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Science November 2 2012, Vol.338


海洋の支配者(Ocean Monarchs)

海洋の目に見えない微生物の生産力は、サメやクジラ、更には大陸の森林さえよりも桁違いに高く、地球上で最も生産力が高いということは理解しがたい。プランクトンは、現在、気候変動に強く影響を受けている地球化学的循環において主要な役割を果たしている。Stocker (p. 628)は、海洋全体(ocean's bulk)の中での無数の短命な微生物の繋がり合い(web)に関する最新研究や、どのように微生物が変化し続ける化学的スペクトラムに反応しているかに関してレビューしている。最後に、Taylor と Stocker (p. 675) は、走化性海洋バクテリアによる養分摂取(nutrient uptake)における乱流効果に関する実験を報告している。彼らは、乱流が最適の餌探索の戦略を取る運動性バクテリアを有利にしていると提案している。この戦略は、バクテリアが栄養プルーム(plumes)間を最適速度で運動して餌の恩恵にありつくための運動コストを比較的高くしていることとトレードオフの関係にある。こうした一見"微小な" 振る舞いが巨視的には溶解有機物質の再石灰化の速度に影響を与え、さらには全世界規模での地球化学的サイクルの様相へとなっていくのである。(TO,KU,ok,nk)

ねじれてもつれる(Twist and Entangle)

量子もつれは量子情報科学において中心的な現象であり、量子力学の様々な応用において重要な役割を演じている。Fickler たちは(p. 640)、複数の光子の分極状態を、単一光子の空間モード中に符号化された情報に変換する方法を提示している。これによって、非常に高い軌道角運動量量子数を持つ、重ね合わせ状態でもつれた光子が作り出された。(Sk,nk)

押しつ(いったん離して)引かれつ(Push Me, Release, Pull You)

真核性細胞の内部では、細胞内物質(cargos)の殆ど全ての長距離輸送は微小管によるモーターであるキネシンとダイニンによって行われる。空間的および時間的に決められた細胞の目的地に到達するよう、これらの反対方向に回転するモーターは双方向的に細胞内物質を運ぶ。モーターの集合体がうまく同期をとって行なう輸送を理解するために、 Derr たちは(p.662,10月11日号電子版;Diehlによる展望記事参照)、人工的な細胞内物質を組み立てるためのDNAの足場(註:DNA断片の連結)構造を用いた。この足場構造は、明確な形状を持った分子モーターが、数とタイプが違っても結合するようにプログラム可能である。同一のモーターの複数の複製をもつ人工的な細胞内物質は、殆ど抵抗を受けることなく輸送されたが、これは類似の極性モーター群が、細胞(性)因子をさらに加えなくとも、連動していることを示している。しかしながら、逆方向のモーター集合体はしばしば、所謂「主導権争い(tug of war)」に陥ってしまっており、微小管の軌道から一方の方のモータを切り離すしか解決することはできなかった。このように、細胞内においては、双方向の移動のために、制御が必要となっているようである。(Uc,KU,ok,nk)

最初の固体の年代を決める(Dating the First Solids)

太陽系の最初の固体である 高カルシウム-アルミニウム含有物(CAI:calcium-aluminum-rich inclusions) とコンドリュールは、隕石中で見つけられた物であるが、太陽系形成に結びつく原始惑星系円盤の動力学の直接的な記録を与えるものである。これまでの結果では、コンドルールは含有物形成の 100〜200万年後に形成されたことが示されている。この年代の差は、コンドルール形成のモデル構築に用いられてきた。これら収集された原始物質中のウランと鉛の同位体測定に基づいて、Connelly たち (p.651) は、コンドルールが、実際には含有物形成と同時期の45億年6700万年前に形成され始めたこと、そして、これらの形成にはおよそ300万年かかったことを示している。(Wt,KU,tk)

RNAポリメラーゼIIが遺伝子のループ形成をもたらす(PolII Goes Loopy)

遺伝子の機能を果たすためには、遺伝子はRNAポリメラーゼII (PolII)によりRNAに転写される必要があるが、PolIIは遺伝子の5’末端に結合し、その結果としてメッセンジャーRNA作るために翻訳領域を転写する。しかし、ヌクレオソームの枯渇したクロマチンを与えると、PolIIは遺伝子から離れて非特異的な、双方向的に転写を無駄に開始する。注目すべきは、活発に転写される遺伝子が、しばしばループを形成していること、すなわちその遺伝子の5’末端と3’末端が並置している。Tan-Wong たち(p. 671,9月27日号電子版;Hampseyによる展望記事参照)は、乱雑な双方向的な転写に関するPolIIの性質が、遺伝子のループ形成により抑制されることを示した。(KU)

量子選択の遅延(Delaying Quantum Choice)

光子は、それを測定するのに用いる実験手法に依存して、波であったり、あるいは粒子のような振る舞いをする。この光の二重性を理解することは、量子力学の根幹である。二つの報告において、Peruzzoたち(p. 634)とKaiserたち(p. 637;二つの報告に関する Lloydの展望記事参照)は、John Wheelerの遅延-選択思考実験(delayed-choice gedanken experiment)のもつれバージョンを行っているが、John Wheelerの思考実験では光子の状態に影響を与える測定プロセスを避けるために、光子が二重スリットを通過した後に検出法の選択を変えることができる。このもともとの提案では、光が干渉計に入った後で波と粒子としての性質の相互変換が可能であった。対照的に、この研究では量子もつれを使うことにより、光が検出された後で 波と粒子としての性質の相互変換が可能となり、光子の量子的な性格が明らかにされた。例えば、光子は波としての振る舞いと粒子的な振る舞いを同時に示しているのである。(KU,nk)

