[前の号][次の号]

Science February 19 2010, Vol.327


大きな魚から大きな鯨へ(From Big Fish to Big Whales)

クジラ類は今日最も体格の大きな動物であり、その多くは海洋で大量のプランクトン、特に珪藻類(diatoms)を食物にしている。クジラは、3000万年から4000万年前の新生代に現れて多様化した(Cavinによる展望記事参照)。MarxとUhen(p. 993)は、クジラ類の多様化が珪藻類の多様化や海水温度の変化と並行していることを示している。クジラ類が現れる前にプランクトンを食べる大きな摂食動物がいたのかどうかは、約2億4500万年から6500万年前の中生代の化石記録がほとんど存在しないため謎であった。Friedmanたち(p. 990)は、中生代のほぼ1億年の間にこの役割を占めていた大型魚のグループがいたことを示している。クジラほどには大きくはないが、これらの地球規模で分布していた大型魚は体長数メートルであった。6550万年前の白亜紀/古第三紀境界でこれらの魚が絶滅したことで、海洋にクジラ類が進化するための余地が生まれたのであろう。(TO,KU)
Climate, Critters, and Cetaceans: Cenozoic Drivers of the Evolution of Modern Whales
p. 993-996.
100-Million-Year Dynasty of Giant Planktivorous Bony Fishes in the Mesozoic Seas
p. 990-993.

分解すべきか、せざるべきか(To Degrade or Not to Degrade)

細胞内でタンパク質の代謝回転はどのように制御されるのか、という問題はほぼ全ての生理学的プロセスに対する根本的に重要な問題である。Hwangたちは(p.973,1月28日号電子版;MogkとBukauによる展望記事参照)、アセチル化N末端メチオニン(Met)が分解信号(degradation signal:degron)を司っていることを発見している。このデグロンは出芽酵母のDoa10、すなわち小胞体や核内膜に存在する膜貫通型E3ユビキチンリガーゼによって認識される。MetアミノペプチダーゼによるN末端Metの除去によって、しばしばN末端アセチル化されているN末端残基が生成される。Doa10はその結果生じたN末端のデグロンと選択的に結合する。このデグロンが細胞内のタンパク質分解シグナル物質の最も普遍的なものである可能性を示している。(Uc,KU,kj)
N-Terminal Acetylation of Cellular Proteins Creates Specific Degradation Signals
p. 973-977.

二次元量子臨界遷移(2D Quantum Critical Transitions)

量子臨界遷移は、量子物質の特性が磁場あるいは圧力のような外部パラメータによって調整されるとき温度零度近傍で起きる。裸の電子質量より数百倍重い実効電荷キャリア質量を持っている重いフェルミ粒子物質は、これらの遷移を研究するためのプロトタイプ系として浮上してきた。Shishidoら(p. 980;Colemanによる展望記事参照)は重いフェルミ粒子化合物を用いて、調整パラメータが系の次元数である新しいタイプの量子相転移を実験的に実現した。彼らは、層数固定の通常の金属LaIn3と層数が変化する重いフェルミ粒子物質CeIn3からなる超格子のファミリーを設計している。CeIn3の層数が減るに従って、その輸送特性における対応する変化とともに、その系は3次元から2次元へと特性がしだいに変化する。(hk,KU)
Tuning the Dimensionality of the Heavy Fermion Compound CeIn3
p. 980-983.

遠い惑星を検出する(Detecting Distant Planets)

400以上の惑星が太陽系外で検出されてきているが、それらの多くは木星のような気体状巨大惑星に類似した質量を有している。Borucki たち (p.977, 1月7日号電子版) は、Kepler宇宙望遠鏡が飛んで最初の6週間の観測から得られた惑星の発見についてまとめている。この Kepler 宇宙望遠鏡の目的は、他の星で人間などの生物が居住できる領域にある地球型惑星を探索し、その存在頻度を決定することである。その結果には、5つの新しい太陽系外惑星の発見があり、それは、気体状の巨大惑星の存在頻度が予測されていた値より実際はかなり低いことを確認するものであった。(Wt,nk)
Kepler Planet-Detection Mission: Introduction and First Results
p. 977-980.

