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Science April 9 2010, Vol.328


親子で類似(Like Father,Like Mother,Like Child)

転写制御はクロマチン(染色質)構造により仲介されており、この構造が転写制御因子の結合に影響を与えているが、しかしながら個体間での遺伝的変異がこの転写制御にどの程度影響しているかはよく分かっていない。Kasowskiたち(p. 232, 3月18日号電子版)は、数人の人と1頭のチンパンジーのゲノム全体にわたっての二つの転写制御因子の結合を調べた。転写制御因子の結合はヌクレオチドの変異、挿入や欠如、及びコピー数の変化等ゲノムの特徴と関係していた。このように、ゲノム配列の変異が転写制御因子の結合に影響をもたらし、そして個々人の発現の差を説明するものであろう。McDaniellたち(p. 235, 3月18日号電子版)は、ヨーロッパ及びアフリカを先祖に持つ両親とその子供の三つ組2セットにおける転写制御因子の結合に関するゲノムーワイドカタログを与えている。活性なクロマチン結合部位の10%までが各三人組のそれぞれに特異的であり、かつ親の結合部位はしばしば子供に受け継がれていた。更に、活性なクロマチン部位における変異は遺伝子発現変異との遺伝性の対立遺伝子-特異的な相関を示した。(KU,nk)
Variation in Transcription Factor Binding Among Humans
p. 232-235.
Heritable Individual-Specific and Allele-Specific Chromatin Signatures in Humans
p. 235-239.

超高速イメージング(Ultrafast Imaging)

光学顕微鏡の空間分解能は、基板に入射する光の波長によって決まるものである。光の波長は、たとえ紫外線であっても数百ナノメートルオーダーなので限界があるために、より細かい構造を調べるために代わりに電子線が用いられてきた。優れた空間分解能をもたらす一方で、電子はお互いに反発するために光パルスのように時間的に集束した状態を作ることは困難であった。故に、電子顕微鏡は従来比較的静的な状態の画像取得に用いられてきた。Zewailは(p.187)最近の開発された技術、すなわち電子パルスをばらばらにし、単一の電子線を応用して、高い空間分解能に加えて一兆分の一秒の時間分解能を持つイメージング技術について解説している。この技術を用いて、グラファイト薄膜の振動や鉄の相変化など局所変化などを調べることが可能になった。(NK,KU,nk)
Four-Dimensional Electron Microscopy
p. 187-193.

アウストラロピテクスからホモへ(From Australopithecus to Homo)

我々ホモ属は、約200万年より少し前に、さらに前の人類であるアウステラロピテクスから進化したと考えられているが、この変遷の詳細な情報を伝える化石はほとんど存在しなかった。Berger たち(p. 195; および、表紙を参照)は、情報価値の高い2体のアウステラロピテクスの部分的な骨格(頭蓋骨の大部分、骨盤、足首を含む)について報告している。これらの骨格は南アフリカの洞窟から見つかったもので、 Dirks たち(p. 205)が180万から190万年前と年代測定した堆積物に包まれていた。これらの骨格は最初期のホモ属人類と共通する多くの進歩的特徴たとえば直立二足歩行に適した骨盤や小さい歯などを持っており、このアウストラロピテクスがホモへの遷移の途中にあることを示している。(Ej,bb,nk)
Australopithecus sediba: A New Species of Homo-Like Australopith from South Africa
p. 195-204.
Geological Setting and Age of Australopithecus sediba from Southern Africa
p. 205-208.

人まねはお得(It Pays to Be a Copy Cat)

他人がしていることの真似は割りに合うのだろうか?Rendellたちは(p.208)、Robert Axelrodの1979年のトーナメントゲームを題材に選んで研究を行った。そのゲームは、繰り返し型の囚人ジレンマゲームの戦略を、お互いを敵に見立てて競わせるもので、最後の一つの戦略が残るまで続けられる。最も優れた戦略は「しっぺ返し戦略(tit-for-tat strategy)」であった。2008年のトーナメントにおいて、環境変化への対処という目的で考案された100の社会的学習戦略を互いに競争させた。最終的に最も優れた戦略は、環境を調べるのみではなく、定期的に他のプレイヤーの振る舞いを取り込む方法を備えていた。(Uc,nk)
Why Copy Others? Insights from the Social Learning Strategies Tournament
p. 208-213.

