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Science July 8, 2005, Vol.309


量子ドット対の間の結合を探る(Probing Coupling Between Quantum Dot Pairs)

結合した2個のドットの系の、2個の電子間の交換結合の操作はスピンに基づく量 子コンピューティングの基本概念のひとつである。ひとつのドット上に電子を置く ことは、帯電エネルギーに影響を与え、それゆえ、他のドットの密度の動態に影響 する。しかしながら、これらのエネルギーは、これまで、実在の二重ドットデバイ スでは十分に研究されていなかった。Hatano たち (p.268) は、垂直-横型ハイブ リッド二重ドットデバイスを用い、電子のトンネリングに関する実験と理論とを並 行的に述べている。左右のドットにおける電子状態の配置はゲートによりチューニ ング可能であるが、この配置に依存して、追加の電子は、どちらかのドットに局在 化したり、あるいは、両者間に非局在化することができる。ここで提示された二つ の量子ドットの系は、結合した量子ドットを用いた量子情報処理を実際に行うため の有用な情報を与えてくれるであろう。(Wt)
Single-Electron Delocalization in Hybrid Vertical-Lateral Double Quantum Dots
p. 268-271.

ナノフェーズと電子の相互関係(Nanophases and Electron Correlations)

遷移金属酸化物の高温超伝導と巨大磁気抵抗現象といった最も興味深い物性現象の 幾つかは、強い相関電子を持っている物質に現れる。さらに加えて、これらの物質 は、しばしば空間的に不均質なナノスケールの相を示す。Dagotto (p. 257)は強相 関系に関する最近の研究をレビューし、競合する相の相互作用からの新たな振舞い が生じる他の複雑系に、この強相関系物質が似ていることを主張している。これら の相互作用の理解とこれらの物質への複雑なパターン形成の制御により、新たな機 能特性の出現が可能になるであろう。(hk)
Complexity in Strongly Correlated Electronic Systems
p. 257-262.

微小なガラス建造物(Tiny Glass Engineers)

天然で利用できる材料は限られているため、建造物に理想的な建築材料を使うわけ には行かないことが多い。その代わりに、生物はこれらの材料固有の欠点を補完す る工夫を発達させている。Aizenbergたち(p. 275; Curreyによる展望記事参照)は、 深海の堆積物中に生活する、主にガラス物質からなる海綿の鉱物性骨格を観察し た。カゴ状の骨格を持つEuplectellaは、壊れやすいガラスの性質を克服するため に、様々な工学的工夫を加え、ナノレベルからマイクロメートルレベルまでの7層の 階層的手法を利用して、この課題を克服した。(Ej,hE,nk)
Skeleton of Euplectella sp.: Structural Hierarchy from the Nanoscale to the Macroscale
p. 275-278.
MATERIALS SCIENCE:
Hierarchies in Biomineral Structures

p. 253-254.

C60を噛み切る(A Bite Out of C60)

初め驚くべきものと見えたC60の安定性は、その骨格構造における5員環 と6員環の整然とした配置により説明された。C70といったより大きなク ラスターも作られているが、より小さな構造体の多くは骨格構造に7員環といったよ り大きな環が必要となる。この大きな環による歪みにより、この種の化合物の効率 的な合成を困難にしている。Troshinたち(p.278)はセシウム鉛オキシフルオライド 塩に基づくフッ素化試薬を用いて、C60を550℃での加熱によりミリグラ ム量の不明瞭なC58クラスターを合成した。二つの単離された化合物 C58F18とC58F17CF3は 質量分析、赤外分光および核磁気共鳴装置により構造解析された。それらのデータ は7員環を含む閉じた骨格構造を示している。(KU,nk)
Isolation of Two Seven-Membered Ring C58 Fullerene Derivatives: C58F17CF3 and C58F18
p. 278-281.

