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Science September 21 2012, Vol.337


子ネコが王者と共有するもの(What Kitty Shares with Kings)

長年にわたる研究にもかかわらず、哺乳類の毛皮の模様を決める根本的な原理は不明なままである。数多くのネコの種や変種を調べることにより、Kaelin たちは(p.1536)、Taqpep とEdn3 という二つの遺伝子を、ネコの色素の模様を発生させる決定的な因子として特定した。Taqpep 遺伝子の突然変異が、家ネコのブロッチド・タビー模様 (blotched tabby pattern) や、野生のキングチーターの珍しい毛皮の原因になっている。ネコやチーターの皮膚における遺伝子発現のパターンは、Edn3遺伝子がネコ科の動物の毛の色の制御因子であろうことを示唆している。それらの知見は、家ネコや野生のネコの毛皮や色素のパターン形成に、共通のモデルが存在することを裏付けている。(Sk,nk)
【訳注】ブロッチド・タビー:古代縞または雲形と呼ばれる、特定の縞模様(アメリカンショートヘアー等に見られる)
Specifying and Sustaining Pigmentation Patterns in Domestic and Wild Cats

住む場所が大事(Location, Location, Location)

隣人によって、その人の幸福感が影響を受けるのは、一見明確であるように思えるが、その原因と結果までを確実に理解することは、これまで難しかった。Ludwigたちは(p.1505;Sampsonによる展望記事参照)、1990年代半ばに、10〜15年間に渡る5つの米国の都市で行われた大規模な社会実験の分析結果について詳述している。貧しい地域に住む数千の在住者に、貧しい人々がより少ない地域に引っ越す場合にのみ使うことが可能な、住宅補助引換券が与えられた。引越しをしなかった同様の人々同士と比較すると、引越しをした人々は、主観的幸福感が実質的に改善されていたことが分かった。(Uc)
Neighborhood Effects on the Long-Term Well-Being of Low-Income Adults

リンと窒素の結合(N on P)

窒素原子は、窒素原子同士(窒素分子)あるいは炭素原子(シアン化物とニトリル)と比較的反応性の乏しい強い三重結合を形成する。対照的に、窒素原子が遷移金属と結合すると、上記の化合物とは異なるより高い反応性を示す裸の窒素センターが生じる場合が多い。Dielmannらは(P.1526)、軽元素というよりむしろ金属のような反応性を有する2価のリン原子に窒素を結合させた化合物を合成した。 ナイトレンと呼ばれるこの化合物は、室温で単離でき、そしてX線回折測定ができる程安定な化合物であるが、窒素をより効果的に不飽和炭素化合物に転移できる化合物であるという。(NK,KU,nk)
A Crystalline Singlet Phosphinonitrene: A Nitrogen Atom?Transfer Agent

最小の氷(Minimal Ice)

より複雑な構造を有する氷や液体の水をモデル化するため、100個以下の分子で構成される水のクラスターが、長い間、気相において研究されてきた。クラスターが大きくなっていくと、ある段階で、それらは一挙に小さな氷の結晶になるが、その正規の転移が生じるのが、100から1000分子の範囲のどこであるのかを正確に示すことは困難であった。Pradzynski たちは(p.1529)振動分光法を用いて、赤外域での特徴的ではっきりした吸収帯によって示される氷のような構造の発生が、約275分子のクラスターサイズで起きることを示した。(Sk)
A Fully Size-Resolved Perspective on the Crystallization of Water Clusters

光子の位相を追跡する(Keeping Track of Photon Phase)

光干渉計や光通信において、情報はしばしば波形や光パルスの位相という形で蓄えられる。しかしながら、ゆらぎや雑音が、光パルスの位相や強度にランダムな振動を生じ、位相を追跡することを困難にしている。Yonezawa たちは(p.1514)、量子力学的スクイージング( quantum mechanical squeezing)に基づく技法を開発し、ランダムに変化する光波形の位相を決定した。この量子力学的技法は位相の決定精度を大幅に向上させ、光学技術の小型化の進展と共に、計測工学への応用に役立っていくであろう。(Sk,nk)
【訳注】スクイージング:共役量の一方のゆらぎの増大を犠牲にして、もう一方のゆらぎを抑えること
Quantum-Enhanced Optical-Phase Tracking

