Science June 10 2016, Vol.352

注入せよ、さあ、注入せよ! (Inject, baby, inject!)

大気中CO2は、玄武岩中に注入することにより閉じ込めることが可能であり、化石燃料の燃焼が及ぼした被害の一部を回復するための、潜在的に価値のある方法を提供する。Matter たちは、CO2を、アイスランドの、深度400mから800mの間にある玄武岩とハイアロクラスタイトの重なった地層を貫通する井戸の中に注入した。注入されたCO2の大部分は、2年もしないうちに鉱物化した。炭酸塩鉱物は安定しており、この方法は炭素漏洩の危険性を回避するであろう。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ハイアロクラスタイト:水冷破砕された火砕岩の一種で、熔岩が急冷して同時に小さな破片となり、引き伸ばされ破壊して堆積したもの
Science, this issue p. 1312

癌免疫療法の外部委託 (Outsourcing cancer immunotherapy)

癌免疫療法の成功は,患者の T細胞が腫瘍特異的変異を認識することと,その後,致死的な攻撃を実施することにかかっている.腫瘍には多くの変異が存在するにもかかわらず,ほとんどの人は,これらのいわゆる”新抗原”に応答する T細胞をごくわずかしか持っていない.Stronenたちは, 3人の患者から採取された黒色腫(患者自身のT細胞が無視してしまう新抗原を時には含んでいる)が発現した、予測新抗原に応答する T細胞を健常な提供者から単離した(YadavとDelamarreによる展望記事参照).そのような外部委託するやり方で臨床成績の改善ができるのかの試験が,次の重要な段階となるだろう.(MY,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1337; see also p. 1275

眼優位性の可塑性が見直される (Ocular dominance plasticity reconsidered)

発生と学習の間で、神経回路がどのように確立され,再編成されるかは不明である.1つの考えは,皮質回路には実質的に無制限の可塑性があり,ランダムな構成要素から常に作り変えられているというものである.別の考えは,回路結合の幾らかは,ある程度あらかじめ形成され,硬直しているというものである.マウスでの研究から、Roseたちは,単眼の視覚遮断後に視覚野神経細胞がどのようにその応答を変えるのかを調べた.視覚をもとに戻すと,視覚野神経細胞の応答特性は,単眼遮断以前のパターンに復帰した.従って、視覚遮断の間に一時的な変化を来たしているのは強固な基幹回路の結合ではなく,恐らく抑制性でより弱い結合であり、一方、基幹回路網は活性変化の数日後でさえ,既定の状態に復帰するのである。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 眼優位性:単眼遮断を続けた場合,視覚神経細胞が開いてる眼からの刺激にのみに反応するようになること
  • 抑制性結合:信号伝達する相手細胞の興奮を抑える神経細胞の結合
Science, this issue p. 1319

接着と炎症を解体する (Knocking down adhesion and inflammation)

炎症細胞は、血管壁に沿って進み、自らを移植し、次に血管を裏打ちしている血管内皮細胞を通って、血管の損傷領域(プラークと呼ばれる)に宿る。細胞接着分子 (CAM)が、この補充と移住プロセスに仲介する。マウスの研究から、Sagerたちは、5つのCAM-標的の低分子干渉RNA (siRNA)を血管内皮細胞に達するよう最適化されたナノ粒子の内部に組み入れた。この siRNAは、ヒト粥状動脈硬化の幾つかの特徴を発生するように遺伝子操作で作られたマウスにおいて、プラークへの白血球の補充を減少させた。この siRNAはまた、心筋梗塞後の炎症を和らげた。循環器疾患に対する今日的な治療は炎症細胞を標的としておらず、この多標的用ナノ医薬は既存の選択肢を補うものとなるであろう。(KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 粥状(じゅくじょう)動脈硬化:比較的太い動脈で起こる動脈硬化のことで、細い動脈で起こるものを細動脈硬化という
Sci. Transl. Med. 8, 342ra80 (2016).

