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Science August 5 2011, Vol.333


海氷のシーソー(Sea Ice See-Saw)

地球温暖化により北極海の季節的な海氷が急速にかつ広範囲に消失している。この消失は、空間的な不均一さについて考慮されずに、普遍的な現象としてよく示されている。しかし、こうした単純な振る舞いとして推測されているのは、もっときめ細かく見るために必要な、過去の海氷の変化過程(dynamics)に関する証拠がほとんどないからである。Funderたち(p.747)は、グリーンランド北部から採取した長期間に渡る海氷の記録を示し、北極海西部から採取した記録と比較する。その結果、2つの地域の海氷は、過去10,000年間の大部分で、東側で減少している時には西側で拡大しているという、概ね相補的な振る舞いをしていた。(TO,KU)
A 10,000-Year Record of Arctic Ocean Sea-Ice Variability-View from the Beach
p. 747-750.

塩水から真水を得る(Salt Water Gets Fresh)

全世界の人口の多くが水不足の国に住んでおり、気候変動と人口増加によりおそらくこの人数は増していくだろう。真水の供給は水理上の要因から限界が決まり、これを回避する1つの方法として、海水から塩分を除去すれば、実質的には水資源の限界を無くすことができる。実際に淡水化プラントは既に世界中で稼動しているが、通常高価でエネルギーを多く消費する。ElimelechとPhillip(p. 712)は、水欠乏に対する長期的な解決策となるような、コストや環境への影響を小さくしつつ淡水化の効率を高めることができる最新の技術やシステム設計をレビューした。(TO)
The Future of Seawater Desalination: Energy, Technology, and the Environment
p. 712-717.

苦も無く抵抗(Resistance No Struggle)

アルテミンをベースにした薬剤耐性が出現するに及び、マラリアに対する武器として新たな化合物を見つける必要が生じてきた。Yuan たち(p. 724;および、表紙とCammackによる展望記事参照)は、ヒトへの治療用として既に認可されている2800以上の薬剤をテストし、テストした寄生虫の3/4の系統を抑制する58種の薬剤を同定した。多様な有望化合物にもかかわらず、薬剤への耐性は比較的少数の遺伝子で支配されており、共通の標的に対して作用する薬剤は共通の作用モードを持っているように見える。この耐性表現型の中には強い地理的パターンが見られることから、現在の寄生虫集団は抗マラリア剤の選択的圧力によって形作られていることが確認できる。(Ej,KU)
Chemical Genomic Profiling for Antimalarial Therapies, Response Signatures, and Molecular Targets
p. 724-729.

伝播方向に依存した光学(Direction-Dependent Optics)

トランジスターと並んでダイオードは電子工学のキーデバイスであり、同分野の革新に貢献した。光集積回路チップを開発するには、ダイオードと同様の一方向の動作をするデバイスが必要である。Fengらは(p.729)、光の伝播に関する量子力学的考察と光導波路の長さに沿っての光ポテンシャルの制御により、光を一方向にのみ伝播できることを示している。光伝播の対称性を打ち破るこのアプローチは、オンチップ光コミュニケーションのための非相反光コンポーネントを開発するに当たり有用であることが示された。(NK,KU)
Nonreciprocal Light Propagation in a Silicon Photonic Circuit
p. 729-733.

カルシウムを隅に置く(Cornering Calcium)

マンガンは極めて容易に複数の酸化状態を形成し、そして光合成の際に水の酸化反応の触媒作用において中心的な役割をしている。極めて不明瞭な点は、謎めいたカルシウムイオン同様に、1個だけではなく4個のマンガンセンターのいかなる性質を利用して、かくも効率的にこの反応を行なっているかである。Kanadyたち(p. 733)は、立方体の4つの頂点に3個のマンガンイオンと1個のカルシウムイオン、そして他の頂点には酸素で占められたモデル化合物を合成することでこの疑問解明に向けて一歩前進させた。この化合物とCaの代わりに第4のMnセンターを持つ関連化合物の構造的、かつ電気化学的解析から、カルシウムの役割の一部は隣接したMnの高酸化状態を安定化している可能性が示唆される。(KU,nk)
A Synthetic Model of the Mn3Ca Subsite of the Oxygen-Evolving Complex in Photosystem II
p. 733-736.

