[前の号][次の号]

Science April 1, 2005, Vol.308


海洋生態と気候(Marine Biology and Climate)

人為的な影響を受けていない大気のCO2含有量は、なぜ氷河最盛期と温 暖期とで、大気中のCO2濃度がはっきりした範囲内に押さえ込まれてい るのかは、いまだ説明がついていない。気候モデルでは、物理的なメカニズムだけ で観測された差を説明することにはことごとく失敗しており、海洋の生態学的なプ ロセスがしばしば有望な原因として引き合いに出されてきた。Kohfeldたち(p.74) は、最後から2番目の氷河期まで遡って、150以上の海洋堆積記録を調べ、複合的な 生物活動の記録を結びつけた。彼らは、海洋生態がその期間における差の半分しか 原因となりえないこと、このことは残りの差については物理的なプロセスが原因で あることを示している。(TO,nk)
Role of Marine Biology in Glacial-Interglacial CO2 Cycles
p. 74-78.

ラッティンジャー流体の研究(Probing Luttinger Liquids)

低次元において強く相互作用している電子系は、複雑な電子の相互作用を研究する 上での理論的に取り扱いやすい系を提供する。しかしながら、このような系を実験 的に実現したり、研究することは理論面での成果に比べて遅れている。Auslaender たち(p.88)は、十分に制御された一次元系における電子分割の研究によりこの遅れ を取り戻そうとしている。電子密度を変えることの出来るような電子的に結合した 半導体量子細線(GaAs/AlGaAsヘテロ構造)の対を用いて、彼らはその系のスピンと 電荷の励起を直接測定し、更にクーロン相互作用力の関数として電子輸送の分散挙 動を追跡した。彼らは、スピンと電荷の自由度に関する理論的に予言された分離に 関する明瞭なる証拠を見出した。(KU)
【訳注】ラッティンジャー流体:朝永-ラッティンジャー流体ともいわれる互いに相 互作用するフェルミ粒子からなる一次元系の量子流体。
Spin-Charge Separation and Localization in One Dimension
p. 88-92.

クリープ変形の最大箇所をこっそりと探す(Sneaking a Peak at Creep)

クリープとは、例えばピアノやバイオリンの弦を一定の負荷をかけて徐々に伸ばす さいに起きる材料のゆっくりとした変形である。金属あるいは金属合金がクリープ 変形する際に、結晶粒の集合組織と配向の変化に加えて、時間と共にボイド(空 孔)が形成され成長する。Pyzallaたち(p. 92)は、この変化の全てを同時に観察す る技術を開発し、その技術を用いて黄銅合金のクリープを調査した。彼らは、均質 のクリープ変形から局在化した変形への転移がクリープ過程の後半で起きることを 確認し、そして複合体内部に分布するクラックの成長や、或いは負荷状況を追跡す るために他の回折法やトモグラフィ法によって同時測定可能な方法を示唆してい る。(hk) Simultaneous Tomography and Diffraction Analysis of Creep Damage
p. 92-95.

5.5Åでの翻訳抑制(Translational Repression at 5.5 Angstroms)

遺伝子発現は、転写レベルおよび翻訳レベルの双方で、厳密に制御されていなけれ ばならない。スレオニル-tRNA合成酵素がそれ自体の発現を制御するメカニズム解明 には、X線結晶学的研究が役立つ。Jennerたち(p. 120)はここで、リボソーム、制 御ドメインを含有する組織化されたメッセンジャーRNA(mRNA)、そして開始因子で あるトランスファーRNAを含む複合体を、5.5Åの解像度で示される構造情報により調 べた。開始因子tRNAの存在下での70SリボゾームでのmRNAの経路やリボソームでの mRNAの調節要素の局在化により、翻訳抑制分子が機能する分子的メカニズムが示唆 される。(NF)
Translational Operator of mRNA on the Ribosome: How Repressor Proteins Exclude Ribosome Binding
p. 120-123.

ラフトと制御(Rafts and Regulation)

転写因子NF-κBの制御は、免疫系におけるT細胞の活性化に重要である。T細胞受容体 の活性化は、細胞膜の脂質ラフト中での一群のシグナル伝達タンパク質の蓄積を引 き起こす。何等かの方法で、このプロセスは、結果としてIKK(IκBキナーゼ)複合 体の活性化を引き起こし、これがNF-κBの活性化を引き起こす。Leeたち(p. 114;vanOersとChenによる展望記事を参照)は、これらのプロセスを関連づけるの に役立つメカニズムを提示している。3-ホスホイノシチド-依存性キナーゼ 1(PDK-1)は、別のタンパク質キナーゼ、PKCθと相互作用してそれを活性化し、そ の後この分子がIKK複合体の構成成分と相互作用し、それらが脂質ラフトの補充に必 要とされる。PDK-1はまた、足場タンパク質CARD11と相互作用して、その後この分子 がBcl10タンパク質およびMALT1タンパク質を補充する。MALT1タンパク質はIKK複合 体の構成成分のユビキチン化--すなわち、結局のところNF-κBを活性化するシグナ ル--を媒介する。(NF)
PDK1 Nucleates T Cell Receptor-Induced Signaling Complex for NF-κB Activation
p. 114-118.
CELL BIOLOGY:
Kinasing and Clipping Down the NF-κB Trail

p. 65-66.

