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Science September 14 2012, Vol.337


年中冷房(Cooling Year-Round)

グリーンランドのアイスコアによれば、最終氷期と初期完新世の間で、いくつかの急速な寒冷化事象が発生したことが示されている。それらの中で最も劇的な事象の2つは、約1.29から1.17万年前にかけて続いたヤンガー・ドライアス期と、8200年前から始まって150年間続いた8.2(ka)イベントである。ヤンガー・ドライアス期のグリーンランドの冬季の気温は、夏季の気温よりもやや低かったようであるが、8.2(ka)イベントにおいても、同じ季節性の寒冷パターンが生じていたかどうかは良く分かっていない。Youngたちは(p.1330)、8.2(ka)イベント間のローレンタイド氷床先端部とバフィン島(カナダ北部)の山岳氷河の位置の観察結果を報告しており、山岳氷河はヤンガー・ドライアス期の間におけるそれよりも大きかったことを明らかにしている。8.2(ka)イベントにおける寒冷化のレベルは、それよりも前の氷河期に比べると一年を通してより均等になっていたように見える。(Uc,nk)
Glacier Extent During the Younger Dryas and 8.2-ka Event on Baffin Island, Arctic Canada

八つの節のあるモンスター(An Eight-Noded Monster)

超伝導体では、電子は対になって拘束されており、その対形成の正確な形や、それに由来するエネルギーギャップは、物質の電子-電子相互作用とバンド構造の詳細に応じて変わる。最近発見された、鉄系超伝導体のエネルギーギャップは、さまざまな対形成の作用があることが示されている。KFe2As2は、銅塩超伝導体と同様にd波のギャップを有することが示唆されてきた。Okazaki たち (p.1314) は、レーザーによる角度分解光電子分光法(Angle-resolved photoemission spectroscopy, ARPES) を用いて、その化合物の三つのフェルミ面(Fermi Surface:FS) 上の超伝導ギャップをマッピングした。彼らは、それぞれの面において異なるギャップ構造を見出しており、それは、8個の異なる位置(ノード)で消失する中央のFSギャップを有している。そのギャップは、結晶の四面体的な対称性に関係しているらしい。このことは、すべての鉄系超伝導材料は、拡張されたs波-対称性を有する対形成を持っており(詳細は変わるかもしれないが)、この発見は、従来型ではない超伝導体の理解に役立つであろう。(Wt,KU)
Octet-Line Node Structure of Superconducting Order Parameter in KFe2As2

死に至る病気の根絶(Killer Eradication)

牛疫は天然痘に次いで、世界中で根絶された2番目の病気である。Mariner たちは(p.1309)、根絶への道筋において克服された、技術的および社会的な問題について述べている。鍵となった達成項目は、耐熱性のワクチンの開発、自分たちでワクチンについての研修や投与を行ってくれた牧畜業者の募集、時には危険な環境条件や社会的条件が生じたにもかかわらず、もれなく行われたワクチン接種である。これらの成果は、将来の人間や動物の健康プログラムに重要な教訓を与えているが、口伝えの記憶は驚くほど短命であり、次の根絶キャンペーンのために、これらの教訓を文書化しておくことが重要である。(Sk,ok,nk)
Rinderpest Eradication: Appropriate Technology and Social Innovations

結合次数を可視化する(Visualizing Bond Order)

共役系分子の結合距離は、それぞれの結合次数を密に反映しており、通常、回折手法で決定される。芳香族性や反応性を合理的に説明したり、化学構造を決定するには、結合次数を知ることが有用である。Gross たちは(p.1326; Perez による展望記事および表紙参照)、非接触の原子間力顕微鏡(AFM)を用いた画像生成により、フラーレンC60、および多環式芳香族炭化水素における個々の分子の結合次数を識別した。それらの分子は銅の表面上に吸着され、結合部位でのチップの周波数シフトや、見かけの長さを測定するために、AFM のチップには CO 分子が付着された。強いパウリ斥力のため、多重結合はその画像においてより明るく表示され、それらのより短い長さも、チップ先端の CO の屈曲により増幅された。(Sk,KU)
【訳注】結合次数:化学結合に関与する電子の数を2で割った値
Bond-Order Discrimination by Atomic Force Microscopy

稲の不稔性を攻略する(Conquering Rice Sterility)

稲の種間で起こる雑種不稔性は長い間謎のままであり、そして品質や収量のより優れた特性を持つ稲の開発を阻害している。Yangたち(p. 1336)は、キラー、パートナー、およびプロテクタータンパク質をコードしている3つの連結した遺伝子を同定した。キラーとパートナーは、機能的プロテクターを持っていない雌性の配偶子を殺すように共に作用しており、このことは機能的プロテクターを持っている配偶子を優先的に子孫に残すことになり、このことは、また子孫における遺伝子の分離ひずみを引き起こす。稲や、おそらく他の生物体の種間での生殖隔離がどのように維持されているかというこの説明は、また亜種間の雑種強勢による収量を高めるためのアプローチをも与えるものである。(KU)
A Killer-Protector System Regulates Both Hybrid Sterility and Segregation Distortion in Rice

