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Science December 3 2010, Vol.330


植物のカスパーゼにおける陰と陽(The Yin and Yang of Plant Caspases)

細胞死を制御する動物のカスパーゼとの限られた部分配列の相同性から同定された植物のメタカスパーゼの機能の詳細は不明である。Coll たち(p. 1393) は、今回、シロイヌナズナの2つのメタカスパーゼの作用を同定した。その一つ、AtMC1は細胞死を促進し、もう一つのAtMC2は、これと拮抗的に細胞死を止める。その結果、植物が細胞の発生時に生存を促進させ、病原体からの攻撃時には細胞死によってこれを防御するという制御機能が明らかになった。(Ej,hE,kj)
Arabidopsis Type I Metacaspases Control Cell Death
p. 1393-1397.

晴れ渡り、そして、涼しい(Sunny and Cool)

太陽からの出力が変化すると、地球が太陽から受ける放射量の変化も引き起こす。そして、それが次に気候変動の原因となる。太陽の変動の効果は、地球全体にわたって一様ではない。それは気候システムの複雑さによるもので、太陽からの放射が大きくなると、一つの地方では温暖化を発生させるが、他のところでは寒冷化を引き起こす。Marchitto たち (p.1378) は、東赤道下の太平洋の完新世の海洋表面温度の記録を与えており、これによると太陽出力が増加すると寒冷化し、太陽が暗くなると温暖化する様子が示されている。これらの温度変化は、地球気候の放射強制力に基づくエルニーニョとラニーニャ現象の動的制御機構に由来するものである。(Wt)
Dynamical Response of the Tropical Pacific Ocean to Solar Forcing During the Early Holocene
p. 1378-1381.

読み、書き、そして顔認識(Reading, Writing, and Face Recognition)

書くことや文字通信はもちろん、読むことは比較的最近の発明であり、それ故、まだ読み書きの能力を取得していなかった脳は、言ってみれば、書かれた単語をどのように処理するかを習得する際に、大昔の視覚系経路の進化的な変化に依存することができず、急遽順応しなければならなかったと思われている。Dehaene たちは(P.1359,11月11日号電子版)、読み書きのできない成人、子供時代に読むことを学んだ成人、大人になってから読むことを学んだ成人という3つのグループの一連の視覚刺激に対する神経の応答を調べた。読むことは、視覚経路における早い段階に水平向きの刺激に対する処理のより大きな能力を引き起こし、単語に対して特化された領域の出現にも関係していた。この機能の獲得は、顔の認識処理に使用する側頭皮質の領域の収縮という犠牲を払ったようだ。(Sk,KU,nk)
How Learning to Read Changes the Cortical Networks for Vision and Language
p. 1359-1364.

目覚めるまで揺らせ(Shake It to Wake It)

粘弾性材料は、弾性体が持つ伸張復元性と蜂蜜のような濃厚液体が持つ低流動性を併せ持つ。振動摂動を加えた場合の応答性はその周波数によって変化する。低周波数領域では粘性的特性が支配的となり、摂動エネルギーは熱エネルギーとなって発散される。一方、高周波数領域では弾性的特性が支配的となる。Xuらは(p.1364; Gototsiの展望記事参照)、動作温度領域がとてつもなく広いカーボンナノチューブネットワークからなる粘弾性材料を発明した。この新材料の応答性は、おそらくナノチューブの接点の開閉により引き起こされているのだろう。(NK,KU,ok,kj)
Carbon Nanotubes with Temperature-Invariant Viscoelasticity from -196° to 1000°C
p. 1364-1368.

皮膚-深部のラマン分光法(Skin-Deep Raman Spectroscopy)

ラマン分光法によって光学的な波長における振動スペクトルを利用し、分子の同定が可能である。しかし、組織を画像化する場合のように光学的信号が散乱されると、この信号は弱くなり、高い時間解像度での試料の画像化が困難となる。Saar たち(p. 1368) は、後方散乱された信号の捕獲を高めるよう光学系と電子回路系を改良し、誘導ラマン散乱分光法によりヒト皮膚のビデオ速度での画像化を可能にした。これによってラベル化すること無く組織や、薬剤の送達のような研究が可能となる。(Ej,hE,KU)
Video-Rate Molecular Imaging in Vivo with Stimulated Raman Scattering
p. 1368-1370.

