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Science March 19 2010, Vol.327


土星の秘密を探る(Saturn's Secrets Probed)

Cassini 探査機は、1997年の10月15日に発射された。およそ7年かけて、太陽系で2番目に大きい惑星である土星に到着した。相互作用している衛星、環(リング)、及び Kronian システムとして知られている磁気圏プラズマに関するおよそ6年間に渡る一連の観測を終えて、Cuzzi たち (p.1470) は、土星の環(太陽系の中で最も広大で複雑なものである)に対する現在のわれわれの理解についてレビューし恒星周囲の円盤との類似性を引き出した。Gombosi と Ingersoll (p.1476; 表紙を参照のこと) は、土星の大気や電離圏、磁気圏について判ってきたことについてレビューしている。(Wt,KU)
An Evolving View of Saturn’s Dynamic Rings
p. 1470-1475.
Saturn: Atmosphere, Ionosphere, and Magnetosphere
p. 1476-1479.

公正な社会(A Fair Society)

お互いに良く知らない人、時には全く面識がない人との間においても社会的な交流、とりわけ経済的な取引が日々の生活においても多数行われている。このような交流において、人はできるだけ公正に振舞おうとし、不公正に振舞っていると思われる者を罰するという傾向があることが、これまでたくさんの実験によって報告されてきている。Henrichたちは(p.1480,Hoffによる展望記事参照)、社会において信頼感を有する社会的交流がどのように発展してきたか理解を深めるために、現代の15の小規模社会に属する数千人を対象として、公平性について評価を行った。公平性の度合は三種の経済ゲームを用いて定量化された。例えば、どの程度食料を生産するかそれとも購入するか、など様々な社会活動に関するパラメータのデータが収集された。市場により代表されるような社会慣習、共同社会の大きさ、世界的宗教への帰依等は全てが社会交流におけるより公平な振舞を予想している。(Uc,nk)
Markets, Religion, Community Size, and the Evolution of Fairness and Punishment
p. 1480-1484.

混乱して(At Sixes and Sevens)

分子の合成と巨視的な凝集はまったく別個のプロセスであると見なされることが多い。研究者の立場から言えば、いったん試薬を混ぜると、合成はほぼ受動的、成り行き任せであるが、一方結晶化といったプロセスはより能動的に操作可能である。Carnallたち(p.1502)は、小さなペプチドに基づく構築ブロックからの凝集した環状マクロ分子(大環状分子)の形成が、共有結合形成のスケールからミクロンスケールのファイバー成長にいたるまで本質的に相互依存的因子によって制御されているという異常な系を調べた。大環状分子はお互いに向き合って積み重なりファイバーを作るため、このファイバーはかなり緩い状態で結合しており、個々の構築ブロックを内部的に取り込んだり、排出することができる。成長中のファイバーに外部から機械的な力のタイプ(溶液を揺するか攪拌するかのいずれか)を変えることで、6員環か7員環の共有結合した大環状分子のいずれかが優先的に形成される。(KU)
Mechanosensitive Self-Replication Driven by Self-Organization
p. 1502-1506.

鉄タイプの形状記憶合金(Ferrous Shape Memory Alloy)

いわゆる形状記憶合金は変形されても元の形を覚えていて、加熱によって原形状に復元するという合金である。金属でできた形状記憶合金のほとんどの記憶の限界は弾性変形の範囲内である。Tanaka たち(p. 1488; および、Ma and Karamanによる展望記事参照)は、従来知られていたニッケル-チタン合金を凌ぐ超弾性変形が可能な鉄合金の合成を実証した。超弾性に加えて、鉄の形状記憶合金はNiTiや銅タイプの合金に比べずっと大きな強度と高いエネルギー吸収能力を持っている。この物性によって本合金は歪みセンサーやエネルギー緩衝材としての用途が期待できる。(Ej)
Ferrous Polycrystalline Shape-Memory Alloy Showing Huge Superelasticity
p. 1488-1490.

乱流を制す(Taming Turbulence)

液体がパイプ中を流れるとき、慣性力が増加したり粘度が下がると、流れはノイズが大きくなり、層流から乱流に変る。乱流はパイプ表面の凸凹や不規則性が要因になることもあり、普通なら滑らかな流れであるはずがこれによって局所的渦が発生し、全体が破壊することになる。Hof たち(p. 1491;および McKeonによる展望記事参照) は、連続的な下流での乱流渦が上流での乱れの成長を抑え、その結果全体が乱流に陥ることが防げるとことを示した。他の多くの制御方法とは異なり、本手法の実装コストは、層流を維持することで得られる利得より小さい。(Ej)
Eliminating Turbulence in Spatially Intermittent Flows
p. 1491-1494.