フッ素のスムーズな導入(Fluorine's Smooth Introduction)

炭素-フッ素結合は、薬や農薬やポジトロン放出断層撮影用トレーサとしてますます用途の増えている化合物として注目を集めている。。分子性F2ガスは、それらの合成にとって原理的には効率の良い試薬であるが、その強力な反応性により、取り扱いには特別な注意が必要である。それゆえ、実際的な研究は、より便利に扱えるフッ化物イオン塩の選択的反応を促進することに注力された。Liuたち(p. 1322)は、超原子価化合物であるヨードベースの酸化剤と共にフッ化物を一連の炭化水素へ転移するマンガン触媒に関して報告している。メカニズム的研究により、フッ化マンガン中間体の存在が示唆され、これが先行するマンガンオキソによって生成されるアルキルラジカルと反応する。(hk,KU,nk)
Oxidative Aliphatic C-H Fluorination with Fluoride Ion Catalyzed by a Manganese Porphyrin

感染性の表現型(Infectious Phenotype)

病原性酵母のカンジダ・アルビカンスは、生物組織に侵入するために糸状形態を取る必要がある。この酵母の遠縁種、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)もまた、栄養物の採餌(nutrient foraging)のために、糸状形態を持つている。この2つの種の間のゲノムワイドの欠如ライブラリ(deletion libraries)を比較することで、Ryanたち(p. 1353)は、3つの異なる糸状酵母の表現型(phenotypes) に含まれる遺伝子を同定し、そしてこれらの表現型の各々に対するユニークな遺伝子を見つけた。しかしながら、それに加えて、これまで未知の保存された調節因子(conserved regulator)も含んでいるコア遺伝子は、これらの遠縁にあたる酵母種において糸状の成長を調節する同様の役割を持っているようである。(TO,KU)
Global Gene Deletion Analysis Exploring Yeast Filamentous Growth

SNAREの組み立てと解体を解き明かす(Dissecting SNARE Zippering )

SNARE(Soluble N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein receptor)複合体は、小胞の融合において、特にシナプスでの神経伝達物質の遊離の際に非常に重要である。SNARE組み立ての生物物理学的理解はいくつかの構造的研究を対象としており、いまだそのメカニズムに関しての理解は残されたままである。Gaoたち(p. 1340,8月16日号電子版;Rizoによる展望記事参照)は光学的ピンセットを用いて、SNARE複合体の組み立てと解体を説明するために細胞フリーの実験結果を記述している。SNARE中間体の直接的な観察から、関連するエネルギー学的および動力学的知見と共に、組み立てプロセスに関する複数のステップが明らかにされた。融合の際に生じる力に類似した力を適用すると、中間体は安定化され、そしてそこから導かれるメカニズムは、神経伝達物質の遊離がどのように制御されているかを示唆している。(KU)
Single Reconstituted Neuronal SNARE Complexes Zipper in Three Distinct Stages

インフルエンザの抗体、パートB(Influenza Antibodies, Part B)

ブタやトリといった動物ホスト中でウイルスを再構築し、大流行を引き起こす能力を持った、A型インフルエンザウイルスは、しばしば注目の的となる。しかしながら、インフルエンザによる毎年の苦痛のかなりの部分はB型インフルエンザウイルスの結果でもある。このB型は抗原的にかつ、遺伝的に異なる2っの系列によって特徴づけられる単一のインフルエンザ型である。Dreyfusたち(p. 1343,8月9日号電子版)は、マウスにおいて二系列のB型インフルエンザウイルスによる致死的な感染を防御する3つの単クローンのヒト抗体を同定している。二つの抗体(ウイルスのヘマグルチニン(hemagluttinin (HA))分子の異なる領域に結合する)は、B型インフルエンザウイルスの二つの系列由来の複数の系統を中和するが、一方第3の抗体はHAの基部領域に結合し、そして インフルエンザA型とB型系統の双方を中和することができる。A型インフルエンザを標的とする既知の抗体と共に、HAに結合したこれらの抗体からの構造的データは、双方のインフルエンザウイルス型を防御する普遍的ワクチンを設計する上でのヒントを与えるものであろう。(KU,ok)
Highly Conserved Protective Epitopes on Influenza B Viruses

グリアにとっての臨界期(A Critical Period for Glia)

脳は間欠的に発育する時々思い出したように発生する;ある系が完了しても、別の系はまだ構築中という具合だ。そうした過渡的な状態は臨界期として知られ、脳の発生のそうした特殊な状況においては、それ以後におけるよりも、外界からの作用に対する感受性が一段と強くなっている。Makinodanたちは、蛍光性オリゴデンドロサイトを発生するよう遺伝子工学で作られたマウスの脳に対する環境条件の効果を観察した(p. 1357)。そのマウスは飼育される間、通常の実験室のかごに1匹だけ孤立して入れられる状況から、たくさんの仲間と一緒の状況、また新しい遊び道具をとっかえひっかえ与えられる状況まで、多様な社会条件に曝された。その結果、社会的孤立は、成体になっても発生上の痕跡が残ることが明らかにされた。とりわけ、ニューロンを絶縁するミエリンを産生するオリゴデンドロサイトは未発達にとどまっていて、これによってグリア性オリゴデンドロサイト細胞の発生を支配する臨界期の存在が示唆されたのである。(KF,KU,ok,nk)
A Critical Period for Social Experience?Dependent Oligodendrocyte Maturation and Myelination

