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Science February 4, 2005, Vol.307


単一クローンの菌だけを育てるアリの農場(Fungus Monoculture on the Ant Farm)

ハキリアリ(Leaf-cutting ants)は、切り取った植物の葉を菌に供給して繁殖させ、 成長した菌を食物とすることで、生態系としての共生関係にある(ectosymbiosis; 外部共生関係)。このような共生関係は、コロニー成立の期間から垂直的に、つま り、菌が母親から娘に伝達されてきたが、そのため遺伝子の異なるクローン間の競 争は避けられてきた。しかし、この遺伝子伝達法が何百万年も主流であったとして も、栽培菌は、近傍コロニーの菌糸の影響を受ける機会があり、他の菌糸の影響を 免れ得ない。だが、Poulsen と Boomsma (p. 741)が示すように、アリによる栽培化 や単一系依存食性にも関わらず、菌自体がこの影響を主体的に拒絶する仕組みを何 百万年も保ってきた。この拒絶力は、これら共生間の遺伝子的差に、ほぼ比例して いる。この菌の非交換性(incompatibility) を保つ化合物はアリの腸で消化され て、新たな成長菌を育てる栄養分である糞を無関係な他の系列の共生生物が食する ことが出来ないような害ある作用を誘発する。このようにして、本来アリが持って いるはずの遺伝的多様性農法を、菌自身の自己利益のために相利共生を利用して、 防いでいる。(Ej,hE,KU) CREDIT: POULSEN AND BOOMSMA
Mutualistic Fungi Control Crop Diversity in Fungus-Growing Ants
p. 741-744.

土星のホットスポット(Saturnian Hot Spot)

Mauna Kea の Keck I 望遠鏡上の長波長分光計による、土星の赤外領域地上観測に より、南極の3°内の大気中のホットスポット、暖かい極冠、異常温度帯、南半球に おける雲のパターンと相関のない温度振動が見いだされた。Orton と Yanamandra-Fisher (p.696) は、これらの特徴は、土星の南側夏至点通過にともな い、南半球が15年間定常的に日射を受け続けることで説明できる放射的強制力に 関連していると示唆している。(Wt,Nk)
Saturn's Temperature Field from High-Resolution Middle-Infrared Imaging
p. 696-698.

二組か、三組の雲なのか?(Two’s Company, Three’s Cloud)

In situでの新しい(二次的な)雲の凝結核の生成は、主に気相の硫酸と水から生じて いるものと以前から考えられていた。しかしながら、実験室で観測された粒子形成 速度は非常に遅く(何乗かの遅さで)、自然界で見出されている相応の濃度を説明 できない。アンモニアを含むより速い、三成分系のメカニズムが理論的要因に基づ いて仮定されていた。Berndtたち(p.698)は、大気中で普通に見出されている状況と 同じ濃度の硫酸と水の混合物に通常観測されているよりも低いアンモニア濃度を用 いて実験室での粒子形成を報告している。測定データは大気中に相当する濃度を説 明できる内容と一致している。(KU)
Rapid Formation of Sulfuric Acid Particles at Near-Atmospheric Conditions
p. 698-700.

ラインの端部(The End of the Line)

結晶表面のおける結晶の並進対称の乱れは局在化した表面電子状態を生じ、原理的 には同様の効果が1次元ワイヤーの端部に見られるはずである。CrainとPierce (p. 703)は、微斜面のシリコン結晶(553)表面に成長する金の1次元金原子鎖の端部に、 このような電子状態が生じる実験結果を示している。走査トンネル顕微鏡によって 得られた画像は、バイアス電圧を反転すると鎖の端部原子の明らかに異なったコン トラストを示しており、微分コンダクタンス測定はタイトバインデン グ(tight-binding)計算の結果と良く一致する端部原子の電子状態をはっきりと示 している。端部の形状は鎖内原子の充満状態エネルギーを低くすることを助け る。(hk)
End States in One-Dimensional Atom Chains
p. 703-706.

