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Science November 14, 1997, Vol.278


名札を作る(Making the tag)

神経伝達物質とか、ホルモンとして機能する多くのペプチドは、 そのカルボキシル末端においてアミド化される。この末端 アミノ基はペプチドに付け加えられるのではなく、過剰な グリシン残基から得られるものであり、これらのほとんどは ペプチジルグリシン(peptidylglycine)α-アミド化モノオキ シゲナーゼ(α-amidating monooxygenase)によって取り 除かれる。その第1段階には、2酸素(dioxygen)、 アスコルビン酸、および2つの銅原子、などの助けを借りた、 グリシンの水酸化のプロセスが含まれている。Priggeたち (p.1300)は、モノオキシナーゼ領域の高解像の構造を示し、 11オングストローム離れた2つの銅原子が、どのようにして 水酸化に必要な2つの電子の各々に寄与しているかを論じて いる。(Ej,hE,Kj)

気候の振幅を観測する(Observing climate oscillations)

氷床から多くの氷山が放出されそれによって堆積物を大西洋を 超えて押し流してきたという突然の出来事によって,最後氷期 の気候は混乱した。Bondたちは (P.1257;Oppoによる展望記事を参照,p.1244)は,気候的 に安定していると考えられている完新世の間でも同じ出来事が あったという認識に至った。その出来事は完新世においても 氷河期の期間と同じペースで発生している。このことは,こう した気候の振幅を引き起こすメカニズムは大きな気候変動の中 でも安定していることを示している。 (TO)

肺の発達の歴史(Lung lineage)

爬虫類も鳥類も、ふいごのような隔膜で分かれた肺を持っているが、 トリの肺は2酸化炭素と酸素の交換率が高くなるように大きく変形 されている。Rubeたち(p.1267;Gibbonsによるニュースストーリ 参照p.1229)は、トリの先祖であると多くの人から思われている 獣脚亜目(theropod)の最近発見された化石を使って肺の形態を分析 した。獣脚亜目(始祖鳥(Archaeopteryx、enantiornithinesを 含む)は、ふいごを駆動する横隔膜と共に、ワニ類と類似した肺を 持っており、現代のトリや、より古代のトリとは対照的な構造と なっている。(Ej,hE)

校正刷りの中の証拠(The proof is in the proofs)

Albert Einstein と David Hilbert は、ほとんど同時に一般相対性 理論の中核的な原理となるところを出版した。そして、実際のところ Hilbert は 原稿の投稿日では Einstein を5日間だけ打ち負かしたの である。Corryたち(p.1270) は、Hilbert の論文の校正刷りの中の 証拠となりうる記録文書を与えている。この中では、投稿時にはその 原稿は実際には相対性理論の重大な部分を含んではおらず、後の校正 段階で加えられたことが示されている。この証拠によれは、Einstein こそ理論を完全に発展させた最初の人であり、Hilbert は Einstein の 論文のコピーを見た後で彼の論文の校正を変えたことを示唆している。 (Wt)

氷結した雲による暖かい火星(Icy clouds, warm Mars)

火星表面の画像は40億年前に水が流れていた証拠を見せている。 残念ながら火星表面に液体の水をつくれるほど火星表面を暖める 簡単なメカニズムは見つかっていない。ForgetとPierrehumbert は(p.1273、p.1245のKastingの展望も参照)、一次元の気候モデル に氷結した二酸化酸素の雲の効果を加えることで、火星表面を水が 流れるほど暖めることが出来ることを発見した。氷結した雲で惑星の 表面を暖めることの意味は、太陽のような星のまわりで、住むのに 適した(生命の最重要な成分である水の存在する領域)領域を、地球 から太陽までの距離の1.3倍から2.4倍以上の距離まで拡大出来る 可能性のあることを示している。(Na)

広がりをカバーする(Covering the spread)

中央海嶺やそれらのジオメトリー(空間配置)に沿っての断層 やマグマの動きはプレートの拡張速度に 伴って動的に変化する。Geliたち(p.1281)は,太平洋−南極 海嶺,そこでは拡張速度が短い距離で大きく変化している,に 対する地球物理学的な調査を行い,最近の3000万年の中で プレートの動きの変化が,どのように海洋底のV形状構造を 生成したか,そしてどのように局所的な拡張系を再編成 させたのかを示す。(TO)

筋肉を作る(Making a muscle)

成長因子が筋芽細胞の筋細胞への分化を抑制するが、それを 行うための細胞内の情報伝達経路がまだわかっていない。 BennettとTonks(p.1288)は、分裂促進因子によって活性化 されたタンパク質リン酸化酵素(MAPK)の活性化は、分裂促進 因子が筋肉特異遺伝子の転写を抑制することに必要であること を発見した。しかし、MAPKの役割はそれだけではない。 筋細胞が融合し、多核筋管を形成する筋形成の後期には、筋肉 特異遺伝子が正常に転写されても、筋管の形成にMAPKが必要 であった。このようにMAPK情報伝達経路は、筋細胞分化にお ける別個のステージの負の制御も正の制御も仲介していると思 われる。(An)

