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Science January 21, 2004, Vol.307


もろくなる境界(Brittle Boundaries)

多くの金属では、イオウの添加によってその金属や合金がもろくなるが、その理由 は十分理解されている訳ではなかった。特にニッケルでは、微量のイオウが存在し ても、金属がきわめてもろくなる。Yamaguchi たち(p. 393, オンライン出版 6 January 2005) は、ニッケルの粒界にイオウ原子を徐々に添加していく脆化モデル を作った。第1原理計算によると、粒界面にイオウ原子が集積し、近距離のイオウの オーバーラップ状態が出現し、これが互いに反発することで境界の脆弱化が生じて いる。ニッケル-イオウ結合がイオウ-イオウ結合よりも強いため、イオウ原子同士 は非理想的な結合を強いられている。 (Ej, hE, Nk)
Grain Boundary Decohesion by Impurity Segregation in a Nickel-Sulfur System
p. 393-397.

半導体エアロゲル(Semiconducting Aerogels)

エアロゲルは“凍った煙”の形態をもっているポーラス(多孔質)でかつ超低密度な 素材である。それらは一般的に酸化物から作られ,それ故に絶縁体でもあ る。Mohananたち(p. 397)は、金属カルコゲナイド(硫化物やセレン化物、そしてテ ルル化物)から類似性のエアロゲルを生成した。これらの金属カルコゲナイドは半 導体量子ドットを作成するために良く使われる素材である。結果として、このエア ロゲルはフォトルミネセンスのような半導体特性を保持しており、さらに2〜50ナ ノメータサイズの孔をもつポーラスなネットワーク構造になっている。(hk)
Porous Semiconductor Chalcogenide Aerogels
p. 397-400.

紫外光を結合する(Combing the Ultraviolet)

極短波の、広帯域のレーザパルスや、或いは光コムの利用が最近、連続波レーザに 対するリファレンス基準から原子のエネルギーレベルを調べる方法に至るまで拡大 している。コムを用いる利点は、コムが動力学の研究に必要な高精度の時間分解能 と正確な周波数測定を兼ね備えている点にある。Witteたち(p. 400;Udemによる展望 記事参照)は、この方法を短波長の、遠紫外領域のスペクトルへ拡張しており、彼ら は光レーザの第4高調波を用いてパルス列を作った。著者たちはKr原子における高エ ネルギーの遷移周波数を測定し、以前の研究による不確さを1オーダー以上減少させ た。(KU)
Deep-Ultraviolet Quantum Interference Metrology with Ultrashort Laser Pulses
p. 400-403.
CHEMISTRY:
Short and Sharp--Spectroscopy with Frequency Combs

p. 364-365.

スピンの秩序構造のポケットを創る(Producing Orders Pockets of Spin)

磁気共鳴力顕微鏡(magnetic resonance force microscopy MRFM) の感度は、単一の スピンが検知可能な点にまで到達しつつある。Budakian たち (p.408)は、シリコン 上にマイクロ波照射により生み出された小さな局在化スピンの集合体を測定 し、MRFM は単にスピンの揺らぎを検出できるのみならず、スピンの操作にも使うこ とができることを示している。カンチレバーのチップ近傍において、熱的に揺らい でいるバックグランドのスピン溜まりから秩序づけられたスピンポケットの形成が 可能である。これらの秩序づけられたスピンポケットは、蓄積し、読み出すことが できる。このテクニックそのものは、ナノスケールの磁性体のダイナミクスを探査 するのに有用であり、秩序付けられたスピンの小さなポケットを作り、蓄積し、読 み出す能力は量子コンピューティングにおいても役立つであろう。(Wt)
Creating Order from Random Fluctuations in Small Spin Ensembles
p. 408-411.

ずれ速度のずれ(Slips in Slip Rates)

カラコルム断層は、ヒマラヤ山脈地帯西部の真北にあって北西に傾いている大きな 走向移動断層(strike-slip fault)である。断層のずれ速度を測定することは困難 であるが、これらの速度はその領域のプレートテクトニクスや地殻の強度を理解す るために必要である。Chevalierたち(p.411)は、カラコルムのある支脈において氷 成堆積物(offset moraines)に基づき約2万年から14万年に渡り年間およそ11ミリ メートルであると推定した。このことはインド大陸とユーラシア大陸の衝突によっ てチベット西部を押し出していることと一致する。このずれ速度は、最近のより短 い期間に測量により推定したずれよりも大きく、時が経つと断層のずれ速度が変化 することを示唆している。(TO, Nk)
Slip-Rate Measurements on the Karakorum Fault May Imply Secular Variations in Fault Motion
p. 411-414.