東アフリカの雨とエルニーニョの南方周期変動(ENSO and East African Rains)

エルニーニョの南方周期変動(ENSO)は、その赤道地域太平洋の発生地から遠く離れた降雨に影響を及ぼす。赤道地域東アフリカもその一つであり、ここではエルニーニョ期間にはより雨量が多く、ラニーニョ期間にはより雨量が少ない。Wolff たち(p. 743)は、ケニアのChalla湖の堆積物のデータを利用して、この傾向がどの程度の期間継続したかを探索した。雨量に関連する積層堆積層の毎年の厚さから、最終氷期のような寒冷な気候では降雨量の変化量は、今日のような温暖な気候時の変化量に比べて小さいことが示唆される。従って、将来の気候温暖化は、東アフリカの水循環を大きくするかも知れない。(Ej,KU)
Reduced Interannual Rainfall Variability in East Africa During the Last Ice Age
p. 743-747.

酸化物部位ではより簡単(Easier at Oxide Sites)

酸化チタン表面に保持された金のナノ粒子によるCOの酸化において、多くの場合、CO分子は反応時に金の表面に吸着されると考えられている。Green たちは (p. 736) 、密度汎関数理論の計算と同時に、in situ の赤外の昇温脱離ガス分光法を用いて、COは初めに金の部位の酸素原子と反応するのではなく、ナノ粒子の周辺でチタンと金の部位を架橋している2原子酸素(-O-O-)と反応することを示した。(Sk,KU,nk)
Spectroscopic Observation of Dual Catalytic Sites During Oxidation of CO on a Au/TiO2 Catalyst
p. 736-739.

その場で循環する(Cycling in Place)

F1-ATP分解酵素はATP-駆動のモータータンパク質で、回転子は固定リング中で回転する。固定リングは、ヌクレオチドの結合状態に依存してATPを加水分解し、その構造を変える領域から構成されている。しかしながら、その固定リングが固有の協同性を示すのかどうか、或いは回転子との相互作用がその構造や触媒作用の状態を制御したり、トルクを発生させるために必要なのかどうか不明であった。Uchihashiたち(p. 755;Junge and Mullerによる展望記事参照)は原子間力顕微鏡を用いて、単離した固定リングにおいて構造転移を直接可視化した。立体構造は反時計回りの方向で環の周りを周期的に伝播した。かくして、固定リングのみで協同性を示し、触媒領域の逐次的なパワーストロークを駆動している。(KU)
High-Speed Atomic Force Microscopy Reveals Rotary Catalysis of Rotorless F1-ATPase
p. 755-758.

誰の鳴き声?(Who's Calling?)

多くの種で、メスは、大きなシカの角とか複雑な歌声といったオスの優雅な形質を好む。このような優先度は、止め処もない選択(runaway selection)として知られるプロセスにおいて更なる精緻さを持つオスを選択するはずである。メスのタンガラ(tungara)カエルは、このカエルの捕食動物であるコウモリ同様により精緻な鳴き声を出すオスに対して明瞭なる好みを示す。しかしながら、Akreたち(p. 751;Rome and Healyによる展望記事参照)は、双方のケースでその優先度は、実際には鳴き声を発するペア間の鳴き声成分のその比に依存していることを示している。このように、重要なことは鳴き声の複雑さではなく、受け取る側の知覚である。(KU,Ej)
Signal Perception in Frogs and Bats and the Evolution of Mating Signals
p. 751-752.

