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Science October 29 2010, Vol.330


太古の技術革新(Ancient Innovations)

押圧剥離法(pressure flaking)は、石器を尖らせたり、溝や切れ込みをつけるために、石を別の石に打ちつけるのではなく、圧力をかけて剥離を行う方法である。この方法は、20,000年ほど前の後期旧石器時代に現れた、かなり最近の技術革新と考えられていた。Mourreたち(p. 659)は、南アフリカのブロンボス洞窟から発見された約75,000年前の石器が、熱処理を行った後に押圧剥離した石器によく似た溝やパターンがあることを示している。同様な原材料を使っての複製実験が行なわれ、顕微鏡により石器が調べられた。この初期に押圧剥離法という技術革新が存在した証拠にもかかわらず、それはかなり後になってからでないと広い範囲では使われなかった;この初期の技術革新は、散発的に短い期間しか続かなかったようである。(TO,bb,nk)
Early Use of Pressure Flaking on Lithic Artifacts at Blombos Cave, South Africa
p. 659-662.

二酸化炭素貯留のデザイン(Designing Carbon Dioxide Traps)

広く検討されている大気中の二酸化炭素濃度増加を食い止める手段の一つに、このガスが大気に放出される前に捕まえて地中に埋めてしまうという方法がある。この目的に適したCO2を最も吸収する、良く知られている材料はアミン基を含んでいることが多い。しかしながら、吸着作用に関する正確な分子過程の詳細はよく分からないことが多く、分子構造の変化により合理的に吸着特性を向上させようとする試みは、困難に直面していた。Vaidhyanathanたちは(p.650;Lastoskieによる展望記事参照)、アミン基を有する金属有機構造体におけるCO2の結合モチーフを結晶学的に解明した。同時に行った理論シミュレーションは実験値と良い一致を示していた。(Uc,KU,nk)
Direct Observation and Quantification of CO2 Binding Within an Amine-Functionalized Nanoporous Solid
p. 650-653.

地球外の地球状天体に迫る(Closing in on Extraterrestrial Earths)

今日までに500個近くの太陽系外惑星が発見されるにつれ、研究者たちは、いかに惑星が形成され、進化したかの理解の助けとして、低質量惑星の発生個数を見積もることを始めている。Keck Telescope を用いた近隣の166個の恒星の観察に基づいて、Howard たち (p.653) は、太陽と類似の恒星の周りを短周期で回る惑星個数を、惑星質量の関数として報告している。惑星形成モデルでは、惑星の発生個数は質量の減少と共に増加するだろうと予測していた。これによると、海王星の質量に類似した、あるいはそれ以下の質量の衛星は、木星のような巨大ガス惑星より一般的である。予想に反し、地球質量の5倍から30倍の質量の惑星は珍しい存在ではない。これは、その理論モデルの修正が必要かもしれないことを示唆するものである。それにもかかわらず、観測によると、太陽と類似の恒星の23%には、地球と同等の質量を有する近接した惑星が周回している。(Wt,KU)
The Occurrence and Mass Distribution of Close-in Super-Earths, Neptunes, and Jupiters
p. 653-655.

グラフェン上に成長したガリウムナイトライド(Gallium Nitride Grown on Graphene)

LEDやレーザーに用いられている窒化物半導体材料は通常、単結晶サファイア基板上に中間バッファー層を介して成長する。Chungらは(p.655)、ガリウムナイトライドの成長にたいする基板としてグラフェンを用い、グラフェン上にまず亜鉛酸化物をデポ(グラフェン上に垂直のナノ壁(nanowall)が成長する)することで、ガリウムナイトライドの核形成が増強されることを見出した。得られたガリウムナイトライド層は強いフォトルミネッセンスおよびエレクトロルミネッセンスを示し、更に良いことには、この層はプラスチックのようなフレキシブル基板にも容易に転写することができる。(NK,KU)
Transferable GaN Layers Grown on ZnO-Coated Graphene Layers for Optoelectronic Devices
p. 655-657.