非対称性の上面(An Upside of Asymmetry)

合成技術における進展によって、同じ粒子内に幾つかの異なる物質を層状にしたコア-シェル型の形状等、広範囲の正確な形状とサイズをもつナノスケール半導体が提供できるようになった。このような一体化 (two-in-one) のモチーフは、内部界面を横切っての電荷分離が光学的に誘導できるために、集光性の応用に対して有望である。Borysたち(p. 1371)は一粒子の分解能をもつ光分光法を採用して、一連の棒状のカドミウム硫化物-カドミウムセレン化物のハイブリッド 粒子について研究し、滑らかさと膨らみの幾何学的形状によって異なる放射スペクトルが得られることを発見した。複雑なテトラポッド状粒子(4面体に配列された4つアームをもっている粒子)のさらなる解析によって、不均一な幾何学的形状が電子バンドの誤整列(misalignment)の可能性を減らすことで界面の電荷移動を容易にしている。(hk,KU)
The Role of Particle Morphology in Interfacial Energy Transfer in CdSe/CdS Heterostructure Nanocrystals
p. 1371-1374.

隠された硫黄のサイクル(Cryptic Sulfur Cycling)

好気性菌と海洋循環パターンは、海洋の中深度にある酸素極小ゾーンの形成や分布に影響を与える。これらの場所には、酸素の欠乏した中で他の代謝基質(最も一般的には、硝酸塩のような熱力学的に好ましい窒素化合物を代謝している)を食べて生きる微生物が棲んでいる。チリの海岸の沖合いにおいて、Canfieldたち(p. 1375, 11月26日号電子版、Teskeによる展望記事参照)は、バクテリアがしばしば硫酸塩(sulfate) も同様に還元していることを示唆している。メタゲノム配列決定により、硫酸塩還元バクテリアと硫化物酸化バクテリアの両者の存在が明らかになった。硫酸塩の還元と硝酸塩の還元が同時に起こることによって、おそらく硫黄と窒素の循環は密接に結びつき、例えば、硫酸塩の還元によって、バクテリアに窒素に富んだアンモニウム(nitrogen-rich ammonium)が供給され、アンモニウムを究極的には窒素ガスに変換する。(TO,KU)
A Cryptic Sulfur Cycle in Oxygen-Minimum-Zone Waters off the Chilean Coast
p. 1375-1378.

死因性トリオ(Deadly Trio)

タンパク質のBAXとBAKはミトコンドリア外膜の透過性を制御することによってアポトーシスを制御し、鍵となる決定点として作用する。BAXとBAKの2つの活性化機構の証拠が示された:アポトーシス促進性タンパク質がタンパク質BCL-2とその関連物質の抗アポトーシス効果を中和する間接的メカニズムと、BIM, BID, あるいは PUMAによるBAXとBAKの活性化という直接的メカニズムを。生体内での解析は、BIM, BIDやPUMAのオーバーラップ機能が複雑であるため困難である。Ren たち(p. 1390;および、Martinによる展望記事参照) は、BIM,BIDおよびPUMAを欠く3重ノックアウトマウスを解析した。マウス発生中のアポトーシスには、これらのタンパク質の1つがBAXやBAKを活性化させて細胞死を促進するという直接の効果が必要であった。(Ej,hE,kj)
BID, BIM, and PUMA Are Essential for Activation of the BAX- and BAK-Dependent Cell Death Program
p. 1390-1393.

よりすぐれた脳のマップ(Better Brain Maps)

全脳の完全な神経細胞の結合性に関する高分解能のアトラスは、動物の神経系 の組織化や機能の理解を大きく深めるであろう。A.Liたち(p. 1404,11月4日号電子版)は、自動化されたシステム(ミクロ-光学的切片断層撮影法:脳をセンチメートルサイズに輪切りしてマイクロメートルのスケールの光学像による断層撮影法)に関して記 述しており、この手法により完全な、無傷のマウスの脳におけるニューロンと 神経突起の痕跡に関するその形態と空間的位置の三次元的マッピングが可能に なった。(KU)
Micro-Optical Sectioning Tomography to Obtain a High-Resolution Atlas of the Mouse Brain
p. 1404-1408.