火星の波(Martian Waves)

今日の火星上の液体の水の存在は、とりわけ、可住性の問題に対する水の存在の重要性から、大きな論争の種となっている。NASA の マーズ・リコネッサンス・オービターからのデータを用いて、McEwen たち (p.740) は、火星の地下の浅い箇所が最も暖かくなる時と場所においてのみ、斜面に短期間だけ持続する特徴が何度も出現するという観察を述べている。この観測は、流動する液体の塩水によって説明できる可能性があるとともに、水が火星表面に到達する小さな場所が存在する可能性を示唆している。(Wt,tk,nk)
Seasonal Flows on Warm Martian Slopes
p. 740-743.

収束性の分解(Convergent Degradation)

子嚢菌類は、腐った木との腐生共生と同様に樹木との相利共生相互作用(biotrophy:生体栄養)を確立している。Eastwoodら(p. 762、7月14日電子版)は「乾食腐敗菌(dry rot)」であるナミダタケ(Serpula lacrymans)のゲノムの配列決定を行い、一連の多岐にわたる真菌の栄養形態に関するゲノムの比較、および機能解析を実行した。褐色腐敗菌(brown rot)の進化は、共通の白色腐敗菌(white rot)の祖先からの腐生共生と生体栄養という両方の融合によって生じていた。さらに、これらの菌類は、その宿主樹木とともに進化していたと思われる。(hk,KU)
The Plant Cell Wall-Decomposing Machinery Underlies the Functional Diversity of Forest Fungi
p. 762-765.

Nogo拮抗物質なしでは発生は進まない(Development's a No-Go Without a Nogo Antagonist)

蛍光団(fluorophore)-アシスト光不活性化(FALI)においては、抗体は、狙いのタンパク質の蛍光団を標的にするために用いられ、それが次に、適切な照明を当てることで、標的タンパク質の機能を特異的に減少させるために利用される。Satoたちは、FALIを用いて抗体プールをスクリーニングすることで、マウスにおける嗅神経細胞の発生に影響を与えているタンパク質を探し、LOTUS(lateral olfactory tract usher substance: 外側嗅索門番物質)を同定した(p. 769)。LOTUSと相互作用しうるタンパク質を探しての別のスクリーニングで、Nogo受容体-1(NgR1)を同定したが、これは哺乳類の成体において神経の再生を阻害するものである。発生の際には、LOTUSは他のリガンドがNgR1を活性化しないようにしているが、さもないと、NgR1が軸索の適切な遊走を妨げる可能性がある。(KF,KU)
Cartilage Acidic Protein-1B (LOTUS), an Endogenous Nogo Receptor Antagonist for Axon Tract Formation
p. 769-773.

悪性の修飾(Malignant Modification)

ヒト白血病の多くは、2つの無関係な遺伝子を連結する染色体転座によって特徴付けられる。その結果生じる融合タンパク質は癌細胞に特異的で、制御されない細胞増殖の原因となりうる。急性骨髄性白血病においてもっともよくある融合遺伝子の1つは、転写制御因子であるAML1-ETOと呼ばれる発癌性融合タンパク質をコードしている。Wangたちは、患者からの白血病細胞とマウスモデルを研究して、急性骨髄性白血病-ETOの発癌性活性には、そのタンパク質が特異的な翻訳後修飾(リジン43のアセチル化)を必要とすることを発見した(p. 765、7月14日オンライン発行された)。このアセチル基を標的にして除去することは、つまり、AML1-ETO-連結白血病に対する有用な治療方針となりうるかもしれない。(KF)
The Leukemogenicity of AML1-ETO Is Dependent on Site-Specific Lysine Acetylation
p. 765-769.

Google頭(Google Heads)

記憶研究の中心的テーマの1つは、実際のモノや単語、顔を記憶し、思い出すためのコード化を理解することである。コード化とそれが認知と想起にどう影響しているかの研究はこれまで、記憶される内容に焦点を当てる傾向があった。ぼんやりと記憶された項目は、非常に多数のソースにあたって検索されることを踏まえ、Sparrowたちは、コード化よりも検索の優先性を示すことになる一連の実験について記している(p. 776、7月14日号電子版)。人間が新しい情報を与えられると、内容よりも場所に対して、記憶容量を振り当てる傾向が増していくのである。(KF)
Google Effects on Memory: Cognitive Consequences of Having Information at Our Fingertips
p. 776-778.

