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Science September 7 2012, Vol.337


壊れた心臓の理解(Understanding a Broken Heart)

心筋のミオシン-結合タンパク質 C (cMyBP-C)は、厚いフィラメントの結合した筋節のタンパク質であり、これはリン酸化依存的様式で心筋の収縮力を調節している:MYBC3遺伝子の変異は肥大型心筋症を引き起こす。Previs たち(p. 1215,8月23日号電子版 ; BurghardtとAjtaiによる展望記事参照)は、トランスジェニックマウスの心臓から未変性のミオシンの厚いフィラメントを単離したが、その厚いフィラメント中にはcMyBP-C の空間分布が保持されている。厚いフィラメントに沿って進む単一のアクチンフィラメントの可視化により、cMyBP-CのN末端 29-kD領域が、厚いフィラメントが架橋しているC-ゾーンに対応する厚いフィラメントの一部でアクトミオシンの動きを遅くしていることが示された。アクトミオシンの収縮性にかんするこの影響は、29-kD領域に隣接する4個のセリンの 段階的リン酸化によって調整された。この知見は、心虚血の患者の血清中でcMyBP-C断片の出現を説明し、かつ心筋症の患者に付随するcMyBP-C ハプロ不全が何故に肥大性応答をトリガーするかを説明するものである。(KU)
Molecular Mechanics of Cardiac Myosin-Binding Protein C in Native Thick Filaments

細胞のサイズを検知する(Sensing Cell Size)

細胞は自らの構成成分のサイズをどのようにして検知し、制御しているかはよく分かっていないが、しかしある程度の理解は正常な細胞機能を解釈するうえで必要である。Chan と Marshall (p. 1186)は、細胞がどのようにして内部構造体あるいは小器官を検知し、制御しているかを考察している。たとえば、細菌の鞭毛は自分自身の巻尺として機能している。真核生物の細胞において、レポーター分子は細胞やテロメアの長さをモニターしており、分子の骨格形成において、構造変化と占有時間が小器官のサイズを測定している。成長に従って生ずる機能消失や、或いは細胞内輸送のようなプロセスに伴う大きさの問題を通じて適正サイズの選択が間接的に行われる ことも考えられる。今日のイメージング技術の進歩により、細胞のサイズを決めるメカニズムと、もしこのプロセスが間違って進行する際のその結果を垣間見ることができるであろう。(KU,nk)
How Cells Know the Size of Their Organelles

遺伝病の予測(Predictions of Genetic Disease)

多くのゲノムワイド関連解析(genome-wide association studies:GWAS)により、病気と関係する座位と変異が同定されたが、しかしながらこれらの遺伝子変異に基づいて病気を予測するレベルは低いままである。Mauranoたち(p. 1190; Schadt and Changによる展望記事参照;また表紙参照)は、調節性のDNA(デオキシリボヌクレアーゼI(DNaseI)の高感度領域によって標識される)近傍に関するゲノム中のGWAS変異の位置を、組織のタイプ、病気、および生理学的に関係する転写制御因子の結合部位とネットワークに於ける濃縮さによって特徴づけた。彼らは、調節性DNAに関係する多くの非翻訳の病を見つけたが、このことは多くのありふれた遺伝子変異に対する組織特異的な、および発生特異的な調節性DNAの役割を暗示しており、そして遺伝子制御と成人発生病との間の関係を作ることができる。(KU,nk)
Systematic Localization of Common Disease-Associated Variation in Regulatory DNA

奇数を飛ばす(Skipping the Odds)

電子を低温条件下で平面内に閉じ込め磁界を印加した場合、ランダウ(Landau)レベルと呼ばれる離散的なエネルギー準位が現れる。既にランダウ準位が占有されているところに電子を追加することは、至難の業である。ある系では電子-電子相互作用により分数量子ホール効果(FQHE)と呼ばれる現象が発現し、サブ準位が現れる。この効果はグラフェンで観測されていたが、実測された準位の数は限られていた。Feldmanらは(p.1196)、ゲート電圧によって制御される電子密度の変化に伴う化学ポテンシャルの変化を直接測定した。分数量子ホール準位が確認された際に、占有率が1から2の間で奇数の分子分数を占有するランダウ準位が存在しないこと突き止めた。これはグラフェンの対称性の乱れと保持に由来するとものであるという。これらの観測結果は、グラフェンと従来の半導体サンプルで発生する分数量子ホール効果が如何にに異なるか理解するのに役立つであろうし、この実験手法は局所測定が可能であり、今後は空間的変動測定への展開が期待される。(NK,KU)
Unconventional Sequence of Fractional Quantum Hall States in Suspended Graphene

大気中のエノール?(Enols in the Atmosphere?)

