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Science March 18 2011, Vol.331


脳の目覚まし時計(The Brain's Alarm Clock)

概日リズムは光受容器からの入力を通して外部の明暗サイクルと結びついており、この光受容器が神経と生理的機能を制御するネットワークに信号を送る。その中の鍵となる光受容器の一つはCRYPTOCHROMEであり、これは青色の波長に感受性を有する。Fogle たち(p. 1409, および、3月3日発行の電子版とIm and Taghertによる展望記事参照)は、ショウジョウバエにおいてCRYPTOCHROMEが慨日性生理に予想外の直接的な影響を及ぼすことを見つけた。慨日回路の一部であるとともに、午前中に高活性を示す小グループの神経細胞はCRYPTOCHROMEを発現する。これらの神経細胞は通常、周期を認知し応答を駆動する慨日回路から多数の入力を受け取る。しかし、これらの入力がブロックされると、神経細胞は青色光に直接応答することが出来るようになるらしい。(Ej,hE,KU)
CRYPTOCHROME Is a Blue-Light Sensor That Regulates Neuronal Firing Rate
p. 1409-1413.

モラルの決定論?(Moral Determinism?)

実践的な哲学者は近年、人間の状態について根本的な、しかし率直的と思える問いかけを始めようとしている。Nicholsは(p.1401)、自由意志(殆どの人々によって自明であると認識されている)が哲学的決定論に投げかけている問題について報告している。すなわち、自由意志は人々の行動の結果責任について許しを与えるのだろうか、という問題である。この問題の決定的な回答はまだ見えてきていないが、実験による発見によって、その潜在的な動機については未だに論争中ではあるが、どうして人々はそう振舞うのかという説明が示唆されるようになってきた。(Uc,nk)
Experimental Philosophy and the Problem of Free Will
p. 1401-1403.

満タンにせよ(Gassing Up)

大火成岩岩石区 (LIPs) は、急速かつ広大な火山活動のイベント(後期三畳紀から前期ジュラ紀(約2億年前)に起きた大絶滅としばしば関連づけられるが)によって形成された非常に巨大な地形である。LIP火山活動は、例えばCO2量など大気組成に重大な影響を与えた可能性がある、と信じられている。地層の炭酸塩鉱物のデータを用いて、Schallerたちは (p.1401,2月17日号電子版)、後期三畳紀から前期ジュラ紀の中央大西洋マグマ分布域が形成された時期の大気CO2濃度の変化を再構築した。このデータによって、地質学的イベントが気候に影響を与え、大絶滅を引き起こした可能性が確認された。(Uc)
Atmospheric Pco2 Perturbations Associated with the Central Atlantic Magmatic Province
p. 1404-1409.

地球のコアのクロム化(Chroming Earth's Core)

地球はもともと隕石と異なるバルクな組成を持っていたわけではなく、隕石の組成を地球の各層 (金属のコアとケイ酸塩を多く含むマントル) の組成と比べることにより、地球の形成についての手がかりが得られる。例えば、中程度の揮発性のクロムのような元素が、なぜ隕石や地球のコアに比べてマントル中で激減したのか? Moynier たちは (p.1417, 2月24日号電子版; McDonough による展望記事参照) 、多くの隕石におけるクロムの同位体組成比が、地球のかなりの部分を占めるケイ酸塩部分における、それと大きく異なることを見出した。この結果は、マントルからのクロムの激減とコアでの増大が、地球内部の分化の際に鉄やその他の金属と一緒にクロムがコアに沈み込んだために生じたことを示唆している。さらにモデル化を進めると、衝突合体して地球を形成した月程度の質量の塊りが衝突前にすでに分別過程を経ていて、それがクロムの同位体組成比の源になっていることを示唆している。(Sk,nk)
Isotopic Evidence of Cr Partitioning into Earth’s Core
p. 1417-1420.

タイタンの春のにわか雨(Titan's April Showers)

土星最大の月であるタイタンの赤道領域は、そのほとんどが広大な砂丘を伴う乾燥地帯である。この領域には、河川でできた乾いた水路が観察されているが、これは、過去のより湿潤だった赤道領域の気候の名残を示すものと提唱されていた。Cassini Imaging Science Subsystem を用いて、Turtle たち (p.1414; Tokano による展望記事参照) は、雲の噴出の後、タイタンの赤道近傍において突然の表面変化があることを観測した。この変化の最も妥当な説明は、タイタン北部の早春の低緯度地方の嵐がもたらす降雨であるということである。そして、これは、赤道地方の気候は一年中一定ではなく、河川による水路は必ずしも原始の湿潤気候の名残ではないかもしれないことを示唆している。(Wt,KU)
Rapid and Extensive Surface Changes Near Titan’s Equator: Evidence of April Showers
p. 1414-1417.

