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Science January 15 2010, Vol.327


寄生バチのゲノム(Parasitoid Wasp Genomes)

宿主となる昆虫を餌食にし、しかも宿主の体内で繁殖する寄生バチ(Parasitoid wasp)は、植物と草食動物との相互作用において重要な役割を果たしており、生物による有害生物種の制御における価値ある手段を提供しうる。Nasoniaゲノム研究グループは3つの密接に関連した近縁種のゲノムを提示している(p. 343; またPennisiによるニュース記事参照のこと)。Nasonia vitripennisと、N. giraulti、N. longicornisの3種である。そこでの知見は、種分化に影響を与える可能性のある核-細胞質不適合成の原因となりうる、宿主と内部共生体の間の急速な進化を示している。(KF)
Functional and Evolutionary Insights from the Genomes of Three Parasitoid Nasonia Species
p. 343-348.

トゲウオにおける順応性腰帯損失(Adaptive Girdle Loss in Sticklebacks)

別々のトゲウオの集団で観察される、腰帯(pelvic girdle)で繰り返された縮小が例証する表現型順応は、分子の変化によって、いかにして生じたのだろうか? このたびChanたちは、骨格のこの重要な適応を制御している特異的DNA変化を同定した(p. 302,12月10日号電子版)。骨盤の表現型を制御している鍵となる部位は、組織特異的な骨盤の転写促進因子である下垂体ホメオボックス転写制御因子1遺伝子の、上流の非翻訳調節領域にマップされる。複数の集団が、この領域での欠失を独立に示し、促進因子の機能が不活性化されていた。促進因子を再導入すると、骨盤が縮小したトゲウオにおいて骨盤の発生が回復された。(KF)
Adaptive Evolution of Pelvic Reduction in Sticklebacks by Recurrent Deletion of a Pitx1 Enhancer
p. 302-305.

惑星の産婆術(Planetary Midwifery)

星が形成されて後に残された物質から惑星は作られる。太陽とは違って、多くの星は連星系の一員である。Mayama たち (p.306, 11月19日号電子版) は、ハワイのすばる望遠鏡に搭載されたコロナグラフで撮影された、若い連星系の周りの原始惑星円盤の赤外線画像を発表している。各円盤は、その中心星の周りに明確に見ることができる。そして、数値シミュレーションとの比較から、一つの円盤から他の円盤へのガスの流れが存在するであろうことを示している。この潜在的なガスの流れの特性は、連星系のどこで惑星が形成されたかを決定する上で重要である。(Wt)
Direct Imaging of Bridged Twin Protoplanetary Disks in a Young Multiple Star
p. 306-308.

ネットワークが原因(It's the Network)

水滴エアロゾル中の閉じられた空間で、低分子やイオンの反応が頻繁に起こっている。Relphらは(p.308; SiefermannとAbelの展望記事参照)溶媒和ニトロソニウム(NO+)から亜硝酸(HONO)への変化において、水クラスターの構造が及ぼす影響を詳細に調べた。その反応過程においては、1つの水分子との(O)N-O(H) 結合形成があり、同時に周囲の水分子へのプロトン移動が起こるという。この電荷移動を容易にし、結果ととしてその反応の促進において、周囲の水分子の特定のネットワーク構造が他のどれよりも遥かに強く影響していることが、振動分光と理論シミュレーション解析により示唆されている。(NK,KU)
How the Shape of an H-Bonded Network Controls Proton-Coupled Water Activation in HONO Formation
p. 308-312.

代替え可能なHeck反応(Heck of an Alternative)

Mizoroki-Heck反応はオレフィンとアレンのような不飽和炭素フラグメントを結合するために広く有機合成に使われている。しかしながら、この反応の弱点の一つは、ハロゲンのような反応基を前もって試薬の一つへ付加しなければならないということである。Wangたち(p. 315,11月26日号電子版)は、オレフィンを直接アリール酸へ結合する代替え可能なパラジウム-触媒反応について発表している。反応媒体に添加される酸素により、結合部位でのアリールC-H結合が同時に酸化され、事前のハロゲン化の必要性を除いている。アミノ酸-由来のリガンドの導入により、反応が起きるアリール部位が調整され、効率的な反応が多様な範囲の基質で実現される。(hk,KU)
Ligand-Enabled Reactivity and Selectivity in a Synthetically Versatile Aryl C-H Olefination
p. 315-319.

