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Science May 4 2012, Vol.336


アメンボにおけるメスの捕捉(Hooking Up in Water Striders)

オスのアメンボのRheumatobates rileyiは、メスと強制交尾をする際に用いる、広範に修飾された触角を持っている。Khila たち(p. 585)は、オスがメスをつかまえる際に触角を完全にメスの頭にフィットさせるような、いくつかの微視的な触角の特質について記述している。この特徴は、触角が成長の際の遺伝子distal-less (dll)の発現に依存している。dllの発現を抑えると、オスのメス捕捉用の特異的触角の形質が損なわれるが、メスの触角は影響を受けない。(Ej,KU,ok)
Function, Developmental Genetics, and Fitness Consequences of a Sexually Antagonistic Trait

巨大なスピンホール効果(Giant Spin Hall)

電子の電荷よりスピンを利用する、スピン電子工学の分野における主要な課題の一つは、偏極したスピンを有する電子の強い流れを作り出すことにある。これを実現する一つの方法は偏極子として強磁性体を用いることで、これは磁気トンネル接合で用いられている原理である。しかしながら、このような素子は信頼性の問題に悩まされている。代替案は、物質中に電流を流すことにより、その垂直方向にスピンの流れを発生させるスピンホール効果であるが、この方法の効率は一般によくない。Liu たちは(p. 555)、タンタルの高抵抗のβ相におけるスピンホール効果が、隣接した強磁性体の磁化の切り替わりを引き起こすのに十分な強度のスピンの流れを作り出すことを示した。同時に、タンタルは強磁性体中でのエネルギーの散逸を生じない。これらの性質は、3端子素子のプロトタイプでの効率的で信頼性のある動作を可能にした。(Sk,nk)
Spin-Torque Switching with the Giant Spin Hall Effect of Tantalum

一様ではないギャップ(Uneven Gap)

超伝導現象の要因とされている電子対は、エネルギーギャップと呼ばれるある固有のエネルギー量を与えたときにのみ破壊することができる。ギャップの大きさは、フェルミ面の位置に依存しており、銅塩系超伝導体では ギャップは場所よっては完全に消失してしまう。特にプニクタイド(pnictide)超伝導体では、族の違いによって現象が異なるために、そこで何が起きているかに関して論争が続いている。Allanたちは(p.563)、鉄系超伝導体LiFeAsを走査型トンネル分光法を用いて調べた。フェルミ面が存在する5つのバンドのうち3つにおいてギャップをマップ化し、それが運動量空間において非等方的であることを突き止めた。(NK,KU,nk)
【訳注】プニクタイド(pnictide):周期表の第15族、N,P,As等の陰イオンを指す
Anisotropic Energy Gaps of Iron-Based Superconductivity from Intraband Quasiparticle Interference in LiFeAs

それほど速くない(Not So Fast)

グリーンランドの流出氷河のいくつかの最近の観測から、氷が海に流れ込む場所で急激に速度を増していることが分かった。これらの速度増加のみに基づいた、氷の消失と海表面の上昇に関する単純な予測では、驚くべき大きな値と、これに伴う社会的な懸念をもたらすことになる。氷床消失の包括的で詳細な図式を提供するために、Moonたち(p. 576; および、表紙参照)は、グリーンランドの主要な流出氷河のほぼ総ての10年に亘る流速測定の記録を整理した。氷床の周りでの流れの変動パターンは空間的にも時間的にも複雑で、地域による差と同時に、氷河が海洋へ流出するのか内陸で終わるのかでも異ることが分かった。さらに、測定された流出氷河の総ての積分速度は、急速に速度を加速している少数の地域に基づいて提唱された上限値よりも遥かに遅く、21世紀中での海面上昇は、以前示唆されていた2メートルより低いと思われる。(Ej,KU,ok,nk)
21st-Century Evolution of Greenland Outlet Glacier Velocities

磁気リコネクション(Magnetic Reconnection)

磁気リコネクション(磁力線の再結合)(MR)は、地球、火星、木星、土星などの固有の磁場を持つた惑星の磁気圏において観察されていた。MRは普遍的なプラズマ現象であり、強い磁気剪断領域において生じ、磁気エネルギーを運動エネルギーに転換する。地球上においては、MRは磁気嵐やオーロラを引き起こす。European Space Agency Venus Expressからのデータを用いて、Zhangたち(p.567, 4月5日号電子出版、および、Slavinによる展望記事参照)は、固有磁場を持たない天体である金星の磁気圏において、MRが存在するという驚くべき証拠を示している。(Ej,KU,nk)
Magnetic Reconnection in the Near Venusian Magnetotail

基底状態に向かう(Going to Ground)