持続的振動(Persistent Vibrations)

気相において、二分子反応はしっかり規制された方法で進行する。量子力学によると、特異的な振動と回転のみが結合の切断と形成に関係した電子状態の再配列を伴うと。原理的に、これらの法則は溶液中でも当てはまるはずであるが、周囲の溶媒分子との頻繁な衝突によりエネルギー分布が不明瞭になる。高感度超高速分光法を適用することで、Greavesら (p. 1423、2月3日号電子版; Bradforthによる展望記事参照) は、CN (シアン) ラジカルが溶液中でシクロヘキサンから水素原子を引き抜く際に、HCN (シアン化水素) 生成物はその形成後、数十ピコ秒間溶媒によってごく一部減衰されるような特異なH-C結合の伸縮と変角運動を示すことを見出した。(hk,KU)
Vibrationally Quantum-State-Specific Reaction Dynamics of H Atom Abstraction by CN Radical in Solution
p. 1423-1426.

水素のパワーを高める(A Boost for Hydrogen Power)

水素は多くの点で卓越した自動車用燃料である:軽量で、酸素との反応で大量のエネルギーを遊離し、そしてその反応プロセスにおいて水という完全に無害な生成物を作る。不幸なことに、この気体成分を高密度に貯える事はそれほど容易ではない。アンモニアボラン (H3N-BH3) といった水素の豊富な固体化合物は、かなり温和な条件下で水素を遊離するが、遊離後に残った高分子状物質(polyborazylene)により水素を再貯蔵するのが難しい。Suttonたち (p. 1426) は、このような材料を液体アンモニア中でヒドラジンで処理することで、アンモニアボランを1日程度 (24時間) で高収率で再生することを示している。小規模で実証されたにすぎないが、この方法は水素貯蔵化合物としてのアンモニアボランの更なる開発に弾みをつけるものである。(KU)
Regeneration of Ammonia Borane Spent Fuel by Direct Reaction with Hydrazine and Liquid Ammonia
p. 1426-1429.

選択的切り替え(Selectivity Switch)

キラルな分子触媒は、通常二つの鏡像型 (鏡像異性体) のどちらか一方で合成され、このキラル触媒が促進する反応において鏡像異性体生成物のいずれか一方の合成が可能となる。二つの鏡像型各々のキラル触媒を合成するには複雑で、多段階の手順を必要とすることが多い。WangとFeringa (p. 1429,2月10日号電子版;Ooiによる展望記事参照) は或る有機反応において、光異性化反応により、キラル触媒の鏡像異性体の立体構造を切り替えて、反対の鏡像異性体生成物を選択的に作るような単一触媒を考案した。この触媒は、異なるヘリシティー (ラセン構造) と二つの官能基 (アミンとチオ尿素) の異なる相対的な配置を持った異性体の間をサイクルし、このサイクルが試薬を協調して活性化するのに必要である。(KU)
Dynamic Control of Chiral Space in a Catalytic Asymmetric Reaction Using a Molecular Motor
p. 1429-1432.

ウサギとカメの進化(Tortoise or Hara Evolution)

「ミュテイター(mutator:突然変異誘発)」現象は、無性生殖的に繁殖する細菌のクローンが異なる速度で進化することを可能にしており、例えば抗生物質による淘汰圧を逃避することが出来る。Woodsたち (p. 1433) は、長期的な進化の実験において異なる場所で収集され、凍結された大腸菌を比較した。驚いたことに、数百世代後に、最初低い競争的適応度を持ったクローンが最初上々の適応度を持ったクローンに勝っていた。明らかなる敗者が勝者へと転じたが、これは変異速度の増加とか、イノベーションを盗み取ったということではなく、彼らの競合者が短期的にはより優れた適応度を与えられた一方で、長期的には彼らの「進化能力」が損なわれるという変異を獲得したためである。(KU)
Second-Order Selection for Evolvability in a Large Escherichia coli Population
p. 1433-1436.

心不全のための援助(Help for Heart Failure?)

心不全はしばしば心収縮能力が減少したことが原因となる。最近の治療法は、シグナル経路に作用することによって、間接的に収縮能力を増強させようとするが、これは有害な副作用が生じる可能性がある。低分子のomecamtiv mecarbil(OM)は、直接心筋ミオシンを活性化することが示されてきた。Malik たち(p. 1439;および、Leinwand and Mossによる展望記事参照) は、OMがアロステリックにミオシンの遷移速度を増加させて、強くアクチンに結合する筋力産生状態へと変化させることを示した。OMは動物モデルでは心機能を増大し、これは心筋ミオシンの直接活性化が収縮性心不全への処置として潜在的に有効な戦略であることが基本的には正しいという証拠を与えるものである。(Ej,hE,nk)
Cardiac Myosin Activation: A Potential Therapeutic Approach for Systolic Heart Failure
p. 1439-1443.