メタンの生成量を測定する(Measuring Methanogenesis)

メタンは二酸化炭素の次に重要な温室効果ガスであり、大気における化学的役割から見て重要な化学種である。特に、天然のメタンの発生源と貯蔵庫はほとんど定量化されてないのが現状であるが、大気中のメタン濃度が何十年も定常的な増加傾向にあったものが、1999から2006年にかけて、この傾向が何故乱れたか、その理由さえ判ってない。Bloom たち (p. 322) は、地下水面の深さと表面温度を計測した人工衛星のデータと大気中のメタン濃度を組合せて、地球上最大の天然のメタン発生源である湿地帯からの大気中へのメタン放出のその場所と強度を決定した。これら発生源の存在する地理的条件は、気候変動が湿地からのメタンの発生量にどう影響するかについての予測を改良するのに役立つに違いない。(Ej,KU)
Large-Scale Controls of Methanogenesis Inferred from Methane and Gravity Spaceborne Data
p. 322-325.

ナノ多孔性の金触媒によるメタノールのカップリング反応(Methanol Coupling Catalyzed with Gold)

金の表面は部分酸化反応における効果的な触媒であり、金表面に吸着した分子の弱い相互作用力により、好ましくない更なる酸化反応が起こる前に生成物が脱着する。この反応における挑戦課題の一つは、金表面での酸素分子の解離反応が低く、反応性の酸素原子を形成する割合が低いことである。Wittstockたち(p. 319;Christensen and Norskovによる展望記事参照)は、金-銀の合金から銀を溶解させることでナノ多孔性の大きな表面積を持つ金触媒を作った。この触媒はメタノールの部分酸化カップリング反応によりメチルギ酸塩を作る効率的な触媒であることが明らかになった。金触媒中に残留している銀が酸素分子の解離の活性化に重要な役割を果たしているらしい。(KU)
Nanoporous Gold Catalysts for Selective Gas-Phase Oxidative Coupling of Methanol at Low Temperature
p. 319-322.

捕食者回避戦略(Predator Avoidance Strategy)

鳥の渡り行動に影響する選択圧には、食料入手可能性、寄生虫や病原体からの重圧、そして捕食されるリスク等がある。これらの影響のうち捕食リスクの重要性が、McKinnonたちによって明らかにされた(p.326;Gilg とYoccozによる展望記事参照)。McKinnonたちは、北極圏で巣を作る鳥の繁殖に関して、長距離の渡り行動がもたらす利益について実験的な解析結果を報告している。カナダ北極圏を横切って南北方向に3350kmにわたって捕食リスクの影響を評価した結果、巣の卵を捕食されるリスクは高緯度になるに従い減少することが分かった。このように、渡り鳥が極北に渡り行動を行うことは、捕食リスクを減らすという形で繁殖行動に利益をもたらしているのかもしれない。(Uc,nk)
Lower Predation Risk for Migratory Birds at High Latitudes
p. 326-327.

銅クラスターを標的に(Targeting Copper Clusters)

テトラチオモリブデン酸塩(TM)は銅を除去する薬剤であり、銅依存性の病の治療において潜在的な可能性を持っている。Alvarezたち(p. 331,11月26日号電子版)は分光学的、及び構造的な研究を行い、TMが酵母の銅シャペロンAtx1をTM-Cu-Atx1複合体を作ることで抑制していることを示している。この複合体はイオウにより銅-モリブデンの架橋したクラスターにより安定化している。クラスターの形成により、シャペロンから標的酵素への銅の移動が妨げられる。この結果は、金属反応経路を標的とする薬剤開発の基礎を与えるものである。(KU)
Tetrathiomolybdate Inhibits Copper Trafficking Proteins Through Metal Cluster Formation
p. 331-334.

停止すべきか、停止せざるべきか(To Stall or Not to Stall)

哺乳類やショウジョウバエに関する最近の研究から、RNAポリメラーゼIIはメッセンジャーRNA合成を開始した直後に頻繁に停止することが判明してきたが、これが遺伝子の適正な発現に重要であることが分かってきた。このポリメラーゼの停止にはいくつかのタンパク質因子が関与していることが分かってきたが、このプロセスでのDNA配列の役割は不明なままであった。今回、 Nechaev たち(p. 335,および、12月10日号電子版参照)は、多くの遺伝子において、初期に転写される配列はポリメラーゼの伸長を停止させるような信号を含んでいることを報告した。このように、遺伝子の発現には、プロモータ隣接域の停止を誘導するDNAシグナルと、その期間を変化させるタンパク質因子の組合せによって制御されているのかも知れない。(Ej,hE)
Global Analysis of Short RNAs Reveals Widespread Promoter-Proximal Stalling and Arrest of Pol II in Drosophila
p. 335-338.

