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Science June 18 2010, Vol.328


ファラオとデート(Date with the Pharaohs)

古代エジプト文明は数千年の間地中海地方に君臨していた。しかし、誰の次は誰という支配者の系列は正確に記録されているのだが、この文明の絶対的な年代は不確定であった。Bronk Ramsey たち(p. 1554;および、Bruinsによる展望記事参照)は、これらの期間の大部分をカバーする200個以上の放射性炭素の試料を利用した年代を報告し、その年代の不確実性をある場合には20年以下に抑えた。人為的な影響を抑えるために、著者たちは、ある特定の王朝における、寿命の短い植物を利用して年代測定し、年代の最終的な値を決める際には、その王の統治期間を制約事項として用いた。得られた最終年代は以前の古い年代に整合するが、紀元前第3千年紀にエジプトが最初の継続的な最高度の文明を達成した古王国時代の出来事については見直しが必要である。(Ej,hE,nk)
Radiocarbon-Based Chronology for Dynastic Egypt
p. 1554-1557.

クールの誕生(Birth of the Cool)

過去 400万年ほどに渡って、熱帯地方の海表面温度は寒冷化傾向を経験している(Philander による展望記事を参照)。Herbert たち (p.1530) は、鮮新世からの北半球の氷河期の増大に付随した寒冷化の時期とその規模を定めるために、世界の主要な海洋盆にまたがる低緯度地方からの過去350万年の海洋表面温度の記録を分析した。Martinez-Garcia たち(p.1550)は、不思議な太平洋の東側の赤道領域の冷舌(equatorial cold tongue)は、最初に過去180万年と120万年の間に現れたことを見出した。この冷舌は、このような大量の太陽光を受ける暖かい領域で発見されるとはだれも予想しなかったものである。その発生は、おそらくは、地球の軌道の変化によってもたらされた一般的な気候の寒冷化によって引き起こされた、熱帯地方の暖水塊の全般的な縮小に呼応したものであろう。(Wt,nk)
Tropical Ocean Temperatures Over the Past 3.5 Million Years
p. 1530-1534.
Subpolar Link to the Emergence of the Modern Equatorial Pacific Cold Tongue
p. 1550-1553.

近いけど近過ぎはしない(Close, But Not Too Close)

植物におけるマイクロRNA (miRNAs) は一般的には標的RNAに対して極めて相補的であるが、ほとんどの動物のmiRNAsは、8ヌクレオチドの「種」の配列塩基だけが標的と完全な対をなし、残りのmiRNAと標的が対を組むことはほとんどない。植物のmiRNAsは 3'末端においてメチル化されているが、他方、動物のmiRNAsはメチル化されてない。Ameres たち (p. 1534;および、Pasquinelliによる展望記事参照) は、ショウジョウバエのmiRNAsに、標的RNAと高い相補性を有するように変化したものが、少量存在していることに気付いた。これらの miRNAs は 3'末端において削られ、ウリジン化され (uridylated) 特性的には RNA の分解に関わる。ハエの小さな干渉性RNAは、すべて3'末端でメチル化されており、メチル化酵素Hen1が変異さえしてなければ影響を受けない。このように、 3'メチル化は相補性による再構築を防ぎ、小さいRNAの分解を防ぐらしい。(Ej,hE,TS,kj)
Target RNA-Directed Trimming and Tailing of Small Silencing RNAs
p. 1534-1539.

もうすぐものになる(Hot on the Trail)

太陽電池は基本的に光を吸収することにより機能し、その光はあるエネルギーの閾値以上であることが必要である。吸収された光は、太陽電池内で電流を担う電荷を遊離させる。残念ながら、ちょうど閾値で(例えば可視光で)励起された場合でも、十分それ以上のエネルギーで (紫外光で) 励起された場合でも、遊離した電荷は同じように振る舞うので、閾値以上の過剰エネルギーは廃熱として散逸せざるを得なくなる。Tisdale たちは (p.1543) この非効率さの解決に向かっての有望な第一歩を印した。具体的には、セレン化鉛のナノ結晶において光吸収で励起された電荷は、その過剰エネルギーを熱として放出することなく、隣接した酸化チタン表面まで移動することが出来る。次の一歩は、回路に蓄えられたそのエネルギーを利用する手段を考え出すことである。(Sk,nk)
Hot-Electron Transfer from Semiconductor Nanocrystals
p. 1543-1547.

