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Science July 1, 2005, Vol.309


ぐずぐずしないで(Get a Move on)

土壌中に棲んでいる粘液細菌は滑走運動と呼ばれるプロセスで動いており、この運 動にはⅣ型線毛である細胞突起の表面発現を必要とする。25年以上前に、線毛を欠い た粘液細菌(Myxococcus xanthus)の運動性の変異体は、動いている隣の細菌との直 接的な接触により表現型的に補われることが示された。Nudlemanたち(p.125)は、 この種の運動性に関する接触-介在の非遺伝的相補性のメカニズムを明らかにして いる。相補性は一つの細胞膜から他の細胞膜へのTGLタンパク質の移動により影響さ れているらしい。TGLタンパク質はセレクチン孔の構成に必要であり、この移動に引 き続いて運動に必要な線毛の合成と収縮が可能となる。(KU)
Cell-to-Cell Transfer of Bacterial Outer Membrane Lipoproteins
p. 125-127.

パルサーによるポンピング(Pulsar Pumped)

誘導放出では、フォトンは励起分子と相互作用し、二つ目の同一のフォトンの放出 が起こるのであるが、これは、レーザーにおけるコヒーレント光の生成と増幅の基 礎をなすものである。同じ効果が、1960年代に星間分子雲のなかで、異常に明るく て,狭いマイクロ波スペクトル線の形で発見された。Weisberg たち (p.106; Elitzurによる展望記事を参照のこと) は、離れたところにあるパルサーからのフォ トンによって OH クラウド中にマイクロ波誘導放出が観測されたことを報告してい る。これらの結果は、星間分子雲中のメーザーの作用に対してばかりでなく、分子 雲の密度と分布についても洞察を与えるものである。(Wt)
Discovery of Pulsed OH Maser Emission Stimulated by a Pulsar
p. 106-110.
ASTRONOMY:
Enhanced: Masers in the Sky

p. 71-72.

キュリウムの圧力依存性(Pressure-Treated Curium)

希土類やアクチニドにおける圧力-誘導のf電子の非局在化には、電子配置、構造の 自由度、異常な格子運動、および磁性との間の密接な関係が含まれてい る。Heathmanたち(p.110)による超ウラン元素の一つであるキュリウムに関する高圧 下でのX線回折の研究から、圧力の増加とともにf電子が非局在化するさいの一連の 構造的な相転移が明らかにされた。彼らは、他のアクチニドでは以前観測されたこ とのない異常な格子構造を示しており、バンド構造の計算に基づき、この相が反強 磁性の配列によって安定化していると論じている。このように、キュリウムは磁性 によって安定化する格子構造をとる金属としてコバルトや鉄と結合する。(KU)
A High-Pressure Structure in Curium Linked to Magnetism
p. 110-113.

多くのギャップをもつ金属

ナノ構造は、小さな規則性の構造を作るだけでなく、ナノ物質や分子を捕獲する空 隙部を形成することによっても容易に作り出せる。 たとえば、分子エレクトロニ クスにおいて、金属ギャップは表面をプローブ走査したり、あるいは金属のブレー クジャンクション(break junction)を作ることによって形成される。 Qinたち ら(p. 113; MartinとBakerによる展望記事参照)は、5ナノメートルほどの小さな連 続したギャップ構造をもつバイメタリック性の金属ナノワイアを作ったが、そこで は多孔性膜のテンプレートにエッチング可能な金属の薄膜(金と金の間のニッケル のような)でもってバイメタリック性の金属ワイアを最初に成長させている、。テ ンプレートを取り除いた後に、ナノワイアを基板上にすくい上げ、そして二酸化珪 素(シリカ)を一方の側に塗布した。エタノール中での超音波処理により基板から 離れた後、エッチングが片方のみに進行し、残っているワイアの結果としてつくら れたギャップを安定化させている。 出来上がったナノワイアは、半円筒の樋に、切れ切れの円柱状ワイアを微小ギャッ プを保持して直線状に並べた鎖線状ナノ構造体。 (hk、Ej、KU)
On-Wire Lithography
p. 113-115.
MATERIALS SCIENCE:
Expanding the Molecular Electronics Toolbox

p. 67-68.

海が作用する気象(Sea-Driven Weather)

2003年にヨーロッパで発生した熱波のような、破壊的な気候の事象をより良く予測 することは、長期レンジの気象予報における最重要課題である。Suttonと Hodson(p.155; Kerrによるニュース記事参照)は、気象が、例えば海盆全 体(basin-wide)の海水面温度のような、ゆっくりと変化する環境要因にどのように 依存しているのかを探索した。彼らは、北アメリカやヨーロッパに焦点を当て、大 西洋の海水面温度や陸上での気圧、降水量、気温の履歴データを取り込んだ全世界 気候モデルを用いた。海洋温度分布は、熱塩循環(thermohaline circulation)とお そらく関係しており、そして北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸の両方における夏期 の気候に対して重大な影響を与えており、そこでの雨量や干ばつの頻度にも影響を 与えていた可能性がある。(TO)
Atlantic Ocean Forcing of North American and European Summer Climate
p. 115-118.
CLIMATE CHANGE:
Atlantic Climate Pacemaker for Millennia Past, Decades Hence?

p. 41-43.