生命の繋がり(Wired for Life)

栄養共生細菌(syntrophic bacteria)は、パートナー種の代謝副産物を食べて生きている。その副産物の交換には逆方向への電子の流れが伴っており、その流れがなければ厳しかった環境の下で幾つかの種の成長を助けている。二種のジオバクター属近縁種の混合した嫌気培養において、Summersたち(p. 1413)は、大きな凝集した細胞集団内で水素やギ酸塩といった共通の嫌気性副産物に 無関係に、一方の種が他方の種へ直接的な電子伝達を促進するよう進化していることを観察した。9つの同種の集団における淘汰圧は総て点変異に帰結し、細胞間情報伝達に関与する小さな毛髪様の突起(線毛)の産生に関与する或るタンパク質を欠いた、そして間接的に細胞外の電子移動を行うc-タイプのマルチヘムチトクロムの発現を増加させる。この進化した凝集体は導電性であり、このことはパートナー種の間の直接的な電子の交換が、種間の水素伝達以上に嫌気的栄養共生への可能なもう一つのルートであることを示唆している;実際に水素伝達に関与するヒドロゲナーゼをコードしている遺伝子を除去すると、共培養において増殖有利となった。(KU,nk,kj)
Direct Exchange of Electrons Within Aggregates of an Evolved Syntrophic Coculture of Anaerobic Bacteria
p. 1413-1415.

新規、それとも見慣れたもの?(Novel or Familiar?)

健忘症とは、新規な刺激と慣れ親しんだ刺激を明瞭に区別できない等、多くの記憶欠損によって特徴付けられる。McTigheたち(p. 1408;Eichenbaumによる展望記事参照)は、健忘症の標準モデルにおける脳損傷したマウスの認知記憶が、以前経験した対象物が新規に見えるのではなくて、以前経験したことの無い対象物が見慣れたものに見えるための障害であることを観測した。更に、刺激の後直ぐに、マウスを単に視覚的に閉じた環境に置き、視覚的干渉を減らすことで、その機能障害が完全に回復した。この直感に反する発見は、健忘症が通常考えられている主要な「複数の記憶システム(multiple memory system)」モデルと矛盾し、そして健忘症に関する我々の理解の根底にある基本的な仮説を再考する必要がある。(KU,kj)
Paradoxical False Memory for Objects After Brain Damage
p. 1408-1410.

転移に眼を向ける(An Eye on Metastasis)

転移についての細胞生物学の解明においては、かなりの進歩があったが、癌による死亡のほとんどの原因であるヒト腫瘍の転移を促進する遺伝的変化についてはほとんど知られていない。潜在的に重要な手がかりがこのたび、Harbourたちの研究から顕わになってきた(p. 1410,11月4日号電子版)。彼らは、exome配列アプローチを用いて、致死的転移が高率で生じるとされる眼癌である、ぶどう膜黒色腫における遺伝的変異を検索した。高い転移性リスクを有する腫瘍サンプルの80%以上が、タンパク分解の制御に関与している核タンパク質であるBAP1(BRCA1-関連タンパク質1)をコード化する遺伝子にそれを失活させる体細胞変異が起こっていた。つまり、この腫瘍型では、BAP1の変異性不活性化が、転移性の応答能の獲得にあたって鍵となるイベントなのである。(KF,kj)
Frequent Mutation of BAP1 in Metastasizing Uveal Melanomas
p. 1410-1413.

