調べ、検査された大部分の試料にその痕跡を見出した(Connolly による展望記事参照)。 ネオニコチノイド化合物は、ヒトが摂取しても安全と考えられるレベルであった。 しかし、この汚染は、近年の使用削減の努力にもかかわらず、蜂および環境がこの農薬にまみれている事を確認するものである。(Wt,nk)

Science, this issue p. 109; see also p. 38

リンパ管内皮細胞をあちこちに動かす (Moving lymphatic endothelial cells about)

リンパ管は、体液と免疫細胞を末梢組織から体内循環へと戻す。 リンパ管新生とその再構築は感染の除去にとって、また、まずいことに多くの種類のガンの転移にとって、極めて重要である。 Williams たちは、リンパ管内皮細胞の遊走を調節する遺伝子群を究明した。 この遊走はリンパ管新生と再構築にとって必須の過程である。 主要候補の1つである糖結合性タンパク質のガレクチン- 1 は、リンパ管新生を促進し、また、リンパ管内皮細胞の表現形質独自性の維持にとって重要だった。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ガレクチン- 1:糖類と結合する部位を持つタンパク質で、存在場所により異なる機能を持つが、マウスのリンパ節細胞や哺乳類の血管細胞、脳神経細胞の分裂を促進することも1つとして知られている。
Sci. Signal. 10, eaal2987 (2017).

値段が早期の疼痛治療を変更する (Price modulates early pain processing)

無作為化臨床試験の患者は、しばしば副作用を訴えて薬剤の服用を中止する。 しかし結果的に、これらの被験者の何人かはプラセボ群の一部であり、従って活性な薬物を全く投与されなかったことが分かる。 これは、医学的処置に重大な影響を与えるノセボ効果の事例である。 Tinnermann たちは、薬剤治療の代価などの価値情報が、行動上のノセボ効果とその基礎となる神経回路網動態を、さらに変更することがあるかを調べた(Colloca による展望記事参照)。 彼らは、脳画像化を用いて、前頭前野から脊髄への下行性疼痛経路内のノセボ痛覚過敏症に関わっている回路の特徴を明らかにした。 彼らの発見は、価値情報がノセボ効果をどのようにして高めたのかを明らかにした。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • ノセボ効果:全く効果のない薬でも思い込みによって副作用が出てしまう効果。
Science, this issue p. 105; see also p. 44

有糸分裂中の遺伝子発現 (Gene expression during mitosis)

有糸分裂の間、染色体内の長距離相互作用は失われ、多くのエンハンサーは不活性になる。 この時点では、遺伝子発現は沈黙していると一般に考えられている。 しかしながら、細胞の自己存続のために細胞が細胞周期に再び入るとき、転写は再活性化されなければならない。 Palozola たちは、高感度の新生 RNA 標識および配列決定法を用いて、有糸分裂の間、多数の遺伝子において転写が低レベルで持続することを明らかにした。 有糸分裂終了時に、遺伝子発現の大きさは、細胞特異的機能よりも基本細胞機能を優先して再確立された。 このように、転写自体は有糸分裂により遺伝子発現パターンを保持し続けることができる。(NA,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 119

迅速に耐性を認識する (Rapidly recognizing resistance)

細菌試料が抗生物質に対して耐性であるか否かを決定するのに必要な時間を短縮することは、感染症への適切な治療を速めることができるのかも知れない。 Schlappi たちは臨床尿試料を用いて、30 分以内に結果の得られる抗生物質感受性試験法を開発した。 この試験法はデジタル LAMP 法(loop-mediated isothermal amplification)を用いて、抗生物質を注入して短時間おいた培養試料中に存在する細菌によって産生された抗生物質感受性の核酸マーカーの量を測定する。 この試験を微小流体装置で実行することで単一分子増幅と即時定量化が可能になり、大腸菌感受性をゴールド・スタンダード法に匹敵する確度で、しかしより迅速に決定することが出来た。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • LAMP法(loop-mediated isothermal amplification):等温で鎖置換反応を利用して遺伝子を増幅する方法。
  • ゴールド・スタンダード法(gold-standard method):診断や評価の精度が高いものとして広く容認された手法。 標準基準 (criterion standard)や参照基準(reference standard)ともいわれている。
Sci. Transl. Med. 9, eaal3693 (2017).

好中球の予想外の運命を画像化する (Imaging the unforeseen fate of neutrophils)

虚血再灌流障害または微生物非存在下の外傷のような損傷から生じる炎症は、「無菌性炎症」として知られている。 好中球は、無菌性炎症の際に膨大な数で動員され、有害な役割を果たすと考えられていた。 Wang たちは生体内顕微法を用いて、好中球が実際には肝臓での熱損傷を受けた血管の除去や再生などの有用な仕事を行っていることを示した(Garner と de Visser による展望記事参照)。 さらに、好中球は死ぬことも貪食されることもない。その代わりに、好中球は、「逆移動」と呼ばれる過程で循環系に戻り、肺の中で一仕事した後、自らが発生した場所、即ち骨髄でその命を終える。 したがって、損傷後の抗好中球療法の使用の再考が正当化されるかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 111; see also p. 42

HIV にとって三倍の脅威 (A triple threat for HIV)

HIV ウイルスは、絶えず策略を進化させ、宿主による排除をかいくぐる。 予防と治療は、多数のウイルス株あるいは亜型を認識し、退治できる広域中和抗体に頼っていくことになるだろう。 Xu たちは、HIV 感染に必要な、進化的に高度に保存された3つのタンパク質を認識する、単一の抗体分子を設計した(Cohen と Corey による展望記事参照)。 この、「三部分特異性」抗体は、2つの部位(V1V2 と MPER)を使ってHIV 感染細胞に結合し、一方、3つ目の部位(CD4bs)は、ウイルス排除能を持つキラー T 細胞を動員する。 200 を超すいろいろな HIV 株に対して試験すると、三部分特異性抗体は効き目が高く、約 99% の HIV ウイルスを広く無力化した。 この取り組みは、HIVの治療計画を単純化する可能性があり、治療応答を改善するかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体で,多様な抗原に対して能力を発揮するもの。
Science, this issue p. 85; see also p. 46

陽子はどのくらい大きい? (How big is the proton?)

