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Science February 5 2010, Vol.327


骨髄性免疫細胞の発生(Development of Myeloid Immune Cells)

白血球が発生し成熟するにつれて、表現型が異なるいくつかの中間状態を経る。T と B リンパ球集団の場合、この成長経過に伴う様々な発生段階、解剖学的な位置、それに細胞シグナルは十分理解されている。しかし、最近まで、単球とか マクロファージや樹状細胞を含む、骨髄系列中における発生がどのように起きるかはそれほど分かってはいなかった。Geissmann たち(p. 656)は、 骨髄系列の発生における現在分かっているレベルをレビューし、分化を促進するその発生上の経路と手掛かりについて述べている。(Ej,hE,nk)
Development of Monocytes, Macrophages, and Dendritic Cells
p. 656-661.

過冷水を氷結させる(Freezing Supercool Water)

平衡条件下では、水は0℃で氷結するが、ある条件下では、0℃以下で水は過冷却された液体の状態に保たれる。Ehreたち(p. 672)は光学顕微鏡とエックス線回折を結びつけて、正と負の各々の電荷に帯電させた焦電性物質、LiTaO3結晶やSrTiO3薄膜表面上での水滴の氷結について注意深く、かつ木目細かく研究した結果を表している:過冷却水は基板の帯電状態に依存して異なった温度で氷結し、正に帯電した基板上では最初の氷結は液体と基板の界面で起こり、負に帯電した基板上では最初の氷結は空気と水の界面で発生する。かくして、基板の帯電状態を負から正へ変えると、氷結は加熱することでもたらされる。(hk,KU)
Water Freezes Differently on Positively and Negatively Charged Surfaces of Pyroelectric Materials
p. 672-675.

パルサー星雲(Pulsar Wind Nebula)

パルサー風による星雲は、パルサーから放射された相対論的荷電粒子の風とそれらを取り巻く星間物質との間の相互作用の結果である。AGILE 衛星を用いて、Pelizzoni たち (p.663, 12月31日号電子版) は、1万年前の "ほ座" パルサー風がもたらした星雲からの、100Mevと3GeVの間に広がったガンマ線放射を検出した。この検出により、パルサーからの相対論的粒子の風や、そのエネルギー的な中身、及び取り巻く物質との相互作用についての拘束が課せられたことになる。それは、また、パルサー風による星雲は、いまだ同定されていない銀河系のガンマ線源の一部をなす可能性を示唆している。(Wt,SY)
Detection of Gamma-Ray Emission from the Vela Pulsar Wind Nebula with AGILE
p. 663-665.

量子状態を分ける(Splitting Quantum States)

量子ドット中のスピンや電荷状態を電気的に操作できれば、量子情報処理の構成要素(キュービット)の構築にとって魅力的な技術となる。Pettaらは(p.669; Burkardの展望記事参照)、対量子ドットのスピン一重項状態と三重項状態の擬交差が状態分離器として動作することを報告している。入力状態が交差領域を通過する際の速度を調節することで、一重項状態と三重項状態を分けることができる。量子状態を強力な局所磁場以外で制御できるため、量子集積回路に有用な技術である。(NK)
A Coherent Beam Splitter for Electronic Spin States
p. 669-672.

金属から絶縁体への遷移(Metal-Insulator Transition)

絶対温度がゼロ付近では、金属から絶縁体に遷移する物質があり、このような場合電子状態は導電状態から絶縁状態に変化する。有望なスピントロニクス物質である希薄磁性半導体(dilute magnetic semiconductor)のGa1-xMnxAsの場合、GaをMnで置き換えると金属から絶縁体への遷移が起きる。この遷移においては不規則性配列が明らかに重要な役目を持っているが、電子間の相互作用の影響については不明瞭なままである。Richardella たち(p. 665; および、Fieteとde Lozanneによる展望記事参照)は、走査トンネル顕微鏡を利用して、この系の電子状態を調べた。この局所電子状態の自己相関関数は、フェルミエネルギーにおいて、指数関数的減衰ではなく、べき乗則減衰を示した。このように、希薄磁性半導体を理解するには電子間相互作用が重要である。(Ej)

【訳注】希薄磁性半導体(dilute magnetic semiconductor)は強磁性と半導体の両方の性質を示す物質で、通常の半導体として電荷を制御できるだけでなく、量子力学的スピンも制御できる結果、次世代のスピントロニクスに重要な物質として注目されている。この物質は東北大学の小野秀夫たちが発見した。
Visualizing Critical Correlations Near the Metal-Insulator Transition in Ga1-xMnxAs
p. 665-669.

