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Science November 4 2011, Vol.334 


支配者の脳とシナプス(The Domineering Brain and Its Synapses)

多くの動物社会において、社会的階層は基本的な組織化原理となっている。各個体の社会的地位は個々の健康や生活の質に大きく影響を及ぼしている。しかし、なぜ社会的階層が決定されるのか、その原理は不明である。Wang たち(p. 693,および、9月29日号電子版、更に、MaroteauxとMameliによる展望記事) は、マウスの単純な複数の行動テストを通じて、グループ内の個々の社会的地位は中央前頭葉前部の皮質ニューロンのシナプス強度と密接に関連していることを見出した。更に、中央前頭前野のシナプス強度を変化させることで、マウスの階層を優位から従属位に変えられること、あるいは、その逆も可能であることを示した。(Ej,nk)
Bidirectional Control of Social Hierarchy by Synaptic Efficacy in Medial Prefrontal Cortex
pp. 693-697

百聞は一見に如かず(Seeing Is Believing)

神経科学の進歩は顕微鏡利用法の進歩に依存していると言える。Lichtman and Denk (p. 618)は、最近の顕微鏡利用法の進歩を概観して、神経系の構造とその機能との間の関係の解明にどのように寄与しているかを示した。脳の内部では、経験に依存してニューロン間の結合性が変化するシナプス可塑性は、学習と記憶の基礎となっていると考えられている。Ho たち(p. 623)は、ニューロンが外部の刺激に応答した時の変化を細胞と分子のプロセスとして、また、これらの変化がどのようにシナプス結合性の増減に寄与するかをレビューした。(Ej)
The Big and the Small: Challenges of Imaging the Brain’s Circuits
pp. 618-623
The Cell Biology of Synaptic Plasticity
pp. 623-628

出色の改良点(Dye-namic Improvement)

色素増感太陽電池において、色素分子は光吸収時に電荷を半導体に注入し、回路の反対側の電荷受容体はこれを送り返す。この太陽電池の最も一般的な実用例では色素としてルテニウム錯体を、電荷輸送系としてヨウ化物イオン(I-)と三ヨウ化物イオン(I3-)の平衡系を採用している。Yella たち(p. 629;および、McGeheeによる展望記事参照)は、亜鉛ポルフィリン誘導体色素と、コバルトイオンによるシャトルの組合せは、大きく効率を高めることを示した。(Ej,KU,nk)
Porphyrin-Sensitized Solar Cells with Cobalt (II/III)?Based Redox Electrolyte Exceed 12 Percent Efficiency
pp. 629-634

フッ素化を急げ(Rushing in Fluoride)

陽電子放出トモグラフィーは、トレーサー分子に組み込まれた放射性同位元素(多くの場合フッ素-18)の急峻な崩壊を利用して生物環境を可視化する技術である。トレーサー分子の選択肢が増えることでより広範な情報が得られるようになったが、不安定な同位体活性を必要な閾値以下に失活する前に、トレーサー分子骨格に組み込むことは化学合成における大きな課題であった。Leeらは(p.639)、フッ素置換基を芳香族化合物に迅速に取り込むことができるパラジウム錯体を発明した。この発明の特徴は、フッ化物アニオンを用いて不安定な同位体を得ることであり、フッ素元素から作られる試薬に比べて、より強い活性を維持できるという。(NK,KU,ok,nk)
A Fluoride-Derived Electrophilic Late-Stage Fluorination Reagent for PET Imaging
pp. 639-642

二酸化炭素と水を分解する(Splitting CO2 and Water)

電気化学電池において、外部電力源を用いて水からCO2への電子移動を引き起こすことで光合成を模倣することが可能である。しかしながら、初期に形成されるCO2-陰イオンの不安定さにより、高い外部駆動電圧が必要である。Rosenたち(p. 643,9月29日号電子版)は、イオン性の液体電解質中でのCO2還元を行なうことで、必要とされる電圧が大きく低下することを見出したが、これは恐らく複合体形成による陰イオンの安定化による。多くの太陽電池デバイスは水を分解して水素を作る。しかしながら、貴金属触媒の必要性や、幾つかのケースでは強いアルカリ性、或いは強い酸性の電解質を使うことからこのようなデバイスの大規模な実施が妨げられていた。Reeceたち(p. 645,9月29日号電子版)は、容易に入手できるアモルファスシリコン太陽電池のインジウムスズ酸化物表面上にコバルトリン酸酸素還元触媒の薄膜を積層した。水素発生触媒としてニッケル-モリブデン-亜鉛合金を用いることで、60%を超えるアウトプットで水分解を促進するデバイスを作成した。(KU)
Ionic Liquid?Mediated Selective Conversion of CO2 to CO at Low Overpotentials
pp. 643-644
Wireless Solar Water Splitting Using Silicon-Based Semiconductors and Earth-Abundant Catalysts
pp. 645-648