ペルム紀/三畳紀の境界を一瞥する(Glimpses into the P/T Boundary)

ペルム紀-三畳紀の絶滅は地球の歴史の中でも最も劇的なものである。絶滅をもたら した環境条件は部分的にでも解明することは困難なことである。Griceたち(p. 706;2005年1月20日のオンライン出版)は、西オーストラリアと南中国での掘削から 得られた海成層の詳細な化学分析に関して報告している。そのデータでは、絶滅時 の海洋の上層部は極端に酸素が少なく硫化物に富んでいることを示唆している。こ れとは対照的に。Wardたち(p.709;2005年1月20日のオンライン出版)は、アフリカ のKaroo Basinにおける陸生の脊椎動物絶滅の記録を再構築している。この地域はこ の時代の最も詳細な脊椎動物に関する化石記録を保存している。しかしながら、こ のBasinのさまざまな部分における岩石のどれが同時代か決める事は難しかった。彼 らは古地磁気学と炭素同位体を用いて、絶滅が境界時期のある瞬間までは加速して いたこと、そして三畳紀の動物相の発生パターンは、最後の絶滅瞬間以前にある程 度の動物相が発生していたことを示唆している。(KU,og)
Photic Zone Euxinia During the Permian-Triassic Superanoxic Event
p. 706-709.
Abrupt and Gradual Extinction Among Late Permian Land Vertebrates in the Karoo Basin, South Africa
p. 709-714.

プロテインキナーゼの抑制メカニズム解明(Protein Kinase Inhibition Revealed)

二次メッセンジャーサイクリック アデノシン一リン酸 (cAMP)の重要なターゲット の1つとしてプロテインキナーゼA (PKA)がある。このPKAは、2つの触媒性サブユ ニットと調節サブユニット二量体の不活性複合体として存在し、成長、記憶、代謝 のように多様なプロセスを調節する。cAMPは調節サブユニットに結合しており、分 離と活性化を司る。Kim たち(p. 690) は、分解能2.0オングストロームで調節サブ ユニットの欠失変異体に結合しているPKA触媒性サブユニットの構造を決定した。こ の複合体の解明によってPKAの抑制機能が分子的に理解可能となり、cAPMの結合が何 故に活性化に導くかの推測ができる。(Ej,hE)
Crystal Structure of a Complex Between the Catalytic and Regulatory (RIα) Subunits of PKA
p. 690-696.

問題は大きさにある(A Matter of Scale)

動物の形態的多様性の驚くべき特徴は、異なる器官において、その相対的大きさ、 あるいは、相対成長性が多様な変化を示すことである。この大きさの違いが何に起 因するかは、実質的に何も解っていない。チョウの一種のBicyclus anynanaを使っ て、Frankinoたち(p. 718)は体長に対する羽の相対的サイズを決定する成長制限要 因の役割と、その自然選択要因の役割をテストした。これを羽の負荷に対する、明 確な機能的、かつ、生態学的重要性の尺度と見なした。前翅の対体長相対的サイズ に対する人為淘汰実験の結果から、急速な進化応答性が得られた。この実験では、 発生論的制約が、サイズの進化を制約していることは示せなかった。逆に、体長に 対する相対的羽サイズの相対成長を決定するものは、外部環境によって課された自 然選択パターンであると言える。(Ej,hE)
Natural Selection and Developmental Constraints in the Evolution of Allometries
p. 718-720.

パッケージングとエネルギー生成の両立(Packaging and Power Combining)

ミトコンドリアDNA(mtDNA)は、種々のタンパク質とともにヌクレオイド中にパッ ケージングされている。Chenたち(p. 714)は、mtDNAパッケージングタンパク質の 一つが、ミトコンドリアにおいて代謝エネルギーを生成するために使用されるクレ ブス回路の酵素、アコニターゼ(Aco1p)であることを示した。この物質2つめの役 割において、アコニターゼは特定の代謝条件下でmtDNAを維持するために必要とされ る。この知見により、エネルギー生成と、mtDNAの安定性、ミトコンドリア疾患、お よび加齢とのあいだの直接的な関連性が提示される。(NF)
Aconitase Couples Metabolic Regulation to Mitochondrial DNA Maintenance
p. 714-717.

だんだんと白髪に(Fade to Gray)

加齢は人体に多数の変化をもたらすが、その一つに毛髪の白髪化がある。Nishimura たち(p. 720;2004年12月23日のオンライン出版)は白髪化についてのマウスモデ ルにおいて、遺伝子Bcl-2の欠損により、毛胞膨隆部--毛髪幹細胞ニッチにおける色 素細胞の進行性の喪失を引き起こすことを見いだした。このように、白髪化の生理 学には、加齢によるメラノサイト幹細胞の自己管理の欠陥が関連しており、他の組 織における加齢メカニズムを理解するための理論的枠組みとしての役割を果たす可 能性がある。(NF)
Mechanisms of Hair Graying: Incomplete Melanocyte Stem Cell Maintenance in the Niche
p. 720-724.

