Science August 18 2017, Vol.357

物がくっついて欲しくない時 (When you don't want things to stick)

海洋での船体の水中部分への 海洋生物付着の際に、表面が水あかや生物有機体で覆われ、除去するのに多額の費用がかかることがある。Aminiたちは有機潤滑剤を含侵させたポリマーを用いて、海水に浸った表面にムール貝が付着するのを防いだ。含侵後のポリマーは、ムール貝に対し比較的柔らかな表面を見せている。これにより、ムール貝がその足で表面に探りを入れた際、粘着糸の放出をより少なくするようで、結果としてその粘着力を減少させる。この処理法の抗付着特性は、実験室環境と現地試験の両者で認められた。(Sk,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 668

痒みと引っかき行動の回路 (The circuits of itching and scratching)

痒みは、治療の選択肢があまりない大きな臨床問題である。この数年間で、痒みに選択的に作用する分子と神経の特定において、大きな進展があった。しかしながら、痒み処理の根底にある脳回路については、ほとんど分かっていない。Muたちは、脊髄にある痒み処理神経の部分集団が他の神経細胞を直接興奮させて、傍小脳脚核と呼ばれる脳幹構造に投射することを見出した。この脊髄-傍小脳脚核経路の抑制が、マウスの痒みと引っかき行動を減少させた。(Sk,ok,nk,kj)

Science, this issue p. 695

線虫の細胞を個別に配列決定する (Sequencing each cell of the nematode)

個々の細胞で利用可能な生物学的材料の量が限られているためと、さらに複数の細胞にわたる配列決定にかかるコストが高いために、単一細胞の配列決定は難事だがやりがいがある。Caoらは、個々の細胞の物理的な分離を必要としない単一細胞と単一核両方のトランスクリプトームをプロファイルするための2段階のコンビナトリアル・バーコード法を開発した。 著者らは、個々の線虫( Caenorhabditis elegans )の幼虫から約50,000個の単一細胞をプロファイルし、さまざまな、希少ですらある細胞型から情報を同定し回収することができた。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム: DNAから転写されたRNA全体
  • コンビナトリアル・バーコード法:短い遺伝子マーカーを利用しDNA配列から種を特定する並列で系統的網羅的な手法
Science, this issue p. 661

異常星は超新星の残骸かも (Unusual star may be supernova debris)

タイプIa超新星は、熱核爆発で白色矮星が完全に破壊されたときに生れる。最近、タイプIax と呼ばれる別のクラスの超新星が発見された。これらはタイプIaのように見えるが、はるかに暗く、白色矮星のほんの一部が破壊された結果かもしれない。この考えを支持して、Vennesたちは、我々の銀河系の中に、小質量で、高速に動いている、異常な元素組成の白色矮星を見つけ出した。これらの特性は、タイプIax超新星から予測される残存物である可能性を示唆している。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 680

新しい注入系の同定 (Identification of a new injection system)

他の細胞と相互作用を行うために、細菌は、膜を穿刺するバクテリオファージと同じ様に働く収縮機構を用いる。 いわゆるVI型分泌系(T6SS)は、細菌細胞に内部から機能する。 Bockらは最新の電子顕微鏡法と機能分析法を用いて、細胞の発射状況でのT6SSの構造と機能を解明した。 彼らは3つの構成要素を特定し、発射時に大規模な構造変化を示した。 T6SSは多筒の銃様配列で構成され、宿主内部での細菌の生存に寄与する可能性がある。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • バクテリオファージ:バクテリアを溶かすウイルスで、月面着陸船のような本体は、ヘッドとテール、ロングテールファイバーから構成される。
  • VI型分泌系:細菌が標的とする細胞や真核細胞内に致死的毒素を直接注入する器官。基本的に収縮性分子装置で、テールを押し出すのに必要な機械的エネルギーを蓄える収縮性の鞘に包み込まれた硬直な内管が存在する。
Science, this issue p. 713

新しい治療標的が視界に? (A new therapeutic target in view?)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)のような神経変性疾患に対する遺伝学,病理学,臨床所見は一貫しておらず,それが候補となる治療法の開発や試験を困難にする。Le Pichonたちは,ALSとアルツハイマー病のマウス・モデルおよびヒト患者の死後脳組織で,神経変性の共通調節因子として,二重ロイシン・ジッパーキナーゼ(DLK)を特定した。神経変性疾患の幾つかのマウス・モデルで,DLKの欠失あるいはDLK阻害剤による処置が神経細胞を守り,また,疾患の進行を遅くした。このためDLKは,多くの神経変性疾患に対する治療標的となるかもしれない。(MY,nk)

【訳注】
  • DLK:神経細胞の損傷を感知し,変性及び再生の両方のシグナル伝達を誘発する分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ群の一種。
Sci. Transl. Med. 9, eaag0394 (2017).

