Science September 29 2017, Vol.357

皮膚病をやっつける方法は1つではない (There's more than one way to skin an infection)

Candida albicans による皮膚感染に対する自然免疫の制御には2つの段階がある。 すなわち、防護閉じ込めと除去である。 Santus たちは、転写因子 NFAT の早期の活性化が、この2つの段階を調和させると報告している。 閉じ込め段階の際、NFAT は形質転換成長因子βの発現を調節し、この因子がコラーゲンの析出を誘導し、感染細菌を捕捉する。 除去の段階では、NFAT がインターフェロンγを誘導し、これが皮膚潰瘍の形成と細菌の排除を促進する。 自然免疫反応と線維素溶解反応の間での同じような相互応答も、黄色ブトウ球菌への防御に寄与する。 そのような協力は、感染と闘いながら組織損傷を最小化するのに役立つ。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • Candida albicans:カンジダ属に属する酵母様真菌で、咽頭,皮膚などに存在する正常菌。 人の免疫力が低下した場合、カンジダ症を引き起こす。
  • 転写因子 NFAT:活性化すると遺伝子転写を引き起こすタンパク質で、生体中で広範囲に発現し、免疫系における T 細胞の活性化、循環器系における血管新生、中枢神経系での神経回路発生・修復など、に関与している。
  • 形質転換成長因子β:ガンや細胞の分化・遊走・接着などをはじめとする幅広い領域で重要な役割を担っているタンパク質。 細胞外マトリックス・タンパク質の産生および沈着促進の因子も担っている。
  • 線維素溶解反応:血液中に存在するタンパク質分解酵素のプラスミンにより、生体内に形成された血栓が溶ける現象のこと。
Sci. Immunol. 2, eaan2725 (2017).

秩序を作る電子と秩序を乱す電子 (Ordering and disordering electrons)

液体が急速に冷やされると、液体と固体の間の行き詰まり状態であるガラスを形成することがある。 二つのグループが、電子的な系における類似の動態を、詳細に調べた。 Sato たちと Sasaki たちは、三角形の面内格子を持つ層状有機材料を調べた。 これらの材料は、その電荷分布が規則的なパターンを有する状態、すなわち電子結晶あるいは電荷結晶と見做すことが可能である。 この材料が急速に冷却されると、代わりに帯電したガラスが形成され、その後結晶化することができた。 この結晶化の動態は、通常のガラスにおける同様の過程との類似性を示した。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1378, p. 1389

救命筏による長距離航海 (Long-distance life rafting)

沿岸の生態系が大嵐や津波にみまわれたとき、生物は漂流物にのって海を渡る場合がある。 しかしながら、このような現象はまれにしか見られず、定量化された例はさらに少ない。 Carlton たちは、2011 年の東日本大震災と津波の後に太平洋を渡った沿岸海洋生物の漂流物による旅路を図表化している(Chown による展望記事参照)。 米国太平洋北西地域の沿岸に達した 300 近くの、主に無脊椎種のうち、そのほとんどが人工物の残骸に付着して辿り着いた。(Uc,nk)

Science, this issue p. 1402; see also p. 1356

柔軟な結合は高くつく (Flexible association comes at a price)

CRISPR-Cas9 ゲノム編集装置は、低分子 RNA によりその標的 DNA 配列へガイドされ、この低分子 RNA が、ゲノムを調べてその標的部位を見つける必要がある。 ガイド RNA が結合できるようになるため、Cas9 は、ガイド RNA が調べる各部位で DNA をほどかなければならない。 Jones たちは、単一分子蛍光法および試料全体での生化学的評価を用いて、Cas9 が、可能性のある各標的と 30 ミリ秒以下の間結合しながら、標的とする配列を見つけるのに 6 時間を要することを示した。 全体に見れば、CRISPR-Cas9 装置は、その結合機構の柔軟さに対して速度が遅いという代償を払うが、これは、Cas9 とガイド RNA の濃度を高めることで克服可能である。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 単一分子蛍光法:ここでは、蛍光分子が融合した Cas9 と顕微鏡画像撮影時の長時間露光を組み合わせ、蛍光強度で Cas9 の結合(=固定化)を評価する方法がとられている。
  • 生化学的評価:ここでは、特定 DNA 部位に対する Cas9 の結合有無を、その部位に作用する制限酵素による切断で評価する方法がとられている。
Science, this issue p. 1420