過剰の価値(The Value of Excess)

グリーンランド表面の気温記録は、主にアイスコア中の水の水素と酸素の同位体組 成を分析することにより、過去の状況が再構成されてきた。しかし、平均気温の他 にも、いくつかの要因が、降水の季節性や供給源のようなプロキシに影響している ようだ。Masson-Delmotteたち(p.118)は、最後の全氷河サイクルにおける降水量の 供給源や季節性の制約条件を明らかにするため、グリーンランドアイスコアプロ ジェクト(GRIP:Greenland Ice Core Project)の標本から重水素の過剰を測定した。 地球の軌道の傾斜度は、降水量の供給源と場所、及び寒冷期間に南に移動した湿度 供給源(moisture sources)との間での緯度的な温度勾配における重要な制御因子で ある。(TO)
GRIP Deuterium Excess Reveals Rapid and Orbital-Scale Changes in Greenland Moisture Origin
p. 118-121.

ゲノミクスとワクチン開発(Genomics and Vaccine Development)

顕著な細菌性病原体であるグループB連鎖球菌(GBS)は、生後2ヶ月までの敗血症と髄 質炎症の主要なる原因である。効果的な母性由来の抗体防御が新生児に移動してい るという証拠に基づき、主要なウエスタン(western)血清型に対する様々な接合ワク チンが、現在臨床試験で評価中である。しかしながら、広範囲の血清型に対して幅 広い防御を行うような合理的に設計された多元(multiunit)ワクチンの開発が極めて 望まれている。普遍的なGBSワクチンの利用に適した潜在的な抗原を同定するため に、Moioneたち(p.148)は、最も重症の病をもたらす血清型の代表である8個のGBS株 のゲノム配列を調べた。免疫学的試験に基づいて、総ての株で広範囲に保存されて いるGBSタンパク質が同定された。これらのものから、広範囲な血清型の免疫形成に 最も効果のある4つの抗原ワクチンの組み合わせが浮上してきた。線毛は接着という 役割によりグラム陰性菌の病原性において重要な働きをしているが、連鎖球菌と いったグラム陽性菌株では通常では病原性に関与していない。それにもかかわら ず、Lauerたち(p.105)は免疫金(immunogold)電子顕微鏡により、GBSにおける線毛様 の構造を同定した。その構造は、母性免疫化のマウスモデルにおいて防御性の免疫 を付与する抗原から構成されている。(KU)
Identification of a Universal Group B Streptococcus Vaccine by Multiple Genome Screen
p. 148-150.
Genome Analysis Reveals Pili in Group B Streptococcus
p. 105.

tRNAの核への移入と移出(The Nuclear Ins and Outs of tRNA)

転移RNA(tRNA)は、核酸の遺伝コードをタンパク質に変換する機構の一部である。核 内で、tRNAは複写され(transribed)、揃えられ(trimmed)、修飾され(modified)、核 内の品質管理システムでチェックを受けた後、サイトゾルに移出され、タンパク質 翻訳を受ける準備が整う。Takanoたち(p. 140, published online 19 May 2005) は、成熟したサイトゾルtRNAが能動的に核に引き戻されるが、そのメカニズムは小 さなグアノシントリホスファターゼRanに依存する通常の核タンパク質移入メカニズ ム無関係であることを見出した。ここで、なぜtRNAが核に戻る必要があるのかが明 らかではないが,多分,更なる品質管理を受けるのか、あるいは仮説的な核の翻訳を 促進するのかもしれない。(Ej,hE)
tRNA Actively Shuttles Between the Nucleus and Cytosol in Yeast
p. 140-142.

Theileriaゲノムは、少ない遺伝子で働く(Theileria Genomes Work with Less)

Apicomplexansは、ヒトや動物に病気を生じさせる多様な寄生虫グループであ る。Theileria parvaはマダニに付随するapicomplexanであり、アフリカのウシに毎 年百万頭の被害を与えている(Roosによる展望記事参照)。Gardnerたち(p. 134)は Theileria parvaの配列を示し,また、Painたち(p. 131) は、最近得られた Theileria annulataの配列と比較した。いくつかの点においてこれらの生物は、よ り複雑で、マラリア寄生虫遺伝子より20%少ない遺伝子をもつ点において、より複 雑なapicomplexansのうちの必要最低限のものだけを装備したものといえる。細胞周 期制御の複雑さの点からは、より高等な真核生物より酵母に似ている。Theileria種 はリンパ球の形質転換も誘発するが、細胞の癌原遺伝子(protooncogenes)のホモ ログを欠いている。この形質転換メカニズムを説明できる他の候補から、薬剤やワ クチンが出来るかもしれない。(Ej,hE)
GENETICS:
Themes and Variations in Apicomplexan Parasite Biology

p. 72-73.
Genome Sequence of Theileria parva, a Bovine Pathogen That Transforms Lymphocytes
p. 134-137.
Genome of the Host-Cell Transforming Parasite Theileria annulata Compared with T. parva
p. 131-133.

