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Science May 13 2011, Vol.332


ネアンデルタール人は難民?

旧人類は、地球の気候が最寒氷期に向けて一進一退していた約50,000年前以降でさえ、ユーラシア大陸の高緯度の地を占有していた。この地の遺跡は、その一部に現生人類が拡大していたことを示しており、それがネアンデルタール人の衰退と排除をもたらしていた。Slimakたちは(p.841)今回、ウラル北部の約33,000年前の遺跡を報告しているが、そこには古い中期旧石器の道具キットが含まれていた。この道具キットは、更に古いヨーロッパの遺跡のネアンデルタール人の典型的な道具キットと同じである。この遺跡では人骨化石が発見されておらず、誰が道具セットを作成したかは厳密には不明である。この遺跡は、中期旧石器時代の人類、おそらくはネアンデルタール人の北への避難場所だったのだろう。(Uc,KU,bb)
Late Mousterian Persistence near the Arctic Circle
p. 841-845.

頭になるか、尻尾になるのか?(Heads or Tails?)

扁形動物プラナリアは失った体のいかなる部分も再生することで有名である(Slackによる展望記事参照)。Peterson and Reddien(p. 852)は、プラナリアがどの体の部分を再生すべきか、頭部なのか尾部なのかをどのようなメカニズムによって知るのかを研究した。分泌されたWnt阻害因子であるノ−タム(notum)が、頭部側の損傷にて選択的に活性化され、再生極性の切り換えを行なう。ノータムがRNA干渉を用いて抑制されると、二つの尻尾を持ったプラナリアが産生される。このように、損傷部における組織配向への局所的な応答が再生の結果を決定する。Wagnerたち(p. 811;表紙参照)は、再生が多能性細胞である新生細胞(neoblast:成体の増殖細胞)によってなされるのか、或いは複数の系列で制限される細胞が必要なのかどうかを調べた。多能性のクローン原生の新生細胞は致死量を照射された動物を、そうでなければ細胞分裂が出来ない動物を再生することが出来た。かくして、プラナリアの顕著な再生能力には成人期における多能性細胞の持続が必要である。(KU)
Polarized notum Activation at Wounds Inhibits Wnt Function to Promote Planarian Head Regeneration
p. 852-855.
Clonogenic Neoblasts Are Pluripotent Adult Stem Cells That Underlie Planarian Regeneration
p. 811-816.

設計によるパートナーの作成(Partners by Design)

高親和性で標的に結合する抗体のようなタンパク質は、診断や治療において有益である。コンピューターによる設計は高処理スクリーニング法を補うものであるが、しかしながら、選ばれた標的への高親和性の相互作用を示すパートナーの設計は難しい課題であった。Fleishmanたち (p. 816;Der and Kuhlmanによる展望記事参照) は、1918H1N1ウイルス由来のインフルエンザ赤血球凝集素(HA)における保存された領域を標的とするタンパク質を作成したが、そこでは高度の形状相補性とコアとなる残基相互作用を設計するためにコンピュータ手法を用いている。二つの設計タンパク質は、親和性の成熟後にHAへの低ナノモルの親和性結合示し、そして実際の結合界面が構造解析により確認され、設計モデルとほぼ同一であった。(KU)
Computational Design of Proteins Targeting the Conserved Stem Region of Influenza Hemagglutinin
p. 816-821.

ナノ結晶のナノ画像(Nanoimaging Nanocrystals)

ナノ結晶金属の三次元粒子構造の解析には、通常何回もの表面層の除去や、或いは複数の試料にスライスする等の試料の破壊が必要である。x-線による解析手法は非破壊的に行なわれるが、その分解能の限界は100ナノメートルを越えていた。Liuたち(p. 833)は、総てのビームと試料のチルト位置に渡っての一連の暗視野電子顕微鏡画像を得、そして個々のボクセル(voxel)に於ける粒子の配向を決定した。100,000を越える画像解析から、ナノ結晶アルミニウムの試料において1ナノメートル以下の分解能が得られた。(KU,Ej)
Three-Dimensional Orientation Mapping in the Transmission Electron Microscope
p. 833-834.