引き算によるパターン形成(Patterning by Subtraction )

ソフトリソグラフィーのパターン形成は、通常「足し算(positive)」の画像形成プロセスである。ポリマーのスタンプがハードリソグラフィによるマスター基板上で硬化され、次いでアルカンチオールのような分子でインクを塗られ、これが次に第2の基板(金のような)に転写される。しかしながら、この転写されたパターンの解像力は表面拡散によって劣化することが多い。Liaoたち(p. 1517,Rogersによる展望記事参照)は、引き算的アプローチにおいてより高い解像力を得た。この方法では、酸素-プラズマにより活性化されたシリコーンスタンプは金の表面から水酸基-末端のアルカンチオールを除去する。この剥離プロセスは、またアルカンチオールに結合した表面の金原子をも除去した。この除去された裸の領域はタンパク質分子で埋め戻され、複数回の剥離ステップでも40ナノメートルの微細な精度のパターンを作ることができた。(KU,nk)
Subtractive Patterning via Chemical Lift-Off Lithography

スリップし、スライドしながら離れていく(Slip-Sliding Apart)

ナノメートルスケールの円筒を合成する多用途の方法の一つは、リング形状の分子からスタートして、お互いの上に重ねることであった。Huangたち(p. 1521,Zhang and Aidaによる展望記事参照)は、リングの直径に柔軟性を与えることでこのアプローチをさらに一段高めた。具体的には、疎水性の側面を持つ6個のV-形状の構築ブロックからなるリングが合成され、ブロックはお互いに前後にスライドし、それ故に中心の穴は膨張したり収縮したりする。希薄水溶液中でリングは自発的に重なってチューブを形成し、そして或るプロセスにおいて、加熱するとチューブ全体が収縮し、冷却すると容易に元に戻った。(KU,nk)
Pulsating Tubules from Noncovalent Macrocycles

一対の恒星の周りの一対の惑星(A Pair of Planets Around a Pair of Stars)

私たちが知っている多くの惑星はひとつの恒星の周りを回っている。しかしながら、私たちの銀河の中の多くの星は単一ではない。Kepler 宇宙望遠鏡からのデータに基づいて、Orosz たち (p.1511, 8月28日付け電子版) は、一対の恒星の周りを軌道運動する一対の惑星を検出したことを報告している。これら二つの惑星は、今まで知られているトランジット型周連星惑星の中では最も小さく、その軌道周期のひとつは最短であり、もうひとつは最長である。外側の惑星は生命居住可能領域の中に位置しており、そこは、液体の水が存在可能な温度の"ゴールディロックス(goldilocks)"領域である。この発見は、近接連星の周りのカオス的な環境にもかかわらず、惑星系が形成され、維持できる可能性があるということを立証している。(Wt)
Kepler-47: A Transiting Circumbinary Multiplanet System

BAP1の標的を同定する(Identifying BAP1 Targets)

脱ユビキチン化酵素、BAP1の失活変異は、癌と関連していた。Deyたち(p. 1541,8月9日号電子版;White and Harperによる展望記事参照)は、この酵素の分子標的を明らかにし、そして白血病での役割に関する証拠を示している。骨髄において、BAP1の標的であるHCF-1を特異的に欠くマウスでは、骨髄性白血病が発生した。BAP1は、ヒストンの修飾と正常な血球新生や腫瘍抑制に重要な遺伝子発現を制御している複合体の一部であるらしい。(KU)
Loss of the Tumor Suppressor BAP1 Causes Myeloid Transformation

細胞微小管に沿って動く分子モータ(Motoring Along)

