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Science August 20 2010, Vol.329


暗闇のレンズを通して(Through a Lens Darkly)

最近の測定によれば、宇宙のエネルギー成分の72%は暗黒エネルギーという形をとっており、宇宙の加速的膨張の原動力となる重力的反発成分となっているが、その本質は未知である。今回、Jullo たちは(p. 924)、単一の質量分布の強い重力レンズ効果によって生じる複数の画像体系の観測結果を、暗黒エネルギーの性質の絞り込みに用いることができる方法を示した。Abell 1689 銀河団(そのレンズ特性で知られている銀河団)に適用し、他の手法による結果と組み合わせることにより、この方法は暗黒エネルギー状態方程式に含まれるパラメータ推定値の最終的な誤差を30%減少させる。(Sk,nk)
Cosmological Constraints from Strong Gravitational Lensing in Clusters of Galaxies
p. 924-927.

ブラックホールが衝突するとき(When Black Holes Collide)

銀河が併合する時、その中心にあるブラックホールは相互作用して、まず連星系が形成され、最終的には単独のブラックホールに融合する。真空中で軌道運動する連星ブラックホールの力学はよく理解されている。しかし、ブラックホールが合体する際には、それぞれの周りの降着ディスクが結合して連星系を取り囲む円盤を形成し、ブラックホールからの磁場をつなぎ止めると考えられる。Palenzuela たち(p. 927; Yunesによる展望記事参照)による数値シミュレーションによれば、これらの環境の影響を考慮すると、ブラックホールは周囲のプラズマを効果的に掻き混ぜ、方向が絞られた電磁放射ビームを生成し、ブラックホールが重力波の放出に伴って併合するにつれて、これが遷移して単一ジェットになることを示した。(Ej,nk)
Dual Jets from Binary Black Holes
p. 927-930.

月の耳たぶ状の崖が見えた(Lunar Lobate Scarps Revealed)

月の耳たぶ状の崖(lunar lobate scarps)は、地質構造的な衝上断層によって形成されたと考えられている比較小規模の地形である。以前は、月の耳たぶ状の崖で同定されたのは、高解像度のApollo Panoramic Camera による画像のみであり、月の赤道帯に制限されていた。Lunar Reconnaissance Orbiter Camera によってもたらされた画像のWatters たち (p.936) の解析により、これまで知られていなかった14個の耳たぶ上の崖が見出された。そして、それは、月の耳たぶ状の崖は月全体に分布している可能性があることを示している。それらの外観から、月の崖は比較的若い地形で(10億年以下)、おそらくは、最近起きた月の全体的な半径方向への収縮の期間中に形成されたことを示唆している。(Wt,nk)
Evidence of Recent Thrust Faulting on the Moon Revealed by the Lunar Reconnaissance Orbiter Camera
p. 936-940.

指向性のある発光(Directed Emission)

原子が有する特徴、すなわち、離散的エネルギー準位とそれに応じた離散的発光波長を示すを有する量子ドットは、オプトエレクトロニクス回路や光通信のキーコンポーネントになると期待されている。しかし、その発光は無指向性であるため送信側と受信側での正確な通信が要求される用途への応用は限定的であった。Curtoらは(p.930;GiessenとLippitzの展望記事参照)、マイクロ波および電波領域のアンテナである八木-宇田アンテナの縮小版である光アンテナを設計し、量子ドットとそのアンテナを融合させることで発光の指向性を制御できることを示した。(NK)
Unidirectional Emission of a Quantum Dot Coupled to a Nanoantenna
p. 930-933.

ナノ粒子を小さく維持する(Keeping Nanoparticles Small)

酸化物担持体上に吸着された小さな金属ナノ粒子からなる不均一触媒は、焼結と呼ばれる作用によって時間が経つに連れて不活性化していくことがある。高い温度は酸化物担持体上の金属原子の拡散率を増すことになり、そして大きくて、より不活性な粒子は小さい粒子を犠牲にして成長する。セリア(酸化セリウム)のような還元性の金属を含むいくつかの酸化物担持体は、アルミナのような酸化物より焼結しにくい傾向がある。Farmer とCampbell (p. 933)は、酸化マグネシウムと酸化セリウム上の銀ナノ粒子についての以前の熱量測定データの解析結果を表し、1000原子より小さいナノ粒子は還元性のセリウム酸化物の方にずっと強く結合することを示している。より大きい粒子を生成するためのエネルギー駆動力はこれらの表面では大変弱く、より小さい粒子の寿命を長くする。(hk,nk)
Ceria Maintains Smaller Metal Catalyst Particles by Strong Metal-Support Bonding
p. 933-936.