チューブを落ちていく(Going Down the Tube)

量子力学と一般相対性理論は近代物理学の2つの根幹と言える。しかし重力の量子力学的記述が存在しないため、これら2つの理論はいまだ関連づけられていない。Van Zoestらは (p.1540;NussenzveigとBarataの展望記事) は、原子の雲が冷却されて協調的な量子状態となった巨視的量子力学系であるルビジウムのボーズアインシュタイン凝縮 (BEC) の研究を微小重力下で行った。BEC凝縮体を146メートルの落下チャンバー中で落下させ、量子ガスの膨張を自由落下で得られる微小重力下で観測して、量子力学と一般相対性理論との境界を調べ、2つの理論を実験的に融和させる機会を提供できるような実験手法が原理的には可能であることを示した。(NK,nk)
Bose-Einstein Condensation in Microgravity
p. 1540-1543.

3重項状態のエンルギー移動を追跡(Tracking Triplet-State Transfers)

有機トランジスターや光起電力電池のようなデバイス内で、ドナーからアクセプター部位へのエネルギーの流れは、より高いレベルに励起された電子によって生じるが、この励起電子は2つの不対スピンを持つ3重項状態を形成する。ドナーとアクセプターの短い距離では直接的トンネル効果によって移動は生じるが、より長い距離では電子が多段階プロセスでホップする。Vura-Weis たち(p. 1547) はフェムト秒の過渡的吸収スペクトル法を用いて、ドナーとアクセプター間でのさまざまな架橋距離を有する一連の分子において移動機構におけるこのクロスオーバーを直接観察した。(Ej,hE,KU)
Crossover from Single-Step Tunneling to Multistep Hopping for Molecular Triplet Energy Transfer
p. 1547-1550.

端っこを忘れるな(Don't Forget the Edges)

岩礁を作るサンゴは非常に多種多様であるが、そのうちの多くは絶滅の危機に瀕している。サンゴ礁の存続に関する予測を行うために、BuddとPandolfiは(p. 1558)、カリブ海のサンゴ礁の進化の歴史を通じて起こった形態の変化について調査した。例えば、雑種化や新種への多様化 (所謂、種同士の融合や分化) といった長期間に渡って生じる進化的な形態は、コロニー内の地理的な位置に依存して異なっていた。特に、中央部より地理的に縁となる場所において大きな変化が起こっていた。このように新しい種の登場の大部分が起こっているのは、遺伝子の流れが限定されがちな周縁部なのである。もし種保存の戦略が、生物多様性のホットスポット、即ち、種の多様性が高い中心地域に偏るのであれば、地球規模の変化が起こっている間、進化的に新奇な形質 (evolutionary novelty) の重要な源泉を損なってしまうかもしれない。(Uc,nk,kj)
Evolutionary Novelty Is Concentrated at the Edge of Coral Species Distributions
p. 1558-1561.

卵を産み続ける(Keeping Egg Production Going)

脊椎動物の卵巣において子の誕生に際して卵産生が止まるかどうかは昔から関心の高い、またかなりの論争の的となった話題である。Nakamuraたち (p. 1561,5月20日号電子版) は、真骨魚類のメダカの卵巣において生殖系列幹細胞を同定した。その幹細胞は、哺乳類の精巣形成を預かる遺伝子、sox9を発現する生殖細胞の紐状クラスターとして見出されている。この糸状構造は胚上皮内の卵巣内部に埋め込まれている。メダカにおけるこの研究は、脊椎動物の生殖系列幹細胞から実際に卵産生が継続しうることを示している。(KU,nk,kj)
Identification of Germline Stem Cells in the Ovary of the Teleost Medaka
p. 1561-1563.

