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Science February 11 2011, Vol.331


移り気な蟹(Fickle Crab)

天空のなかで最もよく研究された天文学的な対象の一つは、かに星雲である。これは超新星爆発の残滓であり、地球上では西暦1054年に記録されている(Bernardini による展望記事を参照のこと)。かに星雲は、その定常的な放射と明るさゆえ、伝統的に天空の他の放射源の観測を較正するための参照天体として用いられてきた。二つの別々の宇宙望遠鏡からのデータに基づいて、Tavanit たち (p.736, 1月6日電子版) とAbdo たち (p.739, 1月6日電子版) は、かに星雲が高エネルギー領域では、これまでに信じられてきたほどには定常ではないことを示すガンマ線フレア事象について述べている。また、これらの観測結果は、かに星雲や他の超新星残滓に通常適用されてきた粒子加速の理論モデルに難問をつきつけるものとなっている。(Wt,nk)
Discovery of Powerful Gamma-Ray Flares from the Crab Nebula
p. 736-739.
Gamma-Ray Flares from the Crab Nebula
p. 739-742.

メタノールモノ水和物を圧縮する(Squishing Methanol Monohydrate)

ほとんどの物質は熱すると膨張し、均一な圧力下ではすべての方向で圧縮される。これに対する数少ない例外物質として、4℃近辺で最大密度になる水が知られており、また、圧縮されたとき、特定の1または2方向に拡張する骨格状の分子や気泡物質が知られている。極めて単純な分子系にもかかわらず、メタノールモノ水和物は温度-圧力依存性の機械的性質に大きな異常性を示す。Fortes たち(p. 742; および、Grimaたちによる展望記事参照)は、この分子が極めて強い異方性の熱膨張性(正負の)と負の線形圧縮性を示し、これが水酸基-水の鎖(メタノールのOHと水の結合)がメチル基と架橋を形成することに起因することを示した。(Ej,KU,nk,ok)
Negative Linear Compressibility and Massive Anisotropic Thermal Expansion in Methanol Monohydrate
p. 742-746.

死のスイッチ(Deadly Switch)

髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)などの多数の細菌種は、口や喉頭、腸の中で、あるいは皮膚上で繁殖し、ある宿主から次の宿主へと伝播している。こうした片利共生者との同居は、ほとんどの場合、病理学的な問題を引き起こさないし、有益なことすらある。しかしながら、片利共生種はたまに、敗血症や髄膜炎などの重篤な浸潤性の感染症の原因となることがある。Chamot-Rookeたちは、髄膜炎菌の感染周期の間に生じる、播種を可能にする分子スイッチの詳細を記述している(p. 778)。そのプロセスは、髄膜炎菌ピリンのⅣ型線毛(糸状の接着性構造の主要成分)の制御された翻訳後修飾に依存している。この修飾により、細菌が宿主細胞表面への接着性は維持するが、自分たちのミクロコロニーへ付着してとどまる力を失う。つまるところ、細菌の一部が新しい宿主でコロニー形成し、増殖することが自由にできることになるのである。(KF,KU,nk)
Posttranslational Modification of Pili upon Cell Contact Triggers N. meningitidis Dissemination
p. 778-782.

立て、そして歩け。(Stand Up and Walk)

初期人類の進化の過程において、直立歩行にはいくつかの進化的変化と適応が必要であった。化石記録がわずかであること、特にいくつかの種に渡って脚部の重要な骨が得られていなかったことによって、この進化の理解は妨げられていた。アウストラロピテクス(Australopithecus)は、地上を二足歩行した最初の人類であり、有名なタンザニアのラエトリの足跡をしるした、と考えられていた。Wardたちは(p.750)今回、アウストラロピテクス・アファレンシスの脚部の重要な要素、完全な第四中足骨(足の指先を足底基部に接続する長い骨の一つ)について報告している。この骨の形態から、現代人に見られるように、この初期人類の足は固くて良好な縦足弓形状をしていたことが示された。(Uc,nk)
Complete Fourth Metatarsal and Arches in the Foot of Australopithecus afarensis
p. 750-753.