世代間での転位の停止(Intergenerational Transposable Shutdown)

転位因子(TE)は、とくに生殖系列のゲノムにとって、潜在的な脅威である。多くの真核生物では、TEはDNAメチル化および/または小さなRNAによって仲介されるサイレンシングによって停止させられている。したがって、Ibarraたちによってシロイヌナズナについて得られた結果によって、この植物の性的器官の細胞中で、多くの小さなTEがDEMETER(DME)DNAグリコシラーゼによって脱メチル化され、活性化していることが明らかになったのは、直観に反するようにみえる(p. 1360)。しかし、TEの活性化が低分子干渉RNA形成の引き金となつていることが判明し、こうした実験において、それらの干渉性 RNA が周囲の細胞から卵に移動するのが観察された。つまり、伴細胞におけるTEの活性化は、配偶子中のTEを永久に停止させる干渉RNAを介して、配偶子に「免疫を与えて」いるのである。(KF,KU,nk)
Active DNA Demethylation in Plant Companion Cells Reinforces Transposon Methylation in Gametes

熱平衡化の前(Prethermalization)

物理系が急激な条件変化を受けた際に(例えば、原子のガスは最初の容器のサイズの2倍の体積を占めるようになる)、衝突によりすばやく新たな温度を実現する(熱平衡化:thermalizes)。しかしながら、いくつかの量子系において、多くの保存された変数が熱平衡化を妨げる;系が熱平衡化に達するまでのゆっくりした過程の間に通過する物理状態を理解することは、、宇宙学者や物理学者にとって大いなる関心事である。Gringたち(p. 1318,8月31日号電子版)は、超冷却の一次元のボソン原子のガスをほぼ同一の半分に分離し、そしてその半分にした両者の間の相における局所的差異が両者の干渉を調べることで時間につれてどのように進化するか追跡した。最初、局所的な相はほぼ同じであるが、しかし急激な干渉性の消失が後に続き、その後は非常にゆっくりと、さらなる非干渉性崩壊が続いた。著者たちは、初期の早い崩壊の後に得られる相対的な状態を解析し、そして初期の温度よりも数倍低い実効温度を持つ平衡関数によって記述できることを見出している。これがその系の最終状態とはなりえないので、著者たちはこの初期過程を「前熱平衡化」と名付けた。(KU,nk)
Relaxation and Prethermalization in an Isolated Quantum System

それが、穴だ(It's the Pits)

細胞の形状は細胞骨格形成と結び付いており、微小管を引きつけたり、はね返すような(微小管結合タンパク質MIDD1によって仲介されるプロセス)原形形質膜の特化した領域を持つ。植物では、個々の木部細胞には液体輸送を促進する開口した穴(open pit)が散在しているので、OdaとFukudaは、基部細胞のROP(植物のRhoファミリーGTP分解酵素)タンパク質を調べて、どのように穴が発生するかを研究した(p. 1333)。穴の形成は、その場所での微小管を不安定にするMIDD1に依存しているらしい。ROPタンパク質のカスケード反応が、MIDD1が機能するその場所を確立し、ROPタンパク質のうちの1つが逆抑制されることで、その場所での穴形成が集中する。(KF,KU)
Initiation of Cell Wall Pattern by a Rho- and Microtubule-Driven Symmetry Breaking

動的な構造(Dynamic Assembly)

タンパク質複合体の構造的特徴づけは、生物学的機能に関する意義ある洞察をもたらしてきた。しかしながら、構造に関するほとんどの技法は、安定した同質の試料を必要とする。このことは、一過性の(移行状態にある)シグナル伝達複合体の特徴を明らかにすることが難しいことを表している。Herzogたちは化学的架橋および質量分析の組み合わせ(XL-MS)法を用いて、脱リン酸酵素2A(PP2A)を含むモジュラー(構成要素)の相互作用と動的な相互作用ネットワークの特徴を明らかにしたが、この酵素は多様なシグナル伝達経路における調節性および適応性の何十ものタンパク質と相互作用している(p. 1348)。彼らは、このネットワークのトポロジーを描写する176種のタンパク質間の距離制限と569種のタンパク質内の距離制限を発見した。この研究は、動的な構造の特徴を明らかにするのに用いられる一連の構造に関する方法でのXL-MSの重要性を確立するものである。(KF,KU,ok)
Structural Probing of a Protein Phosphatase 2A Network by Chemical Cross-Linking and Mass Spectrometry
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