最初の超大質量ブラック・ホールを作る (Making the first supermassive black holes)

超大質量ブラック・ホールは、ビッグバン後 10 億年も経たないうちに現れた。 ブラック・ホールは、現在の質量に依存した割合で成長するので、これまでは、このような巨大ブラック・ホールが、どのようにして急速に形成されたのかを理解することは難しかった。 Hirano たちは、ストリーミング運動(ガス成分とダーク・マター成分の間の速度差)により、原始宇宙で数万太陽質量のブラック・ホールが生成されたことを示すシミュレーションを与えている。 これは、今日の超大質量ブラック・ホールまで成長するのに十分な大きさである。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1375

社交性を調整する脳回路 (Brain circuits that modulate sociability)

社会的報酬を仲介する神経機構を理解することは、社会的および臨床的に重要な意味を持つ。 Hung たちは、脳の腹側被蓋野での神経ペプチドであるオキシトシンの放出が、マウスの向社会的な行動を増加させることを見出した(Preston による展望記事参照)。 オキシトシン放出の光遺伝学操作は、状況に応じて社交性に影響を与えた。 オキシトシンは、脳内の報酬回路網のもう一つの重要な核である側坐核に向け投射するドーパミン細胞の活性を増加させた。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 腹側被蓋野:被蓋の腹側部に位置する中脳の一領域で、ドーパミン作動性ニューロンが多く存在する。
  • 光遺伝学:遺伝学的手法を用いて光活性化タンパク分子を特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作することによって生命機能を解明する学問。
  • 側坐核:前脳にある神経細胞の集団で、報酬や快感、嗜癖、恐怖などに重要な役割を果たすと考えられている。
Science, this issue p. 1406; see also p. 1353

突然変異 TERT プロモーターの2段階の役割 (Two-step role for mutant TERT promoters)

テロメアは、染色体融合を妨げることでゲノムの安定性を維持する。 ヒト腫瘍がテロメラーゼ遺伝子(TERT)のプロモーター領域に突然変異を有するという最近の発見は、がん発生におけるこれらの突然変異の役割を解明することを目的とした多くの研究をもたらした。 Chiba たちは、現在までに報告された、互いに対立する結果、の多くを調和させるデータを報告している(Shay による展望記事参照)。 ヒト・メラノーマ試料と線維芽細胞モデルにおいて、TERT プロモーター突然変異は2段階で働いた。 第1段階で、その突然変異は短いテロメアを持つ細胞が増殖することを可能にした。 第2段階でこれは、ゲノム不安定性とテロメラーゼの発現上昇を助長し、結果として制御されない細胞増殖を引き起こした。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • テロメラーゼ:染色体末端(テロメア)の特異的反復配列を伸長させる酵素(細胞分裂のたびに短くなるテロメアを伸長させて細胞が分裂し続けるようにする)。
  • 線維芽細胞:真皮中の結合組織を構成する細胞の1つで、主にコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸といった真皮の主要成分を作り出す。
Science, this issue p. 1416; see also p. 1358

ロックン・ロールで転がり砕く (Rip ‘n’ roll)