原始スープ中でのケイ酸塩(Sillicate in the Primordial Soup)

生物発生前の複雑な有機分子の合成がどのようにして生命の起源への道を切り開いたのか、に関する直接的な証拠は極めて少ない。かくして、研究は主として地球の初期の条件において可能性のある反応に関する制御されたシミュレーションに制限されている。同じように、ラボでの化学反応は生合成に必要な化合物を作ったりしているが、それでも地球化学的に見ると不適切である可能性がある。Lammbertたち(p. 984)は、地球の表面水に比較的高濃度に存在するケイ酸塩のイオンが、ホルモース反応(formose reaction)により低分子の2炭糖及び3炭糖から其々4炭糖及び6炭糖の形成を触媒していることを示している。反応の結果としての複合体が糖の分子を安定化し、より多量に糖の蓄積を可能にしている。ケイ酸塩の安定化により、ホルモース反応が高温で進行する必要性が回避される。結果として、生命が発生するか可能性のある環境の範囲が拡大された。(KU)
【訳注】ホルモース反応:ホルムアルデヒドが石灰水中等で重合して出来る甘いシロップ上の物質を作る反応で、単糖の化合物等が含まれる。
The Silicate-Mediated Formose Reaction: Bottom-Up Synthesis of Sugar Silicates
p. 984-986.

酸の補助(Acid Assistance)

水素イオンは有機反応における非常に多目的の触媒であるが、しかしながらこれらはアキラルであるために、単独で立体選択性を誘導することが出来ない。この問題に関する解決法の一つはキラルな共役塩基を用い、そしてその塩基がプロトン化した基質に強く引き付けられた状態で媒質中で反応を行うことであった。Xu たち(p. 986;Schreinerによる展望記事参照)は、別のアプローチに関するメカニズムを徹底的に研究をしているが、そこではアキラルな酸が触媒作用としての第2のキラル分子(尿素誘導体)と結合して用いられた。この方法を用いて、アリールイミンとオレフィンのカップリング反応において高度の選択性が得られた。広範囲の反応速度の研究とコンピュータによる研究から、酸とキラルなパートナーが基質への結合において協調して作用し、反応速度と選択性の間のトレードオフの関係を最適化している。(KU)
Asymmetric Cooperative Catalysis of Strong Bronsted Acid-Promoted Reactions Using Chiral Ureas
p. 986-990.

アセチル化による代謝の制御(Metabolic Regulation Through Accetylation)

核内における様々なタンパク質中のリジン残基の共有結合的修飾は、転写の制御における認識されたメカニズムである。今回二つの論文により、アセチル化が代謝酵素の機能を制御している重要な制御機構であることが示唆された(Norvell and McMahonによる展望記事参照)。Zhaoたち(p. 1000)は、様々な代謝経路における酵素の大部分がヒト肝細胞中でアセチル化されていることを見出した。アセチル化は異なるメカニズムにより多様な酵素を制御しており、直接的に幾つかの酵素を活性化したり、或る一つの酵素を抑制したり、更に別の酵素の安定性をコントロールしていた。アセチル化による代謝の制御は進化的に保存されているらしい。Wangたち(p. 1004)は、サルモネラ菌が様々な炭素源上で増殖を最適化するためにはキーとなる代謝酵素の相異なるアセチル化が必要であり、これにより代謝経路を通しての代謝フラックスを制御していることをことを見出した。(KU)
Regulation of Cellular Metabolism by Protein Lysine Acetylation
p. 1000-1004.
Acetylation of Metabolic Enzymes Coordinates Carbon Source Utilization and Metabolic Flux
p. 1004-1007.

中国における農耕地土壌の酸性化問題(Cropland Acidification in China)

中国は今、酸性雨・地下水汚染・窒素酸化物排出に関する問題増加に直面している。工業や輸送量の急速な発展によって大気への硝酸塩(N)排出が加速されつつあるのだ。結果として、大気汚染に加えて、土壌劣化・水不足、及び汚染が中国全体で国民の重大な関心事になっている。1990年代より、中国は世界で最も化学窒素肥料を消費し、穀物を生産する国となっている。その結果、耕作地に適した土壌の酸性化が引き起こされているのだ。Guoたちは(p.1008,2月11日号電子版)、中国の耕作地に適した土壌の地域的な酸性化現象について、種々のデータを統合して得られた分析結果を報告している。この酸性化現象は高い化学窒素肥料の使用量と高い穀物生産量に大きく関わっている。このような大規模な土壌酸性化は農業の持続性に対する脅威となり、そして土壌の栄養分や毒素の生物地球化学的な循環にも悪影響を及ぼしかねない。(Uc,KU)
Significant Acidification in Major Chinese Croplands
p. 1008-1010.

