Science May 12 2017, Vol.356

洞窟堆積物の中に我々の祖先をたどる (Tracing our ancestors in cave sediments)

初期の人類のDNA解析は、人類の進化を明らかにしてきた。しかしながら、大昔の骨や他の遺物が見つかるような場所は、比較的まれである。Slonたちは、我々の祖先が残していったどんな痕跡遺物をも活用したいと考えた。彼らは、骨格の遺物が無くとも、洞窟堆積物中から人類や他の哺乳類の古いDNAを探した。彼らは、複数の場所の洞窟堆積物から、ネアンデルタール人とデニソワ人個体のミトコンドリアDNAを同定した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • デニソワ人:ロシアのデニソワ洞窟で発見されたヒト属の人類で、ネアンデルタール人と並んで、現生人類(ホモ・サピエンス)に最も近い化石人類。
Science, this issue p. 605

人間の健康のための、個別に調整された印刷術 (Personalized printing for human health)

1980年代初めの製造方法としての三次元(3D)印刷の出現は、それが生物医学的応用のための、複雑で個人用に調整された構成要素を製造する選択手段になるとの期待につながった。表面張力によって膜面に引き起こされる皺や、パーリング不安定が原因となる扱いにくい課題が、この期待の実現を妨げている。O'Bryanらは、3D部品の精密印刷のための母材として、油膨潤の微細有機ゲルを使用した。油膨潤微細ゲルの可逆的な液体-ガラス転移は、3D足場、分枝した灌流可能な血管網、気管インプラント、および機能的な流体ポンプを含む様々な複雑な形態のシリコーン構造を産み出した。(Sh,MY,kj,ok,nk,kh)

【訳注】
  • パーリング不安定:張力下の円筒形小胞がこうむることのある不安定。真珠 (パール) の首飾りに似た、細いヒモでつながる準球形の列にまで成長する、正弦波的摂動が特徴。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1602800 (2017).

小さな包みにして、あちこちに鉄を送り出す (Shipping iron around in small packages)

鉄はさまざまな生物学的機能において極めて重要な役割を果たしているが、そのお返しにこの金属も細胞の内外に輸送するタンパク質の世話になっている。Grillo たちは、鉄イオンと結合する単純な親油性小分子を用いて、鉄輸送体欠乏症の動物モデルで、輸送を回復させた。この環状ケトールであるヒノキチオールは、まず最初に酵母中で試験され、その後、ゼブラフィッシュでのヘモグロビン生成だけでなく、ラットとマウスでの腸からの鉄吸収を促進することが示された。(Sk,kj,nk)

Science, this issue p. 608

ウランで留められた入り組んだ構造 (Intricacy anchored by uranium)

金属有機構造体は通常ならば,一段階の組み立て複雑性を有している。すなわち,くり返し格子中で,有機架橋が無機結節を連結する。Liたちは,ウラン陽イオンと有機架橋から組み立てられた立方八面体から構成される構造を作り出し, その構造群が三角面を共有してプリズムを形成した。これらの構造がかご型構造を形成し,次にその構造が連結してダイヤモンド格子形態で集結する四面体を作った。この階層的な開放構造は,800以上の結節と結合を持つ巨大な単位格子を生成し,直径5nmと6nmの内部空洞を含有した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 金属有機構造体:さまざまな金属イオンとそれらを連結する架橋性の有機配位子を組み合わせることで組み立てられる内部に細孔を持つ結晶性の高分子構造体
Science, this issue p. 624

その太陽系外惑星にはどれほどの水があるのだろうか? (How much water is in that exoplanet?)