熱いままの電子(Electrons Staying Hot)

シリコン太陽電池は、一旦電子を光励起し、P型およびN型のシリコンの界面(p-n 接合)によって生じる電位のバイアスでこれらの電子を一方向のみに流すことによって電圧を生み出すことができる。Gabor たちは(p. 648, 10月6日号電子出版; Basko による展望記事参照) 、p-n 接合中の単層(および二重層)のグラフェンが、光起電力効果ではなく競合メカニズムを通じて電圧を発生させることを見出した。そこでは、グラフェン中の励起電子は素子の残りの部分よりも熱いままでいて、その結果光熱電効果を引き起こしていた。(Sk,nk)
Hot Carrier?Assisted Intrinsic Photoresponse in Graphene
pp. 648-652

表面からのエコー(Echoes from the Surface)

振動エコー分光法は、一組の動き回る分子全体にわたる振動分布の急速な変化を追跡できる。この技術は液相の分析に用いられてきたが、Rosenfeld たちは(p. 634, 10月20日号電子出版)今回、その技術をそれ相応の高い感度を要する複雑な環境である固−液界面の研究に拡張した。表面に結合された金属錯体の層(広く触媒に応用されてるモチーフ)が調べられ、その表面が露出しているか溶媒に浸されているかによって、構造的動力学上の差が生じることが明らかになった。(Sk)
Structural Dynamics of a Catalytic Monolayer Probed by Ultrafast 2D IR Vibrational Echoes
pp. 634-639

それの暖所と冷所(The Warm and the Cold of It)

大気ブロッキングにおいては、定常的な大気圧の場が、広大な領域にわたって通常の大気循環を妨げる。ヨーロッパでは、北大西洋にまたがるブロッキング発生条件は、二週間もの間続き、他の異常気象の他に冬期温度の低下をも引き起こすことがある。Hakkinen たち (p.655; Woollings による展望記事を参照のこと)は 20世紀の大気データを再解析し、北大西洋領域においてより頻繁にブロッキングの起きる冬が、数十年の間持続する傾向があり、それは主に、北大西洋が比較的暖かい期間に発生していることを見出した。北大西洋の表面の水が暖かなこの期間は、また、風と海洋の循環パターンに関連しており、大西洋の数十年の期間の海洋変動の主要なモードと同期して発生していた。(Wt,nk)
Atmospheric Blocking and Atlantic Multidecadal Ocean Variability
pp. 655-659

熱帯森林の窒素(Nitrogen in Tropical Forest)

温暖な気候の生態系における窒素沈降による汚染は十分調べられており、そして窒素沈降の世界的広がりは、最終的には熱帯森林の富栄養化を導くであろうと予測されてきた。パナマとタイの2つの森林において、Hietzたち(p. 664)は、窒素サイクルの明確な変化を示す包括的なデータセット報告する。このデータセットは、40年以上収集された葉や約100年にわたる年輪の安定同位体を分析し、そこから得られた窒素富化の証拠を提供する。窒素放出と対流圏の二酸化窒素に関する人工衛星のデータから、このタイプの窒素富化が熱帯森林の広い範囲に拡がっていることを示している。(TO,KU,nk)
Long-Term Change in the Nitrogen Cycle of Tropical Forests
pp. 664-666

共通な知識(Common Knowledge)

タンゴを踊ったりデュエットで歌ったりするような協調行動は、行動に参加する個々人双方における感覚器官からの出力とそれに対するフィードバックの間で協調が必要になる。Fortune たち(p. 666)は、小型の鳴き鳥アカオマユミソサザイ(Plain-tailed Wren)がとるデュエット行動を記録し、彼らの脳の歌を司る中枢(song centers)から細胞外神経記録を作成した。歌い手の双方は結合した協調デュエットをコード化していた。しかし、歌うタイミングは一方のパートナーであるメスによって決められていた。つまり、見事なデュエットは、デュエットへの彼ら自らの貢献によるのではなく、それぞれの個体の脳にコード化されている。(TO,KU,nk)
Neural Mechanisms for the Coordination of Duet Singing in Wrens
pp. 666-670