自己認識と生存(Self-Recognition and Survival)

Soay ヒツジはスコットランドの西方のセントキルダ列島に生息する古代のヒツジの残存品種であり、何年もの熱心な研究にもかかわらず、この島だけに無管理状態で生きている。この島においては生活は厳しく、毎年冬になると個体数が減少し、感染症に罹り易い。Graham たち (p. 662;および、Martin and Coonによる展望記事参照) は、このヒツジの抗核抗体と呼ばれる細胞核に対する自己反応性の抗体(ANA)のレベルを測定した。ANAのレベルが高いと言うことは個々の免疫グロブリンと寄生虫に対する特異的な抗体のレベルが一般に高いという遺伝的性質を反映している。ANAが高レベルのメスのヒツジは、個体数が崩壊する冬にも生存率が高いが、仔の出生数は少ない。これらのヒツジが次世代を生んだ場合、仔ヒツジは小柄であるが、初期の生存率は高目になる。高レベルの抗体を維持することは明らかに免疫への投資と生存率の増加を反映しているが、そのためには生殖数の低下を伴っている。(Ej,hE,nk)
Fitness Correlates of Heritable Variation in Antibody Responsiveness in a Wild Mammal
p. 662-665.

生得的じゃなかった?(Innate Innit?)

生得的リンパ球(ILCs)はTヘルパー細胞に付随するサイトカインに似たサイトカインを産生する免疫細胞集団であると最近記述されたが、T細胞の特徴である組換え抗原受容体を欠いている。重ねて言うと、いくつかのTヘルパー細胞系列のように、ILCsの一部は転写制御因子RORγtを発現する。これに含まれるのは、胎性リンパ組織器官形成に必要とされるリンパ組織誘導 (LTi) 細胞と、腸免疫応答として機能するナチュラルキラー(NK)様細胞である。Sawa たち (p. 665; および、Veldhoen and Withersによる展望記事参照) は、RORγt発現ILCsはすべて同じ前駆体集団から発生したものかどうかを疑った。実際、彼らはいくつかの表現型の異なる集団を発生させる胎児肝前駆体を見つけた。しかし、LTi細胞はNK-様細胞の前駆体ではなかった。異なるILC集団の行き先は発生時に制御され、腸免疫応答としては、出生後に、腸が微生物叢によって十分にコロニー形成される前に、腸の防御の役割を担うILCsが選ばれるように見える。(Ej,hE,kj)
Lineage Relationship Analysis of RORγt+ Innate Lymphoid Cells
p. 665-669.

リボソームの構築経路(Ribosome Assembly Pathway)

細菌のリボソームは二つのサブユニット(50Sと30S)から作られており、これが一緒になって55個のタンパク質と3つの大きなリボソームRNAを構成する。in vitroにおいて、二つのサブユニットはそれらの成分から自己組織化を行うが、それにより、Mulderたち(p. 673)は、30Sサブユニットの構築をモニターするのに時間-分解電子顕微鏡を応用した単一粒子プロフィリング法を用いることが出来た。このアプローチにより、14の異なる中間構築体が同定され、そしてその構築経路に沿った中間体のその集団、構造、及びタンパク質の組成に関する解析が可能となった。(KU)
Visualizing Ribosome Biogenesis: Parallel Assembly Pathways for the 30S Subunit
p. 673-677.

娘細胞の多様性(Daughter Diversity)

非対称な細胞分裂は細胞の多様性を生み、そして組織の恒常性を維持する。初期の線虫の胚において、紡錐体は分子モーターのダイニン(dynein)によって細胞の一方の側に向かって引き寄せられ、細胞は不均等な大きさの二つの娘細胞に分裂する。しかしながら、別タイプの非対称細胞分裂(例えば、ショウジョウバエの神経芽細胞)は、中心に局在化した紡錐体から始まる。この後者のケースにおいて、二つの異なる大きさの娘細胞が作られるそのメカニズムは不明である。Quたち (p. 677,9月30日号電子版;Grillによる展望記事参照) は、線虫の発生中における線虫Qの神経芽細胞系列の非対称細胞分裂を調べ、そして紡錐体が中心に集まる際に、ミオシンllがより小さな娘細胞になるであろう側により高レベルに蓄積され、細胞膜に作用するミオシンによる非対称な収縮力が生じることを見出した。(KU)
Polarized Myosin Produces Unequal-Size Daughters During Asymmetric Cell Division
p. 677-680.