ライオン生息域での個体数の急激な変化 (Sudden Changes in Lions' Ranges)

社会性を有する動物種の個体数変化の動きは極めて複雑である。これは群レベルの 要因や個体数レベルの要因が相互作用するからである。Packer たち(p.390; Ranta と Kaitalaによる展望記事参照)は、東アフリカ セレンゲティ平原の長期間にわた るデータを示し、草食動物(野生牛のヌー、バッファロー、シマウマ、ガゼル)の 植生の影響による個体数の変化が、ライオンの個体数に直接間接に影響する様子に ついて示している。草食動物の個体数変化は滑らかでゆっくりしているが、ライオ ン個体数は2つの平衡的数値の間を急激に行き来する。群れの上限と下限を制約し ているこのモデルから、観察される急激な個体数変化の様子が導ける。この変化 は、個々の動物の生存とか生殖とかだけで理解できるとも限らない。(Ej,hE)
Ecological Change, Group Territoriality, and Population Dynamics in Serengeti Lions
p. 390-393.
ECOLOGY:
A Leap for Lion Populations

p. 365-366.

分離と種分化(Separation and Speciation)

輪状種(Ring species)とは漸次に他に移り変わる個体群(intergraded populations,)につながる孤立した種のことであり、遺伝子流動(gene flow)が存在 する中における種分化の出現を例証すると長く考えられてきた。しかし、分類学的 あるいは分子的な証拠は、この古典的なモデルに対して疑いの目を投げかけてい る。Irwinたち(p.414)は、チベット高原の周囲を縄張りとする鳴き鳥ヤナギムシク イ(greenish warbler)に対するゲノム全域にわたる調査を行った。2種類(forms)の 遺伝子的に異なりそして生殖上孤立したヤナギムシクイは、実際には遺伝子パター ンが徐々に変化する一連の個体群(populations)につながっている。(TO)
Speciation by Distance in a Ring Species
p. 414-416.

巨大細菌による燐灰岩の形成(Big Bacteria Promote Phosphorite )

海洋での燐灰岩形成はリン酸塩の吸収源として長期間働いてきたお陰で、生物界か らの除去に寄与してきた。このリン酸塩沈着の開始は、ハイドロキシアパタイトの ようなリン酸塩鉱物の沈殿であるが、そのためには、自発沈殿が開始可能な細孔水 リン酸塩を多量に供給するメカニズムを提示しなければならない。Thiomargarita namibiensisとは、ナミビア海岸沖で発見された、ほとんど直径1 mmにも及ぶ巨大細 菌である。Schulz と Schulz (p. 416) は、好気性条件下の細胞内のポリリン酸 塩(polyphosphates)を収集し、無酸素状態でリン酸を遊離した。これによって、沈 殿した燐灰岩はリン酸塩中に過飽和水として細孔水を形成していることになる。無 酸素状態でのポリリン酸塩分解で得られたエネルギーは、硫化物や酢酸塩や他の有 機炭素を細胞内に蓄積するために使われている。硫化物は硝酸塩を電子受容体とし て利用することで元素状態のイオウに酸化される。これら生物によるリン酸の遊離 によって、世界各地の海洋に見られる大量の燐灰岩の存在を充分説明できるだろ う。(Ej,hE, tk)
Large Sulfur Bacteria and the Formation of Phosphorite
p. 416-418.

運動、酸素代謝、健康(Exercise, Oxygen Metabolism, and Health)

ヒトについての疫学的研究からは、有酸素性能力(aerobic capacity)の低さが死亡 率の高さを強く予言するものである、ということが示唆されている。Wislo/ffたち は、耐久ランニングにおいて良い結果と悪い結果を示すラットを11世代にわたって 遺伝的に選択することで作り出した2血統のラットを比較した(p. 418; またMarxに よるニュース記事参照のこと)。有酸素性能力の低いラットは、高血圧や高レベルの 血漿トリグリセリド、耐糖性の障害など、代謝性症候群を引き起こしうる多くのリ スク要因をもっていた。予備的な発現データは、不健康なラットにおけるミトコン ドリア機能の減少と一貫するものであった。(KF)
Cardiovascular Risk Factors Emerge After Artificial Selection for Low Aerobic Capacity
p. 418-420.