ミューオン水素の分光法から得られる陽子の大きさと、「通常の」水素に対する過去の結果を平均して得られる値との間の食い違いは、過去 7 年間、物理学者たちを悩ませてきた。 今回、Beyer たちは、この難問に新たな光を当てた(Vassen による展望記事参照)。 著者らは、通常の水素の、非常に正確な分光学的測定を用いて、陽子の大きさを得た。 意外なことに、この値は、同じ種類の過去の測定の平均値と一致しなかった。 さらに意外なことに、それは、ミューオン水素の実験から得られた大きさと一致した。 今や、この難問の解決には、すべての実験での系統誤差の原因を再調査することはもちろん、従来の結果がどのように新しいものに関連しているかの理解に努めることを含まねばならない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ミューオン水素:水素原子の電子を、その 200 倍の質量を持つミューオンに置き換えたもの。
Science, this issue p. 79; see also p. 39

レーザー光の複雑さを利用する (Harnessing complexity in laser light)

レーザーの開発とその出力光の品質は、レーザー発生用光共振器内で生じる過程を理解し、制御できるかどうかに大きく左右されてきた。 実際のレーザー光共振器中には、縦モードと横モードの両方が存在し、最高品質のレーザーでは、後者の影響を減じることが普通のやり方であった。 しかしながら、Wright たちは、勾配屈折率ファイバー光共振器を用いることで、縦モードと横モードを同期させて、複合した可干渉光出力を提供できることを実証している。 横モードを除去するのでなく利用することで、広範囲の分野にわたって適用可能な、有益で適応性のある光源を作り出すことができるのかもしれない。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 94

結晶粒界にもっと多くの構造を与える (Giving grain boundaries more structure)

金属の性質は、多結晶材料中の粒界の組成と構造に応じて変化する。 Yu たちは、ニッケル・ビスマス合金において、驚くべき粒界の超構造を発見した。 以前に、この構造は、特定タイプの稀な結晶粒界に存在することが知られているだけであり、実験は双結晶に焦点を当ててきた。 意外なことに、この合金は、多結晶試料中の広範囲の粒界にわたり、粒界の超構造を有している。 これはまた他の合金でも起こりえることであり、それは金属やセラミクスの物性を調整するための粒界工学への道を開くものである。(Sk,kh)

【訳注】
  • 双結晶:異なる結晶学的方位をもつ2個の結晶が接合したもの。
Science, this issue p. 97

原線維の病的な構造を解明する (Elucidating pathological fibril structure)

アミロイドβ(Aβ)はアルツハイマー病の重要な病理学的原因物質である。 Gremer たちは低温電子顕微鏡データを用いて、Aβ原線維についての質の高い新規原子モデルを作り上げた(Pospich と Raunser による展望記事参照)。完成した構造は、全ての N 末端を含み、42 のアミノ酸全部を表していて、病気を引き起こし、また病気を予防する、幾つかの変異の効果を理解するための構造的な基盤を与える。 この原線維は、以前に提案されたものとは異なる予想外の二量体界面を持つ、より合わさった2本の素繊維からなっている。 この構造は、原線維の成長機構に示唆を与え、合理的な薬剤設計への重要な足掛かりとなるだろう。(MY,kh)

【訳注】
  • アミロイドβ(Aβ):40 アミノ酸程度のペプチドで、主な分子種として二種類、Aβ(1_40) とAβ(1_42) 、が知られている。 ここでは後者が対象になっている。
  • 二量体、素繊維、原線維:平面状のAβが多数積層して素繊維となり、さらに、この素繊維が互いに向きを逆にして2本より合わさり原線維となる。 これらの構造は、2つのAβが各々の平面を互いに逆向きにして並置し、Aβ二量体を形成し、この二量体が多数積層されて作られる。
Science, this issue p. 116; see also p. 45

全身性硬化症を明らかにする抗体品目 (A revealing repertoire for systemic sclerosis)

全身性硬化症(SSc)は、線維症と、肺動脈高血圧症(PAH)を含む重篤な合併症とに関係する自己免疫疾患である。異常な B 細胞応答が SSc の病変形成と関係付けられていた。 De Bourcy たちは、B 細胞枯渇の臨床研究に登録された SSc-PAH 患者の免疫グロブリン重鎖転写物を分析した。 SSc-PAH は、いくつかの B 細胞の発生異常、特に IGHV2-5 セグメントの利用不足と B 細胞恒常性異常に関係していた。 B 細胞枯渇はこれらの異常な SSc-PAH 疾患の特徴を一時的に逆転させ、ナイーブ B 細胞補充の速度は基準値測定から推定することができた。 これらの結果は、SSc-PAH に関係する抗体の特徴を定義し、B 細胞枯渇が再構成中に抗体品目をどのように形成するかを明らかにしている。(KU,kj,nk)

【訳注】
  • 全身性硬化症:皮膚や内臓諸器官が硬化する原因不明の自己免疫疾患。
  • IGHV:Immunoglobulin heavy chain variable region gene
  • B 細胞枯渇:自己免疫疾患の患者に特殊なモノクローナル抗体を働かせて B 細胞を一定期間枯渇させる治療法。 自己免疫疾患は B 細胞が異常な抗体を沢山作ることでおこる。
Sci. Immunol. 2, eaan8289 (2017).