グラフェンの熱伝導(Heat Flow in Graphene)

支持されていないグラフェン(炭素原子膜)シートは優れた熱輸送特性を示すが、これらの特性はグラフェンシートが支持体に接している場合も維持されるであろうか Seolたちは(p. 213; Prasherによる展望記事を参照)二酸化珪素表面に支持されたグラフェンの熱伝導率を測定し、その伝導率は支持の無いグラフェンの伝導率よりかなり低いものの、銅のような金属の伝導率よりまだ大きいことを見出した。理論モデルは、グラフェンの面外屈曲振動が熱伝導において重要な役割を果たしていることを示唆している。このように、グラフェンは電気回路から熱を運び去るような用途に役立つであろう。(Sk)
Two-Dimensional Phonon Transport in Supported Graphene
p. 213-216.

ムラサキイガイの繊維(Mussel Fibers)

有機材料から強い繊維あるいは(撚;繊維をよった)糸を作ることできるが、大抵の場合、摩耗・摩滅が大きく元々損傷を被っていることが多い。海のムラサキイガイは一連の足糸(貝の出す分泌物)によって自分自身を岩のある海岸へ付着させている。潮の流れに起因した絶え間ない摩擦(作用)にもかかわらず、その糸は高い耐磨耗性を示している。アミノ酸 3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン (dopa)に富んだタンパク質性の外部角質(強い接着性を持っていることが知られている)によってその糸は守られていることを、Harringtonたち(p. 216,3月4日号電子版;Messersmithによる展望記事参照)が見つけている。また、その角質には金属イオン、特にFe3+が多く含まれている。dopa-金属の架橋が強い表皮コーティングの形成に役立っている。(hk,KU,ok,nk)
Iron-Clad Fibers: A Metal-Based Biological Strategy for Hard Flexible Coatings
p. 216-220.

CO2 が手を貸す(CO2 Lends a Hand)

電荷移動を促進するうえで、溶媒は複雑で多面的な役割を果たす。その影響を理解するうえでの一つの障害は、溶媒分子が絶えず動いていることである:電子がある基質から他の基質へホッピングするその瞬間における空間的な分子配置をただ探り出すだけでも、しばしば非常に挑戦的な課題である。Sheps たち (p.220; 3月4日号電子版) は、非常に単純化したプロトタイプモデルを研究した。それにおいては、単一の CO2分子が、溶媒のごとく気相中の IBr- イオンに配位する。超高速光電子分光と理論的なシミュレーションとを組み合わせて、この孤立した相互作用ですら、分解反応過程でヨウ素から臭素に電子移動が誘起されるのに十分であることが示唆されている。CO2 の屈曲振動を通して伝達されるエネルギーが、I(CO2) と Br- の形成を促進した。(Wt,KU,nk)
Solvent-Mediated Electron Hopping: Long-Range Charge Transfer in IBr(CO2) Photodissociation
p. 220-224.

プロピレンオキシド合成の銀クラスター触媒(Silver Cluster Catalysts for Propylene Oxide)

エチレンオキシド(酸素原子がエチレンの二重結合を架橋している)の合成は、銀触媒(通常アルミナ支持体上の小さな銀クラスターから構成されている)を用いてエチレンと酸素から直接的、かつ効率的に作られる。プロピレンオキシド(ポリウレン樹脂を作る際の重要な出発材料である)の合成において、この類似のアプローチではうまくいかず、塩素処理した中間体から合成されている。Leiたち(p. 224)は、アルミナ上に担持した銀の三量体Ag3が、低温において低レベルのCO2副産物を作るだけで直接的なプロピレンオキシドの合成に優れた触媒でであることを報告している。これは、高温での銀クラスターから形成されるより大きな銀粒子の触媒とは異なっている。密度関数計算から、Ag3クラスターの開殻構造がこの改良された反応性を説明するものであることが示唆された。(KU)
Increased Silver Activity for Direct Propylene Epoxidation via Subnanometer Size Effects
p. 224-228.