妊娠障害のモデルを作る (Modeling a pregnancy disorder)

高血圧で特徴づけられ,命を脅かす妊娠障害である妊娠高血圧腎症は,早産を引き起こしかねず,また,母子にとって命にかかわることがある。効果的な治療につながる研究は,有益な動物モデルがないことで妨げられてきた。Hoたちは,胎盤で作られ,妊娠高血圧腎症において濃度が低いホルモンとしてELABELAを同定した(WirkaとQuertermousによる展望記事参照)。ELABELAの欠乏した妊娠マウスは,高血圧と尿タンパクの上昇を含む,妊娠高血圧腎症の臨床兆候を示した。ELABELAを欠いた胚は,ある割合で心臓の発生不良を示し,また,妊娠満期で生まれた子は体重が少なかった。(MY,kh)

【訳注】
  • ELABELA:胚性幹細胞に存在し,32のアミノ酸からなり,初期心血管系の発生に重要なホルモン。
Science, this issue p. 707; see also p. 643

腫瘍を治療すると転移する (Treating a tumor to metastasize)

前立腺ガンの標準的処置であるアンドロゲン遮断療法は, 形質転換増殖増殖因子β(TGFβ)シグナル伝達の亢進を伴い,その結果,ガンの転移を促進する可能性がある。Chenたちはマウスでの研究で,アンドロゲン受容体の活性化が,TGFβ経路の転写抑制因子を誘発することを見つけた。しかしながら,アンドロゲン遮断療法は,この転写抑制因子の濃度を減らし,TGFβシグナル伝達の亢進と前立腺ガンの転移を引き起こした。このように,標準的な前立腺ガン処置は,原発腫瘍の増殖を妨げるかもしれないが,気付かないうちに転移を促進することがある。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • アンドロゲン:雄性ホルモン作用を持つステロイドホルモンの総称。
  • TGFβ:上皮系細胞に対する強力な増殖抑制作用を示し、ガン抑制因子として考えられている一方,ガン細胞自身が産生するTGF-βが周囲の正常細胞に作用し,ガン細胞の浸潤・転移を促進する因子としても考えられるようになってきているリガンドタンパク質。
Sci. Signal. 10, eaam6826 (2017).

データの共有、プライバシーの保護 (Sharing data, protecting privacy)

データの共有は、病気の診断に遺伝子データを最大限に活用するために重要であるが、データを提供するかもしれない多くの個人はプライバシーを心配している。 Jagadeeshたちは、最新の暗号作成手順と、単一遺伝子障害患者の原因疾患変異となる病変を診断するために使用される頻度準拠臨床遺伝学とを結びつける解決法を記述している。この枠組みは、個々の参加者の最も個人的な情報を含む変異体の99%以上を保護しながら、実際の患者を含む病例において原因となる遺伝子を正しく同定した。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 692

協働統治 (Collaborative governance)

環境ガバナンスは,もともと協働を必要とする。しかしながら,様々なタイプの利害関係者は,共通する環境問題を協議し,連帯してその交渉による解決に貢献する意欲にしばしば欠けていることを研究が示してきた。Bodinは,協働が効果的でありうるのは,どんな時なのか,実際そうなるのか,どんな風にするのかについて,そしてこのやり方で最も実り豊かに取り組まれるのがどの種の環境問題なのか,を説明する研究と事例を概説している。この記事は,環境の管理とガバナンスへの協働的取り組みに対する利益と制約についての一般的な結論を提供し,また,依然として相当な知識の隔たりが存在し,さらなる研究が必要な重要領域が残っていることを指摘している。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaan1114

生殖器系の形成 (The makings of the reproductive tract)

