Science July 28 2017, Vol.357

雨が多ければ多いほど汚染が多いということだ (More rain means more pollution)

河川流水による窒素の流入は、河口や沿岸水における富栄養化の主要な原因である。これは、気候変動が水循環を強めるにつれて激化すると広く予想されている深刻な問題である。適切な分析が不足している現状を検討するために、Sinha たちは、気候モデルから導出された降水量の予測に基づき、米国本土に対する河川窒素負荷の推定値を与えている(Seitzinger と Phillipsによる展望記事を参照)。予想される降水パターンの変化は、今世紀末までに窒素流入量の大幅でかつ確実な増加をもたらすと予測している。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 405; see also p. 350

濡れていても粘着する (Sticky even when wet)

組織接着剤は、縫合糸または縫合針の代替物として使用され、健康な組織への害がより低いものとなり得る。しかし、生体適合性が低く、組織との機械的特性の整合性が低いという問題が起きることがある。Li たちは、粘着剤の表面を柔軟な基剤と組み合わせて、適切な品質の粘着性を持つが、周囲の組織と一緒に動く接着剤を開発した。この接着剤は血液の存在下で有効であり、したがって創傷修復の際に役立つであろう。(KU,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 378

X線のスペクトル幅狭小化 (Spectral narrowing of x-rays)

現代の放射光施設は,通常,X線パルスを提供するが,このX線パルスは周波数空間において,それを用いて調べられる原子あるいは核の共鳴幅より何桁も広い。しかしながら,多くの分光学的応用にとって,より周波数幅の狭いX線光源が望まれる。Heeg たちは,参照吸収体の精密な力学的変位を使って,X線制御場の効果を強めることで,入力X線パルスを狭スペクトル幅にできることを示している。非共鳴光子の共鳴光子への転換は,所望共鳴周波数におけるパルスの明るさを向上させ,これによって,精密分光法用の鋭利なX線測定器を提供する。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 375

アイスランドの熔けた根元 (Iceland's molten roots)

巨大ホット・スポット・プルームは、ハワイのような玄武岩からなる大洋に浮かぶ列島の原因となっている。Yuan と Romanowicz は、地震断層撮影法という、地震波による地球内部のX線像のような写真を描く技術を用いて、アイスランドのホット・スポット・プルームの根元が部分的に熔融していることを示した。部分的熔融領域は、地球の核-マントル境界の近くに位置しており、地球物理学的な方法を用いて画像化するのが難しかった。この方法は、類似の溶融部分を有する他のホット・スポットや、下部マントル中の他の不可解な領域にも適用可能である。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 393

腫瘍に対する厳しい罰 (A stiff punishment for tumors)

腫瘍細胞の挙動は自分自身の生物学的要因だけでなく、彼らの周囲の微小環境との相互作用によっても調節される。微小環境の重要な部分は細胞外基質であり、これは通常、周囲の正常組織よりも腫瘍において剛性が大きい。この差を利用して、Liu たちは、マウス・モデルにおいてガン薬物送達のための運搬具として作用する、機械応答性の間葉系幹細胞を作製した。作製された幹細胞は腫瘍部に集中し、2段階ガン治療の最初の半分であるシトシン脱アミノ酵素を送達した。引き続いて、薬剤5-フルオロ・シトシンが全身に送達され、腫瘍環境に存在するシトシン脱アミノ酵素はその薬剤を活性化し、標的外に何等の損傷を与えることなく局所的抗ガン治療を提供した。(KU,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaan2966 (2017).