結局のところそんなに特別ではない(He Not So Super After All)

リング状の冷凍ヘリウムを回転させながら250ミリケルビンまで冷やすと、回転周波数が高くなることが知られている。その効果の解釈の一つは特異な超固体量子相の形成であり、そこでは冷凍サンプル内の原子群が分離し、そして超流体転移で普通に見られる流れに類似した「流れ」をする。しかしながら、最初の報告以来、その解釈に関しては意見が分かれている。Prattらは(p.821)高感度ねじれ振動子を用いて、冷凍ヘリウム挙動の温度および機械的依存性を包括的にマップ化することで同現象の再検討を行った。結果は、不純物や欠陥点において冷凍ヘリウムにせん断応力がかかるシナリオが有力であり、量子超固体に関連する相転移の証拠はなかった。(NK,KU,nk)
Interplay of Rotational, Relaxational, and Shear Dynamics in Solid 4He
p. 821-824.

容量を増大させる(Enhancing Capacitance)

一般的に、平らな界面の容量は幾何学的特性によって制限されているが、電子相関効果により、より多くの電子を閉じ込めることが可能になる。多くの場合、これらの増加は数パーセントのオーダーであるが、Li たちは(p. 825)、LaAlO3 と SrTiO3の界面で「負圧縮率」の効果によって生じる 40% 以上の容量増加を観測した。トップゲート電極が界面からほとんどの電子を使いきった時の低電子密度状態で生じるこれらの増加は、電界効果トランジスタの速度の向上や消費電力に有用となるであろう。(Sk,KU,nk)
Very Large Capacitance Enhancement in a Two-Dimensional Electron System
p. 825-828.

急速加熱(Rapid Heating)

金属ガラスは結晶化を避けるためにかなり速い冷却速度を必要とする。過冷却された金属ガラスを加工したいとき、さらに速い加熱速度を必要とする。Johnsonたち(p. 828)は、パルス幅がミリ秒の強烈な電流を取り出せる臨界制動コンデンサの放電を用いて、均一で数量化できる電気抵抗(オーム)加熱を実現した。これは、金属系の温度-依存性のエンタルピーを測定するのに用いることが出来るであろう。(hk,KU)
Beating Crystallization in Glass-Forming Metals by Millisecond Heating and Processing
p. 828-833.

火星のCO2の貯蔵(Martian CO2 Store)

CO2が主要成分である火星大気は、古代においてはより高密度であったと信じられている。マーズ・リコネッサンス・オービターからのレーダー計測を用いて、Phillips たち (p.838, 4月21日付電子版; Thomas による展望記事を参照のこと) は、古代の大気中の多量のCO2が、火星の南極領域内に固体の堆積物として貯蔵されていることを見出した。これが大気中に完全に放出 (自転軸の傾きが大きい時期に起こる可能性がある) したとすると、これらの堆積物は火星の大気中のCO2量を約二倍にし、さらには、赤い惑星の気象に大きな変化をもたらす可能性がある。(Wt,KU,tk,nk)
Massive CO2 Ice Deposits Sequestered in the South Polar Layered Deposits of Mars
p. 838-841.

光を収穫するときの基準(Light-Harvesting Benchmarks)

植物も、多様な独立栄養微生物も、日光のエネルギーを利用して水を酸化し、結果的に電子を二酸化炭素の還元反応に受け渡し、糖やより複雑な有機化合物を形成する。人工的な太陽電池、つまり、光起電力もまた、太陽光エネルギーを収穫して電子を遊離するが、これは化学的な変換を起こす代わりに、回路を経由してこれらの電子を、元の場所に単に戻すに過ぎない。Blankenship たち(p. 805)は、天然の光合成の基本的パラメータとの可能な限りの明瞭な比較をするために、光起電力による水分子分解の基本的効率をレビューし、そして長期的に持続可能な社会的エネルギー供給に不可欠な努力目標である、各プロセスの効率改善の見込について評価している。(Ej,KU)
Comparing Photosynthetic and Photovoltaic Efficiencies and Recognizing the Potential for Improvement
p. 805-809.

意識とフィードバック(Consciousness and Feedback)

植物状態とは、意識を示す行為的兆候がない、保存された覚醒(arousal)として定義されている。患者と有志の健常者への初期の調査では、低レベルな特定の脳領域での活動に加えて、外部刺激の知覚では前頭頭頂皮質の活性化を必要とすることが示された。Boly et al. (p. 858) は、聴覚処理中におけるイベント関連電位の動的因果モデリングについて、健康な対象と植物状態あるいは最小意識状態の患者との比較を行った。前頭皮質は、患者におけるイベント関連電位の生成に関係しているけれども、高次皮質間の反復的処理(recurrent processing)は、前頭皮質から側頭皮質への欠陥性の後方接続(impaired backward connections)のため、かなり異常である。このように、意識的な知覚のためには、後方接続の完全性が求められる。(TO)
Preserved Feedforward But Impaired Top-Down Processes in the Vegetative State
p. 858-862.