より小さなバンドギャップへのアモルファスのルート(An Amorphous Route to Smaller Band Gaps)

TiO2は紫外光(UV)で励起すると、卓越した光触媒性を示す。太陽スペクトルの殆どはUV光より長波長であり、TiO2のバンドギャップを小さくするような方法(例えば、ドーパント原子の注入)を探すことに研究が向けられた。Chenたち(p.746,1月20日号電子版)は、ナノ相TiO2の表面層の水素付加により、より長波長を吸収する黒色物質が形成されることを示している。太陽照射シミュレーションによると、この物質はメチレンブルーのような有機化合物の酸化においてバルクなTiO2より速く、そして太陽スペクトルのUV部分がフィルターで除かれたときにおいても、メタノールを含む水から水素を発生させることが出来た。(KU)
Increasing Solar Absorption for Photocatalysis with Black Hydrogenated Titanium Dioxide Nanocrystals
p. 746-750.

鳥の翼の指を特定する(Digit Identity in Bird Wing)

鳥の翼の指の特定に関して、長年にわたり活発な議論がなされてきた。発生学的な証拠からは、鳥の翼の指は、5本指の基底状態における第2指(人さし指)、第3指(中指)、第4指(薬指)であるとされてきた。ところが、化石記録によると、鳥類の祖先の獣脚類恐竜では、後ろの指(第4指、第5指)が縮退しているパターンを示しており、鳥類の翼の指が第1指、第2指、第3指になることを予想している。東北大田村教授たち(p. 753)は、雛鳥の翼における最後の(第3の)指の発育メカニズムを調べ、この指は雛鳥の後肢の第4指とは対応しておらず、第3指であることを明らかにした。これらの発見は、比較形態学的データと発生パターンと一致させ、鳥類とその祖先の恐竜との間の関係を明らかにすることができる。(TO)
Embryological Evidence Identifies Wing Digits in Birds as Digits 1, 2, and 3
p. 753-757.

長生きしたり、しなかったり(More or Less Durable)

ヒト細胞中で大規模にタンパク質の半減期を測定できれば、種々の生理的な、病的なプロセスに関する我々の理解に役立つであろう。この目標に向けて、Edenたち(p. 764,1月13日号電子版;Plotkinによる展望記事参照)は、「bleach-chase(漂白-追跡)」と呼ばれる手法を開発した。Bleach-chaseの結果、細胞分裂を止めるストレスや薬剤に対して、蛍光タグ付けされたタンパク質の半減期が予想外に単純な応答を示す事が判った:長寿命タンパク質の寿命は更に伸びる。細胞増殖における変化が細胞内のタンパク質の希釈速度の変化を引き起こし、これが活性なタンパク質分解における対応した変化と釣り合っていない。(KU,nk)
Proteome Half-Life Dynamics in Living Human Cells
p. 764-768.

二重に問題を起こす変異(Double-Trouble Mutation)

多くの内分泌腺腫瘍は転移しないが、にもかかわらずこの腫瘍細胞は過剰のホルモンを分泌するために健康に有害な影響をもたらす。例えば、アルドステロンを作る副腎腺腫(APAs)は重篤な高血圧を引き起こす。これらの腫瘍における放逸な細胞増殖とホルモン産生を結ぶ分子機構は不明である。ヒトAPAsにおける欠陥遺伝子を同定すべくエキソーム-配列決定方法を用いて、Choiたち(p. 768;Funderによる展望記事参照)は、調べた腫瘍のほぼ1/3がKCNJ5カリウムチャネルをコードしている遺伝子の体細胞変異を起こしていることを見出した。この変異により、カリウムチャネル内にナトリウムイオンの浸透が妥当(値)でなくなり、結果として細胞の脱分極を引き起こす。副腎皮質における細胞の脱分極はアルドステロン産生と細胞増殖の双方に対するシグナルであり、このカリウムチャネルの破壊がこの種の腫瘍の二つの顕著な特色を説明するものである。(KU,ok)
K+ Channel Mutations in Adrenal Aldosterone-Producing Adenomas and Hereditary Hypertension
p. 768-772.

