Science September 15 2017, Vol.357

遺伝子を複製によってなんとか沈黙 (サイレンシング) させる (Managing gene silencing through replication)

春化は、冬の冷気が春の開花を刺激する植物内の過程である。 Yang たちと Jiang たちは、どのようにしてヒストン・メチル化により、シロイヌナズナ中で冷気が後成的に記録されるのかを示している。 ポリコーム群タンパク質のうちの特殊成分が、DNA を直してメチル化標識を行い、DNA 複製につなげる。 後成的に生じた準安定標識が素早く設置された後に、長期にわたって安定な後成的状態が続く。 この後成的方法は、安定かつ迅速な細胞運命決定の発生要求に対して極めて重要かもしれず、これが、植物細胞が運命変更するのを可能にする。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝子サイレンシング:遺伝子発現の機構が、後天的に生じた細胞内の変化により機能しなくなること。 遺伝子転写の阻害による mRNA 合成の停止と、転写後の mRNA の分解の 2つによることが知られており、ヒストン・メチル化は前者に関係する。
  • ヒストン・メチル化:ヒストン(DNA 分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつタンパク質)を構成するタンパク質の側鎖の一部がメチル基で置換されること。
  • ポリコーム群タンパク質:ヒストンを修飾することで転写を抑制する機能をもつことが知られているタンパク質。
Science, this issue p. 1142 and p. 1146

ガン治療の害虫を取り除く (Debugging a cancer therapy)

細菌はヒトの病気発生の一因となるばかりでなく、病気の処置に対する反応の原因のひとつにもなっている。 Geller たちは、ある種の細菌が抗ガン剤のゲムシタビンを代謝して不活性型にすることができる酵素を発現することを示している。 マウス中で増える腫瘍に細菌を導入すると、この腫瘍はゲムシタビン耐性となり、抗生物質措置で元に戻った。 興味深いことに、通常ゲムシタビンを用いて治療される腫瘍型のヒト膵管腺ガンは、高率でこの原因細菌を含有している。 この相関結果は、抗菌剤と併用治療すると、この致死性ガンに対する既存の治療法の効き目が改善されるかもしれないという、興味をそそられる可能性を提起する。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ゲムシタビン:ピリミジン骨格を持つことで、ガン細胞の DNA 合成の際に組み込まれ、結果として DNA 合成を抑制する作用を持つ抗ガン剤。
Science, this issue p. 1156

保冷のための固体による堅固な方法 (A solid way to keep cool)

冷却は、うるさく、場所を取り、そして機械的に複雑な、蒸気圧縮法に依存している。 固体式冷却法では、冷却を行わせるために外部電場を変化させる必要があるが、これまでに作製された素子は実際的応用に十分なほど効率的ではなかった。 Ma たちは、薄い電気熱量効果高分子膜を用いる、軽量で屈曲性のある装置を作製した。 そこでは、静電力で発熱源側に電気熱量効果高分子膜を付着させ、電場を0にして高分子膜の温度を下げて発熱源から熱を膜に移動させ、次に、静電作動で膜を吸熱側に付着させ、電場を印加して高分子膜の温度を上げて吸熱源に熱を逃がし、これを繰り返すことで冷却作用を行わせる(Zhang と Zhang による展望記事参照)。 この装置は、過熱したスマートフォン電池を急速に冷ますので、小型で薄型の電子装置の開発のための潜在的用途がある。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 電気熱量効果:誘電体が、そこにかかる印加電場を変化させたときに、誘電体中の双極子向きの配向化・ランダム化が生じ、それによるエントロピー変化が原因で可逆的な温度変化を示す現象。
Science, this issue p. 1130; see also p. 1094

単なる綿シャツにとどまらない (More than just a cotton shirt)

応答性あるいは機能性の布は、温度で色が変化したり、動きにより発電するような特性を持つ、被覆や二次材料を含んでいる。 その課題は、布に付加されたものは何であれ、洗い流されたり、擦り減ったりするかもしれないということである。 その理由から、Natalio たちは、C2 位置が修飾されたブドウ糖を培養液に添加することにより、生体外組織培養で成長させた綿の中に、直接、機能を組み込むことにした。 この方法により、例えば、初めから蛍光を発したり磁気特性を持ったりする繊維を作ることができる。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1118