きめ細かな運動制御の消滅 (The disappearance of fine motor control)

手作業の技能は、げっ歯類よりも霊長類ではるかによく発達している。この差異は、部分的には、脳による運動ニューロンの制御における種特異的な相違に起因する。Guたちは一連の方法を用いて、新生仔マウスにおける潜在的な皮質脊髄路投射を評価した。この投射は出生直後に存在するが、セマフォリン受容体ファミリーのメンバーであるプレキシンAの作用により、出生後最初の2週間以内に消滅する。変異マウスを使ってセマフォリン受容体を標的にして欠失させると、皮質脊髄路投射の消滅がなくなり、脊髄の運動ニューロンへの機能的な単シナプス入力の喪失が防止された。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • 皮質脊髄路:大脳皮質の運動野から脊髄を得て骨格筋に至る神経線維(ほとんどが運動ニューロン)の束。
  • セマフォリン:細胞間のシグナル伝達に関与するタンパク群で、神経回路の形成に関わっている。
Science, this issue p. 400

猫のしっぽのお話 (A tale of CAT tails)

タンパク質翻訳が失敗すると、不完全な新生ポリペプチドは、進化的に高度に保存されたリボソーム関連の品質管理複合体(RQC)による分解の標的とされる。RQC成分の突然変異は、細胞レベルでのストレスおよび生物体レベルでの神経変性に至る。最近の研究は、RQCタグが、正常に伸長できなかった反応において、C末端アラニンとスレオニン(CAT)尾部を持つタンパク質を部分的に合成することを示した。酵母の研究から、Kostova たちは、この過程の役割を明らかにした。CAT尾部形成は、部分的にしか合成されなかったタンパク質の分解を確実にするためのフェイル・セーフ機構である。この伸長過程は、リジンをリボソーム出口トンネルから「押し出す」ようで、結果としてそれがユビキチン分解シグナルによって標識化されることを可能にする。(KU,kj,ok,kh)

Science, this issue p. 414

免疫療法への応答を予測する (Predicting responses to immunotherapy)

ミスマッチ修復(MMR)経路の機能欠失型変異を持つ結腸ガンは,PD-1遮断免疫療法に対して,この療法にとって有望な応答を示す。Le たちは第2相臨床試験で,治療成功が結腸ガンだけに限られないことを示した(GoswamiとSharmaによる展望記事参照)。彼らは,MMRの欠失を持つ幅広い異なる種類のガンもまた,PD-1遮断に応答することを見つけた。この臨床試験は,何人かの膵臓ガン患者を含んでいた。膵臓ガンは最も致死的なガン形態の1つである。この臨床試験は今なお進行中で,現在まで約20%の患者が完全奏効を達成した。MMRの欠失は,幾つかの固形腫瘍に対しての治療成功成績を予測する生体指標であると思われ,MMR欠失型ガンが潜伏する患者に対する新たな治療選択肢を示す。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • MMR:DNA複製で生じた誤った塩基対合(ミスマッチ)を見つけ出し,誤って取り込まれた新生鎖側の塩基を除去する修復機構。
  • PD-1遮断免疫療法:ガン細胞は,免疫を担うT細胞の表面に発現するPD-1受容体へ結合してT細胞の働きを抑制し免疫から逃れる。PD-1遮断免疫療法は,この結合を薬剤で阻害することで,T細胞の攻撃性を保つ療法。
  • 第2相臨床試験:3つの臨床試験の中間に位置し,比較的軽度な少数例の患者を対象に,対象医薬品の有効性・安全性・薬物動態などの検討を行う段階。
  • 完全奏功:治療への反応として腫瘍が完全に消失した状態となること。
Science, this issue p. 409; see also p. 358

腹痛から鬱病まで (From stomach ache to depression)

お腹が痛いと惨めな気持ちになる。そのような全く異なる現象が機構的につながっている訳だが,どうなっているのだろうか? Cervenka たちは,食物から摂取されたトリプトファンが,幾つかのキヌレニン類へと代謝される際にとられる多くの経路について概説している。これらの代謝物は,霊長類の多様な生理側面を統合する恒常性回路網へと分配される。キヌレニン類は,生理的状況に依存して,腸の不調から、炎症、さらにはがんの進行に至るまで,健康と病気の状態に影響を与える。さらに,キヌレニン類は運動の効果,気分,神経細胞の興奮性に介在し,究極には腸内細菌叢と情報交換するのである。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaaf9794