ハエの腸(Fly Guts)

動物の腸内に棲む微生物は、免疫応答、エネルギー代謝、発生、そして成長等多面的な宿主の生理反応の制御において重要である。ショウジョウバエの比較的単純な腸内微生物叢は、栄養の不足した条件下で特に重要である。Shinたち(p. 670)は、ハエの5つの腸管内菌叢メンバーを置き換えるようなショウジョウバエ腸内コミュニティの単一の細菌メンバー(酢酸菌ポモラム)を同定した。エタノールの酸化に必要な一つの細菌遺伝子の生成物--ピロロキノリン・キニーネ依存性のアルコール還元酵素--の機能が代謝による酢酸生成の鍵であり、そしてハエの幼生の健やかな成長にとって重要である。(KU)
Drosophila Microbiome Modulates Host Developmental and Metabolic Homeostasis via Insulin Signaling
pp. 670-674

水素イオンポンプ以上のはたらき(More Than a Proton Pump)

細胞は、アミノ酸が不足してくると、自己貪食を活性化させて、現存の細胞の成分を消化することがある。しかし、アミノ酸の枯渇をどのように検知しているかははっきりしていなかった。哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)は、このプロセスの主要制御因子であり、アミノ酸が存在するときにはリソソームに局在化していて、自己貪食を抑制している。Zoncuたちは、低分子干渉RNA技術を用いて、mTORC1シグナル伝達に必要なリソソームの成分を検索した(p. 678; またAbrahamsenとStenmarkによる展望記事参照のこと)。空胞のH+ATP分解酵素が、これはリソソームの酸性化に機能するものだが、リソソーム内にあるアミノ酸を検知するのにも必要であることも明らかになった。このタンパク質は、アミノ酸依存的な様式で、mTORC1複合体に関連するタンパク質と直接相互作用していた。(KF)
mTORC1 Senses Lysosomal Amino Acids Through an Inside-Out Mechanism That Requires the Vacuolar H+-ATPase
pp. 678-683

生きるための運動(Exercise for Life)

神経変性疾患の領域における未解決の問題の1つは、運動が持続的に有益な効果をもつかということ、あるいは、運動が、すでに感受性をもってしまった神経細胞集団に対する代謝の需要を増すことによって、有害な長期的結果をもたらすことになるのかということである。Fryerたちはこのたび、ポリグルタミン神経変性疾患性の脊髄小脳失調症1型(SCA1)のマウスモデルの寿命が、運動によって有意に延びたことを示している(p. 690; またGitlerによる展望記事参照のこと)。運動は、生体内のAtaxin-1と相互作用する転写抑制因子、Capicua(Cic)の下方制御の原因となる上皮増殖因子を発現上昇させた。Cic変異のマウスでは、Cicのレベルを50%減少させることによって、早発性死亡を含む、SCA1表現型のすべてが救出されたのである。(KF)
Exercise and Genetic Rescue of SCA1 via the Transcriptional Repressor Capicua
pp. 690-693

気候変動を評価する(Assessing Climate Change)

気候変動が種の分布に影響することはよく理解されているが、しかしながら過去の気候の揺らぎが今日の種の分布に影響しているその道筋は殆ど分かっていない(Ohlemullerによる展望記事参照)。Sandelたち(p. 660,10月6日号電子版)は、気候安定性の尺度、即ち気候変動の速度(climate-change velocity)を用いて、最終氷期極大期の最後においての両生類や哺乳類、及びトリの地球規模での分布に関する気候変動の影響に関するロバストなテストを提供している。気候変動の速度が大きくなると、総てのグループにおいて地域固有種(endemism)が、地理的広がりが小さい場合は特に、縮小した。気候変動の速度は、またこれからの分布の変化を予想する際にも大きく関連する。Burrowsたち(p. 652)は過去50年に渡る世界的な温度解析を行い、気候変動の速度と季節性のシフトという二つの測定基準を作った。海洋と陸生の環境の双方で、これら二つの尺度は、単純な温度に対する線形の傾向以上により直接的に種の分布の変化と種の年間のライフサイクルの事象のそのタイミングに関連している。(KU,ok,Ej,nk)
【訳注】生態固有性(endemism):ある生物の分布が特定の地域に限定される現象
The Influence of Late Quaternary Climate-Change Velocity on Species Endemism
pp. 660-664
The Pace of Shifting Climate in Marine and Terrestrial Ecosystems
pp. 652-655