リン酸化による可変制御(Phosphorylation Rheostat)

リン酸化によるタンパク質の活性変調は、2つの状態のスイッチ(オン-オフ-スイッ チ)と見なされてきたが、Pufallたち(p. 142)は、より細かい制御の可能な加減抵 抗器のような制御が可能であることを示した。転写制御因子 Ets-1は、リン酸化さ れる部位の数に応じて段階的DNA結合親和性を示す。Ets-1 は、DNAと結合する動的 な立体構造と、畳込まれた禁止状態との間の平衡立体配置で存在する。リン酸化の 進行によって、禁止状態に移行し,この結果、活性レベルの微調整が可能となる。ア ロステリック効果器(effector)として作用するリン酸化領域は、多くは無構造で柔 軟性があり、一過性の相互作用によって作用していると思われる。(Ej,hE)
Variable Control of Ets-1 DNA Binding by Multiple Phosphates in an Unstructured Region
p. 142-145.

生息地間の通路が保護を増進する(Habitat Corridors Promote Conservation)

人間による土地利用によって野生生物の生息地が断片化されるにつれ、野生植物と 野生動物は、生息に適した区画(patch)に分散して暮らす困難に遭遇することにな る。その区画が小さければ、結果として局所的な消滅が生じる可能性がある。この 問題を緩和するために、自然保護論者は区画間を結び付ける通路からなるネット ワークを好むが、この方法はどれほど効果的なのだろうか? 米国南部における生 息地間通路の役割の関する繰り返された景観規模の研究において、Leveyたち は、Eastern Bluebirdsが、成熟しマツの森からなるマトリックス中の中心にある出 発点となる区画から、それを取り囲む4つある目的地となる受け手のある区画の1つ へと自生のwax myrtleの種子を運ぶのを追跡した(p. 146; またStokstadによる ニュース記事参照)。鳥たちは、通路でつながっている区画へ、そうではない区画へ よりも実質的に多くの種子を運んだ。著者たちは、鳥の移動についての個別の観察 結果に基づいて、景観規模での予測的な種子-分散モデルを打ち立てることができ た。(KF)
Effects of Landscape Corridors on Seed Dispersal by Birds
p. 146-148.
ECOLOGY:
Flying on the Edge: Bluebirds Make Use of Habitat Corridors

p. 35.

標的に的を絞る(Homing In on Their Targets)

思いがけなく発見された生理活性のある自然の産物や薬剤の分子標的の解明は、そ の治療効果や悪影響を理解するのに必須である。標的同定はまた、生理活性のある 小さな分子を大規模な化学的ライブラリー中の望ましい表現型と同定するために高 処理性能のスクリーンを用いる場合にも重要である。Wonたちは、ヒト細胞中の体系 的な分子標的同定を単細胞レベルで高感度かつ選択性をもって行うための新規な技 術である磁性ベースの相互作用把握法(magnetism-based interaction capture)、す なわちMAGIC法を提示している(p. 121)。生理活性を有する種々の物質に超常磁性の ナノ粒子を結合させることで、標的タンパク質を生きている細胞中で同定すること ができた。(KF)
A Magnetic Nanoprobe Technology for Detecting Molecular Interactions in Live Cells
p. 121-125.

テーマの変奏(Variation on a Theme)

ユビキチン結合とは、真核生物細胞が広い範囲の細胞機能を制御するために用いる タンパク質修飾である。これまで、E3ユビキチン連結酵素は、ユビキチンと基質の リジン(あるいはそのN末端)間のイソペプチド結合の形成を触媒することだけが知ら れていた。CadwellとCoscoy は、MIR1すなわちウイルス性コード化されたE3ユビキ チン連結酵素が、新規かつ予想外の機構でその基質のユビキチン結合を促進するこ とを示している(p. 127)。MIR1による主要組織適合複合体クラスI(MHC I)分子のユ ビキチン結合は、イソペプチド結合を含まず、むしろ、MHC I 細胞質内領域内に コードされた独特なシステイン残基におけるチオール-エステル結合を含むものであ る。この知見は、ユビキチン結合の潜在的に可逆的な形態の基質の候補の範囲を広 げるものである。(KF)
Ubiquitination on Nonlysine Residues by a Viral E3 Ubiquitin Ligase
p. 127-130.

チップ上の連続的細胞培養(Continuous Cell Culture on a Chip)

Balagaddeたちは、約4cmの長さの装置中で細菌性細胞の連続的培養を可能にする チップに基づく"超小型ケモスタット"を開発した(p. 137)。微小流体配 管(microfluidic plumbing)を用いて付着する細胞を除去するアクティブなバイオ フィルム制御システムによって、連続的な操作が可能になっている。この技術は、 単細胞レベルの分解能で細胞特性(たとえば形態的多様性など)の観察を可能にしつ つ、プランクトン細胞の自動的な長期定常状態培養を可能にするのである。(KF) 能性がある。(KF,hE)
Long-Term Monitoring of Bacteria Undergoing Programmed Population Control in a Microchemostat
p. 137-140.

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