分子の干渉可能時間を延長する (Extending the coherence time of molecules)

原子や分子の量子力学特性は、精密測定や量子情報処理に利用できる。分子の複雑な状態構造も利用できると考えられているが、これらの状態対の間の干渉可能性を応用で維持することは難しい。Park らは、回転振動的 (rovibrational state) に基底状態にあるフェルミオン型であるナトリウム・カリウム合金の分子(NaK)を作り出した。これらの分子は核スピン状態同士の干渉可能性を秒の時間尺度で持続した。この長い干渉可能時間は、極低温双極子分子を貴重な量子資源にする。(NK,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 回転振動状態:分光学的に観測される、回転状態の遷移と振動状態の遷移が組み合わさった状態。
Science, this issue p. 372

核内部の大写し (A close-up view inside the nucleus)

ヒト細胞の核には2メートルの長さのゲノムDNAが入っている。どうやってそれが全て収まるのか? 凝縮はヒストン八量体にDNAが巻き付いてヌクレオソームを形成することで始まるが,どうやってこれらがさらに分裂期染色体へと圧縮するのかは不明である。Ou たちは,ヒト細胞中のクロマチン構成を映像化できるDNA標識法について述べている(Larson とMisteli による展望記事参照)。彼らは,クロマチンが 5から24ナノメートルの間の直径を持つ屈曲鎖を形成することを示している。分裂期染色体では,クロマチン鎖は自身へと折り返って高密度で詰まり,一方,間期のあいだは,クロマチンはより伸びている。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 分裂期,間期の染色体:有糸分裂期の染色体は凝縮し,棒状の構造体として,さらに進みX型の構造体として観察される。2つの分裂期のあいだの期間である間期においては,染色体は核内に分散し,凝縮染色体としては観察されない。
Science, this issue p. eaag0025; see also p. 354

DNAタイル上での情報の中継 (Relaying information on DNA tiles)

モジュール式のDNAユニットを並べたもの(アレイ)は、DNAトリガー鎖の結合に応答してその内部形状を変形することにより、情報を中継することができる。Song らは、二本鎖DNAからなる長方形アレイを合成した(Yang とLin による展望記事参照)。一時的な正方形形状は、対角方向につまむことで 2種の安定した長方形構造へと変形する。DNAトリガー鎖の結合は、別の安定形状への切り替えを生じる。このように、タイルは、特定の経路に沿った変形の連鎖を作り出し、それによって結合が起こった場所に関する情報を伝達する。(NA,MY,kj,kh)

【訳注】
  • DNAタイル:複数の一本鎖DNAからなる複合体で、ここではモジュール式のDNAユニットを指す。
Science, this issue p. eaan3377; see also p. 352

高分子材料を使わないパターン形成 (Patterning without polymers)

ナノスケールのパターン形成は、通常、逐次的に層をマスクし、パターン形成し、現像するという複数の段階を必要とする。一つの主要な事項は、全ての材料相互での互換性を、使用するパターン形成技術と同様に獲得して、正確で汚染のない工程を保証することである。Wang たちは、光応答性リガンドを用いて、特定の溶媒中でのナノ結晶の溶解度を変化させている。それにより、暗部領域でのナノ結晶の単純再分散によって現像を行うことが可能となる(Striccoli による展望記事参照)。ナノ結晶は光に照射された部分にのみ沈着するので、この工程は、フォトレジストを必要とせずに従来の半導体製造工程の利点を十分活用できる。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 385; see also p. 353

鉄の助けを借りる水素原子 (Atomic hydrogen with an iron assist)

金属多水素化物は、より低い圧力で用いて、水素原子結合が可能な材料を作ることができる。Pépin たちは、130 GPa の圧力で、非常に水素に富んだ FeH5 化合物をうまく合成している。この材料は、疑似立方体である FeH3 の単位からなる層に挿入された、4層の薄い平面状の水素原子からなる平板でできている。これらの金属多水素化物は、はるかに利用しやすい圧力下で、純粋水素より安定であった。この成果は、超伝導のような、水素原子結合で期待される特殊な電気特性を研究する機会を提供してくれる。(Sk,kh)