ケト/エノール互変異性(HC-C=O→C=C-OH) は、溶液中でのカルボニル化合物の化学反応の中心的な役割を担っている。溶液中では、溶媒、および触媒作用のある酸や塩基によりC から O への、そしてその逆方向へのプロトン移動が容易になる。それに対し、大気に関する化学的な解析は、エノール構造を排除する傾向にある。これは、一般的に互変異性は気相では進まないという仮定に基づいている。Andrews たち(p.1203, 8月16日付電子版) は同位体ラベリングを用いて、実験室において気相のアセトアルデヒドの光異性化反応を探索し、エノール化合物の証拠を発見した。これに基づいたモデル化によれば、光により生成されたエノールは、対流圏で十分な量が蓄積される可能性があり、これまで不可解であった大気中の有機酸の観察を説明できるであろう。(Wt,KU)
Photo-Tautomerization of Acetaldehyde to Vinyl Alcohol: A Potential Route to Tropospheric Acids

原子核のシェルを捜査する(Pinning Down Nuclear Shells)

重原子の核は、陽子同士の反発により不安定になるが、逆に、量子力学的なシェル効果がそれらの安定化を助けている。そのようなシェル効果に基づく、未発見の超重元素の質量を予測する理論モデルが作られており、これらのモデルは、既知のアクチニド核種のシェルを調べることにより検証することができる。しかし、放射性の崩壊生成物を調べることにより決定される現在の質量の値は、本質的な誤差を持つことが問題であった。Minaya Ramirez たちは(p. 1207, 8月9日号電子版;Bollen による展望記事参照)、直接、質量分析により質量を決定するために、十分な数のローレンシウムとノーベリウムの同位元素の原子核を、イオントラップ中に集めることに成功した。これらの結果は、最も重い、存在可能な元素を予測するのに役立つであろう。(Sk,nk)
Direct Mapping of Nuclear Shell Effects in the Heaviest Elements

夜間の発生源(Nighttime Sources)

有機エアロゾルは、対流圏にあるミクロン以下の小さな粒子の全質量の約半分を占めており、その多くは特定の発生源から直接放出されるというよりも、むしろ揮発性分子の酸化によって形成されると考えられている。これらの粒子は、多くの大気プロセスにおいて重要な役割を演じている。そのため、その複雑な組成や化学的特性についてのさらなる十分な理解が望まれている。Rollinsたち(p. 1210)は、夜間に形成される有機エアロゾルの重要なクラスである、微粒子の有機硝酸塩の計測結果を報告している。しかしながら、高濃度の有機分子が有機硝酸塩粒子の大きさが成長するのを抑制しうることも発見した。こうした観測結果は、有機エアロゾル汚染を少なくする取り組みの改善に役立つはずである。(TO,KU,nk)
Evidence for NOx Control over Nighttime SOA Formation

光と熱に反応する(Responding to Light and Heat)

ロドプシンタンパク質は、かすかな光にも高い感度を持つが、その感度は熱的活性化反応による雑音によって引き起こされる信号により制限される。Barlow 相関として知られるこの相関の原理は、長く議論されてきた。最近の研究によれば、熱活性化は標準的な異性化反応を含むことが示唆されている。Gozem たちは(p.1225)、異性化反応が熱的雑音を支配する律速段階であることを確認し、Barlow 相関についての分子的な理解を与えた。彼らは分子力学と一緒に量子力学を用い、熱活性化に介在する遷移状態が、光化学的励起状態と同じ電子構造をもつことを示した。(Sk,KU)
【訳注】Barlow 相関:種々の視物質の極大の吸収波長(λmax)と熱活性化反応定数(k)の間の関係
The Molecular Mechanism of Thermal Noise in Rod Photoreceptors

有害な隣人(Toxic Neighborhood)

細菌の集団は、しばしば遺伝子-中心の利己的な行動によって動いていると考えられている。表面的には、抗生物質の産生は、個々の菌が高度にニッチな重なりを持つ密な近縁を抑制し、そして殺すことで最大の利点を得ているとすると、この概念に当てはまる。この意見に対照的に、Corderoたち(p. 1228;Morlonによる展望記事参照)は、野生の細菌が社会的単位を形成し、その単位の中で抗生物質の産生と耐性は、集団内では協力に導き、集団間では対立に導くことを示した。高処理の相互作用のスクリーニング、分子遺伝学、およびゲノム科学を組み合わせることで、抗生物質は個々の集団のごく少数のメンバーによってのみ産生され、一方他のメンバーのすべては耐性であることが明らかになった。過去において、微生物集団の生態学的構造に関する知識の欠如から、抗生物質の産生と耐性に対して、抗生物質を作る耐性菌による集団への短寿命の、繰り返しの侵入によって大きく促進されているという解釈が導かれていた。この研究は、構造化された、社会的に結合した細菌集団が野生において存在すること、そして動物や植物集団のそれと類似した組織的なパターンを形成していることを示している。(KU,nk)
Ecological Populations of Bacteria Act as Socially Cohesive Units of Antibiotic Production and Resistance

発癌への防御戦術(TACC-tics)(Oncogenic TACC-tics)