予測可能な移動経路(Predictable Travel Routines)

自分の行動経路はランダムであると自覚している人はほとんどいないと思われるが、現在の人に関する移動モデルでは基本的に確率論的、つまり、ランダム性を含んでいるとみなされている。人間の移動パターンに依存するようなプロセス、すなわち、新しい伝染病の流行予測、交通工学、都市計画などにおいては、高い精度で予測が出来ればその効果は大きい。人の行動の動的予測を研究するために Song たち(p. 1018)は、数百万人の携帯電話の利用者の移動経路の記録を使った。そして携帯電話会社から集め、利用者の同定が出来ないように不特定化させたものについて研究した。彼らは、人々が取る移動パターンが人によって多様なほど、それだけ移動パターン予測が大きく違ってくるであろうと仮説を立てた:移動をあまりしない人は、絶えず移動する人に比べて予測しやすいであろうと。驚いたことに、すべての利用者を通じて93%の精度で移動パターンが予測可能であり、一般的に個人別の予測精度は80%を大きく下回ることはないということであり、移動パターンの予測から大きく異なる人でも、利用者の移動距離にはほとんど依存しない。(Ej,ok,kj)
Limits of Predictability in Human Mobility
p. 1018-1021.

シュードモナス菌を殺す(Killing Pseudomonas)

グラム陰性シュードモナス菌は日和見病原性菌であって、その薬剤抵抗株は重大な健康問題を提示している。Srinivasたちは、シュードモナスに対してのみ活性をもつ、ペプチド模倣性の抗生物質のファミリーを合成した(p. 1010)。その抗生物質は細胞膜を溶解するものではなく、その代わりに、必須の外膜タンパク質であるLptDを標的にする。LptDとは、外側細胞膜中にリポ多糖を組み立てる際に役割を果たしているものである。シュウドモナス感染のモデルマウスにおける活性からこの抗生物質が治療可能性を有しているかもしれないと示唆される。さらに、LptDはグラム陰性細菌に広く分布しているので、それが標的となる確証があれば、グラム陰性病原体に対する広範囲の活性をもつ抗生物質の開発に弾みがつく可能性がある。(KF,kj)
Peptidomimetic Antibiotics Target Outer-Membrane Biogenesis in Pseudomonas aeruginosa
p. 1010-1013.

タンパク質のバックボーンを調べる(Examining the Backbone)

核磁気共鳴法(NMR)を用いた三次タンパク質構造の決定は、現在のところ、側鎖のNMRデータに大きく頼っている。側鎖原子の同定は挑戦的な課題である。さらに、15キロダルトン(kD)より大きいタンパク質は分解能を改善するために重水素化されねばならず、これによって、遠く離れたプロトン間の結びつきを測定することができなくなる。このたびRamanたちは、高度に重水 素化されたタンパク質から得られた(側鎖を除いた)骨格部分だけのNMRデータ、すなわち化学シフト、残留双極子カップリング、バックボーンのアミドプロトンなどを用いて、Rosetta構造予測プロトコルによる立体構造検索を試みた(p. 1014、2月4日号電子版)。この新しいプロトコルを用いて、彼らは25kDまでのタンパク質について、正確な構造を作ることができた。(KF,kj)
NMR Structure Determination for Larger Proteins Using Backbone-Only Data
p. 1014-1018.

ヒストンと選択的スプライシング(Histones and Alternative Splicing)

選択的スプライシング、すなわち、ひとつのメッセンジャーRNA転写物でエクソンのいくつかの異なる組み合わせをするスプライシングは、ヒト遺伝子の大部分で生じ、基本的な、かつ組織特異的なスプライシング因子によって、あるいは転写の動力学や染色質構造によって制御されている。Lucoたちは、組織培養細胞においてヒトの線維芽細胞増殖因子受容体2遺伝子の選択的スプライシングを分析し、エクソンIIIbまたはIIIcの包含が、ヒストンH3リジン36の3重メチル化修飾(H3-K36me3)とH3-K4me3とのレベルによって調節されていることを発見した(p. 996、2月4日号電子版)。ヒストン H3-K36me3メチル化はクロマチンタンパク質MRG15と結合すると増加した。一方でMRG15タンパク質はポリピリミジン・トラクト結合タンパク質(PTB)スプライシング因子を使ってそうした選択的エクソン生成を抑圧していた。つまるところ、ヒストン修飾とスプライシング機構との間の直接的関連を確立しているのである。(KF,kj)
Regulation of Alternative Splicing by Histone Modifications
p. 996-1000.

[前の号][次の号]