雨をもたらす気圧(Pressured to Rain)

夏季インドモンスーンは、季節性の大気プロセスの中で最もエネルギッシュで重要なものの1つである。このモンスーンは、チベット高原の南縁近くにあるインド低気圧と、南インド洋上のマスカリン高気圧の間の南北両半球を越える気圧勾配により、その強さが決められている。このモンスーンの最近の活動はよく記録されているが、どのように、そしてなぜ氷河期-間氷期の時間規模で変動したかは十分に解明されていない。Anたち(p.719; Liuによる展望記事参照)は、夏季インドモンスーンの変動に関する260万年間の記録を示す。その変動は北半球と南半球の両方の氷床のサイズに依存していた。そして、そのサイズは更新世全体を通してモンスーンを左右する気圧差に重大な影響を与えていた。(TO,nk)
Glacial-Interglacial Indian Summer Monsoon Dynamics
p. 719-723.

アンモニアからアルケンへと(From Ammonia to Alkanes)

一酸化炭素と窒素分子は、同じ数の電子と中心に非常に強い三重結合を持つ似たような二原子分子である。これに関連して、酵素ニトロゲナーゼ(窒素分子をアンモニアに還元するように進化した酵素)は、COに対しても類似した反応を触媒すると推定されよう。驚くことに、バナジウムに依存した多様なニトロゲナーゼがCOを還元し、そしてその中間体を炭素-炭素の結合形成により連結し、低分子のアルカンとアルケンを生じることが最近示された。Huたち(p. 753)は、より一般的なモリブデンに依存したニトロゲナーゼもまた、効率性が劣り、そして幾分異なる生成物分布を持つけれども、還元的にCOを連結することを示している。そのメカニズムは不明だが、重水における同位体効果から、このプロセスのキーとなるステップとしてプロトン-共役の電子移動反応が示唆される。(KU,Ej,nk)
Extending the Carbon Chain: Hydrocarbon Formation Catalyzed by Vanadium/Molybdenum Nitrogenases
p. 753-755.

結び付き、運ぶ(Bind and Deliver)

尾部アンカー型(TA)膜タンパク質は、同時翻訳による膜挿入を防止するC末端膜アンカーを担っている。小胞体になる運命のTAタンパク質は、翻訳後に細胞質のGet3 ATP分解酵素に結合し、その複合体は膜でGet1-Get2 受容体に結合する。Get3の相互作用は、ヌクレオチド依存的である。Steferたちは、異なった機能的状態において、Get1およびGet2の細胞質領域と複合体をなしているGet3の結晶構造を決定した(p. 758、6月30日号電子版)。構造および機能のデータから、Get3が膜に補充され、挿入のための基質を運んでいることが示唆された。(KF)
Structural Basis for Tail-Anchored Membrane Protein Biogenesis by the Get3-Receptor Complex
p. 758-762.

存在と時間(Being and Time)

内側側頭葉は、エピソード記憶のセンターであると知られている。NayaとSuzukiは、時間順序の記憶課題を行なう2匹のサルについて、3つの異なった内側側頭葉領域とそこに隣り合った視覚性感覚野における神経活動パターンを記録した(p. 773)。個々の内側側頭葉領域は、時間順序情報のコード化について、大きく異なった、しかし相補的な方向で貢献していた。海馬細胞は、最初の項目提示からの時間についての情報を伝達し、次の項目の時間を予想する、強いタイミング信号を生み出していた。それと対照的に、視覚野TEは、主に刺激の同一性についての情報を表現していた。周嗅領皮質は、項目とそれらの相対的時間順序の結び付きをシグナルした。つまり、周嗅領皮質は視覚性の皮質性入力と、嗅内皮質を通るリレーを介した海馬からのタイミング情報とを収束させるノードとして、働いているのである。(KF)
Integrating What and When Across the Primate Medial Temporal Lobe
p. 773-776.

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