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Science November 11, 2005, Vol.310


内部では増大(Bigger in the Middle)

現在、グリーンランド氷床の外辺部に沿って急激な薄氷化が起こっているが、グリーンランド内陸部の反応を正確に測定することはより困難であった。Johannessenたち(p.1013, 10月20日オンライン出版)は、1992年から2003年までに人工衛星から観測された膨大な数の氷床の標高測定(4500万ポイント)を収集した。広大な内陸部の氷床は年間平均約5センチ厚みが増加しており、積雪速度の増加がおもな原因である。著者らは、この増加が冬季降水量における北大西洋振動(North Atlantic Oscillation)の結果によると示唆している。氷床の質量収支(mass balance)の変化を予測するときには、この影響を注意深く考慮しなければならない。なぜなら、北大西洋振動の振舞いもまた地球温暖化に依存していると考えられるからである。(TO)
Recent Ice-Sheet Growth in the Interior of Greenland
p. 1013-1016.

オキソを上に、イオウを下に(Oxo Above, Sulfur Below)

システインのイオウが鉄に配位することで、チトクロムP450酵素による炭化水素の酸化選択性に影響していると思われる。しかし、反応メカニズムを詳細に解明するための小さなモデル化合物を構築するのが難しい。なぜなら、タンパク質のスカホールド(足場骨格材料)が無いと、酸化環境においてはイオウのリガンドは不安定だからだ。Bukowskiたち(p.1000, published online 27 October)は、修飾されたシクロテトラデカン(cyclotetradecane)リガンドを使って鉄複合体を用意したが、これはヘム(heme)のように4配位の窒素原子を持っているだけでなく、金属の近くに強く結合しているチオラート(thiolate)基がぶら下がっている。メスバウアーとx線吸収分光学から、この分子が低温ではFe=O結合を作っているが、オキソ基の反対側に配位したイオウを保持していることが確認された。イオウ結合鉄オキソは、イオウリガンドをもたない類似の化合物と比べて、2電子酸化反応よりも1電子酸化反応を好む。(Ej,hE)
A Thiolate-Ligated Nonheme Oxoiron(IV) Complex Relevant to Cytochrome P450
p. 1000-1002.

HOOPによりレチナールの異性化反応を見る(Looking Through HOOPs)

視覚応答の分子的トリガーは光によるロドプシンのレチナール発色団のシス-トランス異性化反応であり、この反応は1ピコ秒以内で生じる。Kukuraたち(p.1006;Championによる展望記事参照)はフェムト秒の励起ラマン分光法を用いて、このプロセスにおいて何時どの原子が移動しているのかを調べた。彼らの手法は高い時間と周波数の分解能を同時に与えるもので、異性化の起こるアルケン基の回りの水素の面外変角運動(hydrogen out-of-plane:HOOP)によるコヒーレントなスペクトル線をモニターしている。このデータのモデル化により、彼らは急速なる(100フェムト秒以下)電子緩和の過程と、その後に続く800フェムト秒に渡って生じる歪んだレチナール骨格の緩和したトランス構造への捩じれが起こっている証拠を見出している。(KU)
Structural Observation of the Primary Isomerization in Vision with Femtosecond-Stimulated Raman
p. 1006-1009.
CHEMISTRY:
Following the Flow of Energy in Biomolecules

p. 980-982.

遷移の強制(Transitional Forcing)

中期更新世期間中に、特徴的な氷河期周期の長さが、41,000年から100,000年に変化した。これまで、その遷移を引き起こした可能性のあるものについて、また、高緯度、および、低緯度のプロセスのそれぞれの役割について、多くの推測がされてきている。Medina-Elizalde と Lea (p.1009, 10月13日のオンライン記事として発行された) は、現在から130万年前と45万年前との間の、西部赤道近傍の太平洋における高海水温域での海表面温度(sea surface temperature SST) 履歴を復元した。中期更新世期間において、SST 変動の周期性が41,000年から100,000年に入れ替わり、この遷移の期間中、熱帯の SSTの変化は陸上の氷の体積変化に先行するものであった。著者たちは、大気の温室効果ガスによる温暖化促進がこの時代の気候の周期性転換の原因であったと結論付けている。(Wt)
The Mid-Pleistocene Transition in the Tropical Pacific
p. 1009-1012.