ヒト癌は、無関係な2つの遺伝子の配列を並置するものも含めて、多くのタイプのゲノム再編成を示しており、それによって、発癌活性のある融合タンパク質を創造することになる。これら融合遺伝子の機能解析は、腫瘍形成の機構に関する洞察をもたらすことがあるし、場合によっては効果のある薬剤へと導くこともある。有名な実例としては、慢性骨髄性白血病におけるB細胞受容体-ABL遺伝子がある。Singhたちは、致命的な脳癌であるヒト神経膠芽腫の3%に存在する一つの融合遺伝子を同定し、その特徴を明らかにした(p. 1231,7月26日号電子版)。結果として生じる融合タンパク質中で、線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)のチロシンキナーゼ領域が、トランスフォーミング酸性コイルドコイル(TACC)タンパク質の領域に結合する。このTACC-FGFRタンパク質は発癌性で、未制御のキナーゼ活性を示し、紡錐体に局在化していて、染色体分配を破壊することになる。マウスでは、FGFR阻害剤がTACC-FGFR遺伝子によって駆動される腫瘍の増殖を遅くし、これは、神経膠芽腫患者の一部はこの種の薬剤によって良くなる可能性があることを示唆するものである。(KF,KU,nk)
Transforming Fusions of FGFR and TACC Genes in Human Glioblastoma

鉄のホッピング(Iron Hopping)

広範囲に渡る生物地球化学的プロセスにおいて、鉄酸化物内を電子は左右、上下に大きく動き回っている。Katzたち(p. 1200)は時間分解X線吸収分光法を採用して、これがどのようにして生じているかを詳しく調査した。3つの異なった固体酸化物相へ電子を注入するために表面色素を光イオン化させる手法を用いることで、彼らは、電子が鉄中心間をホッピングしており、その速度は結晶格子の広い範囲での整列度よりもごく近傍の構造の方により依存していることを見つけた。これらの知見は、電荷キャリアが個々の金属部位に密接に結合しているとする一般に知れ渡っている小さいポーラロンモデルを支持している。(hk,KU,nk)
Electron Small Polarons and Their Mobility in Iron (Oxyhydr)oxide Nanoparticles

進化するグループ形成(Evolving Group Formation)

餌種のグループ行動は、捕食に対する順応としてできあがったものと長らく考えられてきた。しかしながら、捕食者の選択によって餌種の運動やグループ行動が形成されてきた仕組みの特徴を明らかにすることは難しいことだった。生きた捕食者、ブルーギル・サンフィッシュ(bluegill sunfish)による選択と、コンピュータで生み出された「餌食」の操作とを組み合わせるアプローチによって、Ioannouたちは、グループとして行動する「餌食」の方が、その他のやり方で動くものよりも生き延びやすいことを示している(p. 1212,8月16日号電子版; またRomeyによる展望記事参照)。(KF)
Predatory Fish Select for Coordinated Collective Motion in Virtual Prey

MAPをリサイクルし、Ste5を巻戻す(Recycle MAP, Rewind Ste5)

酵母における細胞のシグナル伝達のための分裂促進因子活性化タンパク質(MAP)キナーゼ経路の要素は、まったく別の生物学的結果を生み出す関連した経路でも再利用されてる。では、例えば、細胞はどうやって成長すべきか交配すべきかを知るのだろう? たとえば、プロトタイプ的骨格タンパク質Ste5の場合、Ste5は交配経路の要素の集合に結合し、おそらくそれらを特異的に活性化するため隔離していると考えられていた。しかし、Zalatanたちは、それとはまるで違うことを見出した(p. 1218,8月9日号電子版; またDavisによる展望記事参照)。Ste5は単に不活性な支持構造ではない。それは明らかにMAPキナーゼFus3のアロステリックな阻害剤として、調節経路において活動的な役割を担っているのである。それは、交配経路に特有なシグナルがSte5を細胞膜にもたらすときに、Fus3機能を緩めるだけである。(KF)
Conformational Control of the Ste5 Scaffold Protein Insulates Against MAP Kinase Misactivation

アクセサリーに格下げ(Relegated to Accessory)

一倍体の配偶子と胞子を作る特化した細胞分裂である減数分裂の決定的側面は、正常な有糸細胞分裂周期のそれから進化したものである。有糸分裂では、RecA相同体のRad51が、DNA二重鎖切断(DSB)の相同性によって仲介される修復のために必要とされる。DSBは、減数分裂における染色体分配において決定的な役割を果たしている。 Cloudたちは、Rad51の鎖交換反応活性が減数分裂においては必要とされないことを示している(p. 1222)。むしろ、Rad51はDmc1の鎖交換反応を増強するよう格下げされ、第2の減数分裂-特異的RecA相同体であるDmc1が、有糸分裂においてRad51が行なっている相同性検索と鎖交換反応の機能を実行している。遺伝子重複イベントの後になって、祖先のRad51からDmc1が創造されるらしい。Rad51は、減数分裂においては、Dmc1のアクセサリ的役割なのである。(KF)
Rad51 Is an Accessory Factor for Dmc1-Mediated Joint Molecule Formation During Meiosis
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