Science, this issue p. 382

低温での一酸化炭素除去 (Low-temperature CO removal)

一酸化炭素は燃料電池の触媒を不活化するため、炭化水素から作り出された H2 から、その場で除去しなければならない。Yao たちは、炭化モリブデン(MoC)ナノ粒子上の積層金クラスターで構成される触媒を開発し、150°C もの低温で、水との反応により CO を H2 と CO2 に転換した。水は、 MoC 上で活性化されて表面ヒドロキシル基を形成し、それから金クラスター上に吸着した CO と反応した。(Sk,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 389

銅薄膜は全く平らでない (Flat-out failure of copper films)

集積回路が小さくなるにつれて、ナノ結晶の金属配線も小さくなる。微結晶の界面(粒界)の欠陥は、その耐用年数だけでなく、配線の電気的および熱的伝導を低下させることがある。Zhang たちは、走査トンネル顕微法を用いて、ナノ結晶の銅薄膜表面が平坦ではなく、むしろ平面外に回転する粒子によって生み出される山と谷があり、それが次の段階で粒界の欠陥をもたらすことを示した。そのような欠陥は、多方向配向の薄膜を成長させることができれば避けられるかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 397

状況が炎症性腸疾患に非常に重要 (Context is critical in IBD)

腸は数十億の共生微生物である腸内細菌叢を宿す。これらの微生物が、腸内で平衡のとれた免疫応答に正確にどのように寄与するかについてはまだ探究中である。今回 Chai らは、粘膜に着生した Helicobacter 種が状況に応じて、マウス腸内の調節性T細胞(Treg)か、エフェクターT細胞(Teff)のいずれかの活性化を引き起こすことができると報告している。恒常的な状態では、細菌叢に固有な T細胞が Treg を活性化する。対照的に大腸炎のマウス・モデルでは、Helicobacter 種は Teff を誘導した。Helicobacter 種はこのように、恒常性状態では免疫寛容を誘導するが、炎症が生じた時には病変を起こすのかもしれない。(Sh,MY,kh)

Sci. Immunol. 2, eaal5068 (2017).

筋肉より脂肪組織が大事な時 (When fat is more important than muscle)

ナトリウム利尿ペプチドは、血圧効果と組み合わせて代謝を変化させる。Wu らは、筋肉内でナトリウム利尿ペプチドによるシグナル伝達が増強されたマウスが体重を増し、高脂肪食でインスリン抵抗性になることを見出した。対照的に脂肪組織内でナトリウム利尿ペプチドのシグナル伝達が増強されたマウスは、食餌性肥満から保護されていた。肥満の個体は、循環しているナトリウム利尿ペプチド濃度が低下している。したがって、脂肪組織内でナトリウム利尿ペプチドによるシグナル伝達を増強することは、肥満に対抗するための経路を提供し得る。(Sh,kj,nk,kh)

【訳注】
  • インスリン抵抗性:肝臓や筋肉、脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなった状態
Sci. Signal. 10, eaam6870 (2017).

自然界の本性はでたらめではない (Nature's nature is not random)

全くもって、生物体、生物集団、種が促進的で拮抗的な相互作用のネットワークで互いに複雑に結びついた、生態学的共同体に特有の複雑さに匹敵するものは、ほとんど存在しない。このような複雑さは、でたらめで混とんですらある変動を生み出す基盤のように見える。長期調査の世界規模でのデータ群を利用することにより、Gotelli たちは、彼らが調査した90%以上の共同体は、時間が経つと長期平均の構成にいつも戻ることを見出した。このことは、共同体構成が制御されていることを示す。もし人為的な影響が、本来備わっている制御過程を破壊した場合、生態学的共同体は劇的な変化を被ったり崩壊する可能性すらある。(Uc,MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv. 1700315 (2017).