数千の太陽系外惑星が確認されているが、それらの大気についてはほとんど知られていない。特に、木星より小さい天体の場合はそうである。大気の広がりや組成は、太陽系外惑星がどのように形成されたかに対する証拠を与える可能性がある。Wakefordたちは、ハッブル宇宙望遠鏡とスピッツァー宇宙望遠鏡を使って、2011年に発見された海王星サイズの太陽系外惑星 HAT-P-26b の周りの大気のスペクトルを測定した。彼らは水と雲の兆候を検出した。これにより、大気組成を限定することが可能となった。それによると、形成されてからその大気組成は実質的に変化していないと思われる。(Wt,MY,kj)

Science, this issue p. 628

解決がなされた (Resolution achieved)

葉緑体は自身の葉緑体DNAを複数部持ち,これらは核様体として知られるDNA-タンパク質複合体の中に詰められている。葉緑体核様体の形,数,分布は,細胞周期,発生段階,栄養環境に依存して著しく変化する。Kobayashiたちは単細胞緑藻類のクラミドモナスにおいて,ホリデイ連結に関係するレゾルバーゼが,葉緑体核様体の著しい変化における主要因であると特定した。レゾルバーゼをコードする遺伝子は,緑色植物の間で広範に保存されている。この遺伝子の破壊や発現低下は,陸上植物であるシロイヌナズナにおいて,葉緑体核様体の組織化と分離を乱した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ホリデイ連結:ホリデイ構造とも呼ばれる。相同組換えの過程で生じ,2本の二重鎖DNAが途中で両鎖とも,自身の二重鎖の一本が他の二重鎖の一本へと交叉し,2本の二重鎖とも二重鎖の一本が,ある領域の間交換した状態になった構造。
  • レゾルバーゼ:核酸分解酵素の一種で,DNA の組み合わせ変更を行う。
Science, this issue p. 631

非クラスリン・エンドサイトーシスにおけるER-PMの接触 (ER-PM contacts in nonclathrin endocytosis)

表皮成長因子受容体(EGFR)は、クラスリン仲介エンドサイトーシスおよび非クラスリン・エンドサイトーシス(NCE)の両方を介して内部移行される。 2つの経路は、EGFRシグナル伝達またはその長期減弱を維持するために協力して作用する。EGFR-NCEの機構的基礎は不明である。Caldieriたちは様々な細胞と分子生物学的手法を用いて、EGFR-NCEの9つの調節因子を同定した(TanとAndersonによる展望記事参照)。彼らはまた、この経路の付加的な積荷分子(CD147)を同定した。この経路の調節因子の1つは、小胞体(ER)・常在性タンパク質レチクロン3(RTN3)であった。 意外なことに、EGFR-NCEは、RTN3によって仲介される原形質膜(PM)と皮質のERとの間の特異的接触の形成を必要とした。ER-PMの接触部位は、NCE管状中間体の成熟のための内部移行プロセスの非常に早い段階で必要とされた。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • クラスリン:ある種の被膜小胞の被膜を構成するタンパク質。
  • エンドサイトーシス:外界から物質を細胞膜の膜の小胞化と融合により内部に取り込む方式で、この小胞形成過程でクラスリンが小胞を被膜する。
Science, this issue p. 617; see also p. 584

世界の乾燥林の地図作製 (Mapping the world's dry forests)

地表面の40%以上を占める乾燥地帯の生息地における森林面積の広さは、他の生物群系での生息地と比較してはっきりとはわかっていない。Bastinたちは、200,000以上の区画での各々0.5ヘクタールの高解像度衛星画像の解析から計算した、乾燥地帯森林面積の地球的推定値を与えている。乾燥地帯の森林は以前報告されたものよりはるかに広大であり、熱帯雨林や寒帯林に近似の総面積に及んでいる。これにより、地球の森林被覆量の推定値が少なくとも9%増加する。これは地球上の炭素吸収源を推定する上で重要な知見である。(Wt,MY,kj,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 635

ガープのガン免疫療法 (Cancer immunotherapy according to GARP)

ガンは、病原菌と同様に、単一の療法だと適応して耐性を持つことがあり、併用療法が選択肢になる。免疫抑制を減少させる補完療法が免疫療法の有効性を高める可能性がある。Rachidiらは、血小板を標的とすることが、マウスにおける複数のガンの養子T細胞療法を改善することを見出した。血小板由来の形質転換成長因子β(TGFβ)は、大部分がTHFβ結合受容体であるGARP(glycoprotein A repetitions predominant)の発現を介して、T細胞機能を低下させた。このように、免疫療法と血小板阻害剤の組み合わせがガン療法を改善するかもしれない。(NA,MY,nk,kh)

Sci. Immunol. 2, eaai7911 (2017).