ダイニンは細胞微小管に沿って積荷を運び、かつ繊毛の動きにパワーを与える大きくて複雑な分子モータである。微小管結合とヌクレオチド加水分解が25nmほど離れた部位間でどのように協調しているかは、謎である。Redwineたち(p. 1532)は、高親和性の状態で微小管に結合しているダイニンの微小管結合領域の電子顕微鏡による構造に関して報告しており、そして、この構造に分子動力学計算、および既存のx-線構造と結びつけて、ダイニンが微小管に対するその親和性とモータ領域のヌクレオチドの結合状態とをどのように結びつけているかというモデルを与えている。(hk,KU,nk)
Structural Basis for Microtubule Binding and Release by Dynein

海洋の協力関係を解明する(Fixing on a Marine Partnership)

微生物による窒素固定はその生物圏の生産性を決定する。植物は、ずっと昔になされたラン藻の取り込みによる葉緑体形成のおかげで光合成を行なえるが、窒素固定については、それに相当するような内共生イベントは一度も生じなかった。にもかかわらず、陸生環境では、たとえば、窒素固定共生細菌の存在はありふれている。Thompsonたちは、遍在性の海洋ラン藻UCYN-Aが、光合成の機構および中心的炭素代謝の要素を欠く異常なほど簡素なゲノムをもっていると気づいたが、このことはUCYN-Aが真正共生生物であることを示唆するものである(p. 1546)。海水そのものを穏やかな濾過法を用いることで、UCYN-Aのパートナーである直径3μm以下の小さな真核生物が発見された。細菌はこの石灰化するピコ真核生物の細胞壁上に存在して、固定された窒素を与え、そのお返しに固定された炭素を受け取っているのである。(KF,KU)
Unicellular Cyanobacterium Symbiotic with a Single-Celled Eukaryotic Alga

恐怖記憶を取り除く(Removing Fear Memories)

活性化された恐怖記憶の再統合を破壊すると、それに続く恐怖の発現が妨げられる。記憶を思い出させるできごとの後では、消去訓練によって恐怖記憶を破壊することができる。げっ歯類ではこのプロセスは、扁桃体と呼ばれる脳の領域に依存している。Agrenたちは、機能的磁気共鳴画像法と恐怖条件付けパラダイムを用いて、人間においては、連想恐怖記憶が形成された後、再活性化と再統合によって、扁桃体基底外側部に一つの痕跡が残ることを明らかにした(p. 1550)。この記憶痕跡は、後の恐怖発現を予測したが、それは脳の恐怖回路を形成する領域での活性と結び付いていた。消去だけではこのシグナルが変わることはなかった。しかしながら、再統合窓における消去は、扁桃体中の恐怖記憶痕跡を消去することによって恐怖の発現をブロックし、より広い脳の恐怖回路における結合を弱めたのである。(KF)
Disruption of Reconsolidation Erases a Fear Memory Trace in the Human Amygdala

逃げ出した共生細菌を認識する(Recognizing Escaped Commensals)

平和共存するために、われわれの腸内の何十億もの細菌とわれわれの免疫系とはデタント(緊張緩和)に到達した。腸粘膜の防火壁が存在していて、そのおかげで細菌は腸に局在し、そこではそれら細菌が許容されるように免疫系の制御が密に行われている。腸内感染症は、しかしながら、この粘膜防火壁に破れをもたらし、結果として、末梢性免疫系を腸の細菌性成分に曝すことになる。その結果はどんなものか? マウスの経口トキソプラズマ感染症を用いて、Handたちは、トキソプラズマ特異的なT細胞応答のほかに、共生細菌特異的なT細胞応答が誘発されることを明らかにした(p. 1553,8月23日号電子版)。CD4+T細胞特異的応答は、共生菌由来のフラゲリン(細菌の鞭毛形成タンパク質)までたどることができたが、それらT細胞はトキソプラズマ感染後に増殖し、引き続くトキソプラズマ攻撃にも応答可能な長命な免疫記憶細胞を形成した。つまり、腸内感染症は、共生細菌特異的な、長命な記憶T細胞の形成をもたらし、そのT細胞は身体全域に棲んで、炎症性腸疾患などの腸の病理において、役割を果たすのである。(KF,KU,nk)
Acute Gastrointestinal Infection Induces Long-Lived Microbiota-Specific T Cell Responses
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