頭の中の空間(The Space in Your Head)

空間、および場所や空間に結び付いて起きるイベントは、脳内では、場所細胞 (place cell) や頭部の向きを表す細胞 (head direction cell)、格子細胞(grid cell)、境界細胞 (order cell) からなる回路網によって表現される。これらの細胞型は、われわれが環境内を移動する際の我々の位置についてその集合的な動的表現を形成している。この表現がいかにして形成されるかは謎として残ってきた。それは獲得されるのか、それともわれわれは外部空間を表現する能力をもって産まれるのか(PalmerとLynchによる展望記事参照のこと)? Langstonたち(p. 1576)とWillsたち(p. 1573)は、周囲の環境を探索し始めたばかりのラットの子において、海馬体と嗅内皮質における空間知覚の初期発生を研究した。場所細胞や頭部の向きを表す細胞、格子細胞の原基痕跡は、ラットの子が巣から初めて出て行くときにすでに存在していた。こうした初期の時点での外部空間の神経情報表現の存在は、空間知覚のための生得的な構成要素が存在していることを強く示唆する。こうした知見は、空間概念が心のアプリオリな能力であるとする、カントによる200年来の考え方に実験的な支持を与えるものである。(KF,kj)
Development of the Spatial Representation System in the Rat
p. 1576-1580.
Development of the Hippocampal Cognitive Map in Preweanling Rats
p. 1573-1576.

ヘルペスウイルスによる宿主のマイクロRNAの調節(Herpes Virus miRNA Modulation)

ウイルスは幾つかの戦略を用いて彼らの宿主の細胞を操作し、巧みに感染を確保する。リスザルヘルペスウイルス (HVS) は高度に保存された小さな非翻訳RNAであるHSUR1とHSUR2を産生し、これらは感染した霊長類T-細胞において幾つかのタンパク質の発現を調節している。Cazallaたち (p. 1563: Pasquinelliによる展望記事参照) は、HSURの配列と宿主の3つの異なる miRNAs(miR-142-3p, miR-27,miR-16) の種領域 (seed region) との間での相補性を観測し、これらのHSURがmiRNAに結合することを見出した。更に、成熟したmiR-27のレベルがHSUR1への結合により著しく低下し、HSUR1はmiRNAを分解の標的としている。(KU,TS,kj)
Down-Regulation of a Host MicroRNA by a Herpesvirus saimiri Noncoding RNA
p. 1563-1566.

コレステロールの制御におけるmiR-33(miR-33 in Cholesterol Control)

血清コレステロールのレベルと循環器疾患、さらにコレステロール低下薬の有効性などの間で確立されてきた結びつきから、コレステロールのスクリーニングは急速に保健医療の当たり前の要素になってきた。しかしながらコレステロールのレベルが細胞レベルでいかに制御されているかについてはまだ沢山のことが学ばれなければならない(Brownたちによる展望記事参照のこと)。このたび、Najafi-Shoushtariたち (p. 1566、5月13日号電子版)とRaynerたち (p. 1570、5月13日号電子版) は、コレステロールの制御において役割を果たしている新しい分子性のもの、ある小さな非翻訳RNAを発見した。それは興味深いことに、コレステロールレベルを制御することがすでに知られている転写制御因子、ステロール調節成分-結合タンパク質(SREBP)の、遺伝子翻訳領域に埋め込まれている。このマイクロRNAはmiR-33と呼ばれ、高密度リボタンパク質 (HDLすなわち「善玉」コレステロール) の合成を制御し、血中から「悪玉」コレステロールを除去するのを助けているアデノシン三リン酸-結合カセット輸送体A1の発現を抑圧する。マウスにおいてmiR-33のレベルを下げると、血清中のHDLのレベルが増大したが、これはこの調節性回路を操作することが治療的に有効であることを示唆するものである。(KF)
MicroRNA-33 and the SREBP Host Genes Cooperate to Control Cholesterol Homeostasis
p. 1566-1569.
MiR-33 Contributes to the Regulation of Cholesterol Homeostasis
p. 1570-1573.

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