どの胚にも,その性に関わらず,性分化の前はオス・メス両方の原始生殖器系を含む。性固有の生殖系の成立には,メスの胚はオスの器官の成分を除去する必要がある。一般的な合意は,このオス器官の除去が自動的に生じ,精巣由来アンドロゲンの欠乏のため生じる受動的な結果であるとの主張である。Zhaoたちはマウスを研究し,この過程がそうでなく,転写因子COUP-TFIIにより能動的に促進されることを発見した(Swainによる展望記事参照)。この因子の作用がないと,胚はアンドロゲンの作用とは無関係に,オスの生殖器系を保持した。これらの発見は,性的二形の生殖器系成立の根底にある予想外の機構を明らかにしている。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • アンドロゲン:雄性ホルモン作用を持つステロイドホルモンの総称。
  • 転写因子COUP-TFII:リガンドとしてレチノイドが結合すると細胞質から核内へ移行して転写調節因子として働く核内受容体の1つ。
Science, this issue p. 717; see also p. 648

シェーグレン症候群の抑制 (Suppressing Sjögren syndrome)

T濾胞調節(Tfr)細胞は、胚中心における抗体産生を調節する。 自己免疫疾患であるシェーグレン症候群の患者は、循環するTfr細胞の数が増加している。 Fonsecaたちは、血液と組織のTfr細胞が表現型に差異があることを見出した。血液Tfr細胞は、体液性免疫応答を優先的に抑制せず、ナイーブ様の表現型を有していた。 これら血液Tfr細胞は、胚中心の免疫応答反応の際に生成され、リンパ節などの免疫組織を出て血液に入った。これらのデータは、シェーグレン症候群にかかって増加した血液Tfr細胞数がその分だけ体液性免疫応答の抑制能力を増してはいない理由を説明し、その代わりに、増加した血液Tfr細胞数が進行中の体液性活性を示すことを示唆する。(KU,nk,kj)

【訳注】
  • 胚中心、胚中心応答:リンパ節などの免疫組織においてB細胞が集まって濾胞構造を形成し、B細胞が作る抗体の親和性を改良する。その中心場が胚中心でその反応を胚中心応答と言う。この濾胞にはT細胞が囲み、Tヘルパー細胞やT濾胞制御細胞が関与、高度の免疫形成の拠点になっている。
  • 体液性免疫:抗体や補体による免疫
  • ナイーブ様:抗原刺激をまだ受けてない細胞
Sci. Immunol. 2, eaan1487 (2017).

過去の対象についての誤った記憶 (Faulty remembrance of objects past)

霊長類の脳は、腹側皮質視覚処理経路を通ってくる視覚入力を分析し、対象の同一性を抽出する。この経路の最終段階である嗅周皮質は、対象を認識する上で極めて重要な役割を演じている。Tamuraたちは、光遺伝学あるいは電気刺激のいずれかを用いることにより、新旧の対象認識課題におけるサルの判断に、系統的な偏りを与えた。サルは、刺激部位が、記憶神経細胞が密集したホットスポットにあった時、遭遇した対象に見覚えがあると判断した。しかしながら、神経細胞が学習した対象への選択的応答性を失ったホットスポット周辺領域では、電気的微小刺激がサルを、対象をこれまで見たことがないという誤った判断に導いた。(Sk,kh)

【訳注】
  • 光遺伝学:遺伝子操作により神経細胞に光活性化タンパク質を発現させ、その神経細胞に光を当てることによって、神経細胞の活動を制御する技術
Science, this issue p. 687

ガンのトランスクリプトームのモデリング (Modeling the cancer transcriptome)

The Cancer Genome Atlasのような最近の取り組みは、個々の遺伝子が腫瘍増殖に対し及ぼすゲノム全体の効果を地図に描いた。腫瘍のゲノム変化を解明することによって、ガンの分子的サブタイプが同定され、結果として患者の診断と治療を改善しつつある。 Uhlenたちはコンピュータ・ベースのモデリング手法を開発し、ほぼ8000人の患者でさまざまな型のガンを調べた。 彼らは、特定の遺伝子の発現が17の異なる型のガンにおける患者の生存にどのように影響するかを調べるためのオープン・アクセス情報源を提供する。 結腸、前立腺、肺、および乳房起源の腫瘍を含む、900,000を超える患者の生存様式が利用可能である。 この対話型データ集合は、代謝変化が腫瘍増殖にどのような影響を与えことができるかを予測するための個人毎の患者モデルを作るために利用できる。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム: ある生物個体や、組織、細胞の転写産物 (mRNA)の全体像を定量的あるいは定性的に把握することで、対象とする遺伝子発現の全体像を見ようとする研究手法。
Science, this issue p. eaan2507