信頼にたる管財人(A Trusting Trustee)

私たちの多くにとっては、ゲームは単なる楽しみの源泉に過ぎないが、数学者や経 済学者はそれらの理論的、実験的側面を解析してきた。そして、いまや、神経科学 研究者の順番となりつつある。信頼ゲームは二人のプレイヤー間の金銭の交換を 伴っているが、そこにおいては、移動する金銭量は他のプレイヤーの寛大さに対す る信頼度(あるいは信頼喪失への)への傾向を反映したものである。King-Casas た ち(p.78; 表紙と Miller によるニュース解説を参照のこと)は、数千マイル隔てた 一組の被験者内における繰り返される相互作用の推移の間でのこの信頼性の傾向に 関する神経的な相関関係を調べた。そのゲームの"白熱する"という特性により、管 財人の心の中で投資家の評価を確立し、そして、払い戻しを増加させたいという管 財人の意図は、良く知られている報酬を予測する強化学習信号と一致する。(Wt, Ej)
【訳註】信頼ゲームについては以下の論文が参考になる
http://www.shakai-gijutsu.com/ronbun/ronbun.15.pdf
Getting to Know You: Reputation and Trust in a Two-Person Economic Exchange
p. 78-83.

遠距離での同調(Long-Distance Synchrony)

遠く離れた脳領域は、お互いにどのように連絡しあっているのだろうか? 正確なる 振動同期によって、ニューロンが標的グループへの影響力を強めていると考えられ ている。神経系内の情報の流れを制御するさいに、遠距離の干渉変調というものが 代表的なメカニズムの一つである可能性がある。人の有志者によりこの考えをテス トするために、Schoffelenたち(p.111)は、基本的な反応-時間タスクの動作におけ る脳磁気図検査と電気筋運動記録を結びつけた。そのテストでは、被験者たちは知 らず知らずのうちに増加したり、或いは減少したりする信号の確率を学習してい た。運動皮質ニューロンと脊髄ニューロンの間でのγ-バンド(40〜70ヘルツ)の振 動干渉が、実際に運動出力をより効率的なものにしていた。(KU)
Neuronal Coherence as a Mechanism of Effective Corticospinal Interaction
p. 111-113.

ジュラ紀のシロアリの災難(Jurassic Termite Trouble)

アリクイやいくつかの齧歯(げつし)動物など数種の哺乳類は、土を堀るために特殊 な前肢と数種類の群れなす社会性昆虫を餌として食するために歯を発達させてい る。これらの哺乳類は、約3000万年から4000万年前の暁新世(Paleocene) に出現し た。Luo とWible (p. 103)は、1億5000万年前に現れ、基本的な哺乳類系統からは新 規で、しかしながら今日絶滅したらしい、同じ様に特殊化した哺乳類の化石を記述 している。その化石Fruitafossorwindscheffeliaは土を掘るために特殊化した大き な前肢と、おそらくシロアリを食するに用いたくぼんだ歯(hollow teeth) を持って いる。(TO)
A Late Jurassic Digging Mammal and Early Mammalian Diversification
p. 103-107.

聞いて、学んで、硬直(Listen, Learn, Freeze)

マウスに、電気ショックと同時に、ある音色(tone)を聞かせ、その後で、これと同 じ音色を後で聞かせると、マウスは硬直することを学習する。この種の学習は扁桃 体において行われる。Rumpelたち(p. 83, published online 3 March 2005)は、学 習中にシナプスに補充されるグルタミン酸受容体を、サブユニットでタグ付けし、 このサブユニットを電気生理学的に検出することによって、この種の学習の細胞学 的基礎を検討した。彼らは、恐怖感によって、これら受容体を、外側扁桃体にある 細胞の約35%をシナプス中へ集めると報告している。この補充が無ければ、音色 ショック記憶は形成されない。もし、シナプスのたった10〜20%が不活性化されて いるだけで学習は阻害される。このように、行動学習にはシナプスの修飾が必要で あるが、少数の修飾シナプスが不足しても、予想外に影響を受ける。(Ej,hE)
Postsynaptic Receptor Trafficking Underlying a Form of Associative Learning
p. 83-88.