動く電子を局在化する(Moving Electrons Locally)

金属の伝導性は非局在性のバンド構造によって理解されているが、ポーリングに よって提案され、アンダーソンによって修正された別の伝導モデルによると、中性 種とイオン対の間を行き来する共鳴原子化結合(RVB: resonating valence bond)の 形成によっても伝導性が生じることが示唆されている。Palたち(p.281)は、中性の フリーラジカルであるスピロビフェナレニル分子に基づく分子固体を作った。この 物質は高い伝導性(0.3siemens per centimeter)を示し、拡張ヒュッケル法と磁化 率の測定から、 この物質が金属性で、かつバンドギャップが存在しないことを示し ている。しかしながら、伝導性はわずかに活性化され(活性化のエネル ギー:0.054eV)、電子スペクトルでは0.34eVというエネルギーギャップを示してい る。著者たちは、これらの特性がこの物質をMott型絶縁体と考えることで説明でき ると論じている。Mott型絶縁体の伝導性はイオンラジカルの有機伝導体と異な り、RVBの基底状態によって出現する。(KU)
Resonating Valence-Bond Ground State in a Phenalenyl-Based Neutral Radical Conductor
p. 281-284.

オーストラリアに人間の移住した証拠(Australian Entry Evidence)

オーストラリアで長期間の気候や環境を示す証拠を得ることは困難である。ここに 人間が到達したのは、約5万年前であり、これは放射性炭素による測定限界に当た る。人間の到達が、オーストラリアに特徴的な巨大動物の滅亡と関連しているのか どうかが議論されてきた。Millerたち(p. 287; Johnsonによる展望記事参照)は、 別々の3箇所における、ダチョウに似たエミュの卵殻と有袋動物であるウォムバッ ト(wombat)の歯の安定な炭素同位元素に基づいて、14万年にわたる古代植生の記録 を得た。この記録によると、人間が到達したといわれる直後から、エミュとウォム バットは草ではなく、より多くの潅木を食べざるを得なくなっていた。(Ej,hE)
Ecosystem Collapse in Pleistocene Australia and a Human Role in Megafaunal Extinction
p. 287-290.
ANTHROPOLOGY:
The Remaking of Australia's Ecology

p. 255-256.

より温かくなった海洋からの警告(A Warning from Warmer Oceans)

海洋観測から、過去50年間に、すべての海洋の上層部温度が上昇しているが、これ は、大量の熱を吸収した場合に初めて可能となることである。Barnettたち(p. 284, Hegerl と Bindoffによる展望記事参照)は、各海洋ごとに温暖化のパターンを調 べ、その上昇量、場所、時間や観測された特徴を説明する物理モデルについて考察 した。その結果、大気の温室効果ガスの増加による強制放射が原因として含まれる 場合のみ、2つの気候モデルがこの温暖化パターンを精度良く再現した。(Ej,hE)
Penetration of Human-Induced Warming into the World's Oceans
p. 284-287.
OCEAN SCIENCE:
Warming the World's Oceans

p. 254-255.

プロフェッショナルな細胞は他にもあった(Expanding the Professional CellStaff)

抗原提示細胞(APCs)は、タンパク質を消化し、得られたペプチド断片を一組の刺 激性分子と共にγδT細胞受容体(TCR)系列の細胞に提示し、対応する感染を除去す る様に準備を整え、武装した活性化T細胞を産生する。ほんの数種類の細胞型が強力 な"プロフェッショナル"APCsとして知られており、まさにその頂点に位置するのが 樹状細胞(DCs)である。Brandesたち(p.264、2005年6月2日にオンライン出 版;ModlinとSielingによる展望記事を参照)はここで、この枠組みを拡張し、TCR を有するが従来にはないヒトT細胞の小集団を含むようにした。これらの細胞は微生 物刺激に対して活発に反応し、細胞培養において反応する様に誘導された場合、 様々な型の抗原のそのγδT細胞対応細胞への提示が非常に効率的になった。この細胞 は、DCsと同一の細胞構成成分に抗原を提示しているらしく、対応する一連の刺激性 分子とホーミング分子を亢進制御していた。T細胞は生得性免疫に対して直接的に寄 与すると同時に、適応性免疫応答の重要な扇動者を意味する可能性がある。(NF)
Professional Antigen-Presentation Function by Human gd T Cells
p. 264-268.
IMMUNOLOGY:
Now Presenting: γδ T Cells

p. 252-253.