モリキューテスの運動性(Motility in a Mollicute)

モリキューテス(Mycoplasma、Acholeplasma、およびSpiroplasma)とは、明瞭な形 態を有する小さな原核細胞であり、細胞壁や鞭毛などの付属器を持っていないのに もかかわらず運動性である。最近の研究により、運動を促進する際に関与している と思われる細胞骨格リボンを形成するフィブリルタンパク質が同定された。Kuerner たち(p. 436)は低温電子断層撮影法を使用して、らせん形状のモリキューテス Spiroplasma melliferumに関する細胞全体の三次元構造を画像化した。細胞骨格構 造は、5つの太い繊維をそれぞれ含む2種の外側リボンからなり、これらが9本の薄い 繊維を含む内側リボンに結合している。太い繊維はフィブリルタンパク質のポリ マーであり、細い繊維はアクチン様タンパク質MreBのポリマーである。細胞の運動 性は細胞骨格リボンの協調的な長さ調節により促進されているらしい。(NF)
Cryo-Electron Tomography Reveals the Cytoskeletal Structure of Spiroplasma melliferum
p. 436-438.

内臓脂肪から分泌されるインスリン類似物質(An Insulin Mimic Secreted by Visceral Fat)

過剰に蓄積した腹部内臓脂肪は、しばしば"悪い脂肪"とも呼ばれるが、個体のイン スリン耐性や他の代謝性障害を発症するリスクを顕著に増大させる。健康に対する これらの悪い作用の一部分は、血中を循環する脂肪由来のサイトカインにより媒介 されている可能性がある。Fukuharaたち(p. 426、2004年12月16日のオンライン出 版;HugとLodishによる展望記事を参照)は、"ビスファチン(visfatin)"の特徴を 明らかにした。このビスファチンは、内臓脂肪中で高度に発現されているサイトカ インであり、その血中濃度は肥満と相関している。驚くべきことに、マウスにおけ る機能的な解析から、ビスファチンが有益なインスリン様の活性を有しており、そ れにより血中のグルコース濃度を低下させることが示された。さらに驚くべきこと には、ビスファチンはインスリン受容体に結合し、インスリンシグナル伝達経路を 活性化させることが示された。ビスファチンの詳細な生理学的役割はまだ完全には わかっていないが、この天然のインスリン類似物質の発見により、糖尿病の研究お よび治療において刺激的な新しい道筋が開かれる可能性がある。(NF)
Visfatin: A Protein Secreted by Visceral Fat That Mimics the Effects of Insulin
p. 426-430.
MEDICINE:
Visfatin: A New Adipokine

p. 366-367.

転写因子とヘルパーT細胞系列決定(Transcription Factors and Helper T Cell Lineage Determination)

ヘルパーT(Th)細胞においては、細胞の運命がTh2型細胞へと指令する転写因子 GATA3とTh1系列への選択を制御するT-betにより一義的に決定されている。Hwangた ち(p. 430)は、Tヘルパー前駆細胞がTh1細胞になるように決定される初期段階に おいて、T-betがGATA3のTh2-促進作用を抑制する例外的な手段を有することを見い だした。T細胞刺激の後、そしてTh1細胞のための適切な極性条件下において、T-bet はチロシンキナーゼITKによりリン酸化され、それによりT-betはGATA3に結合できる ようになる。このプロセスのために、GATA3はそのTh2サイトカイン標的遺伝子と相 互作用することができない。この研究では、転写因子が直接的に細胞系列運命を特 定する際に、お互いに制御しあう可能性があることが示された。(NF)
T Helper Cell Fate Specified by Kinase-Mediated Interaction of T-bet with GATA-3
p. 430-433.