保存と検索(Storage and Retrieval)

霊長類では、視覚性長期記憶は下側頭の皮質中に貯えられる。提示され、検索されたイメージに関する神経活動の存在は、単一ニューロンのレベルで実証されてきた。しかしながら、その根底にある神経回路網のダイナミクスは、大部分知られていないままであった。Takeuchiたちは、対をなす連想記憶課題をサルが遂行する際の、下側頭皮質の異なった層 (レイヤー) 間での機能的相互作用を研究した(p. 1443)。手がかり刺激が得られた際には、相互作用の方向は、canonical microcircuitryの解剖結果から示唆される通り、granular層からsupragranular層を介してinfragranular層に到るという、古典的なレイヤー間の経路に従っていた。それに引き続く遅延期間、ネットワークが刺激を維持し引き出す必要がある場合、機能的相互作用は、supragranularニューロンの前にinfragranularニューロンのスパイクが生じるという順序の逆転を示した。(KF)
Reversal of Interlaminar Signal Between Sensory and Memory Processing in Monkey Temporal Cortex
p. 1443-1447.

君はひとりぽっちではないよ(You're Not Alone)

若い世代、とりわけ先進国の若者にとっての主要な変わり目とは、第3期の教育が始まり、多くの場合、家から離れて、慣れ親しんだ社会的環境から出ていくときに生じる。適応したり、新たな社会的ネットワークを開発したりする彼らの能力は、学業の達成度に影響を与えるが、そうした適応はある人にとっては他の人にとってよりも難題だったりする。WaltonとCohenは、より高い教育環境に自分たちは向いていないとか、属していないと感じさせるようなイベントに対して心理的安定感を与えるように設計された1時間の演習をアフリカ系アメリカ人に向けて行った効果を検証した(p. 1447)。この介入は、大学修了時に評価した際のアメリカ黒人とヨーロッパ系アメリカ人との成績のギャップを50%削減することと結び付いていて、幸福であることの生理的測定結果をも向上させるようであった。(KF,nk)
A Brief Social-Belonging Intervention Improves Academic and Health Outcomes of Minority Students
p. 1447-1451.

ダイポールの脱分極を閉め出す(Closing Out Dipole Depolarization)

強誘電性材料のナノメーターサイズのドメインは、次世代の不揮発性メモリーデバイスとして期待されている。しかし、強誘電体をナノサイズに加工すると自発的に脱分極してしまう。直接的証拠はないが、電束閉鎖ドメイン構造により自発的脱分極を防ぐことができると考えられている。Jiaらは(p.1420)収差補正透過型電子顕微鏡を用いて、連続的にダイポールが回転し閉鎖ドメイン構造を形成する様子を直接観測することに成功している。(NK,KU)
Direct Observation of Continuous Electric Dipole Rotation in Flux-Closure Domains in Ferroelectric Pb(Zr,Ti)O3
p. 1420-1423.

CO2が多い方がよい場合(When More CO2 Is Good)

いわゆるC4光合成は、その祖先であるC3植物の光合成に比べて、二酸化炭素固定化の増加に結び付いていて、繰り返されたそうした進化が、幾つかの顕花植物ファミリーの成功の基礎をなしている。Brownたちは、キーとなる光合成酵素が特異的な240個のヌクレオチドからなる配列を含んでいることを実証した(p. 1436)。この配列がモデルC3植物に発現すると、その遺伝子発現は特殊化したC4細胞におけるのと同じような領域に局在化していた。この特異的発現はC4光合成の発生にとって重要なトランス因子によるもので、この因子がC3植物とC4植物の双方からの遺伝的要素を認識していたのであろう。つまり、C3光合成からC4光合成への進化的遷移は、相対的に単純で、複数の独立した段階を必要とせず、それによってC4植物の収束性の起源を説明できる可能性がある。(KF,KU)
Independent and Parallel Recruitment of Preexisting Mechanisms Underlying C4 Photosynthesis
p. 1436-1439.

メディエーターを監視する(Monitoring Mediator)

遺伝子発現は、時間的、空間的に制御される必要がある。真核生物では、メディエーター複合体(Mediator complex)が、制御される転写のほとんどにとって必要である。ヒトのメディエーターにおける変異は、発生の際の病気や癌に関係している。しかしながら、メディエーターの作用の仕組みは、不十分にしかわかっていない。Soutourinaたちは、高度に特異的な生体内タンパク質架橋法やゲノム機能解析、酵母遺伝学を用いて、RNAポリメラーゼII(Pol II)のRpb3サブユニットとメディエーターのMed17サブユニットが直接接触して、Pol IIをプロモータの上に配置し、転写を活性化していることを示している(p. 1451)。この結果は、メディエーターとPol IIのインターフェース中のある要素が、全体としての転写にとって機能的に重要であることを示唆している。(KF)
Direct Interaction of RNA Polymerase II and Mediator Required for Transcription in Vivo
p. 1451-1454.

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