結び付いている(Getting Connected)

タンパク質のリジン残基のアセチル化が、タンパク質間相互作用を仲介することがあるが、アセチル化に依存したタンパク質認識の構造上の仕組みは、ほんの少数しか解明されていない。タンパク質アセチル化のよくある型はN末端アセチル化で、これは、およそ30から90%の真核生物タンパク質において、同時翻訳的に生じている。N末端がアセチル化されたアミノ酸が、いかにしてタンパク質間相互作用を仲介しているかは、はっきりしていない。Scottたちは、E2酵素であるUbc12のN末端アセチル化が、別のE3によって仲介されるNedd8のカリンタンパク質への連結を支配していると報告している(p. 674,9月22日号電子版)。タンパク質制御のこの仕組みが、タンパク質アセチル化とユビキチン様タンパク質による翻訳後修飾とを結び付けているのである。(KF)
N-Terminal Acetylation Acts as an Avidity Enhancer Within an Interconnected Multiprotein Complex
pp. 674-678

重合酵素のリン酸化(Polymerase Phosphorylation)

RNAポリメラーゼII(RNAP II)の大きなサブユニットのカルボキシ末端領域(CTD)は、酵母からヒトにいたるまでで保存されているタンデムリピート構造をもっている。このCTDは、転写をメッセンジャーRNA(mRNA)プロセシングに結び付けている。セリン(Ser)2のリン酸化は、RNA3'末端プロセシングと転写の終結を協調させていて、Ser7 superのリン酸化は、低分子核内RNAの3'プロセシングにおいて機能している。Hsinたちは、カルボキシ末端領域のThr4残基もまた、酵母からヒトにいたるまででリン酸化されていることを示している(p. 683)。株化細胞では、ヒトカルボキシ末端領域のThr4は、生存にとって必須であり、ヒストンmRNAの適切な3'プロセシングにとっても必要とされたのである。(KF)
RNAP II CTD Phosphorylated on Threonine-4 Is Required for Histone mRNA 3′ End Processing
pp. 683-686

じゅうぶん役立つセントロメア(Sufficient Centromere)

セントロメアは、細胞分裂の際に、動原体の組み立てと微小管の付着のための部位を提供することによって、娘細胞への染色体の正しい分離を保証している。ほとんどの生物では、DNA配列がセントロメアを定義しているわけではなく、その代わりに後成的な機構が重要である。Mendiburoたちは、ショウジョウバエのセントロメアに特異的なヒストンであるCIDを、Lacオペレータ配列のアレーを介して単一座位にターゲティングすると、動原体組み立てを指示でき、そして内在性のCIDの補充を通じて後成的に増殖可能な、過剰にCIDを含有する部位が生じることを発見した(p. 686)。セントロメアを欠くがCID含有部位を含むプラスミドが分離され、忠実に維持された。つまり、ショウジョウバエのセントロメア特異的なヒストンがあれば、機能する遺伝性セントロメアの形成にとってじゅうぶんだったのである。(KF,KU)
Drosophila CENH3 Is Sufficient for Centromere Formation
pp. 686-690

サルは見る、サルは知る(Monkey See, Monkey Know)

一人の人間が親しく覚えられる人の数-ダンバー数(Dunbar's number)として知られているが-は、一般におおよそ150人とされており、この数は強く結ばれた社会的グループのサイズである。この推定は霊長類の神経解剖学と行動の比較分析に由来し、そしてその数の大きさは新皮質のサイズによって決定されるという推論に導いた。Salletたち(p. 697,Millerによる展望記事参照)は、霊長類の社会的グループのサイズがマカクザルの脳における社会的認知領域のサイズに因果的に関係しているかどうかを調べた。構造的、かつ脳機能イメージングデータが、単独で生活、或いは7頭までのグループ内で生活をしていた23頭のマカクザルから収集された。社会的な情報(例えば顔)を処理することが知られている脳領域のサイズは、より大きなグループ由来の動物において実際に相対的により大きかった。(KU,Ej)
Social Network Size Affects Neural Circuits in Macaques
pp. 697-700

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