気候変動と古代植物分布域(Climate Change and Ancient Plant Ranges)

合衆国のワイオミング州で得た植物化石群を使い、Wingたち(p.993, 表紙参照)は、暁新世-始新世境界(Paleocene-Eocene boundary,5580万年前)の地球温暖化が植物種の地理的分布域(geographic range)に急激な変化を引き起こしたことを示している。これらの分布域シフトは、進度や大きさにおいて、より最近に起こった氷河期後の植物相における気候誘導の変化とよく似ている。こうした短期間(<10000年)での生態系の変化は、深い年代記録(deep-time records)の中で過渡的な事象を分解することが困難であるため、現れることは稀であった。この化石群は、気候変化に対する”利己的な”種の反応 (第四紀の花粉記録(quaternary pollen records)の調査の結論と類似する)と、そして深い年代記録において見られる種の組成の"静止(stasis)"は、劇的な地質学的短期間の事象を隠していることを示している。(TO)
Transient Floral Change and Rapid Global Warming at the Paleocene-Eocene Boundary
p. 993-996.

一つずつ(Piece by Piece)

ヨウ素で表面を覆った金表面への様々なチオフェンモノマーからのオリゴマーの電気化学的な集合体の形成が、Sakaguchiたち(p.1002)により走査トンネル顕微鏡(STM)でもって可視化された。このポリマーは、溶液中のモノマーに電圧パルスを基板に印加することで金表面上に成長してくる。3-オクチルオキソ-4メチルチオフェンから作ったホモポリマーは低いエネルギーギャップを持ち、STM像では3-オクチル-4メチルチオフェンのそれよりもブロードな特徴を示している。この手法を用いると、表面に形成される種々のタイプのコポリマー鎖を識別することができる。(KU)
Direct Visualization of the Formation of Single-Molecule Conjugated Copolymers
p. 1002-1006.

空腹ホルモンと闘う?(Dueling Hunger Hormones?)

グレリンは胃で作られる血中ペプチドホルモンであるが、食物摂取に対するその刺激性作用のために非常に注目を集めている。しかしながら、グレリンの作用は一連のストーリーの半分しか示していないかもしれない。バイオインフォマティクス的手法を使用して、Zhangたち(p. 996;NogueirasとTschoepによる展望記事を参照)は、グレリンがグレリンと同一のタンパク質前駆体からプロセッシングされる第二のペプチドホルモンをコードすることを示した。げっ歯類において、このホルモンの合成化合物、オベスタチン(obestatin)はグレリンとは正反対の生理学的作用を有する--すなわち、食物摂取を抑制する。オベスタチンはグレリンにより標的化される受容体とは異なる分子ではあるが、配列を共有するオーファンGタンパク質-結合型受容体、GPR39を介してその作用を媒介する。(NF)
Obestatin, a Peptide Encoded by the Ghrelin Gene, Opposes Ghrelin's Effects on Food Intake
p. 996-999.
BIOMEDICINE:
Separation of Conjoined Hormones Yields Appetite Rivals

p. 985-986.

複雑系のモデリング(Modeling Complexity)

単純なモデルでは、生態系や市場経済といった複雑系を十分に予測したり、説明することの出来ない場合が多い。しかしながら、複雑な機構モデルではテストが難しく、かつ数学的に十分に解析する事が出来ない。Grimnたち(p.987)は、彼らがpattern-oriented modelingと呼ぶある手法の一つに関するシュミレーションモデリングの最近の幾つかの進展に関してレビューしている。この手法は複雑系に関する説明(explanatory)モデルを設計したり、開発する際の一般的な方法である。pattern-oriented modelingは様々なレベルの組織における複数の観測された生態学的パターンを予測する事が出来る。この手法はいずれかのモデル構造を識別したり、最も重要なパラメータに重点を置いたり、可能であればモデルを単純化するのに利用できる。(KU)
Pattern-Oriented Modeling of Agent-Based Complex Systems: Lessons from Ecology
p. 987-991.

主として文化的遺産を(Mainly a Cultural Legacy)

現代ヨーロッパ人が、40,000年に渡り大陸で生活している旧石器コミュニティーの人々の末裔であるのか、それとも10,000年前の最も近い氷河期が過ぎてからヨーロッパに到達した新石器時代農耕民族の末裔かという問題は、考古学的なDNA配列データからも現代のDNA配列データからも解決されていない。Haakたち(p.1016;Balterによるニュース記事を参照)は、ヨーロッパ中部の幾つかの場所から(ドイツ、オーストリア、ハンガリー)発掘された7500年前の新石器時代人の遺体化石由来のミトコンドリアDNA配列データをもとに、初期の農耕民族が現代のヨーロッパ人の遺伝的プロファイルにどの程度関与しているかを調べた。現代ヨーロッパ人には、今や稀である配列が存在することから、初期新石器時代の農耕民族は遺伝的遺産をほとんど残しておらず、彼らの残した影響は、主として文化的なものであったことが示唆される。(NF)
Ancient DNA from the First European Farmers in 7500-Year-Old Neolithic Sites
p. 1016-1018.