傾向の逆転(Reversing the Trend)

植物が太陽エネルギーにより大気中の炭素を取り込み、バイオマスとして蓄積される総量を純一次生産量(NPP. net primary productivit)と呼ぶ。陸域における純一次生産性は、1982年から1999年の間増加しており、それは窒素の堆積や二酸化炭素の光合成促進効果、森林再成長、そして気候変化などが要因となっていた。Zhao とRunning (p. 940)は、人工衛星のデータを用いて、過去10年間を通した地球全体の陸域における純一次生産量を推定し、当初の傾向が逆転して純一次生産性が減少していたことを発見した。この結果と気候変化のデータとを組み合わせると、大規模な干ばつが純一次生産量の減少を招いていることを示唆している。地球温暖化によって将来広範囲に起こる干ばつは、さらに陸域の炭素蓄積源を弱めるかもしれない。(TO,KU,nk)
Drought-Induced Reduction in Global Terrestrial Net Primary Production from 2000 Through 2009
p. 940-943.

DNA再複製の落とし穴(The Pitfalls of Re-Replication)

細胞は、何層もの制御によってゲノムが細胞分裂に当たってただ一度だけの複製が保証されるようになっているが、これは同一の配列複製が繰り返されることで組み換えが起きてしまうようなゲノムの安定性を危険に晒してしまうことを防ぐためであろう。この考え方に同意して、Greenたち(p. 943; および Kaochar たちによる展望記事参照)は、サッカロミセス・セレヴィシエ酵母の複製起点の複製を繰り返すと、複製起点周辺でコピー数の変動が顕著に増加することを示した。観察された複製サイズの範囲は135から470キロベースに及び、殆どがヘッドーテイル配向でタンデムに配列していた。この複製された領域はTy反復性エレメントで区切られ、繰り返し複製された反復エレメントの間での非対立遺伝子の相同組み替えに起因している。(Ej,hE,kj)
Loss of DNA Replication Control Is a Potent Inducer of Gene Amplification
p. 943-946.

不倫はオスにもメスにも良いことなのか?(Sauce for the Goose?)

集団内で一夫一婦制を取る種では、婚姻外の交尾は潜在的な子孫を増やすという意味でオスに有利な行為である。しかし、このような対以外の交尾がメスに対して生態学上の適応的意義を持っているかどうかは長い間論争の的であった。Prykeたち(p. 964)は、メスのフィンチに4つの異なるシナリオを用意し、いつ婚外交尾が起こるのかをテストし、産まれた子供が番いのオスと外部のオスのどちらかを調べた。父親となり得る婚外交尾の相手を、適応度の高い優秀なオスから、中くらいのオスを経て、低適応度のオスまで、替えていくなかで、メスは高い適応度を与えてくれる外部のオスとの間に最も高い頻度で子供を作り、低適応度のオスは近づけなかった。このように、回数では夫婦間の交尾が多いのであるが、メスが密かに行う選択は、優秀な遺伝子を残す方向へと授精に重みがかかることを示しているようである。(Ej,hE,KU,nk)
Females Use Multiple Mating and Genetically Loaded Sperm Competition to Target Compatible Genes
p. 964-967.

葉緑体の分裂機構(Chloroplast Division Machinery)

太陽エネルギーを捕獲して炭水化物を作るその光合成の機構は、一般に植物細胞の細胞内葉緑体に依る。葉緑体は植物細胞が分裂する際に分裂する必要があるが、それを行うには葉緑体自身の色素体の分裂機構が必要である。Yoshidaたち(p. 949:表紙参照)は、単細胞藻類であるCyanidioschyzon merolae(その細胞には1個の葉緑体を含んでいる)の色素体の分裂機構を調べた。色素体の分裂機構は葉緑体を形成している多糖類鎖とタンパク質から成り立っており、これらが一緒になって環を形成し、葉緑体を物理的に分裂するように狭窄している。(KU)
Chloroplasts Divide by Contraction of a Bundle of Nanofilaments Consisting of Polyglucan
p. 949-953.

真菌の防御(Fungal Defenses)

進化を促す主要な力の一つは、植物と動物、及びこれらに感染する病原性微生物の間の絶えざる軍備競争である。真菌のGladosporium fulvumはトマトに葉カビをもたらす。トマトがG.fulvumによる感染を検知する方法の一つは、真菌の細胞壁成分の一つであるキチンの検出による。それに対応して、真菌はその検出を逃れるための戦略を進化させた。De Jongeたち(p. 953)は、G.fulvumにおいて、エフェクタータンパク質ECP6介在によるこのようなメカニズムの一つを同定した。分泌されたEcp6は真菌細胞壁の分解により遊離されるキチンオリゴ糖に結合し、キチンがトマトのキチン受容体により検出されないように隔離する。Ecp6に類似したドメイン構造を持つタンパク質は菌界(fungal kingdom)全体に保存されており、このことはキチン隔離が免疫検出を逃れるために真菌が用いる一般的なメカニズムであることを示唆している。(KU)
Conserved Fungal LysM Effector Ecp6 Prevents Chitin-Triggered Immunity in Plants
p. 953-955.