すべての格子点の最少エネルギー状態が同時に達成されるように、結晶格子が幾何学的に並ぶフラストレーション系は、最低温度に至るまで無秩序な状態のままである可能性がある。本当に激しく揺らぐ基底状態にある物質を見つけようと多くの実験的努力がなされたが、対称性の破れによってしばしば秩序化が有限の温度で始まるため失敗に終わってきた。Nakatsuji たちは(p. 559; Balents による展望記事参照)、この状態の有望な候補として、化合物 Ba3CuSb2O9 を同定した。そこではCu-Sb の双極子が、大きな揺らぎをもつスピン一重項を形成して六方晶系構造上に存在している。幾つかの方向からの証拠により、その物質は極低温状態の温度範囲に至るまで磁気的に等方的であり整列状態になっていないことが示唆される。(Sk,ogs,nk)
Spin-Orbital Short-Range Order on a Honeycomb-Based Lattice

火星の岩脈(Martian Veins)

火星のメリディアーニ平原地域(Meridiani Planum)を横切る 7 年を越える走行の後、マース・エクスプロレーション・探査機オポチュニティー(Mars Exploration rover Opportunity)は エンデバー・クレータ(Endeavour Crater)に到着した。このクレータ は、以前 探査機オポチュニティーによって調査されていたいずれのものよりも古い物質からなる 22km の衝突クレーターである。Squyres たち (p.570) は、このクレーターの縁の領域の包括的解析結果を与えている。熱水作用による変成の証拠となる局所的な亜鉛の増加と、比較的低温の液体の水から沈殿した石膏が豊富にある岩脈は、大昔にこの領域に水質変成作用が存在した動かしがたい事例を与えるものである。(Wt,KU,tk,nk)
Ancient Impact and Aqueous Processes at Endeavour Crater, Mars

小さいが、しかし完全な形に(Small But Perfectly Formed)

ショウジョウバエの成虫原基は明瞭な幼虫の組織であり、やがて変態して成虫の器官となる。これらの組織はダメージに応答して再生する。成虫原基が損傷したり、或いは腫瘍増殖を示すと、これらの原基は幼虫の残余の原基にシグナルを送り、成長をスローダウンさせ、そして変態への形態形成を遅らせる。Garelliたち(p. 579)とColombaniたち(p. 582)は、Dilp8と呼ばれるインスリン様ペプチドが、血リンパ(昆虫の「血液」)内に分泌され、そして成長中の器官と内分泌系との間の情報伝達に関与し、成長プログラムと成熟時期を調節する。このコラボレーションにより、成虫は正常なサイズを得、そして適切なプロポーションと対称性を維持する。(KU)
Imaginal Discs Secrete Insulin-Like Peptide 8 to Mediate Plasticity of Growth and Maturation
Secreted Peptide Dilp8 Coordinates Drosophila Tissue Growth with Developmental Timing

修復されると壊れてしまう(Not Broken Until Repaired)

ヒトや、そして実際には殆どの真核生物は、染色体が線形(2本鎖)DNAであり、その両端にはテロメアとして知られる末端部位がある。細胞は破損した染色体を修復するための精緻なシステムを進化させてきたが、これによりDNA末端をダメージとして明確に認識してしまう。テロメアはこれらの修復システムから保護されているが、さもないと細胞内で大きな破損が生じ、悪くすると癌になるようなゲノム異常をもたらす。テロメアへの起こりうる総ての脅威を理解するために、Sfeirとde Lange (p. 593)は、マウスのシェルタリン・タンパク質複合体(これはテロメア末端上に保護キャップを形成する)の成分を変異させ、その複合体を完全に欠如したテロメアを作った(ヌクレオソームの染色質のみをキャップしている)。これら「裸の」テロメアはDNA修復に関連した6っの経路:古典的、及び代替の非相同的末端結合、ATMとATRのシグナル伝達経路、相同性の方向付けられた組み換え、容赦ないDNA切除:に脆弱であった。(KU,ogs,nk)
Removal of Shelterin Reveals the Telomere End-Protection Problem

血圧ゲージ(Blood Pressure Garge)

血管内皮細胞は血管の内壁を形作り、そして平滑筋との相互作用により血流の制御を助けている。Sonkusareたち(p. 597;Ledererによる展望記事参照)は、血管内皮細胞におけるシグナル伝達が周囲の平滑筋細胞の収縮をどのように制御しているかを記述しているが、これは血圧の制御に関する重要なメカニズムを与えている。単一のTRPV4イオンチャネルの開口と、その結果としての細胞中へのカルシウムの流入を表現するカルシウム濃度の僅かな変化を可視化するために、かれらはマウス動脈の血管内皮細胞にカルシウム-感受性の蛍光タンパク質を発現させた。このチャネルのクラスター形成により、少数のチャネルの活性化が協同的に起こって、十分な量のカルシウムシグナルが作られ、他の一連のカルシウム-感受性のカリウムチャネルを開口させている。その結果としての血管内皮細胞の脱分極により、次に平滑筋細胞への電気的な結合がギャップ結合を通して伝達される。(KU,ok,nk)
Elementary Ca2+ Signals Through Endothelial TRPV4 Channels Regulate Vascular Function

遠隔制御による遺伝子発現(Gene Expression by Remote Control)