未来を描写する脳の活動 (Brain activity to represent the future)

人は、どうやってAからBへの航路を決定するのだろうか? Brownたちは仮想現実課題を展開し、人の航路決定計画を支える神経細胞の情報表現を研究した。海馬と関連する脳領域の高度に特異的な活動は、関係者が最終的に移動する未来の位置を表現した。海馬と前頭前野とのネットワーク・レベルの相互作用は、かくして計画された目的地の柔軟な表現を可能にする。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 1323

微小地震の停止 (A microseismic turn off)

ある種の横ずれ断層では、大きな地震の間で期待される数の微小地震が起きない。Jiangと Lapusta は、この挙動は最近の大きな地震に至るまでそのように見えるものがある、と示唆している。彼らは、地震破壊が、断層の停止深度よりもより深いところを走るとき、微小地震が停止することを見出した。これは、有名な San Andreas Faultに沿っても、また、世界中の横ずれ断層に沿っても、事実のように見える。この発見は、歴史的な地震マグニチュードのより正確な推定を可能とするとともに、災害評価を改善できる可能性がある。(Wt,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1293

変化した流体の流れが脊椎を湾曲させる (Altered fluid flow causes curved spine)

青年期特発性側湾症は,脊椎が三次元に湾曲することが特徴で,世界の子どもたちの3%が発症している.しかしながら,この病気の生物学的基礎は不明である.Grimesたちは,脊椎湾曲を同じ様に示すゼブラフィッシュ・モデルを研究した.中枢神経系における運動性繊毛の形成と機能の欠陥が脳脊髄液(CSF)の流れを乱し,ゼブラフィッシュが生長するにつれ,異常な脊椎湾曲を引き起こした.CSFの流れを回復させることで,湾曲をある程度救うことができ,このことは,同じ機構がヒトで共有されているなら,可能性のある治療方法であることを示唆している.(MY,kh)

Science, this issue p. 1341

赤外線を可視光にする (Converting infrared into visible)

効率的かつ環境にやさしい新光源を開発しようとする社会的欲求は、常に存在している。Rosemann たちは、赤外レーザーによる励起により、高度に非線形過程を通じて広帯域(暖色系白色)の光スペクトルを放射する、非晶質材料を開発した。無機のナノ結晶がその材料の中心部を形成し、表面は有機リガンドで被覆されている。赤外光で励起されると、非線形光学過程がその材料に広帯域の白色光を放射させる。(Sk,kh)

【訳注】
  • リガンド:特定の受容体に特異的に結合する物質
Science, this issue p. 1301

遺伝子転写の終結 (An end to gene transcription)

遺伝子転写の開始の調節は非常に注目されている。しかし、転写は終結する必要もあり、そのメカニズムは、真核生物において、やっと今、詳細が明らかにされつつある。主に哺乳類において、メッセンジャーRNA(mRNA)の3'末端形成を導くことができるさまざまなステップを包含しながら、RNAポリメラーゼII遺伝子の転写終結がどのように起きるか、そしてそれらがどのように調節されていいるかについて、Proudfootは概論している。転写終結は遺伝子全体の様々な位置で起きる可能性があり、野生型RNAを形成したり、異常な mRNAの合成を防いだり、 あるいはさまざまな調節特性や翻訳特性を有する別の mRNAを産生したりする。(Sh,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad9926.

代謝の拡張プロテオーム解析 (Expanded proteomic analysis of metabolism)

遺伝子、転写物、そしてタンパク質を特徴づける大きなデータ・セットの結合された解析は、生物学的機能と病気の過程をはっきりとさせる。Williamsたちは、組換え子孫近親交配マウスの遺伝的基準パネルにおいてミトコンドリア機能に関する例外的に詳細な特徴づけを報告している。彼らは、様々な環境条件下でのほぼ400匹のマウスの代謝機能を測定し、そしてそのマウスの肝臓から25,000を越える転写物に関する詳細な定量的情報を集めた。これらのデータは、2,500を越えるタンパク質とほぼ1,000の代謝産物の定量化データと統合された。このような解析は、転写物とタンパク質の存在量の間に相関のない場合がしばしば起きることを示し、代謝における先天的なエラーを引き起こすミトコンドリア酵素のゲノム変異体の同定を可能にし、そしてコレステロール代謝に機能するらしい二つの遺伝子を明らかにした。(KU,nk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad0189

C-C結合形成に HATを振って感謝の意を表す (A tip of the HAT to C-C bond formation)