亜恒星天体の大気中で脈動する帯 (Beating bands in substellar atmospheres)

褐色矮星は、巨大惑星と小さな恒星との間の質量を持つ星である。それらは、ガス巨大惑星の多くの特徴、特に大気中の条件を共有している。Apaiたちは、3つの褐色矮星の赤外輝度が時間と共にどのように変化するかを分析した。それらの大気中にあって星の表面を回転する雲の帯が波打つパターンを作るならば、いくつかの難解な特徴が説明出来る。このような帯は、木星の光学画像に見られるが、海王星の赤外線画像に最もよく一致する。この結果は、太陽や他の星の周りの褐色矮星やガス巨大惑星の大気の物理を明らかにするものである。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 683

共役した共有結合ネットワーク (Conjugated covalent networks)

グラフェンとその関連材料は2次元 (2D)の完全に共役したネットワークであるが、類似の共有結合性有機構造体(COF)は目的に合った電気特性と磁気特性を提供することができるかもしれない。Jinらは、tetrakis(4-formylphenyl)pyreneと1,4-phenylenediacetonitrileの縮合反応により完全π共役COFを合成した。この反応は可逆的であり、結果として積層したπ結合2Dシートの結晶材料を形成するのに必要とされる自己修復能を提供する。ヨウ素を用いたこの半導体材料の化学的酸化は、その伝導率を大幅に高め、またピレン中心に形成されたラジカルは高いスピン密度と常磁性を分け与えた。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 673

メタン生成古細菌の代謝 (Methanogenic archaea metabolism)

地球上のメタンの大部分は、メタン生成古細菌の代謝によって生成される。 その最終段階はメチル補酵素Mと補酵素Bとの間の反応を含み、CoM-S-S-CoBとメタンを与える。 Wagnerたちは、メタン生成ヘテロジスルフィド還元酵素(HdtABC)-[NiFe]-ヒドロゲナーゼの高分解能構造を報告している。この酵素は、フラビンに基づく電子二分岐(FBEB)として知られているエネルギー保存プロセスにおいて、ジスルフィドを還元し、これをフェレドキシンの還元に結びつける酵素である(Dobbekによる展望記事参照)。還元されたフェレドキシンは、次にメタン生成の第一段階を行う。この構造は、2つの非立方体型[4Fe-4S]クラスターがどのようにジスルフィドを開裂するかを示し、そしてFBEBのその機構に関する洞察を与える。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 699; see also p. 642

スピン・バルブ太陽電池 (A spin-valve solar cell)

電子スピン流は、電荷担体を一方の強磁性電極からもう一方へ半導体層を通して注入する素子である、スピン・バルブで測定できる。幾つかの有機半導体は長いスピン担体寿命を持ち、さらに光起電力効果により電荷担体を発生することも出来る。Sunたちは、C60に基づいたスピン・バルブを製作し、スピン流が光電流により変調できることを示した。ある光強度では、外部磁場を用いることにより、光電流の極性を変化させることが可能であり、これは、潜在的に計測への応用に利用かも知れない効果である。(Sk,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 677

正しく捕捉する (Making the right catch)

張力により、カドヘリンに基づく細胞間接着とインテグリンに基づく細胞基質間接着における、α-カテニンとタリンそれぞれの潜在的ビンキュリン結合部位が明らかになる。 したがって、細胞接着におけるビンキュリンの増加は、負荷誘発性の細胞骨格結合強化の指標である。 Huangたちは、単一分子の光トラップ分析法を用いて、負荷の下での単一アクチン線維へのビンキュリンの結合寿命を測定した。 ビンキュリン・F-アクチンの相互作用は、方向性のある捕捉結合(catch bond)を形成した。その結合は、低い力では非常に弱いが、力の増加と共に寿命が大きく増す。 これは、細胞間接着と細胞・細胞基質間接着の両方における補強リンカーとしてのビンキュリンの役割を説明する。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ビンキュリン:細胞質に存在しアクチンと結合するタンパク質
  • α-カテニン:細胞間接着分子カドへリンに結合してカドへリンとアクチン系細胞骨格との橋渡しをする分子
  • 捕捉結合(catch bond):解離(分離)寿命が結合に対する張力とともに増加する非共有結合の一種
Science, this issue p. 703