いつの日か、体内に器具を挿入せずに、特定の組織内の特定の遺伝子を遠隔操作で活性化する技術により、臨床の場での治療用タンパク質発現が制御できるようになるだろう。実際にこれが可能であることを示す研究で、Stanleyたち(p. 604)は、ラジオ波による鉄酸化物ナノ粒子の加熱により、培養細胞とマウスモデルにおいてインスリンの遺伝子発現を遠隔的に活性化できることを示した。細胞膜を標的としたナノ粒子の加熱により、その細胞における温度-感受性の膜チャネルの開口を誘発し、カルシウムの流入を引き起こした。細胞内カルシウムシグナルが、次に遺伝子操作されたインスリン遺伝子の発現を刺激し、インスリンの合成と遊離に導びいた。インスリン遺伝子の発現を制御できるように遺伝子操作された腫瘍を持つマウスでの実験において、ラジオ波の照射によりその腫瘍からインスリンの分泌が促進され、そしてマウスにおいて血糖値のレベルが低下した。(KU,ogs,ok,nk)
Radio-Wave Heating of Iron Oxide Nanoparticles Can Regulate Plasma Glucose in Mice

後悔なし(No Regrets)

人は年を取るにつれて、「逃したチャンス」について考える確率が増加していく。若いときには、逃したチャンスについて考えることは、将来の行動をよりよくする助けになる可能性がある。しかしながら、年齢が上がると、「第二のチャンス」の可能性が減っていき、チャンスについて考えをめぐらすメリットは消えてしまう。Brassenたちは、若年成人や健康な高齢者、人生終盤で抑うつ状態にあるボランティアたちにおける「逃したチャンス」に対する行動面および精神面での応答を調べた(p. 612,4月19日号電子版)。若い被験者と抑うつ状態の被験者に比較すると、健康な高齢者は、「逃したチャンス」に対する感受性が低かった。この知見は、高齢者がもっている情動的な健康状態について、潜在的な機序があることを示唆している。(KF,ok,nk)
Don’t Look Back in Anger! Responsiveness to Missed Chances in Successful and Nonsuccessful Aging

時間さえあれば(Give It Time)

近年の実験的な生態学研究は、種がどのようにして多様化し、そして生態系の性質に影響を与えているかについて、非常に多くの洞察を提供してくれているが、たいていの場合、実験は比較的短い期間(5年程度まで)にとどまっている。Reichたちは、13年と15年に及ぶ2つの草原での実験を実行し、バイオマス産生などのコミュニティー・レベルのプロセスに関する植物種の豊かさの影響は初期段階で飽和するが、そのインパクトは実験が長期にわたるにつれてより強く、より比例的になっていくということを発見した(p. 589; またCardinaleによる展望記事参照のこと)。時間を経ることによるより強い影響は、種の間での「相補性」の量が増すことによって大きく促進され、こうした傾向は、多種集合における機能的多様性の発現が大きくなることと相関していた。つまり、多様性の効果は、時間の経過とともに、種がその環境における限定された生物学的資源の利用のしかたを変化させる機会がより多くなるほど、強くなっていくのであり、これは生態系における多様性を維持することの機能的な重要性を強調するものであるのだ。(KF)
Impacts of Biodiversity Loss Escalate Through Time as Redundancy Fades

代謝のネットワーク(Metabolic Networking)

細胞代謝の根底にあるような複雑な生物学的ネットワークを理解するには、ネットワークの接続性だけでなく、それら多様な生化学的経路を介しての流動についても評価することが必要である。Schuetzたちは、多様な条件下における反応時の流動の実験的テストと、数学的モデル化とを組み合わせることによって、大腸菌における代謝ネットワークにとってもっとも決定的に見える進化的制約を探求した(p. 601)。経路が進化するにつれ、満足させるべき複数の競合する目的が出てくるらしい。その細菌の主たる目的は、与えられた環境条件下で強い成績を挙げることだが、それは、条件変化への応答に必要な調整が最小ですむようにする適応性への要求とバランスされていないといけないのである。(KF)
Multidimensional Optimality of Microbial Metabolism

開花の後に続くもの(Blooming Succession)

海洋の藻類の開花は、一連の微生物捕食者や腐食動物の活動の引き金になる。Teelingたちは、顕微法、メタゲノム解析、メタプロテオミクスの組み合わせを用いて、長年にわたる北海での珪藻の開花からえられた試料を分析した(p. 608)。多糖類分解と炭水化物取り込みのそれぞれの段階は、フラボバクテリウム綱(Flavobacteria)とガンマプロテオバクテリア綱(Gammaproteobacteria)の分岐群に対応付けられた。これらはリンの取り込みシステムと輸送体特性において、大きく異なっているものである。海岸性海洋系におけるこの植物プランクトン/細菌プランクトンの結合は、全地球的な炭素循環モデルにとって決定的な重要性をもつものである。植物プランクトンの開花に続く細菌プランクトンの分岐群の遷移は、世界的な炭素周期のモデルに組み込めるほど予測可能である。(KF,ok,nk)
Substrate-Controlled Succession of Marine Bacterioplankton Populations Induced by a Phytoplankton Bloom
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