海洋に棲息するものが配列決定された(Ocean Dweller Sequenced)

尾索類は、われわれの海洋において遠洋に棲む主要な動物である、単生で自由に泳ぎ回る幼形綱を含んでいて、脊索動物の基本的な系列の1つである。それらの生物に代表される進化の主要な遷移を研究するために、Denoeudたちは、系統発生学によって脊椎動物とナメクジウオの間に位置するとされる脊索動物、Oikopleura dioicaのゲノムの配列決定を行なった(p. 1381、11月18日号電子版)。驚いたことに、そのゲノムは、他の動物のゲノムに比べて、ゲノムのアーキテクチャにおける保存をほとんど示さなかった。さらに、この高度に緻密なゲノムは、発生に付随する種特異的な遺伝子重複は遺伝子損失だけでなく、イントロンの獲得と損失をも含んでいた。つまり、普及した見方とは反対に、海綿からヒトにいたるゲノムのアーキテクチャの全体としての類似は、祖先の形態の保存にとって必須なものではないということである。(KF)
Plasticity of Animal Genome Architecture Unmasked by Rapid Evolution of a Pelagic Tunicate
p. 1381-1385.

明らかにされたDNA損傷経路(DNA Damage Pathways Revealed)

細胞応答の動的性質にも関わらず、それら応答を支配する遺伝的ネットワークは、第一に静的スナップショットとしてマップ化されてきた。Bandyopadhyayたちは、DNA損傷に対して細胞が応答する際の、すべての酵母キナーゼ、脱リン酸酵素、さらには転写制御因子の間で測定された、巨大な遺伝的インタラクトーム(interactome)の比較結果を報告している(p. 1385; またFriedmanとSchuldinerによる展望記事参照のこと)。明らかにされたインタラクトームは、高度に動的な構造で、変化する条件に応じて劇的に変化するものだった。こうした動的な相互作用は、古典的な「静的」相互作用(たとえば、合成性の致死的なものや、エピスタシスマップなど)よりも、注目の経路を同定するのに、より効率的な可能性のある遺伝的関係を明らかにしている。(KF)
Rewiring of Genetic Networks in Response to DNA Damage
p. 1385-1389.

テンサイの話(Just Beet It)

開花時期の制御は、植物にとって、自分たちの生殖の成果を最大にするために、重要である。多くの異なった種における開花の強力かつ中心的な活性化因子(シロイヌナズナのFT遺伝子の相同体)である遺伝子のコピーを調査して、Pinたちは、進化の間にテンサイ(Beta vulgaris、甜菜、サトウダイコン)の開花時期の制御が、2つのFT様遺伝子に制御されるようになったことを発見した(p. 1397)。テンサイにおいては、決定的領域における小さな変異によって生じたそれら遺伝子の機能の差異は、開花プロモータFTの複製コピーを開花リプレッサーへと転換していた。作物の増収を測る際の、なぜ栽培されたテンサイが、冬を過ぎて2年目に入らないと開花できないのかという問題が、これらの変化で説明できる可能性がある。(KF,nk)
An Antagonistic Pair of FT Homologs Mediates the Control of Flowering Time in Sugar Beet
p. 1397-1400.

脳の痛み(Pain in the Brain)

痛みに関する最も重要な課題の一つは、慢性的な痛みを減らす方法を見つけることだ。脊髄や皮質レベルのシナプスの長期増強(LTP:神経細胞間の信号伝達が持続的に向上する現象)は、慢性痛の細胞モデルである。X.-Y. Liたちは(p.1400)マウスを用いて、末梢神経損傷後のLTPの維持と強くなった痛みの感覚に関する前帯状皮質(ACC)のニューロン内にある酵素タンパク質キナーセMゼータ(PKMζ)の役割について研究した。神経損傷によって、PKMζの発現増加やリン酸化反応が促進されていた。このことは、AMPA受容器の数が増加することによってACC内のいくつかのシナプスにおいて、LTP発生のトリガーとなっていた。LTPは、神経損傷によって活性化されたACCニューロンにのみ観察された。神経損傷から時間を経た後、ACCのPKMζをブロックすることによって、痛みによる挙動が沈静化されていた。このことから、PKMζは慢性痛の治療にとって、期待できるターゲットになるであろう。(Uc,KU,nk)
Alleviating Neuropathic Pain Hypersensitivity by Inhibiting PKMζ in the Anterior Cingulate Cortex
p. 1400-1404.

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