母の呪い(Mother's Curse)

ミトコンドリアは自分自身のゲノムを保有しており、これは基本的に母親から受け継がれるものであるため、オスが受け継いだミトコンドリアは進化の終端に位置付けられている。Innocenti たち(p. 845; および Parschによる展望記事を参照のこと)は、多様な型のミトコンドリアを持つが、しかしその同一の核ゲノムをバックグラウンドとして有するオスとメスのショウジョウバエのゲノムの転写物を比較した。メスでは、ミトコンドリアゲノムの交換は、ほんの一部の核内遺伝子の発現が変化するだけであるが、オスにおいては千を越える遺伝子が発現において大きな変化を示し、転写物の10%以上がオスに偏った発現を示す。一般的に遺伝子発現の変化は有害であるため、オスはメスに比べ、より大きな変異負荷を抱え込むことになる。(Ej,KU)
Experimental Evidence Supports a Sex-Specific Selective Sieve in Mitochondrial Genome Evolution
p. 845-848.

マラリアに対するカの防御策(Mosquito Malaria Defenses)

複雑なライフサイクルを有するという難題を抱えながらも、マラリア寄生虫は恐ろしいほどの成功を収めている。吸血昆虫(カ)によって吸い上げられる寄生虫の大半は、唾液腺中で感染段階へと進むことに失敗するが、それはカの免疫応答と中腸ミクロフローラの効果の双方のせいである。Cirimotichたちは、野生捕獲のザンビアのハマダラカ(Anopheles arabiensis)由来の菌を単離し、いくつかのハマダラカ種におけるプラスモディウムオーシスト発生におけるその効果をモニターした(p. 855)。Esp_Zと呼ばれる腸細菌様の一分離株は、活性酸素種の産生を介して、試験管内でマラリア寄生虫をほとんど除去することができた。(KF)
Natural Microbe-Mediated Refractoriness to Plasmodium Infection in Anopheles gambiae
p. 855-858.

アクティブな学習(Active Learning)

学部生の大グループを教えるのは、講義によることが多い。Deslauriersたちは、より活動的な授業のやり方によって、学生の注意や熱中、さらには学習が改善されることを発見した(p. 862)。大きな物理学のクラスを2つに分けて、一方には講義をし、一方には活動的なやり方で授業を行なって比較した。クラス内で、「クリッカー」による質問への回答、小グループによる作業、さらには学生同士の議論、という機会を与えられた学生たちの方が、よりよい学習結果を示したのである。(KF)
Improved Learning in a Large-Enrollment Physics Class
p. 862-864.

メタンをスライス(Slicing Through Methane)

炭化水素は空気中でも容易に燃焼するが、二酸化炭素よりも複雑で有用な物質に転換するのは、非常に厳しい難問を残している。メタンは着目されるターゲットだが、強いC-H結合を有しており、そして溶解性が低く、試薬や触媒との効率的な混合を妨げる。Caballeroたちは(p.835)、超臨界のCO2を反応媒体として用い、メタンの機能付与を促進した。CO2の適切な比率により、溶液に十分な銀触媒を溶解させることができ、C-C結合の形成に導くようなジアゾエステルとメタンの反応を促進した。(Uc,KU)
Silver-Catalyzed C-C Bond Formation Between Methane and Ethyl Diazoacetate in Supercritical CO2
p. 835-838.

DNAメチル化とpiRNA(DNA Methylation and piRNA)

ゲノム刷り込みは、親の生殖系列中に確立された示差的なDNAメチル化(differential DNA methylation)を介して、哺乳類のある種の遺伝子の単一対立遺伝子発現の原因となっている。特定の配列がいかにして選択的にメチル化されているかは、いまだに不明である。Watanabeたちはこのたび、マウスの3種の父性的メチル化刷り込み座位の1つであるRasgrf1(Rasタンパク質特異的グアニンヌクレオチド-放出因子1)座位が、piwi相互作用RNA(piRNA)経路に依存してDNAメチル化を獲得していることを示している(p. 848)。DNAメチル化の仕組みを補充する骨組みとして働いているpiRNA標的というレトロトランスポゾン配列の転写後に、新規のDNAメチル化のために特定のDNA配列が選択されているらしい。(KF)
Role for piRNAs and Noncoding RNA in de Novo DNA Methylation of the Imprinted Mouse Rasgrf1 Locus
p. 848-852.

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