TNF-αの相互作用を標的に(Targeting TNF-a Interactions)

前炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子-α(TNF-α)はリウマチ性関節炎、クローン病、および乾癬などの疾患において役割を果たしている。TNF-αはTNF受容体に結合して、炎症反応を活性化するホモ三量体を形成する。TNF-αに対する抗体、または可溶型受容体に対する抗体は治療的に有効であるが、タンパク質-タンパク質相互作用を標的とする論理的に設計された低分子薬も有用であろう。Heたち(p. 1022)は、TNF-α三量体を分解することにより機能する低分子阻害剤について報告している。阻害剤は無傷の生物学的に活性な三量体に結合し、サブユニットの分解を促進し、そしてTNF-αサブユニットの二量体と複合体を形成する。(NF)
Small-Molecule Inhibition of TNF-α
p. 1022-1025.

HIVスパイクについての詳細な見方(Detailed View of the HIV Spike)

ヒト免疫不全症ウイルス(HIV)のエンベロープスパイクには、細胞へのウイルスの浸入を促進する3つのgp120糖タンパク質が含まれている。リガンドの無いCD4受容体に結合したgp120の構造は、重要な洞察を提供してくれてきたけれども、補助受容体結合にとって決定的な免疫優勢の3番目の可変領域(V3)を欠いていた。Huangたちは、HIV-1の一個のgp120コアがCD4受容体とX5抗体と複合体を形成する前後でのV3の構造を3.5オングストロームの分解能で決定した(p. 1025)。この構造は、V3が中和とHIVの侵入という2つの役割をいかにして果たしているかについての理論的根拠を提供するものである。(KF,hE)
Structure of a V3-Containing HIV-1 gp120 Core
p. 1025-1028.

成長のとき、刈り入れのとき(A Time to Grow, A Time to Crop)

オオムギは、北極圏から亜赤道帯の砂漠様の地域まで広い範囲で成長する、非常に適応力のある穀物である。オオムギの成功は、光周期の変化に対して多様に応答できる多岐にわたる系統があることにその理由の一端がある。Turnerたちはこのたび、オオムギのPpd-H1遺伝子を同定し、それが概日性時計と季節性の光周期によって協調的な開花の制御に関与していることを発見した(p. 1031)。オオムギの春変種は、開花を遅らせるこの遺伝子の変異により光周期への応答性の弱まりを示す。代わりに、この植物はより多くの粒を産生するのに必要な養分を貯える。(KF)
The Pseudo-Response Regulator Ppd-H1 Provides Adaptation to Photoperiod in Barley
p. 1031-1034.

実時間での光化学系分析(Real-Time Photosystem Analysis)

光合成によって、水からO2が生成されるが、この反応において、光システムII と呼ばれるマルチポリペプチド(multipolypeptide)複合体が重要な働きをする。光合成中、光システムIIのタンパク質に結合するテトラマンガン複合体において、O2は進化を遂げる。古典モデルでは、O2はSサイクルと呼ばれる5段階のマンガン複合体の酸化状態を経るが、そのうち、4つの中間状態しか実験では確かめられていない(S0状態からS3状態へ)。 S3からS0への遷移の間に二酸素O2が形成されるが、予想されるS4中間遷移状態については議論が多かった。Haumann たち(p. 1019;Penner-Hahn and Yocumによる展望記事参照) は、時間解像度を有するx線実験によって実時間で光合成によるO2の産生をモニターした。その結果、彼らは、S4の中間状態を同定したが、以前の提案とは異なり、電子移動というよりは脱プロトンによって中間状態が生まれた。(Ej,hE)
Photosynthetic O2 Formation Tracked by Time-Resolved X-ray Experiments
p. 1019-1021.
BIOCHEMISTRY:
The Photosynthesis "Oxygen Clock" Gets a New Number

p. 982-983.

炭素貯蔵のモデル森林(A Model Forest of Carbon Storage)

植生による炭素貯蔵の潜在力は、気候温暖化の正確なモデリングにとってきわめて重要である。Bunker たちは、樹木の種の組成が熱帯性の森林における大気中炭素の貯蔵ないし隔離の潜在力を支配している、という証拠を提供している(p. 1029;10月20日にオンライン出版)。この研究は、パナマの雨林における樹木の種の形質に基づいたさまざまな組み合わせが失われた場合についてのコンピュータ・シミュレーションを用いて、種の組成が炭素貯蔵パターンにいかに影響を与えているかを明らかにしようとしたものである。様々な消滅シナリオは炭素貯蔵についての広範な結果に帰着したが、種の損失が進行するにつれて、炭素貯蔵量の可変性が一般的に増加した。機能の多様性がより高くなるような管理オプションを用いれば、炭素貯蔵量の予測性は高まることになる。(KF)
Species Loss and Aboveground Carbon Storage in a Tropical Forest
p. 1029-1031.

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