40Sリボソームの構造(40S Ribosome Structure)

原核生物のリボソームに関する原子レベルの構造解析により、この巨大な分子マシーンが、どのようにしてタンパク質合成を行っているかの理解が得られた。リボソームの核心の機能は保存されたものであるが、真核生物のリボソームは遥かに大きく、より複雑に制御されている。Rablたち(p. 730;Ramakrishnanによる展望記事参照)は、真核生物の翻訳開始因子1(elF1)との複合体における繊毛虫類テトラヒメナ・サーモフィラのスモールリボソームサブユニット(40S)の構造を報告している。この構造はリボソームRNAと総てのリボソームタンパク質の折りたたみ構造を明らかにし、かつelF1との相互作用を明白にしている。この構造は真核生物のリボソームの進化に関する洞察を与え、そして真核生物において翻訳がどのように開始されるのに関するより正確な理解に向けての一歩である。(KU,kj)
Crystal Structure of the Eukaryotic 40S Ribosomal Subunit in Complex with Initiation Factor 1
p. 730-736.

思い出すこと、すなわち記憶すること(Recall Equals Retention)

学生達が読んだ文章からたくさんのことを記憶できるように、教師はさまざまな手法を利用している。精緻な概念地図法(concept mapping)という手法では、学生達はその文章から得られた概念同士の関係を図示することを求められる。KarpickeとBluntは(p. 772, 1月20日号電子版)、大学の学生達との研究によって、この手法を他のアプローチである検索練習法 (retrieval practice) と比較した。この検索練習法では学生達は、彼らが読んだばかりの文章からできる限り思い出して自由形式で文章を書くことが求められる。学生達はたいてい地図法の方が良い学習効果があると期待したのだが、実際は検索練習法の方がうまく働いた。(Uc,nk,ok,kj)
Retrieval Practice Produces More Learning than Elaborative Studying with Concept Mapping
p. 772-775.

とわなる寄生虫(Parasites Ad Infinitum)

寄生虫であるリーシュマニア原虫は、播種性の内臓感染症から顔面の破壊性の病変まで、広い範囲の熱帯性および亜熱帯性の多様な病気の原因となっている。Ivesたちは、粘膜皮膚に病変をもたらす寄生虫ギアナリーシュマニアが、それ自身ウイルスに感染して、それが病理の引き金として作用しているらしいということを発見した(p. 775)。ウイルス感染したギアナリーシュマニアでは、宿主のToll様受容体3と7が活性化されて炎症誘発性メディエーターの発現を促進し、次いで、その寄生虫は炎症細胞中で生存できる。そのウイルスはつまり、広まっているが無視されている感染症グループに対する診断法や薬剤やワクチンの開発にとって扱いやすい標的を提供してくれる可能性がある。(KF)
Leishmania RNA Virus Controls the Severity of Mucocutaneous Leishmaniasis
p. 775-778.

組織化されたしっぽ(An Organized Tail)

5つの遺伝子における変異が、ヒトにおけるusher症候群1(USH1)と呼ばれる難聴-盲目に付随している。それら変異のうちのかなりの数は、Sansと呼ばれる別のUSH1タンパク質に結合することが知られているミオシンVIIaのしっぽの部分にある直列型領域(MyTH4-FERM領域)中のアミノ酸に影響を与えている。Wuたちは、Sansの中心領域と複合体をなした、このMyTH4-FERM領域の結晶構造を決定した(p. 757)。このMyTH4とFERMの領域は、超モジュール(supramodule)を形成する。FERM領域は、Sans断片のある保存された領域に密に結合し、第2の保存された領域がおそらくMyTH4領域に弱く結合している。この構造が、病気の原因となる変異の多くの機構的な基礎を提供しているのである。(KF)
Structure of MyTH4-FERM Domains in Myosin VIIa Tail Bound to Cargo
p. 757-760.

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