のどの渇きをいやす神経機構 (Thirst-quenching neural mechanisms)

恒常性を維持するため、生理的不均衡は動機づけとなる衝動を生み出す。のどの渇きは、最も強い衝動の一つである。 Allen たちは、のどの渇きのあいだ活性化される、正中視索前核と呼ばれる脳領域の特徴的な神経細胞群を発見した(Gizowski と Bourque による展望記事参照)。 この神経細胞の作用は、最近の水分摂取歴を統合し、目標志向反応を適応的に調節する。 のどが渇くと、動物は水をたくさん飲み、次にこの神経細胞の嫌悪作用を減少させる。 この作用は、嫌悪の水準が、この行動を誘起するのに必要な閾値を下回るまで繰り返される。(Sk,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1149; see also p. 1092

パプア・ニューギニアの民族の遺伝学的歴史 (Genetic history of Papua New Guinea peoples)

パプア・ニューギニアは、アジアからオーストラリアへの人類の移住のための飛び石の地であったと考えられる。 Bergstrom たちは、パプア・ニューギニアの幾つかの民族の全ゲノム常染色体データを分析し、この島の人口構造・分岐そして時系列の人口変化を決定した。 作物栽培とトランス・ニューギニア語族の拡大に同時期の 1万年から 2万年前に起こったと考えられる、高地と低地との間の明確な遺伝子的な分離が明らかになった。(Uc,kh)

Science, this issue p. 1160

月の表層水 (Surface water on the Moon)

最近の研究は、月の内部の水の量とそれが月の進化に与える意味に関する議論に油を注いでいる。 しかし、表層水は月の表土の中に存在していることは知られている。 インドの最初の月探査機 Chandrayaan-1 に搭載された NASA の画像分光器 Moon Mineralogy Mapper からのデータを用いて、Li と Milliken は、水含有堆積物に関する月全体の総合的な地図を与えている。 月表土の厚さ 1メートルの最表層には、およそ 0.1 ペタグラム(1014 g)の水が含まれていると推定されている。 高緯度地方には、低緯度地方よりも多くの水氷がある。 その氷は、一部は月内部からの局所的な注入によるものだが、大部分は太陽風によって埋め込まれた。(Wt,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1701471 (2017).

意図的でない免疫療法の抑制 (Unintentional immunotherapy inhibition)

ガンの転移拡散はリンパ管新生に依存して拡がり、この経路の伝達物質は、臨床におけるガン治療の標的にされる。 Fankhauser たちは黒色腫のマウス・モデルを用いて、予想外なことに、リンパ管新生を抑制すると、ナイーブ T 細胞の動員およびその後の抗腫瘍免疫が遮断されることを示した。 臨床試験に参加した患者のデータから、リンパ管新生を示す指標が、T 細胞の強い免疫応答と関係していることが確かめられた。 これらの発見は、免疫療法の利用と、免疫療法に対する応答予測に重要な意味を持つ。(MY,kj)

【訳注】
  • ナイーブ T 細胞:抗原刺激をまだ受けてない成熟T細胞のこと。
Sci. Transl. Med. 9, eaal4712 (2017).

X 線照射直後の素早い一瞥 (A quick glimpse of the x-ray aftermath)

X 線はあなたの皮膚を通過し、その下の内部構造を明らかにする。原子規模では、X 線は価電子を通り越し、核により近い内殻電子をとらえる。 Moulet たちは、二個の連続する、極短パルスレーザー(千兆分の 1秒以下の持続時間)を用いて、シリカ試料中でこの過程を引き起こして追跡した。 この研究は、X 線吸収の結果生じる励起子、すなわち電子-空孔対、の角運動量特性と緩和動力学を明らかにした。(Sk)

Science, this issue p. 1134

微生物の地球規模の輸送 (Global transport of microbes)