危篤状態の患者において、部分的には好中球の動員により、虚血が無関係な器官に血栓症を引き起こすことがある。 Yuan たちは、腸の虚血再灌流障害後の血栓症の生体内顕微法を急性呼吸窮迫症候群の患者からの試料と組み合わせた。 血管の内壁表面を転がる好中球は、ホスファチジルセリンを発現する瀕死の血小板の断片を捕えて砕き、結果として比較的大型の粒子を形成した。 これらの比較的大型の粒子は、アスピリンのような通常の治療法では対応できない血栓症を誘発した。 しかしながら、元気づけられることに、壊死因子シクロフィリン D は有益な効果を示した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 好中球:5 種類ある白血球の 1 種。 主に生体内に侵入してきた細菌や真菌類を貪食殺菌を行う。
  • 虚血再灌流障害:虚血状態にある臓器,組織に血液再灌流が起きた際に、その臓器・組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が惹起され引きおこされる障害。
  • アスピリン:鎮痛剤として広く使用されているが、抗血小板薬として血小板の働きを抑えることで血液凝固を防ぐ血栓症治療に古くから使用されている薬剤。
Sci. Transl. Med. 9, eaam5861 (2017).

微小領域の勢力争いを画像化する (Imaging a microscopic power struggle)

二次元格子上で強く相互作用するフェルミオンは、隣接する格子サイトを反対向きのスピンが占める市松模様を形成する。 外部磁場を加えると、状況はより複雑になる。 はたしてスピンは磁場に揃うのか、あるいは市松模様の秩序を保とうとするのか?  Brown たちは、2つのスピン成分のそれぞれの総数が不等である光格子上の 6Li 原子群を用いて、この難問を研究した。 この2つの間の不均衡が有効磁場の役割を果たした。 磁場を加えると、磁場に垂直なスピン成分からなる市松模様における相関は、磁場に平行なスピン成分による相関より強くなった。 これはこの系が、いわゆる傾角反強磁性状態に近づいていることを示している。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 1381

効率的な熱電効果応用の方法 (Strategies for efficient thermoelectrics)

熱電材料は、熱を電気に変換し、局所的冷却のための半導体冷却を提供可能である。 これらの材料をすき間的な適用範囲を超えて採用するための一つの重要な障壁は、その低効率にある。 He と Tritt は、熱電効率改善のための仕組みと方策を再検討した。 彼らは、材料性能がどのように報告されているかを検討し、最も有望な材料に光を当てている。 性能向上のための新しい材料と方法により、熱電が再生可能エネルギーの情勢を変えようとしている。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. eaak9997

周波数コムはスペクトルの動物園を素早く通り抜ける (Comb quickly through a spectral zoo)

二重コム分光法は、くしの歯のように離散的に等間隔で分布する複数の周波数を持ったレーザー・パルスの対に依存している。 それは、原子や分子を細部にわたって詳しく特性を明らかにする迅速な手段であるが、複雑な混合物に適用した場合、識別するのが困難なピークの海を生み出すことがある。 Lomsadze と Cundiff は、二重コム分光法を非線形事象に拡張する手順を提示している。 その結果として得られる二次元スペクトル中に現れる交差ピークは、たとえば 87Rb と 85Rb の同位体混合に対して実証されたように、混み合った特徴の一般的原因への割り当てを可能にする。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1385

バリウムとカルシウムのよそよそいしい出会い (A chilly meeting of barium and calcium)

周期律表は、10 倍程度のずれはあっても、我々が通常経験する温度で作られる化合物における元素比の優れた予測因子となっている。 とは言うものの、高低温の両極限では奇妙なことが起こり始める。 Puri たちは超低温を利用して、従来型の二元化合物である酸化バリウムあるいは酸化カルシウムに対する電子不足代替物である BaOCa+ イオンの生成を観察した。 彼らはまず低温のバリウム・メトキサイド・イオンを調製し、その後それを 1000 分の 1 ケルビンに冷却したカルシウム原子と触れさせた。 質量スペクトルおよび理論分析により、三重項状態のカルシウムがメチル基を置換する障壁のない反応経路が明らかになった。(NA,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1370