鉄不足(Ironed Out)

海洋のかなりの領域において、必須栄養素である鉄の低濃度により一次生産性が制限されている。鉄の化学と生物学的利用能は大きくpHに依存している。大気中CO2の濃度上昇により、海洋の酸性化が生じる。Shiたち(p. 676,1月14日号電子版:Sundaによる展望記事参照)は、海洋に溶解した鉄の生物学的利用能の割合が海洋のpH(珪藻や鱗鞭毛虫類による鉄の取り込みに影響を与える)減少の結果として減退する可能性を示している。海洋への鉄の投入が増加しなければ、これらの変化が植物性プランクトンの鉄ストレスに導くであろう。(KU)
Effect of Ocean Acidification on Iron Availability to Marine Phytoplankton
p. 676-679.

風に流されない(Not at the Mercy of the Wind)

早い速度で風が流れる高い上空を移動する昆虫たちは、昆虫たちが巻き起こす空気の速度よりも周りの風速の方が3倍あるいは4倍以上超えている場合、どのようにして移動方向に向けて進むことができるのであろうか?Chapmanたち(p. 682)は昆虫学用に自動化された垂直方向レーダーシステムを用いて、移動性の昆虫の間では地磁気を用いた適切な方向の追い風の選択や風向と横向きに飛んで移動方向を部分的に修正することは、広く見られる現象であることを示した。選択された方向へ向かう飛翔行動は、移動性昆虫の移動経路に対して決定的な影響を与えている。一般に信じられていることとは逆に、移動性昆虫は風のなすがままに移動するのではない。(TO,KU,nk)
Flight Orientation Behaviors Promote Optimal Migration Trajectories in High-Flying Insects
p. 682-685.

進化にピョン!(Evolutionary Hops)

動物にとって新しい環境に適応したり分散していくためには、種の特異的形質が必要である。ヒキガエルは広い分布を有する生態学的集団を形成し、短時間に極めて広大な地理範囲に分散していっている。現在のヒキガエルにおいて、どのような特異的形質が種の生態範囲に関連しているかを研究するために、Van Bocxlaerたちは(p.679;Pennisiによるニュース参照)、系統発生学的にヒキガエルの進化の歴史を再構築した。すなわち、ヒキガエルの地理的な生態範囲に関係する形態学的かつ生理学的な特異的形質に関する歴史である。ヒキガエルは生態範囲の拡大について、多くの有利な特異的形質を有する分散に理想的な表現型を進化させてきた。それは繁殖機会や体内の保水力を含めた特徴である。これらの変化がヒキガエルの生態範囲拡張に先行して生じたのである。(Uc,KU,nk)
Gradual Adaptation Toward a Range-Expansion Phenotype Initiated the Global Radiation of Toads
p. 679-682.

タンパク質複合体の協同現象(Complex Cooperativity)

多サブユニットタンパク質複合体の協同現象は、協奏的モデル、即ち総てのサブユニットが同時に高次構造を切り替えるというモデル、と逐次的モデル、即ちリガンドが結合するたびに或る一つのサブユニットが高次構造を切り替えるというモデル、のいずれかによって以前から理解されている。ごく最近になって、「高次構造の伝播」モデルにより、サブユニット間及びサブユニットとリガンド間の高次構造の結合が確率論的に生じていることを示唆している。高分解能の光学顕微鏡を用いて、Baiたち(p. 685;Hilserによる展望記事参照 )は、細菌鞭毛のスイッチ複合体に関する複数状態のスイッチングを観測したが、以前この鞭毛のスイッチングは協奏的なアロステリックモデルで理解されていたものである。この高次構造伝播モデルはデータとの定量的一致を与えている。(KU)
Conformational Spread as a Mechanism for Cooperativity in the Bacterial Flagellar Switch
p. 685-689.

3Dでの水泡性口内炎ウイルス(VSV in 3D)

ラブドウイルスは、狂犬病ウイルスを含むマイナス鎖RNAウイルスのファミリーであり、特徴的な弾丸形をしている。個々のラブドウイルスのタンパク質構造は報告されているが、どのようにして弾丸形状に組織化されているかは不明であった。Geたち(p. 689)は、ラブドウイルスのモデル系である水泡性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus:VSV)の低温電子顕微鏡による構造について報告している。変異体に関するその構造データと研究により、ウイルス粒子の構造組み立てに関するモデリングが可能となった。(KU)

【訳注】マイナス鎖RNAウイルス:負の極性を持つ一本鎖RNAを含むウイルスでRNAポリメラーゼを持っている。
Cryo-EM Model of the Bullet-Shaped Vesicular Stomatitis Virus
p. 689-693.