イリジウムとニッケルは、炭素・炭素結合を作り上げることでは既に実績のある組み合わせである。イリジウムは、単純な発光ダイオードから青色光を取り込み、ニッケルによるカップリング反応を取りまとめる。Shawたちは今回、このチームに第三のプレーヤー、水素原子移動(HAT)触媒を加えている(Fruitによる展望記事参照)。それらが一緒になり、この触媒トリオは、前もっての修飾を必要とせず、臭素またはクロロ・アリール環を直接に窒素または酸素に隣接したC-H部位に結合することができる。この反応は、さまざまな基質にわたって非常に選択的である。(Sk,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1304; see also p. 1277

ガラス状物質の臨界点を作る (Making a critical point about glass)

ガラス状物質は、多くの場合、長距離秩序を持たない凍結した液体であるとみなされている。Albertたちは5次の(非線形)電気(誘電)感受率測定を用いて、ガラス状物質の剛性の背後にある真の理由は、より複雑であることを示した。非常に強い電場におかれた(過冷却のグリセロールとプロピレンカーボネートという)2つの昔からあるガラス状形成材料の応答を測定するのはやりがいがあることだが、ガラス転移の全域で小さなドメインの成長が明らかになっている。出現する非晶質の秩序は特定の分子特性にわずかに依存しているだけであり、ガラス状物質形成に対するより普遍的な支配的機構の存在を示唆している。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1308

知覚的記憶は徐波睡眠を必要とする (Perceptual memory needs slow-wave sleep)

我々は、脳が非宣言的記憶(知覚記憶)を固定する機構についてほとんど分かっていない。行動学的、光遺伝学的、電気生理学的な一連の実験によって、睡眠中の神経細胞情報の調整された流れが、知覚的記憶形成に必要とされることを、Miyamotoらは示している。二次運動野(脳領域 M2)から一次感覚野 S1へと活性が伝播することが、この特定な種類の記憶固定に必要である。記憶獲得の直後の徐波睡眠中にこの調和的な情報入力を阻害すると、マウスは単純なテクスチャー弁別作業の学習を妨げられた。(ST,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1315

一つの大きさがすべてに適合するわけではない (One size does not fit all)

オリゴデンドロサイトは、脳ニューロンを有髄化し、結果として信号伝達速度を増すというその能力ゆえに最も良く知られている。Marquesたちは、発生中のマウスのオリゴデンドロサイトを調べ、そして予想外の不均一性を見つけた。転写解析の結果は、前駆物質から成熟したオリゴデンドロサイトまでにまたがる12の細胞集団を区別した。転写特性は、オリゴデンドロサイトが成熟するにつれ分岐し、異なる集団を構築した。ある集団は運動学習に応答し、また異なるトランスクリプトームを持つ別の集団は血管に沿って移動した。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:細胞や器官に存在する RNA全体を網羅的、包括的に研究すること
Science, this issue p. 1326

転写活性化は,要はタイミングだ (Transcription activation all about timing)

RNAポリメラーゼ (RNAP)による転写の調節は、遺伝子発現を制御する中心である。転写因子は RNAPの活性に影響を与える。Fengたちは、細菌の転写活性化複合体の結晶構造を決定した。転写活性化タンパク質 (TAP)は、RNAP との間の単純な安定化タンパク質間作用によって, 閉じた RNAP-プロモータ複合体を開いた複合体に変換する。 重要な接触が RNAP活性中心や RNAPクランプを通しては進行しなかった。そうではなくて、活性化にとって転写複合体形成中の相互作用のタイミングが決定的に重要である。(KU,kh)

Science, this issue p. 1330

ヒット・エンド・ランの金属イオン (A hit-and-run metal ion)

DNAポリメラーゼは,既存の DNAを鋳型として用い,新規に形成する娘鎖の末端に新しいヌクレオチドを付加することで DNAを新しく組み立てる酵素である.リン酸ジエステル結合の形成を触媒するこの酵素の機構は,2つの Mg2+イオンを必要とすることが知られており,そして,最近得られた結晶構造は,結合形成後に3番目の金属イオンが存在していることを示している.Gaoたちは時間分解結晶構造解析を用い,結合形成を可視化した.酵素-基質複合体は,結合形成が生じる前に3番目の陽イオンを捕捉するので,DNA合成はこの3番目の金属イオンなしでは起こり得ない.この金属イオンの結合には,酵素-基質複合体の熱運動が必要で,その結果,一時的な補助因子を獲得することで,触媒作用が達成される.(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1334