T細胞受容体トランスジェニック(遺伝子導入)マウスの素早い製造(Speedy TCR Transgenic Mouse Manufacture)

T細胞受容体(TCR)トランスジェニックマウスは、免疫学者にとってもっとも有用で、しかも広く使われている手段である。なぜかといえば、そうしたマウスで発生するT細胞の大部分が、よく知られた抗原特異性を持つT細胞受容体を発現するので、つまるところ、そうしたマウスを抗原特異性免疫応答の研究に利用できるからである。TCRトランスジェニックマウスの不都合な点は、産生するのが難しく、時間がかかり、またそのT細胞の抗原特異性が生理学的に重要でないことがままある、ということである。Kirakたちはこのたび、体細胞核移植を用いて、トキソプラズマ原虫への免疫応答にとって重要であると知られている抗原に対して特異性を有するTCRトランスジェニックマウスを作り出した(p. 243)。この方法は、従来のTCRトランスジェニックマウスよりも、簡単かつ素早くマウスを作り出すもので、種々の感染症からのさまざまな抗原に特異的なT細胞を有するマウスを生み出すために適用できる。(KF,KU)
Transnuclear Mice with Predefined T Cell Receptor Specificities Against Toxoplasma gondii Obtained via SCNT
p. 243-248.

代謝疾患をデバックせよ(Debugging Metabolic Disease)

多くの先進国で爆発的に増加していると、もはや公に認識されている肥満。それは、糖尿病や心臓病に冒されるリスクを増加させる代謝障害を複数有している状態、「メタボリック症候群(metabolic syndrome)」の重要な要素である。従来、肥満度の増加は、食料摂取とエネルギー消費がアンバランスになることに起因していると考えられてきた。しかし近年、肥満と腸内細菌叢の状態との間に関係があるという提案がなされ、物議をかもしている。Vijay-Kumarたちは(p. 228,3月4日号電子版;SandovalとSeeleyによる展望記事参照)今回、病原菌感染から身を守る自然免疫系の遺伝子要素を欠損している変異マウスがメタボリック症候群の特徴を発現させていること、又同時にそのマウスの腸内細菌の状態も変化していることを報告している。特に、その変異マウスから採取した腸内細菌を野生型マウスに移植したところ、野生型マウスにもメタボリック症候群のいくつかの特徴が現れてきたのだ。このように、メタボリック症候群の発症は、自然免疫系によって調節されている腸内細菌の状態によって強く影響を受けているのかもしれない。(Uc)
Metabolic Syndrome and Altered Gut Microbiota in Mice Lacking Toll-Like Receptor 5
p. 228-231.

フィンガー上のヒ素(Arsenic on the Fingers)

伝統的中国の医学で用いられた古くからの薬であるヒ素は、急性前骨髄球性白血病(APL)の患者の治療に効果があることから、広く関心を集めてきた。この薬剤は発癌性のタンパク質PML-RARの分解を促進することによって作用している。このタンパク質は、PML亜鉛フィンガータンパク質とレチノイン酸受容体(RAR)由来の配列を含む融合タンパク質で、APL細胞に特異的に存在してその増殖を助けている。Zhangたちはこのたび、ヒ素がPML-RAR分解をもたらす分子現象をいかにして引き起こすかを説明している(p. 240; またKoganによる展望記事参照のこと)。ヒ素はPMLの亜鉛フィンガー領域内でシステイン残基に直接結合していることが分かった。ヒ素結合は続いてPMLのオリゴマー形成を誘発し、それが次に、分解対象のタンパク質を標的とする翻訳後修飾であるSUMO化を触媒するのを助ける酵素との会合を増強していた。(KF,KU)
Arsenic Trioxide Controls the Fate of the PML-RARα Oncoprotein by Directly Binding PML
p. 240-243.

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