ヒトは優れた嗅覚を持っている (Humans have a good sense of smell)

他の動物のそれと比較して、ヒトの嗅覚は劣っているし発達不十分であるであると、広く考えられている。しかし、これは未証明の仮説である。総説において、McGannは、この誤った思い込みの起源が、Brocaによる比較に基づく19世紀の神経解剖学研究であることを突き止めている。ヒトの嗅球の最新の見方では、優れた嗅覚を持つと推定されているラットやマウスの嗅球と比較して、ヒトの嗅球がむしろ大きいことが示されている。実際、24種の哺乳類全体の嗅球神経細胞の数は比較的類似しており、ヒトはその集団の中程に位置している。また、我々の嗅覚の感度は他の哺乳類と同程度である。(Sk,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 嗅球:嗅神経入力を受け、嗅覚情報処理に関わる脳の組織。
Science, this issue p. 597

空間と時間のなかでの探索と捕獲 (Search and capture in space and time)

免疫作用におけるT細胞が、リガンドを求めて標的細胞をどのように精査しているのかは、ほとんど理解されていない。Caiたちは、生きているT細胞の微絨毛の動態を3次元かつ実時間で調べた。T細胞は、自身の微絨毛の急速な動きによって、ほぼ1分以内で表面上のすべての点を触診した。表面を精査するのに要した時間は、組織を通るT細胞の移動速度と一致した。これらの接触はT細胞受容体の認識なしでも起こり、シグナル伝達または細胞骨格とは無関係に固定化されるが、この固定はリガンドとの強い親和性に依存した。この知見は、以前に記述された免疫シナプスとT細胞受容体のシグナル伝達を預かる化学成分の多くが、何故に微絨毛由来の三次元的なミクロ突起に存在するかを説明する。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 免疫シナプス:T細胞が標的細胞の抗原と接触してその細胞との接着面に形成するシナプス。抗原についての情報をその標的細胞から得る。
Science, this issue p. 598

ドーナッツと同様、穴が重要 (As with donuts, the holes matter)

蓄電池のようなエナジーストレージにおいては、蓄電密度を高めることと、材料中における電荷の移動可能速度を高めることは、通常相反する目的である。Sunらは調整された空孔率を持つ五酸化ニオブ・多孔グラフェン骨格複合材を開発した。この三次元的な、階層化された大きさの孔を持つ多孔グラフェンは五酸化ニオブを支える導電土台として機能した。複合材構造中で高い電荷輸送を持つ多孔グラフェン骨格に対する空孔率を調整することで、高密度充填と出力密度の改善がなされた。相互接続したグラフェンネットワークは優れた電子輸送を与え、またグラフェンシートにおける階層化された多孔構造が、高速イオン輸送を容易にし、そして拡散限界を軽減した。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 599

分かち合って増殖を最大にする (Maximizing growth by sharing)

細菌コロニーは同期振動する細胞増殖を行うことがあり、その場合個々の細胞はコロニー内でカリウム・イオン仲介の電気信号により情報交換する。Liuたちは、そのような情報交換が、近辺のコロニー間でも起こる場合があることを見出した(Gordonによる展望記事参照)。さらに、正常な状況では互いに同期して振動するコロニーが、栄養供給が制限された環境に対しては、互いに位相をずらす増殖で適応した。数学的モデル化とさらなる実験が、この振動がコロニー群の限られた栄養に対する競合の必要をなくすこと、そして直観に反して、このコロニー群が、高栄養濃度で増殖するよりももっと迅速に増殖できることを示した。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 638; see also p. 583

氷河が存在しない世界へ (Toward a world without glaciers)