レイアウトを調節する(Controlling the Layout)

陸生植物の適応と進化の成功は、水分喪失を最小限にしながら光合成および呼吸の ための効率的なガス交換を可能にする、という気孔複合体を獲得したことに依存す る。高等植物の表皮において、気孔複合体は非対称性の細胞分裂を繰り返して、前 駆細胞から作為的に分化する。Shpakたち(p. 290)はここで、細胞増殖および器官 成長を促進することが知られているシロイヌナズナ、ArabidopsisのERECTAファミ リーに属する3種のロイシンリッチな受容体様キナーゼが気孔のパターン化を調節す るために、重複はするが別個の役割を果たしていることを見いだした。このシグナ ル伝達経路の複雑性は、中程度の効果の相互作用により、どのようにして発生過程 において異なる結果が導かれるのかを示している。(NF)
Stomatal Patterning and Differentiation by Synergistic Interactions of Receptor Kinases
p. 290-293.

次の春はいつ?(When It's Spring Again)

植物は、どのようにして春の訪れを知るのだろう?Imaizumiたち(p. 293)はここ で、植物が日長の増加に反応するため、関与している興味深い細胞内シグナル伝達 過程に関するいくつかの分子の詳細を追加的に明らかにした。日長が長くなるにつ れて、概日パターンで発現するあるタンパク質が、その標的を分解するチャンスが 多くなる。日長が長くなるにつれて、標的はより多く分解され、タンパク質 CONSTANSの抑制を解除し、その結果開花を促進することができる。(NF)
FKF1 F-Box Protein Mediates Cyclic Degradation of a Repressor of CONSTANS in Arabidopsis
p. 293-297.

スライドして移動(Slip Sliding Away)

真核細胞は極性化した細胞行動を調整する組織的な微小管アレーを含有する。分裂 酵母細胞は長軸方向に成長し、細胞の成長しつつある長軸に沿って、その間期微小 管が極性を伴って分布することを必要とする。Carazo-Salasたち(p. 297)は、細 胞質の微小管アレーが、どのようにして間期のあいだでの微小管のスライドを介し て配列されるかを記述している。進化的に保存されたマイナス末端指向性の分子 モーターキネシン、Klp2がこのスライドの原因である。このメカニズムは、分裂酵 母において高度に極性化した微小管を形成する際に重要な働きをし、同様のメカニ ズムが他の真核細胞により利用されている可能性がある。(NF)
The Kinesin Klp2 Mediates Polarization of Interphase Microtubules in Fission Yeast
p. 297-300.

動きの中の詩(Poetry in Motion)

動的な生物学的プロセス間の協同的組織化には、しばしば化学的なシグナル伝達を 介した協調が必要になる。Riedelたちは、臨界数の精子細胞が表面に付着した際 に、回転する渦からなる六角形状に詰まった配列へと自己組織化することを発見し た(p.300)。そこでの各渦は、およそ10個の水力学的に同期した細胞で構成された量 子化された回転波を形成していたのである。この同調した精子細胞による空間的-時 間的パターンは、化学的な細胞間シグナル伝達なしに形成されたものであり、協同 的な繊毛および鞭毛について新たな協調の概念をもたらすものである。つまり、単 細胞や微生物は化学的なシグナル伝達の必要なしに水力学的に協調しうるのであ る。(KF)
A Self-Organized Vortex Array of Hydrodynamically Entrained Sperm Cells
p. 300-303.

味方と敵を嗅ぎ分ける(Sensing Friend or Foe)

アリは、角質において特異的な炭水化物の混合物を分泌したり認識したりするが、 これによって巣を同じくする仲間ではないものに対して、攻撃行動を示すことが可 能になる。この同定のプロセスは、高次の神経レベルで生じると考えられてい る。Ozakiたちはアリの触角に化学受容性の感覚子があることを発見したが、それは 巣の違うアリの角質の炭水化物混合物に応答し、更に感覚子中の感覚性受容体にそ の化合物を輸送するタンパク質が同定された(p. 311;2005年6月9日にオンライン出 版)。この知見は化学的情報も、また抹消系統において処理されていることを示唆す るものである。(KF)
Ant Nestmate and Non-Nestmate Discrimination by a Chemosensory Sensillum
p. 311-314.