小さいことは美しいことである(Small Is Beautiful)

レーザのサイズを小さくすることは、必要な電力が減るとともにスイッチグスピードが速くなり、また多分、よりクリーンな出力が出せるという意味において魅力的である。 Waltherたち(p. 1495)は、パターン化された電気要素(インダクターとコンデンサー)と能動増幅材料とを組合わせて、低温でマイクロ波領域で放射するサブミリメーターのレーザを開発した。 確立されたパターン形成技術と調整可能な超格子構造を利用することによって、サイズを更に小さくするという見通しが得られ、また設計者には高速の情報伝送と光プロセシングのためのレーザ出力への道筋が提供された。(hk,nk)
Microcavity Laser Oscillating in a Circuit-Based Resonator
p. 1495-1497.

でたらめな山の蛇行(Messy Mountain Meandering)

地形に対して気候が及ぼす影響の予測は時には単純である。例えば、降雨が増加すれば、浸蝕率や堆積物の運搬量が増加するため、河川堆積物は増えていくだろう。しかし、気候がより緩やかに地形を変形させる現象による地形的特徴は、長期間のプレートテクトニクス過程により判りにくくなる。日本における台風降雨の数十年間の長期的な記録と標高上昇の数値モデル(digital elevation model)とを関係付けることで、Starkたち(p.1497)は、河川の蛇行の強さに対して、気候が直接的に影響していることを示した。この分析を西部北太平洋の広い領域に拡大することで、湿潤な山河地域の地形に関する気候による強い痕跡を明らかにした。この地域規模の分析は、プレートテクトニクスによる隆起とは対照的に、基礎にある岩盤の強さが二次的な要因であることも示した。(TO,KU,nk)
The Climatic Signature of Incised River Meanders
p. 1497-1501.

精子間戦争(Sperm Wars)

いくつかの昆虫のメスはその生涯でたった一日しか交尾を行わないが、複数のオスと交尾し、時にはその精子を数年間も保持することもある。しかし、オスの番いとなるメスをめぐっての競争があるように、彼らの精子も卵子を巡って競争を行う。複数のオスと番ったメスの内部では、精液間の競争が精子の破壊を引き起こす場合がある。一方、メスは自己が望んだ精子を選択し、生涯を通じての繁殖力を維持するために活力のある精子を保持する必要がある。Den Boer たちは(p.1506)、一回もしくは複数の交尾を行う女王を有する、蜂と蟻の種の比較考察を行った。そして精子間の競争は、自己の精子を守り他のオスの精子にダメージを与える雄性付属腺(male accessory gland)中の化合物の進化を促していたことを発見した。このようなオス同士の競争の影響を抑制するために、女王は精子が破壊されることを緩和し、自己の子孫の数を最大限とするような化合物を生み出している。(Uc,kj)
Seminal Fluid Mediates Ejaculate Competition in Social Insects
p. 1506-1509.

多様性の勾配(Diversity Gradients)

種の豊富さにおける緯度勾配の存在、すなわち極地には比較的少ない種しか生息しておらず、赤道付近に多数の種があるという事実は、微生物以外の生物については良く知られている。観察上のデータが欠けているせいで、そうした勾配が微生物にも生じているかどうかは、論議の対象になっている。Bartonたちは、植物プランクトンの個体群ダイナミクスを予測する世界的海洋循環モデルを構築した(p. 1509、2月25日号電子版)。コンピュータ・シミュレーションによって、彼らは、多様性が増したホットスポットが分散して存在するような、プランクトンの緯度勾配パターンを複数得た。これは、将来、系統的メタゲノム調査によって検証可能なこの現象についてのもっともらしい自然な説明につながるものである。(KF,kj)
Patterns of Diversity in Marine Phytoplankton
p. 1509-1511.

思春期になると可塑性が阻害される(Puberty Impairs Plasticity)

マウスにおける思春期の開始が学習の減少時期の存在時期と一致することは、明らかにされているが、その根底にある細胞と分子の仕組みはいまだに不明である。Shenたちは、思春期における海馬の可塑性を制限している特異的γ-アミノ酪酸A型(GABAA)受容体の役割を評価した(p. 1515)。成体や非常に若い時期ではなく、思春期において、α4とδサブユニットをもつGABA受容体はシナプス周辺(perisynaptically)でターゲットとなって興奮性シナプスへ転換させ、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体の活性化に必要な脱分極化電流を短絡した。その結果、シグナル伝達は影響を受け、空間学習が減少したのである。(KF,KU,kj)
A Critical Role for α4βδ GABAA Receptors in Shaping Learning Deficits at Puberty in Mice
p. 1515-1518.