移動のために整列する(Line Up for Movement)

動物細胞の核は特異的な位置へ移動可能であり、細胞の遊走や分化の極性化に役立っている。Luxtonたち (p. 956;Starrによる展望記事参照) は、線維芽細胞の極性化において、核膜タンパク質の直線的な配列が、核移動中にその細胞の最後部に向かってアクチンケーブル上に組み立てられ、そしてケーブルと共に動くことを見出した。これらの直線的配列をする成分を阻害すると、核移動や中心体の再配列が妨げられる。このように、核膜タンパク質は力の伝達中にアクチン依存的配列に組み立てられる。(KU)
Linear Arrays of Nuclear Envelope Proteins Harness Retrograde Actin Flow for Nuclear Movement
p. 956-959.

ケタミンの抗うつ作用(Antidepressant Action of Ketamine)

標準的な抗うつ薬による薬物療法に必要な何週間ないし何ヶ月もの治療とは対照的に、ケタミン投与は、抑うつ状態の患者に4ないし6時間以内で抗うつ応答をもたらす。ケタミンの急速な作用の背景には何が潜んでいるのだろう? Liたちは、ケタミン投与が哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)シグナル伝達の急速な活性化をもたらし、ラットの前頭前野におけるシナプスタンパク質のレベルを増加させる、ということを発見した(p. 959; またCryanとO'Learyによる展望記事参照のこと)。ケタミンは、前頭前野の層Ⅴ錐体神経細胞樹状突起棘の密度と機能を急速に増強させた。つまり、抑うつ状態のモデルにおけるケタミンの行動への作用と抗うつ応答は、mTORシグナル伝達に依存するのである。(KF)
mTOR-Dependent Synapse Formation Underlies the Rapid Antidepressant Effects of NMDA Antagonists
p. 959-964.

3次元表示で見るゼブラフィッシュの発生(Zebrafish Development in 3D)

脊椎動物の発生は古典的に、定性的に特徴付けられてきたが、物理学や数学、生物学の専門的知見を組み合わせることで、Olivierたちは標識不要の構造的非線形微速度顕微法と画像解析を用いて、ゼブラフィッシュの胚の時空間的細胞系譜を最初の10分裂周期にわたって計算した(p. 967)。この研究は、細胞形態測定結果による注釈付きの完全な系列樹を再構築していて、インタラクティブなツールによる可視化を可能にするものである。(KF)
Cell Lineage Reconstruction of Early Zebrafish Embryos Using Label-Free Nonlinear Microscopy
p. 967-971.

免疫グロブリンのスイッチングにおけるPTIP(PTIP in Immunoglobulin Switching)

液性免疫の特徴の一つは、免疫グロブリン(Ig)のクラススイッチ組換え(CSR)を行う能力である。Ig重鎖の遺伝的組換えを介して、Igはその抗原特異性を維持しつつ、病原体の除去を成功させるのに必要な別の細胞表面レセプターとの相互作用の能力を得ている。CSRには、遺伝的再編成を行なうためにIg重鎖座位の転写が必要である。染色質への到達可能性の変化によって、CSRに付随する転写が促進されると考えられてきた。Danielたちはこのたび、リジン4の位置にあるヒストン3のトリメチル化(H3K4me3)がCSRへのIg重鎖座位の到達可能性を制御していること、また、ヒストン・メチラーゼ複合体の1成分であるPTIP(転写活性化領域タンパク質-1によるPax相互作用)がこの修飾に必要であること、を明らかにした(p. 917、7月29日号電子版; またSinghとDemarcoによる展望記事参照のこと)。PTIP-欠乏性のB細胞をもつマウスは、CSRが障害される結果となった。PTIPは、RNA重合酵素Ⅱの補充と、それに引き続いてCSRの際に生じる、ヒストンアセチル化を含むクロマチンリモデリングの、双方に必要である。CSRの際の転写開始の機能とはおおむね独立に、PTIPはCSRの際の二本鎖DNA切断にも付随していて、ゲノム安定性を促進している。こうしたPTIPの二重の機能は、CSRの際の染色質への到達可能性と組換えの正確な協調にとって重要である可能性がある。(KF)
PTIP Promotes Chromatin Changes Critical for Immunoglobulin Class Switch Recombination
p. 917-923.

レジオネラ菌がRabを乗っ取る(Legionella Hijacks Rab)

在郷軍人病菌(Legionella pneumophila:レジオネラニューモフィラ菌)は真核細胞に感染し、細胞内空胞に棲家を構え、そこで増殖する。この細胞内ニッチを生み出し、維持するために、この病原体は宿主細胞内の膜輸送を操作できなければならない。このたびMullerたちは、通常は真核細胞内で小胞体由来の小胞輸送を制御している、低分子量GTP分解酵素(GTPase)であるRab1の共有結合的修飾によって小胞輸送を操作するレジオネラ菌の能力を記述している(p. 946、7月22日号電子版)。そのレジオネラタンパク質DrrAは、感染細胞のサイトゾル内に遊離され、そこでRab1の1つの制御領域のチロシン残基をAMPylate化する。この修飾によって、Rabタンパク質はGTPase-活性化タンパク質にアクセスできなくなり、つまるところ、それを活動的なグアノシン三リン酸結合状態に封じ込めたままにするのである。(KF)
The Legionella Effector Protein DrrA AMPylates the Membrane Traffic Regulator Rab1b
p. 946-949.

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