防護のための冗長性(Protective Abundance)

大量の反復配列は、ゲノムにとって一般に危険である。というのも、それは組換えを促進し、潜在的にゲノムの不安定さを増すからである。ところで、真核生物のリボソームRNA遺伝子(rDNA)は、高度に転写されているものだが、反復からなる大きなアレーへと組織化されており、また、そうした大きなアレーを維持するための或る系を備えている。こうした明らかな矛盾の根本を明らかにするため、Ideたちは、酵母においてrDNA反復の数を減らすと、DNA損傷に対するはっきりした感性がもたらされること、またそれは、重度のrDNAの転写が、損なわれたDNA複製フォークの修復を妨げているせいであることを発見した(p. 693)。rDNAの付加的コピーは、DNA修復を妨害する転写の能力を減少させるだけでなく、コンデンシンの作用を介して、複製によって引き起こされた損傷の組換えによる修復のための鋳型を提供してもいるのである。(KF)
Abundance of Ribosomal RNA Gene Copies Maintains Genome Integrity
p. 693-696.

検出か位置確定か(Detection Versus Localization)

能動的な感覚系は、動物に対して、周囲の環境から得られた情報に対するいくらかの制御を可能にしている。たとえば、反響によって相手の位置を判断しているコウモリは、そのソナー信号の使い方の多様な側面を制御していることで知られる。しかしながら、その感覚性データの獲得戦略は、いまだじゅうぶんには分かっていない。Yovelたちは、エジプトのフルーツコウモリ(Rousettus aegyptiacus)が、標準的な位置確定タスクの際には標的を直接ソナー・ビームで狙わないことを発見した(p. 701)。その代わり、そのコウモリはソナー・ビームの軸から少しはずれた、弱く広がった部分を標的に当てるのである。標的に近づくコウモリは、その位置の左右に対して、交互に音波を放出する。こうすると大抵の場合ソナー・ビームの強度変化の勾配が最大となる方向が標的の近くに位置づけられるのである。この反響定位法は標的の位置確定には理想的なものであるが、ビーム強度が最大となる軸をわざとはずすため標的検出感度が犠牲となる手法である。(KF,nk)
Optimal Localization by Pointing Off Axis
p. 701-704.

中心体が不要な軸索の再生(Centrosome-Free Axonal Regeneration)

ニューロンの軸索の伸長は、中心体上に微小管で構築された、古典的な微小管形成中心(MTOC)に依存していると考えられていて、そのMTOCは軸索の伸長を規定している可能性すらある。しかしながら、細胞体におけるニューロンの極性化や限局的な微小管核形成のそのような局所的引き金は、ニューロンに見られる洗練された微小管配列と調和させるのが難しいように見える。このたびStiessたちは、哺乳類ニューロンの中心体を物理的に切除することによって、軸索の伸長が非中心体性の微小管核形成によって制御されているという証拠を提示している(p. 704、1月7日号電子版)。この知見は、中心体がニューロンの発生の際にMTOCとしての機能を失うこと、また軸索の伸長は非中心化した微小管組立に依存していること、さらに、ニューロンの分化は機能的中心体がない状態で生じていること、を示唆するものである。(KF)
Axon Extension Occurs Independently of Centrosomal Microtubule Nucleation
p. 704-707.

薬剤耐性の伝播(Transmission of Drug Resistance)

HIVの薬剤耐性系統の挙動と、その変異や感染に関わる要因を理解することは、薬による治療効果を予測する上で極めて重要である。従来のモデルは、単に一種類の耐性系統の情報を得ることしかできない。そのためSmithたちは(p.697,1月14日号電子版)サンフランシスコからの実際のデータを用いて、一重・二重、そして三重(3種類のHIV薬剤)抵抗性のHIV系統の感染を考慮できるモデルを検討した。耐性菌に感染した多数の人々は、一人以上の別の人に感染させることができる:薬剤耐性ウイルスによる大感染の引き金となるかもしれないシナリオである。世界保健機関による世界各地での診断と治療に関する戦略が発表されるとき、この研究から得られた知見は、資源の豊かな国におけるHIV感染や治療だけでなく、様々な事例に応用していくことが可能である。(Uc,KU)
Evolutionary Dynamics of Complex Networks of HIV Drug-Resistant Strains: The Case of San Francisco
p. 697-701.

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