DNA - タンパク質架橋の分解を解明する (Resolving a DNA-protein cross-link)

トポイソメラーゼ 2(TOP2)は、DNA 二重鎖切断を作って DNA トポロジーを調節するので、複製と転写などの過程に極めて重要である。 TOP2 と DNA との間の共有結合複合体(TOP2cc)は、この反応において薬剤で捕捉が可能な中間体である。 Schellenberg たちは、SUMO リガーゼ ZATT が、SUMO 化 TOP2 への TDP2 の動員を増強し、また、TDP2 の加水分解酵素活性を増強することにより、チロシル- DNA ホスホエステラーゼ 2(TDP2)によって TOP2cc の分解をどのように促進するかを示している。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • SUMO:細胞内の他のタンパク質に一時的に共有結合してその機能を助ける小さなタンパク質(Small Ubiquitin-related(like) Modifier)。
Science, this issue p. 1412

母子免疫からの胎児の保護 (Fetal protection from maternal immunity)

反復性流産は、母子間での免疫寛容の崩壊により引き起こされることがある。 Li たちは、体内を循環しているナチュラル・キラー(NK)細胞の表面受容体 Tim-3 の濃度が、妊娠第一期に上昇することを見つけた。 正常妊娠の女性からの NK 細胞とは対照的に、反復性流産の患者からの NK 細胞では、Tim-3 濃度が減少しており、免疫抑制機能が不全だった。流産易発性マウスは、Tim-3 陽性 NK 細胞があれば、流産から守られるが、Tim-3 の欠乏した NK 細胞の場合は、そうではなかった。(MY)

【訳注】
  • 免疫寛容:抗原に対して免疫反応が起こらない状態あるいは抑制状態であること。
  • NK 細胞:自然免疫を担うリンパ球の一種で,全身の細胞を監視し、ガン化した細胞やウイルスを殺す作用を有する免疫細胞。
Sci. Signal. 10, eaah4323 (2017).

蚊を制御する腸を始める (Getting to the guts of mosquito control)

マラリアは、その根絶を目指す人類の最大限の努力をしつようにかいくぐる。 Pike たちは、マラリア原虫感染に対する免疫抵抗性を高めるようマラリア媒介蚊を遺伝子組換えした。 これは、媒介蚊の腸細菌組成を改変した。 遺伝子組換えされたオス(メス)の蚊は、野生型のメス(オス)と優先的に交尾した。 10 世代後、遺伝子組換え蚊は、マラリア原虫への免疫抵抗性を失うことなく、飼育数の 90% を占めた。 それとは別な方法で Wang たちは、蚊の腸細菌に対して遺伝子操作を行った。 マラリア媒介蚊に対して病原性のない細菌株である AS1 は、性交渉でと世代間の両方で伝搬した。 この株は実験室個体群の蚊に感染し、少なくとも 3 世代の間持続した。 マラリア原虫の発生を中腸で抑制するよう遺伝子操作された AS1 は、マラリア媒介蚊に不利益をもたらすことなしにマラリア原虫の発生を抑えることができるかもしれない。(MY,kh)

Science, this issue p. 1396, p. 1399

希土類元素の量子記憶素子 (A rare-earth quantum memory)

世界的な量子通信網の開発には、量子状態の保存、操作、および状態交換のために、半導体チップ規模の光学的にアドレス可能な量子記憶素子が必要である。 Zhong たちは、希土類元素をドープした材料中に、ナノ構造のフォトニック結晶空孔を作り上げ、高忠実度の量子記憶素子を形成した(Waks と Goldschmidt による展望記事参照)。 この空孔は光・物質間の相互作用を増大させ、量子状態が保存されたり、要求に応じて記憶素子から取り出されたりすることを可能にした。 その高忠実度と素子の小さな専有面積は、量子情報プラットホームの強力な構成要素を提供する。(Sk)

Science, this issue p. 1392; see also p. 1354