下水での伝搬や人や動物の移動、物資の輸送を通じて、微生物種はこれまでにない規模に蔓延させられることがある。 展望記事の中で Zhu たちは、人類の活動は、動物や植物の種に対するものと同様、微生物種にも同様の影響を与えつつあると主張している。 例えば、地方固有の微生物の絶滅や地球全体に渡る均質化をもたらす。 その結果、抗生物質耐性を有する遺伝子が急速に広がりつつあり、生物地球化学的な過程は、地形規模で、現在では予測できないやり方で影響されつつある。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 1099

生物物理学から届いた神経科学の道具 (From biophysics to neuroscience tools)

チャネルロドプシンとその特徴的な光活性化イオン・チャネルは、現代生物学研究の主要な道具として出現している。 Deisseroth と Hegemann は、これらのタンパク質光受容体の構造的そして機能的特性を概説している。 突然変異生成とモデル化研究は、改変チャネルの生体系への再導入と組み合わされて、これらのチャネルがどのように働くかの深い理解を提供する。 基本的な基礎科学への洞察は、生物学と医学でのさらなる応用を発展するための基盤を提供する。(Sh,kh)

【訳注】
  • チャネルロドプシン:光が当たると細胞内に陽イオンを取り込む緑藻由来の膜タンパク質。 遺伝子導入により目的細胞に発現させ、目的細胞への光照射に対する応答から生命機能との関連を調べる光遺伝学に使われている。
Science, this issue p. eaan5544

DNA ロボットにより分子を分類する (Sorting molecules with DNA robots)

一本鎖 DNA ロボットは、DNA 折り紙の表面を移動し、分子貨物を分類することができる。 Thubagere らは DNA 折り紙の表面上で、2 種類の分子貨物とその降ろし先を認識する簡単な段階的手順を開発した(Reif による展望記事参照)。 この DNA ロボットはモジュール化された 3つの機能ドメインを持っており、2種類の分子を繰り返し拾い上げ、それらを標的目的地に配置する。 DNAロボットはこれを折り紙表面全体のランダム・ウォークでやるので、追加の動力は必要としない。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. eaan6558; see also p. 1095

DNA を保持する (Getting a hold with DNA)

刺激応答材料は、物理的または化学的な合図に応答して、色、形、または他の特性の変化を誘発することができる。 Cangialosi たちは、DNA の一本鎖と結合したポリアクリルアミドから、輪郭のはっきりした多層平面軟質機械をフォトリソグラフィを用いて形成した。 相補鎖を与えられると、その機械は複雑かつプログラム可能な方法で、段階的な或いは連続的な形状変化を含めて、形状を変えることができる。(KU,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1126

宿主因子が大きな曲がりを強くする (Host factor drives the big bend)

細菌は、ウイルスの攻撃を防ぐために、CRISPR-Cas と呼ばれる高度に適応可能な DNA 検出器と編集機を有する。 Cas1-Cas2 インテグラーゼは、IHF(integration host factor)と呼ばれる補助タンパク質の助けを借りて、外来の DNA 断片を細菌の CRISPR 座位に捕獲する。 これらの断片はその後、さらなる侵入者のセンサーとして作用する。 インテグラーゼ複合体の構造を解析することで、Wright たちは、Cas1-Cas2 が部位特異的組み込みのためにどのように CRISPR 配列を認識しているかを示している(Globus と Qimron の展望記事参照)。 IHF は DNA を鋭く屈曲させ、結果としてインテグラーゼ複合体内の 2つの活性部位に DNA が接近可能となり、組み込み反応に対する配列特異性を確実にする。 CRISPR・インテグラーゼ複合体のこの特徴は、細菌における CRISPR 配列の自然発散を説明し、ゲノムのタグ付け用途に利用できるかもしれない。(KU)

【訳注】
  • インテグラーゼ:ファージやウイルスのゲノムが宿主DNAに組み込まれる際に宿主 DNA の特異的組み込み部位で作用し、DNA の組換えをもたらす酵素。
Science, this issue p. 1113; see also p. 1096

捕まえにくい現象を確定する (Nailing down an elusive process)