動物発生の頃(Animal Horizons)

中国南部のDoushantuo層群は、多くの精巧な胚芽を含む、多分最も良く保存された 動物化石地層の一つであろう。かつて主張されていた先カンブリア紀の生物大爆発 説は、今では否定されているが、全地球氷結の後の堆積物に関して、気候の安定性 と主要な進化サイクルの間の関係に関する疑問がある。Condon たち(p. 95, published online 24 February 2005; Kaufmanによる展望記事も参照) は、Doushantuo層群の、6億3500万年前から5億5000万年前の間の堆積物を囲むジル コンを利用して、ウラン-鉛法による年代決定結果を示した。この層群は約100メー トルの厚さがあり、長期間にわたって徐々に堆積している。このため、長期間の生 物進化に関する重要な考察が可能となろう。この層群の最初の層はエディアカラ 紀(Ediacaran)(6億3500万年前)の基底であり、第2層(5億5000万年前)は、急激 な環境変化時代である、エディアカラ紀生物群の急速な拡散期に対応している。こ の層の上部の大部分の化石は、世界中に分布している後生動物と関連しているもの と思われる。(Ej,hE)
U-Pb Ages from the Neoproterozoic Doushantuo Formation, China
p. 95-98.
GEOLOGY:
The Calibration of Ediacaran Time

p. 59-60.

空中と海洋中の粉塵(Dust in the Wind and Sea)

粉塵には鉄が含まれているが、この鉄は海洋の植物プランクトンにとって必須の栄 養分であり、海洋の生産性を制御する主要な要素である。粉塵の発生源や量、堆積 の場所については、気候が調節している。Jickellsたちは、さまざまな要素間の関 係に注目して、この複雑な地球のシステムに関してわかっていることをレビューし ている(p. 67)。このサイクルについての現状の理解のギャップはかなり大きいの で、表面海洋の選ばれた地域において鉄を増やすことで大気中のCO2濃 度を減少させようと試みる野心的な地球工学的スキームに取り組むには時期尚早で ある。(KF)
Global Iron Connections Between Desert Dust, Ocean Biogeochemistry, and Climate
p. 67-71.

同じ違いではない(Not the Same Difference)

ヒトゲノムにおける組換えの多くは、「ホットスポット」で生じる。しかしなが ら、特定の場所で組換えが生じるようにしむける進化的な力とゲノムの機構は、知 られていない。Wincklerたちは、ヒトとチンパンジーの双方におけるオルソロガス DNAの長い範囲にわたっての詳細なレベルでの組換え率を調べた(p. 107;2005年2月 10日にオンラインで出版;Jordeによる展望記事参照のこと)。ヒトとチンパンジー はDNA配列のレベルでは99%同一であるが、ホットスポットの位置が一致することは 決してなく、3つの500-キロ塩基領域にまたがる組換え率は有意に異なっていた。つ まり、組換えホットスポットは急速に進化しており、それらの進化率はDNA配列の進 化率とは違っている。(KF)
Comparison of Fine-Scale Recombination Rates in Humans and Chimpanzees
p. 107-111.
EVOLUTION:
Where We're Hot, They're Not

p. 60-62.

発展途上国における燃料の増加(Growing Fuels for Developing Countries)

バイオマス燃料は、家庭のエネルギー需要の90%をそれでまかなうことができる、発 展途上国の多くの人ちにとって死活に関わる資源である。しかし、生物燃料の利用 はまた、現在も呼吸性疾患によって年間160万人以上の死を引き起こしている空気汚 染物質を放出し、地域の温室ガス放出の主要な要因をなすものになってい る。Bailisたちは、サハラ以南のアフリカ諸国における家庭のエネルギー使用に関 する詳細なデータベースと、さまざまな人口統計的見通しとエネルギーの利用シナ リオについて、一連のエネルギー予測を提示している(p. 98)。彼らは、それらシナ リオがヒトの健康と温室ガス放出に与える現在および将来についての見積もりを示 し、健康コストと、木材から炭または化石燃料への移行のメリットとを統合した図 式を開発している。(KF)
Mortality and Greenhouse Gas Impacts of Biomass and Petroleum Energy Futures in Africa
p. 98-103.

もっとサイレンシングを(More Silencing, Please)

小さなRNA(siRNAとmiRNA)によって仲介される遺伝子サイレンシングに、タンパク質 のいくつものクラスが関与している。ダイサーは二本鎖(ds)RNAを小さなRNAに切り 刻み、argonauteは標的認識(と、場合によっては標的RNAの切断)に関与し、RNA依存 性RNAポリメラーゼ(RDR)は一本鎖RNAを二本鎖RNAへと転換する。Herrたちは、植物 におけるこのリストに新たに発見された2つの因子を追加している(p. 118;2005年2 月3日にオンラインで出版)。それらはともに、RNAポリメラーゼのファミリーに高い 相同性を示すもので、そのためRNA Pol IVのサブユニットと名付けられている。こ の2つのサブユニットは、RDR2とともにシロイヌナズナの花にあるトランスジーンと 内在性のレトロエレメントとのサイレンシングに関与しており、異質染色質関連 siRNAおよび非異質染色質関連siRNAの双方の産生に必要なものである。(KF, hE)
RNA Polymerase IV Directs Silencing of Endogenous DNA
p. 118-120.

[前の号][次の号]