チューニング可能な超伝導(Tunable Superconductivity)

もし、超伝導物質と半導体物質を集積化してハイブリッド化できれば、機能が格段 に豊富なデバイスができる可能性がある。Doh たち(p.272)は、InAs半導体のナノワ イアを超伝導電極間に置いて、低温での輸送現象の測定を行った。1ケルビン以下 では、近接効果によってナノワイアに超電流が流れる。更に、ゲート電圧を変化さ せてナノワイアのキャリア密度を変化させると、近接効果の強度変調が可能で、効 果的に超伝導性のオン、オフのスイッチングが可能である。(Ej,hE)
Tunable Supercurrent Through Semiconductor Nanowires
p. 272-275.

miRNAは何のため?(What Are miRNAs Good For?)

MicroRNA(miRNA)とは、22個以下のヌクレオチドからなる小さな非コードRNAであっ て、転写後に標的遺伝子発現を制御する役割を果たすものである。多くのmiRNA遺伝 子は植物と動物双方のゲノムにおいて見出されており、最近の研究からは、miRNAが 運命の特異化(fate specification)ではなく細胞分化や形態形成に関わっている可 能性があると示唆されている。Wienholdsたちは、ゼブラフィッシュの胚にある115 個のmiRNAの発現パターンを生体内原位置で調べた(p. 310;2005年5月26日にオンラ イン出版)。これらはマウスやヒトにおいても保存されているmiRNAである。多くの 場合、その発現パターンは高度に組織特異的、細胞特異的であり、細胞分化におけ るmiRNAの一般的役割と一致していた。発現は、miRNAが組織の確立を促進しない場 合に期待されたように、セグメント形成前には見られなかった。(KF)
MicroRNA Expression in Zebrafish Embryonic Development
p. 310-311.

主観的判断を超えて(Beyond Subjective Judgments)

核磁気共鳴(NMR) 分光学は分子の3次元構造の決定には確立した手法であるが、デー タを原子座標に翻訳することに課題が残っている。つまり、データは構造をユニー クに決定するには不十分であり、データの扱いやパラメータセッティングなどの主 観的な選択が必要なためにNMR構造の精度判定が困難である。Rieping (p.303) は、NMRデータから構造を決定する確率的方法を紹介する。彼らは構造決定問題を推 論問題とみなし、ベイズ法を用いて確立分布を求め、これによって得られた構造 と、その精度の両方を表す。この手法は、より客観的であり、一般性があるばかり か、構造の品質が向上している。(Ej,hE)
Inferential Structure Determination
p. 303-306.

感覚を越えた記憶の転移(Memory Transfer Across the Senses)

記憶の獲得の際に、さまざまな感覚性モダリティー間の相互作用はあるのだろう か?GuoとGuoは、ショウジョウバエにおけるモード間の相乗作用と記憶転移とを調 べた(p. 307)。強化学習条件付けの際に視覚的手がかりと嗅覚性手がかりを同時に 提示すると、単一の感覚性入力条件付けだけでは無効であるとわかっている閾値レ ベルでの記憶獲得が助長された。2モード条件付けはまた、それぞれの感覚性モード に対する記憶検索の閾値を低下させた。2モードでの前条件付けを行い、それに引き 続いて嗅覚または視覚による単一モードでの条件付けを行うと、モード間の記憶転 移が引き起こされた。(KF)
Crossmodal Interactions Between Olfactory and Visual Learning in Drosophila
p. 307-310.

試験管内の筋肉をマウスの筋肉へ(Making Muscle from Test Tube to Mouse)

骨髄間質性細胞は、一般に骨格組織の源であると知られている。Dezawaたちはこの たび、ヒトとラットの骨髄間質性細胞を筋細胞の役割を果たすよう効率的に仕向け る方法を示している(p. 314)。定義された細胞培養条件には、シグナル伝達分子 Notchの一部分を発現させるように細胞を修飾することが含まれている。処理された 細胞は培地中で融合し、筋管を形成する。ジストロフィーのマウスの筋肉やラット の変質した筋肉に組み込むことができた。(KF)
Bone Marrow Stromal Cells Generate Muscle Cells and Repair Muscle Degeneration
p. 314-317.

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