癌を促進するヒストン・タンパク質 (A cancer-promoting histone protein)

クロマチンのタンパク質ヒストン H3の変異は、多くの小児癌で知られている。リジン-36のメチオニン-36 (K36M)への「発癌性」変異は、ほとんどすべての軟骨芽細胞腫で見出されている。Fangらは、K36M変異ヒストンが、野生型H3ヒストンにおける同じ残基の正常なメチル化を阻害することを示している。変異ヒストンは、この残基を正常にメチル化する酵素を阻害することでこのようなことを行う。変化させられたクロマチンのメチル化パターンは、既知の癌関連遺伝子の発現を変え、軟骨細胞に癌関連の特性を付与する。(Sh,KU,nk)

Science, this issue p. 1344

包括的政策の要請 (Calls for inclusive governance)

世界中の人類集団は,高まりつつある生態系の崩壊と気候変動の課題に直面している.MistryとBerardiは展望記事で,地域固有の知識に関わり合うことや,その独自性を一般的な科学的知見と区別して認識することが,これらの課題への対処に不可欠になるだろうと議論している.BrondizioとLe Tourneauは関連する展望記事で,生態系崩壊への取り組みや気候変動の緩和と適応に関して人口の少ない土地における状況の重要性を強調している.国際的合意は,これらの取り組みにおいて地元民や先住民の重要性を認めているが,さらに包括的な政策的実施は遅々として進んでいない.(MY,KU,ok,nk)

Science, this issue pp. 1274 and 1272

山を作る (Making mountains)

火成活動(マグマから岩石への変化)は、山脈形成や地殻の拡大において重要である。世界の海洋における島弧の背後の領域は、そのマグマ活動について知られているが、どうやってそしてどんな形で火成活動が分布しているのか、という点に関する我々の理解は不十分なままである。Hamlingたちは、ニュージーランドのタウポ火山帯近傍の深部(12km)でマグマ体の貫入が進行中である証拠を報告している。このような研究は、背弧環境における新しい地殻形成は従来推測されていたよりも複雑であることを、示しているのかもしれない。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 背弧海盆: 島弧や沈み込み帯と関連がある海面下の盆地。海溝にプレートを巻き込む力に対する巻き返しの反発力で生じたものが多い
Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.00288 (2016).

脆弱 Xの神経細胞形状を正常化する (Normalizing neuronal shape in fragile X)

RNA結合タンパク質 FMRPの欠乏は,脆弱 X症候群(X染色体異常に起因するよくある遺伝性知的障害)に至り,また,神経形態異常を伴う. FMRPはメッセンジャーRNAの翻訳を選択的に抑制していて,Kashimaたちは FMRPの標的として,受容体BMPR2をコードしている転写物を特定した(Broihierによるフォーカス記事参照).BMPR2の量や,その下流側のキナーゼ LIMK1の活性は,FMRP欠乏性のハエやマウスの脳や,脆弱 X症候群患者の死後脳組織において増大していた.LIMK1は細胞形状の変化を誘発し,LIMK1の阻害剤は,FMRP欠乏マウスの神経形態異常を抑制した.(MY,nk,kh)

Sci. Signal. 9, ra58 and fs12 (2016).

数百のイオンで磁性をシミュレートする (Hundreds of ions simulate magnetism)

強相関量子系は、比較的少ない数十粒子程度であっても、コンピューター解析にとっては難題である。研究者らは、良く理解されていて制御可能な系で強相関量子系をシミュレーションすることでこの問題に取り組みつつある。直線的に並んだイオンはその一例であるが、十分な数のイオンを扱うことは困難である。Bohnetらは、磁場と電場により、いわゆるPenningトラップに捕捉されたほぼ200個の9Be+イオンの2次元結晶が、量子磁性をシミュレートできることを示している。本研究は、これまでのコンピューターの手に負えなかった複雑な形の相互作用のシミュレーションの可能性を切り開くであろう。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 1297