鰐の呼吸(Alligator Breath)

鳥が肺の中で空気の流れが一方向きとなる機構を有しているのは空を飛ぶという特別な行動のためとされてきた。しかしながらFarmerとSandersは(p.338)、哺乳類が換気二相系の機構を有する肺を持っているのに対して、この一方向かつ殆ど絶え間の無い空気の流れは鰐の肺の部位にも見出される、という証拠を示している。肺と気管構造を分析することによって、鰐と鳥の肺の相似性について比較検証がなされた。その結果、鳥の肺の独特の特徴が生じたのは、恐竜や鳥類の系統から鰐の系統が分岐する以前であったことが示された。(Uc,nk)
Unidirectional Airflow in the Lungs of Alligators
p. 338-340.

ArtemisiaのArt(The Art of Artemisia)

蚊というベクターを介して伝播されるマラリア寄生虫が抵抗力を発達させるにつれて、従来有効だったマラリア制御の仕組みはうまくいかなくなり始めている。植物産物アルテミシニン(artemisinin)に基づく併用療法が、その有望な代替手段である。Grahamたちはこのたび、アルテミシニンの由来となっている植物、青蒿(Artemisia annua)の遺伝子地図を開発した(p. 328; またMilhousとWeinaによる展望記事参照のこと)。この結果は、マラリアとの闘争においてますます重要になるこの天然物の農業生産性改善の基礎を築くものである。(KF)
The Genetic Map of Artemisia annua L. Identifies Loci Affecting Yield of the Antimalarial Drug Artemisinin
p. 328-331.

インテグリン G タンパク質(Integrin G Protein)

インテグリンとして知られる接着分子は細胞表面に見られる。インテグリンが細胞外基質の成分に接着すると、インテグリンは受容体として機能し、細胞内の情報伝達を開始させる。Gong たち (p. 340)は、インテグリンが働く理由の一部は、G13と称するシグナル伝達タンパク質とパートナーを組むことで実現していることを示した。このようなグアニンヌクレオチド-結合タンパク質のヘテロ三量体のサブユニットは、Gタンパク質共役受容体の大きなクラスから情報伝達することが良く知られているが、インテグリンと一緒になって働くことは知られてなかった。G13はインテグリンIIbβ3 と直接相互作用し、細胞の伸展(cell spreading)を制御する情報を伝える。(Ej,hE)
G Protein Subunit Gα13 Binds to Integrin αIIbβ3 and Mediates Integrin "Outside-In" Signaling
p. 340-343.

行動のプロファイリング(Behavioral Profiling)

脳の複雑さは、薬物が動物の行動にどのように影響するのかを、直接検査をしないで推測することを困難にしている。Rihelたち(p. 348)は効率の良い分析法を開発し、ゼブラフィッシュ幼魚の睡眠/覚醒行動に対して数千の薬物の効果を評価した。そのデータセットは、ゼブラフィッシュと哺乳類の睡眠/覚醒に関する薬品作用(pharmacology)の広範囲な維持(broad conservation)を明らかにし、そして睡眠を調整する伝達経路を見出した。その上、ほとんど特性が知られていない小分子(small molecule)の生物的標的が、それらの行動プロファイルと既知の薬物特性との照合により推定することができる。これにより、ゼブラフィッシュの行動プロファイリングは、向神経活性の薬物の特性を調べるための、かつ新規の化合物の生物的標的を推定する費用対効果の高い方法を提供する。(TO)
Zebrafish Behavioral Profiling Links Drugs to Biological Targets and Rest/Wake Regulation
p. 348-351.

空気からシュウ酸塩を作る(Oxalate from Air)

過剰な大気中二酸化炭素のその結果に関する関心の高まりにより、二酸化炭素をより有益な化合物の合成に用いる方法が必要とされている。水酸化物の塩との反応により炭酸塩を作る反応はかなりクリーンに反応が進むが、カルボン酸やエステル、及びアルコールを作る還元反応はむしろ非選択的反応となることが多い。Angamuthuたち(p. 313;Serviceによるニュース記事参照)は、銅錯体が二酸化炭素の還元的カップリング反応によりシュウ酸塩を作る際に極めて選択的反応であることを示している。この反応は、通常は遥かに強い電子受容体である過剰な酸素の存在下においてさえ、配位的電子移動によって生じる。シュウ酸塩をリチウム塩として沈殿させ、そして銅錯体を電気化学的に再び還元することで、予備的な実験ではこの触媒作用のサイクルは6回繰り返せることが実証された。(KU)
Electrocatalytic CO2 Conversion to Oxalate by a Copper Complex
p. 217-220.

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