自食作用の軍拡路線(Autophagic Arms Race)

細胞内侵入病原体に対する防御方法の一つは病原体を自食作用性小胞中に封入し、 その後それを分解性リソソームと融合させて、病原体を破壊するというものであ る。Ogawaたち(p. 727、2004年12月2日のオンライン出版)は、侵入性の細菌性病 原体、Shigella(赤痢菌)が自食作用により認識され、そして捕獲されることを示 している。一般的に、病原体は宿主の細胞質中で増殖している間に、IcsBと呼ばれ るエフェクタータンパク質を分泌することで自食作用現象を回避している;IcsBを 欠損する変異体細菌は自食作用に対して特に感受性である。ShigellaのVirGタンパ ク質は自食作用を活性化する標的として作用するが、しかしながらIscBタンパク質 がVirGタンパク質をカモフラージュしている。(NF)
Escape of Intracellular Shigella from Autophagy
p. 727-731.

マウスのおかげ(Giving Mice the Nod)

免疫系による腸内細菌の検出は、部分的にNodタンパク質によって制御されている。 このNodタンパク質は細菌のペプチドグリカン・モチーフを認識するものであって、 炎症性腸障害クローン病とNod2遺伝子における変異には強い関連がある。しかしな がら、腸における恒常性の維持にあたってのNodタンパク質の正常な生理学的役割 と、Nod機能が損なわれた際にどのようにして炎症に至るか、については疑問が残っ ている。Maedaたちは、クローン病患者における変異に対応するマウスにおけるNod の変異が、細菌性細胞壁前駆物質ムラミル・ジペプチドによって引き起こされる腸 の炎症に対する感受性を増加させることを観察によって明らかにした(p. 734)。KobayashiたちはNod2欠乏性マウスを作り出した(p. 731)。そのマウスは自発 的に腸の炎症を発生することはなかったが、細菌性病原体リステリア菌の経口感染 には感受性が高かった。粘膜の抗菌性ペプチド群の産生は、とくにNod2欠乏性のマ ウスで減少したが、これは、同様の欠損がヒトにおける炎症性腸疾患に寄与してい る可能性を示唆するものである。(KF)
Nod2 Mutation in Crohn's Disease Potentiates NF-κB Activity and IL-1ß Processing
p. 734-738.
Nod2-Dependent Regulation of Innate and Adaptive Immunity in the Intestinal Tract
p. 731-734.

サイトカイン産生とカポジ(Cytokine Production and Kaposi's)

組織がカポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(KSHV)に感染すると、病気の進行につなが る大量の炎症誘発性サイトカインが産生される。McCormickとGanemは、ウイルスタ ンパク質kaposin Bが、ミトーゲン(分裂促進因子)-活性化プロテインキナーゼ-関連 プロテインキナーゼ2と相互作用してこの宿主細胞タンパク質の活性を増強し、これ によりサイトカインを産生するAU-richなメッセンジャーRNAの分解をブロックする ことで、分泌されるサイトカインのレベルを増すことを明らかにしている(p. 739)。この結果はKSHV関連の病気とサイトカイン産生の増加の結びつきを説明する ものである。(KF)
The Kaposin B Protein of KSHV Activates the p38/MK2 Pathway and Stabilizes Cytokine mRNAs
p. 739-741.

構造を変える転位(Deconstructing Dislocation)

ごくありふれた金属間化合物は化学量論的にAB2で記述される化合物 で、A原子はB原子より1.225倍大きい。この種の構造はラーベス相構造を形成し、そ こでは4つの原子面がずり面に平行となっている。このような構造の変形は部分転位 により生じるものと考えられており、この転位は立方構造と六方晶構造間の転移の 原因でもある。高分解能透過型電子顕微鏡を用いて、Chisholmたち(p. 701)はずり 応力下での一連の原子の動きを観測し、Cr2Hfにおいてショックレイ型 の部分転位の形成を観測した。彼らは、又、六方晶最密充填構造から面心立方構造 へと構造が変化する領域をも観測した。(KU)
Dislocations in Complex Materials
p. 701-703.

タイミングの問題?(A Matter of Timing?)

生物体の内部で遺伝子がいかにして機能しているかを理解するには、物理的な相互 作用だけでなく時間的な相互作用を評価することが必要である。De Lichtenbergた ちは、信頼性についての重み付けをしたタンパク質-タンパク質相互作用データとマ イクロアレーデータを組み合わせて、酵母における細胞周期の生物学の詳細な見通 しを提示している(p. 721)。このアプローチは、遺伝子機能についての予測をする のに用いられたものである。ほとんどすべての細胞周期複合体は、動的な発現パ ターンを示すサブユニットと変化しない発現パターンを示すサブユニットの双方を 含んでいた。動的なサブユニットはサイクリン依存的リン酸化の標的になってお り、それらの発現が、その複合体が機能した時点と関連していた。(KF)
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