氷河と氷床は気候温暖化に対して極めて脆い存在である。展望記事において、Moonは世界の氷の量を評価し、将来何が待ち受けているかを問うている。ほとんど例外なく、氷河は世界中で後退もしくは消失さえしており、グリーンランドと南極西部の氷床は加速度的に縮小しつつある。地上と衛星のデータの研究は、氷床からの大規模な喪失に対する詳細な知見をもたらしている。しかしながら氷の消失速度、したがって、ありうべき海水面上昇の速度を決定することは依然困難であり、水資源、大気や海洋循環そして生態系への影響についても同様である。(Uc,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 580

より病的なアミロイドβ低重合体 (A more pathological amyloid-β oligomer)

アミロイドβ(Aβ)低重合体は,細胞骨格タンパク質タウの凝集を促進する。タウの凝集はアルツハイマー病を含んだ神経変性疾患における神経細胞死や認知障害と関係する。この病気では段階の違いで,さまざまな型のAβ低重合体が現れる。Amarたちは,Aβの二量体や三量体でなく,56kDaの質量を持つ低重合体であるAβ*56が,Ca2+の流入を刺激し,これが,マウスと神経細胞においてタウのリン酸化と凝集を引き起こすことを見つけた。この発見は,この特定型のアミロイドを標的にすると,アルツハイマー病の根底にあるタウの病変が防げるかもしれないことを示唆する。(MY,kh)

【訳注】
  • アミロイドβ低重合体:アミノ酸が比較的少数重合した水不溶性の繊維状ペプチド。
  • 細胞骨格:細胞の形態を維持し,また細胞内外の運動に必要な物理的力を発生させる細胞質内に存在する線維状構造。真核細胞ではアクチンフィラメント,中間径フィラメント,微小管が該当する。
  • 56kDaの質量:Da は統一原子質量単位 (ダルトン,ドルトン) で,56kDaは5万6千の分子量に相当。
Sci. Signal. 10, eaal2021 (2017).

抗PD-1との主導権争い (Tug of war with anti-PD-1)

プログラム細胞死1(PD-1)のような免疫チェック・ポイント・タンパク質に対する抗体は,ガン治療において益々,名が知れ渡ってきているが,これらの有望療法は必ずしもうまくいくとは限らない。T細胞の働きが弱くならないよう効果を発揮するため,抗PD-1抗体は,ガンを攻撃するT細胞に結合したままでなけらばならない。Arlauckasたちは,抗PD-1抗体は当初,意図したとおりにT細胞に結合しているが,腫瘍関連マクロファージが素早くこの抗体を取り除き,結果,T細胞を不活性化することを発見した。しかしながら面白いことに,Fcγ受容体を阻害することが,抗PD-1抗体の除去を防ぎ,生体中でその効果を持続させた。(MY,ok)

【訳注】
  • 免疫チェック・ポイント:免疫応答が過剰に働くことを抑制するために免疫細胞に備わっている機構。
  • PD-1:T細胞上発現される受容体。そのリガンドであるPD-L1とともに免疫チェック・ポイントとして働く。ガン細胞表面にもPD-L1が強く発現し,これがPD-1に結合することでガン細胞に対するT細胞の攻撃を抑制する。抗PD-1抗体は,PD-1へのPD-L1の結合を阻害し,T細胞の攻撃性を保つ薬剤。
Sci. Transl. Med. 9, eaal3604 (2017).

イエバエの遺伝子破壊は性別を逆転する (Disrupting housefly gene reverses sex)

性別は多くの形態で決定され、分子段階の形態も多様である。異なる動物では、性を決定する機能を持つ染色体や特異遺伝子は大きく変わる。その事例として、身近なイエバエは高度に可変な性決定の機構を示している。この動物では、雄を決定する遺伝子(M因子)は、それが活性化しているときには雄の発生を指令するが、活性化してなければ雌の発生が生じる。Sharmaらは今回イエバエのM因子を同定して、既存遺伝子の転用や遺伝子重複および新機能獲得を通じて性決定が起こることを明らかにしている。この発見は、性決定経路の驚くべき多様性とその多様性を駆動する力を解明する。(ST,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 642