他の物質とほとんど相互作用しないことで知られている素粒子ニュートリノを検出するためには巨大な検出器が必要である。 原子核とニュートリノの特異な相互作用で、ニュートリノ-原子核可干渉弾性散乱(CEνNS)と呼ばれるものは、比較的高い頻度で生じると予測されており、ニュートリノ検出器の大きさを劇的に小さくするのに利用できるかもしれない。 しかしながら、この相互作用を観測するには、低エネルギー・ニュートリノ源と、最適な質量の原子核を含んだ検出器が必要である。 Akimov らは、14.6 kgという比較的小さなナトリウム・ドープのヨウ化セシウム・シンチレーターに、核崩壊中性子施設から発生したニュートリノを照射し、6.7σの信頼度で CEνNS を観測した。 この発見は、素粒子の標準モデルを超える新奇な非標準モデルが予言するニュートリノの関わる相互作用に対し、これまでよりきつい制限を課する。(NK,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1123; see also p. 1098

部品をまとめる (Putting the pieces together)

既存の薬剤の送達を改善するための 1つの経路は、保護的であるがゆっくりと分解する殻の中に封入することである。 そのような徐放性カプセルは、生体内での薬剤有効性を改善し、副作用を低減し、より安定した用量送達を可能にする。 McHugh たちは多くの既存の製作技術を活用して、治療薬を含む液体を充填可能な小さな(約400μm)、中空の注射可能な微粒子を作っている。 この微粒子材料(この場合、乳酸/グリコール酸共重合体)の分解速度を調整することで、容器内部の治療薬を数日から 2ヶ月の範囲の所望の時間で放出させることができる。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1138

胚中心を調節する (Regulating the germinal center)

抗体の無秩序な産生は、自己免疫の発生に寄与する可能性がある。 ヒトとマウスにおいて、濾胞制御性 T(Tfr)細胞は、胚中心反応を制限し、B 細胞小胞内の抗体産生を減少させると考えられている。 にもかかわらず、Tfr 細胞が胚中心反応をどのように制御しているかはいまだ不明である。 Ritvo たちは、Tfr 細胞が CD25 を発現せず、インターロイキン- 2 に応答しない CD4+CXCR5+PD1+Foxp3+ 細胞のまれな集団であることを示している。 濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞と制御性 T 細胞を比較すると、Tfr 細胞は前者と近似群を作った。 さらに、Tfr 細胞はインターロイキン-1 シグナル伝達経路に対する囮分子を発現し、Tfh 細胞の抑制機構を示している。(KU,kh)

【訳注】
  • 胚中心:リンパ濾胞(リンパ小節)の中心部にできる球状の構造で、活性化した B 細胞により活発に抗体がつくられる場所。
  • 濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞:胚中心における B 細胞の機能と抗体反応を制御する
  • 制御性 T 細胞:免疫応答の抑制的制御をつかさどる T 細胞の一つ。
  • CD25:インターロイキン-2 受容体のα鎖。
Sci. Immunol. 2, eaan0368 (2017).

化学誘引物質用受容体を認知する (Legitimizing a chemoattractant receptor)

孤児受容体 GPR15 は、結腸と皮膚へのリンパ球の輸送を仲介し、また、炎症性腸組織へのエフェクター T 細胞の動員を仲介する。 Suply たちはブタ結腸の抽出物を用いて、リガンド GPR15L を精製した。 このリガンドは受容体 GPR15 を活性化するが、化学誘引物質用の他の受容体は活性化しない。 マウスにおいて GPR15L は、移植皮膚へ T 細胞を動員し、GPR15L の減少は移植片拒絶反応の低下と関係した。 GPR15L を合成する mRNA は乾癬性病巣に豊富に含まれているので、これらの結果は、炎症性皮膚疾患の治療に GPR15-GPR15L 系を標的にできるかもしれないことを示唆する。(MY)

【訳注】
  • 孤児受容体:リガンドになる物質が不明である受容体のこと。
  • 化学誘引物質:白血球やリンパ球などの運動性の細胞に、それに向かう走化性を引き起こす効果を持った物質。GPR15L も化学誘引物質の1つ。
  • エフェクター T 細胞:抗原提示を受けて最終段階まで分化し、免疫応答に直接関わるT細胞。
  • 乾癬:皮膚から盛り上がった紅斑の上に銀白色の皮膚粉が付着する、非伝染性皮膚病。
Sci. Signal. 10, eaal0180 (2017).