帯電と金クラスターの反応性(Charging and Gold Cluster Reactivity)

TiO2といった前期遷移金属の酸化物に担持された金の触媒反応の向上に 関する説明の一つに、酸素空格子点が小さな金クラスターにマイナスの電荷を供与 するというものである。Yoonたち(p. 403)は、一酸化炭素(CO)の酸化反応におけ るモデル的な反応研究と密度関数計算に関して報告している。彼らは、ほぼ完全な 欠陥の無い酸化マグネシュウムとかなりの割合の酸素空格子点を持つ酸化マグネ シュウムの表面に金の8量体クラスターを付着(soft-landed)させた。これらのク ラスターにCOとO2を共吸着させると、欠陥サイトのある表面では高い反 応性を示し、吸着されたCO分子の伸縮振動の周波数がレッドシフトした。計算から は、古典的な非結合軌道への電子のバックドネーション(back-donation)によりCO結 合が弱くなっていることを示している。(KU)
Charging Effects on Bonding and Catalyzed Oxidation of CO on Au8 Clusters on MgO
p. 403-407.

平面性細胞極性のモデル化(Modeling Planar Cell Polarity)

多くの生命体の上皮細胞は、平面性細胞極性を示す。ショウジョウバエの羽では、 六角形の集まった形に詰め込まれた細胞が、局所的領域(近傍あるいは離れたところ の)に平面性細胞極性をになうシグナル伝達成分を蓄積しており、アクチンに富んだ 毛が遠位頭頂から発達して、離れたところにつながっている。こうしたパターン形 成に関わるいくつかの分子成分は解明されているが、要因が多いことや、隣り合っ た細胞間の互いへの影響などの多様な相互作用からくる複雑さが、平面性細胞極性 の完全な理解を妨げてきている。Amonlirdvimanたちはこのたび、生物学と数理的モ デリングを用いて、遺伝的操作によって生み出される複雑な表現型について取り組 んでいる(p. 423)。このモデルは膜タンパク質間の経細胞相互作用を取り込んだも ので、反応-拡散方程式と偏微分方程式に基づくものである。この数理的モデルは、 変異細胞が隣接する細胞の表現型に対して与える影響を、接触依存的なシグナル伝 達によっていかにして説明できるかを明らかにするものである。(KF, hE)
Mathematical Modeling of Planar Cell Polarity to Understand Domineering Nonautonomy
p. 423-426.

ストレスのブックマーク(Bookmark for Stress)

ゲノムは有糸分裂の間、緊密にコンパクトになっている。しかし、ある種の遺伝子 プロモータはそうした高度のコンパクション示すことがなく、この現象はブック マーキングと呼ばれている。この開いた染色質状態を維持する機構は、いまだ知ら れていない。熱ショック遺伝子hsp70iはブックマーキングを示すものであるが、 いったんストレス誘導があると、hsp70iにアクセスできるプロモータが細胞による hsp70iの発現の活性化を急速に行なえるようにしている、と考えられている。Xing たちはこのたび、hsp70i遺伝子におけるブックマーキングの仕組みについての洞察 を提示している(p. 421)。熱ショックタンパク質HSF2が有糸分裂細胞における hsp70iプロモータに結合し、タンパク質脱リン酸酵素2Aを用いてコンデンシ ン(condensin)を脱リン酸化して失活させ、局所的な染色質コンパクションを妨げて いる。ブックマーキングが無効化されると、hsp70i遺伝子の発現は阻害され、スト レスにさらされた場合には、細胞はG期に死んでしまう。つまり、HSF2に仲介された ブックマーキングが、細胞生存における役割を果たしている可能性がある。(KF)
Mechanism of hsp70i Gene Bookmarking
p. 421-423.

光によるダメージを制限する(Limiting Light Damage)

光合成の間、光への曝露が強いと葉緑素(1Chl*)の一重項励起状態におけるエネル ギー過剰となり、これが次に植物にとって有害な有毒中間物質を産み出す可能性が ある。これに対して植物は、カロテノイドを介して過剰エネルギーを散逸する フィードバック脱励起消光として知られる戦略を発達させてきた。Holtたちは、無 傷の単離したチラコイド膜についてフェムト秒レベルの過渡吸収測定(femtosecond transient absorption measurement)を実施し、消光が、Chl*のゼアキサンチンへの 励起子カップリングによってカロテノイド・ラジカルが形成されることで生じる、 強い証拠を発見した(p. 433)。この情報は、ストレス耐性を強めた植物を作り出す ための生物工学や、人工的光合成システムの設計に対する取り組みを促進するに違 いない。(KF)
Carotenoid Cation Formation and the Regulation of Photosynthetic Light Harvesting
p. 433-436.

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