塩素イオンチャネルの制御(Controlling Chloride Channels)

CLCタンパク質は細胞膜を横切って塩素イオンを輸送するチャネルと輸送体の大きなファミリーである。二つの原核生物のCLCの構造が決定されたが、それらには真核生物の輸送体で見出される細胞質の制御領域を含んでおらず、そしてその構造はCl-/H+共役輸送のメカニズムに関して何等明白にしていない。Fengたち (p. 635,9月30日号電子版;Mindellによる展望記事参照) は、真核生物のCLCタンパク質の構造に関して記述しており、そして制御領域が膜貫通領域と密に相互作用し、その結果構造変化がイオン経路に伝達されていることを見出した。真核生物の輸送体におけるゲート開閉グルタミン酸は原核生物の構造とは異なる高次構造をしており、このことは真核生物においてCl-/H+交換における2対1の化学量論比を説明するものである。(KU,kj)
Structure of a Eukaryotic CLC Transporter Defines an Intermediate State in the Transport Cycle
p. 635-641.

プリオン表現型のプロセシング(Processing Prion Phenotype)

プリオン蛋白のミスフォールディングが、どのようにして細胞生理学的な感染性への変化へと移行するかは不明である。Derdowskiたちは、酵母細胞において、プリオンの凝集動力学の計算モデルと、プリオン蛋白の物理的、機能的動力学についての経験的な解析とを統合した(p. 680)。特筆すべきこととして、彼らは、プリオン表現型が凝集物の蓄積におけるゆらぎに由来することを見出し、結果として生じる表現型の重症度、或いは安定性の確立に決定的なものは、タンパク質ミスフォールディングによる産物ではなく、むしろそのプロセスが重要であるということを示唆している。(KF,KU)
A Size Threshold Limits Prion Transmission and Establishes Phenotypic Diversity
p. 680-683.

心を合わせて(Meeting of Minds)

さまざまな種類の認知的課題にわたってのヒトの成績は、g、すなわち一般的知能因子(general intelligence factor)と呼ばれる、よく使われる統計学的因子にまとめられている。知能とは実際に何であるかはっきりしておらず、熱く議論されているが、gと遂行結果、たとえば収入や学校での達成度など、の間には、再現性のある関連がある。Woolleyたちは、同じようにさまざまな種類のグループ問題解決課題について各グループがいかに遂行するかを反映する「集団的知性(collective intelligence)」(c)と名付けられた因子を数量化する計量心理学的手法を報告している(p. 686、9月30日号電子版)。cに対する主要な貢献要因は、グループメンバーのg因子であるようで、それにさらに、各人が他人といかにうまくやっていけるかという社会的感受性に向けての性向が関わってくるのである。(KF,nk)
Evidence for a Collective Intelligence Factor in the Performance of Human Groups
p. 686-688.

進化、遺伝子数と病気(Evolution, Gene Number, and Disease)

遺伝子のコピー数におけるささいな変動が、ヒトの疾患や他の形質に影響を与える。変異体が、何度もコピーされて、「ダークマター」と呼ばれる広い範囲で似た配列の領域に存在している場合には、その変異を検出するのは難しくなる。Sudmantたちは、複製された領域を引き剥がす方法で、単独で独特のヌクレオチドを見つける識別子を明らかにした(p. 641)。これらの識別子は、異なったヒト集団間で最も可変性のある遺伝子、とりわけ神経発生や神経学的疾患の遺伝子の中にあることがわかった。そうした多形性は、特異性によって遺伝子型として扱うことができ、コピー数における変動がヒトの進化と病にいかに影響するかを理解するのを助けてくれる可能性がある。(KF,kj)
Diversity of Human Copy Number Variation and Multicopy Genes
p. 641-646.