ペロブスカイトの太陽光発電(Perovskite Photovoltaics)

色素増感した酸化チタンを用いるものを含む、多くの種類の低コスト太陽電池では、低い開回路電圧によって性能に限界がある。Lee たちは(p. 643, 10月4日号電子版; Norris と Aydil による展望記事参照)、酸化チタンや酸化アルミのナノ粒子の構造化した薄膜に、吸収体およびn型の光活性層として作用するペブロスカイト構造のハロゲン化鉛で溶液コーティングされた固体電池を開発した。これらの粒子は、透明酸化物と金属コンタクトを持つ太陽電池において、スピロビフルオレン有機ホール型半導体で覆われる。酸化アルミ粒子において、最大 10.9% の電力変換効率が得られた。(Sk,KU)

ユビキチンによって救われる葉緑体(Chloroplast Rescued by Ubiquitin)

ユビキチンプロテアソーム系は、多くの核サイトゾルプロセスの制御において重要である。しかしながら、その制御の範囲が葉緑体まで広がっているとは考えられていなかった。シロイヌナズナのフォワード-遺伝スクリーン法(forward-genetic screen )を用いて、Lingたち(p. 655;Kesslerによる展望記事参照)は、葉緑体の外膜に埋め込まれているSP1と呼ばれるユビキチンE3リガーゼを同定した。SP1は、ユビキチンプロテアソームによる分解に関して葉緑体のタンパク質移入機構の成分を標的にしていることが見いだされ、そして葉緑体の生合成における変化に重要であった。(KU)

屍体を好む追い剥ぎ菌(Necrophilic Bandit Fungi)

植物が病原体から身を守るために用いる免疫系は、通常は攻撃をそらせるものである。しかしながら、Lorangたちは、屍体栄養性の菌類が開拓した後衛的な感受性(rearguard susceptibility)を同定した(p. 659,10月18日号電子版)。その真菌の毒、ビクトリンは、シロイヌナズナの防御タンパク質LOV1と相互作用してそれを活性化するが、その結果、直観に反して、シロイヌナズナは病気を打ち負かすのではなくそれに屈することになる。起きていることは、ビクトリンが、全身獲得抵抗性経路を制御するチオレドキシンを標的にしているということである。この相互作用によってLOV1の活性の引き金が引かれ、次にそれが刺激して細胞死をもたらす。侵入した菌類は死細胞にすぐにアクセスできることでメリットを得るのである。(KF)

後成的遺伝(Epigenetic Inheritance)

幹細胞が後成的情報を維持しているのかどうか、またいかにしてそうしているのかということは、ずっと昔からの疑問である。多くのタイプの幹細胞が非対称細胞分裂を経ることを知った上で、Tranたちは、ショウジョウバエの雄性生殖系列幹細胞の非対称分裂を追求し、既存のヒストンは幹細胞に選択的に分離されるが、新しいヒストンは分化を経た娘細胞で豊富になることを発見した(p. 679)。対照的に、非対称性ヒストン分布は前駆細胞には見られなかった。この研究が示唆するのは、生体内での非対称細胞分裂の際に、幹細胞は既存のカノニカルヒストンを保持するということである。(KF,ok,nk)

貧しさによる可哀想な選択(Poor Choices)

貧しい人々が、金利が異常に高いペイデイローンで借りるなど、経済的に不合理な選択をする理由のカテゴリー2つのうち、最初のものは環境を反映するものである。貧しい人々は高い犯罪率、低い社会的サービスの貧困地区で暮らすことが多い。2番目は、個人的なものを反映するものである。人々が貧しいのは、部分的には、自制心のない行動や衝動的行動に向かう彼ら自身の心理学的素質による。どちらの場合についても、制御された実験で因果を示す証拠を得ることは難問であった。Shahたちは、貧しくあることは、認知プロセスにバイアスをもたらすという第3の理由のカテゴリーを提案し、お金のない状況というシナリオで行なわれた実験室での実験による証拠を提示している(p. 682; またZwaneによる展望記事参照のこと)。(KF,KU,nk)
【訳註】ペイデイローン:次の給料で返却する短期・高金利のローン

ウルマン反応のグレードアップ(Ullman Upgrade)

貴金属は現代の触媒化学を支配しているが、しかし有機合成化学の初期の開発では、より豊富に存在している元素を頼りにしていた--持続可能性という観点から化学者たちが今日立ち帰りつつある戦略である。アリールハロゲン化合物とアミンの銅触媒を用いたカップリング反応は、1世紀以上前にウルマンによって報告され、そしてある種の有機化合物の合成に今日も用いられている。しかしながら、この反応を効率的におこなうためには、通常、高い温温が必要である。Creutzたち(p. 647)は銅を用い、そして室温、あるいはそれ以下で反応する(おそらくラジカル反応機構で)光化学反応による改良法を開発した。(KU,ok)

symportinの同調性(Symportin Synchrony)

タンパク合成に役割を果たす巨大分子機械、リボソームは、細胞質で機能するが、構築されるのは核においてである。リボソームタンパク質は核に移入されなければならないが、いかにして組立てが協調的になされるかは不明である。Kresslerたちは、2つの5S rRNA結合タンパク質が核に一緒に移入されると報告している(p. 666)。彼らは、symportin (Syo1)と名付けた輸送アダプターを同定したが、これはRpl5とRpl11に同時に結合する。Syo1はまた移入受容体Kap104と相互作用するが、このKap104はSyo1-Rpl5-Rpl11複合体の移入を促進する。同期的な核移行は組立てプロセスの協調においてより一般的に用いられているかもしれない。(KF)
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