AMPARsとのダンス(Dancing with AMPARs)

グルタミン酸の膜受容体の1つのタイプ、AMPARとして知られるものが、哺乳類の中枢神経系における速い興奮性伝達の大部分を仲介している。その機能は、それ自身のサブユニットの組成と翻訳後修飾、そしてタンパク質間相互作用によって制御されている。最近、AMPARと相互作用し、その細胞内局在やシナプス安定化、さらにはその動態に影響しているいくつかのタンパク質が同定されている。プロテオミクス解析や免疫組織化学、電気生理学を用いて、von Engelhardtたちは、タンパク質CKAMP44を同定したが、それはシナプス後AMPA受容体のゲート開閉と非活性化、脱感作を調節しているものである(p. 1518、2月25日号電子版; また Farrant と Cull-Candy による展望記事参照のこと)。(KF,KU)
CKAMP44: A Brain-Specific Protein Attenuating Short-Term Synaptic Plasticity in the Dentate Gyrus
p. 1518-1522.

周期の同調(Cycle Entrainment)

細胞は多くの周期的プロセスを処理しており、ベストの成果を挙げるためにお互いに協調する必要がある。Yangたち(p. 1522)は、関連している周期プロセスを定量的に記述する或る一般的な理論的フレームワークを研究し、この理論を単一のラン藻類における概日周期と細胞分裂周期との間の相互作用に適用した。個々の細胞分裂と概日相を同時に追跡し、そのデーターをモデルに当てはめることで、細胞周期の進行が或る特異的な概日性の時間帯で劇的に遅くなっており、一方細胞周期の進行は細胞周期の相とは無関係であることが示唆された。(KU)
Circadian Gating of the Cell Cycle Revealed in Single Cyanobacterial Cells
p. 1522-1526.

設計による色素合成(Dying by Design)

光スイッチングの応用を実現するには、散乱と他の吸収のプロセスによる損出を最小化する必要がある。Halesたち(p. 1485,2月18日号電子版;Haque and Nelsonによる展望記事参照)は、技術的に関心の高いテレコミュニケーションウィンドウに対応した特性を持つ材料設計のために、シアニン色素のグループの屈折と吸収特性を調べる戦略に関して報告している。シアニン分子の光学的性質は、その分子構造の末端基に重いカルコゲン原子(セレン)を付加することで制御される。可能な応用において基準に合致する一連の分子の合成と共に、この研究は非線形光学材料の性能を改善する道筋をも実証している。(KU)
Design of Polymethine Dyes with Large Third-Order Optical Nonlinearities and Loss Figures of Merit
p. 1485-1488.

部分的視点(Partial View)

経験のあるビリヤードプレーヤーは、打つ球の回転の仕方が狙い球の衝突後の軌跡にどのような影響を与えるか容易に予測することができる。原理的には量子力学を使って、同じように、化学反応後の結果に試薬の角運動量が与える影響を予測することができる。しかしながら、現実的には、たとえ分子ビーム装置に内に閉じ込められた化学反応を観測したとしても、さまざまな角運動量分布を持った無数の衝突を網羅したものを見ているにすぎない。Dong らは(p. 1501;Althorpeによる展望記事参照)、彼らの分光分解能に磨きをかけ、わずかな角運動量の違いがフッ素と水素の反応に与える影響を区別できるようにした。彼らのデータは理論解析と良い一致を示しており、部分波共鳴と呼ばれる反応確率の振動ピークを発見している。(NK)
Transition-State Spectroscopy of Partial Wave Resonances in the F + HD Reaction
p. 1501-1502.

海洋の窒素固定(Oceanic Nitrogen Fixation)

海洋における窒素固定は、全世界の海洋生産性を維持するために重要であり、二酸化炭素が深海へと輸送されるのを埋め合わせている。以前は、海洋窒素固定は糸状シノアバクテリアの一属であるTrichodesmiumによると信じられていた。単細胞の外洋性(open-ocean)シノアバクテリアに関する最近の発見から、これらのシノアバクテリアがどの程度地球全体の窒素固定に貢献し、そして分布や活動性においてTrichodesmiumにどの程度匹敵するのかという課題が出てきた。太平洋南西部から収集したデータに基づき、Moisanderたち(p. 1512,2月25日号電子版)は、単細胞の窒素固定シノアバクテリア(UCYN-A とCrocosphaera watsonii) が生態生理や分布において互いに異質で、Trichodesmium から異なっていることを示した。これらのデータをモデルに組み入れることで、地球全体の海洋窒素固定や炭素隔離の速度を推定する方法を改善することができる。(TO,nk,kj)
Unicellular Cyanobacterial Distributions Broaden the Oceanic N2 Fixation Domain
p. 1512-1514.

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