硝酸の先鋭化(Honing in on HONO2)

大気汚染をモデリングする際に必要なのは、大気で起こる全ての相関的な反応に関する知識である。そのうち最も重要なのは、OHとNO2ラジカルによる硝酸 (HONO2) の形成に関するものである。この反応を研究する上での障害の一つは、どの程度ラジカルがO-N結合ではなくO-O結合を通じて結びつくか、という点に不確実さがあることであった。Mollnerたちは(p646)実験室において高感度の分光測定法を用いて、ラジカルの全体的な消費速度と同様に分配係数を計測した。この計測によって、硝酸形成の明瞭な速度常数が得られた。この結果はロサンゼルス盆地の大気シミュレーションにおけるオゾンレベルの予測に適用された。(Uc,nk)
Rate of Gas Phase Association of Hydroxyl Radical and Nitrogen Dioxide
p. 646-649.

失なわれた詳しい事実(Lost Details)

海洋循環における変化は、一般的に過去と現在における炭素同位体の分布の差によって推定されるが、このような比較をすることは現代の化石燃料燃焼が海洋の炭素同位体組成を変えているという事実を無視している。このことは、次に今日の水の質量移動についての詳細を不明瞭にする。OlsenとNinnemann (p. 658)は、北大西洋においてこの影響を補正し、そして炭素同位体の自然な分布をより詳細にし、更に明らかに水の質量分布に関連していることを示している。この結果は、現代の気候変動における文脈内での氷期-間氷期の海洋変動についてのいくつかの重要な考え方を変えるものである。(hk,KU)
Large δ13C Gradients in the Preindustrial North Atlantic Revealed
p. 658-659.

小さいものが魅力的(Small Is Attractive)

ゼブラフィッシュ幼生の視蓋は、小さくて運動性の高い餌食の検知や追跡、捕獲のために必要である。Del Beneたちは、光学的な手段や遺伝的手段、薬理学的な手段を組み合わせて、視蓋の神経回路がいかにして低周波の視覚的情報をふるい落としているかを研究した(p. 669)。蓋のニューロンのほとんどは、その魚の視覚的環境において、小さな動く物体に選択的に応答するように調整されていて、大きな刺激には不十分にしか応答しない。この空間的ふるい分けの仕組みは、蓋表面にあるGABA作動性の抑制性介在ニューロンの小集団の活性に依存していた。そうした介在ニューロンの不活性化ないし破壊をすると、より深い場所のニューロンのサイズ選択性は失われ、ゼブラフィッシュは餌食を捕獲する能力を失うこととなった。(KF)
Filtering of Visual Information in the Tectum by an Identified Neural Circuit
p. 669-673.

際どいキーボード入力(Touchy Typing)

どんな優れたタイピストでもミスタイプはあるが、Logan and Crump (p. 683)は、この実世界の課題に対して2つの入力ミス検知の機構の存在を調べた。著者たちは、タイプミスは修正し、正しくタイプされた文字列にミスタイプをわざと挿入した。タイピストには、ミスタイプを報告させた。熟練タイピストのエラー検出状態を調べた結果、この2つのエラー検出プロセスに、タイピスト自身のエラーの錯誤があることを見出した。エラー修正された入力に対しては、これがタイピスト自身が正しく入力したと信じ、わざと挿入されたエラーについては、表示されたエラーは自分のミスであると認めた。これらの錯誤は、タイプ入力測度に影響しなかったが、タイピストがエラー修正した後では入力速度が低下し、挿入エラーの場合は変化が無かった。この心理的解離から、2つのエラー検出プロセスが想定される:1つ目はスクリーンに表示される画像を使うものと、2つ目はキー入力速度を使うものである。(Ej,hE)
Cognitive Illusions of Authorship Reveal Hierarchical Error Detection in Skilled Typists
p. 683-686.

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