若さを保つ(Staying young)

食物や水が殆ど無いようなストレス状況に於て、線虫 (Caenorhabditis elegans)は、哺乳類の冬眠に似た代謝的に 不活性な休眠状態になる。Linたち(p.1319)は、動物が休眠に ならないように保つ信号伝達経路の1つであるdaf-16をクロ ーン化した。DAF-16は、HNF-3/forkheadファミリーの1つ であり、このファミリーの別のタンパク質は哺乳類のインシュ リンの信号伝達経路に関与している。これが変異すると、 daf-16は線虫の寿命を伸ばすような働きをすることから、長寿 とインシュリン情報伝達を結び付けているように見える。 (Ej,hE,Kj)

HIVの持続(HIV persistence)

タンパク質分解酵素阻害剤と逆転写酵素阻害剤の混合物である 高活性抗レトロウイルス治療法(HAART)は、ヒト免疫不全症 ウイルス(HIV)に感染したある種の患者の血液中のウイルス性 負荷を検出不能なレベルにまで減少させることに成功している。 しかし、治療が終了した後に非常に低いレベルでのウイルス 貯蔵所となったとしてもウイルスの複製を継続し続けるし、 新たな問題の発生源となりうる。Finziたち(p.1295)とWong たち(p.1291;およびBalterによるニュースストーリp.1227)の 独立した研究によれば、30カ月ものHAART治療した患者から 得られた潜在的に感染された静止状態T細胞が、in vitroで 活発な複製状態(actively replicating state)を誘導しうる ウイルスを含んでいることを明らかにした。再生ウイルスは、 殆ど、あるいは全く薬剤耐性に関して進化の証拠を示さなかった。 (Ej,hE,Kj)

聴覚障害遺伝子(Deafness gene)

Lynchたち(p.1315、p.1223のPennisiのニュース解説も参照)に よるコスタリカの大家族で10才ころから始まる症候群の形態でない (聴覚障害以外の他の症状のない)聴覚障害の研究で、この形態の 聴覚障害と、ショウジョウバエと酵母に見られる一群の遺伝子の 一部であるDFNA1の欠損の存在との関係が示された。これら他の 生物の場合、この遺伝子は、細胞質分裂と細胞の極性の決定に関連 している。正常な形態のヒトのタンパク質の場合、ヒトの耳のうず まき官の毛の細胞のアクチン重合に関連しているらしい。(Na)

生命の支え(Staff of life)

農業は「肥沃な三日月地帯」(チグリスユーフラテス流域)に 始まった。Heunたち(p.1312;およびDiamondによる展望記事 p.1243)は、DNAフィンガー・プリント法を利用してヒトツブ コムギ(eihkorn wheat)は、どの野生種から栽培種となったも のであるかを同定した。現在のトルコ南東山岳地帯の野生種の 個体分布をその発生源とした。この地域は、最初の農業定着民 の手がかりを与えるかも知れない。(Ej,hE)

緑色の夜光を説明する(Accounting for the green airglow)

励起状態にある酸素は、地球や火星、金星の電離層においては、 電子によって解離され、原子状態の酸素になる。原子状態の 酸素に由来する、地球における緑色の夜光については、しばらく 前から知られていたが、それがどのように生成されるかの仕組み は未だにはっきりしていない。観測や実験によって、原子状態の 酸素ができる量が、理論で予測される量より多いことが示されて いる。Guberman(p.1278)は、スピン-軌道の共役(電子の スピンとその軌道を描く動きとの相互作用)の効果を、解離による 再結合の計算に組み込むことで、原子状態の酸素の収量が、測定 結果にうまく収まるようにした。(KF)

サン・アンドレアスからの流体 (Fluids from the San Andreas)

マントルから出てくる流体は、多くの火山系、とりわけ 中央海嶺やハワイでそれと認められる。Kennedyたち(p.1278)は、 このたび、マントルからの流体が、サン・アンドレアス断層系に 概ね沿って出てきていると報告している。彼らは、その断層に沿っ て近くに位置する幾つかの源泉で、マントル流体と診断する証拠と なる高いヘリウム-3/ヘリウム-4比を測定した。彼らは、こうした 流体の存在が断層を弱めるように働いているかもしれない、と示唆 している。(KF)

核の回転におけるちょっとした衝撃 (A few bumps in core rotation)

地震に関する最近の分析によって、内核は、マントルより 1年につき0.1から0.3度速く回転していることが明らかになった。 Creager(p.1284)は、南大西洋で生じた地震波が深い内部を 伝わって再び地表に戻ってくるまでの時間と経路を、アラスカの ステーションCOLで、30年間にわたって、分析した。小規模の 不均一性の存在があれば、COLへの波の到着の遅れのいくらかを 説明できるが、この知見は、回転速度の見積りをより低い方へ、 1年あたり最大0.3度ほど下げるものである。このゆっくりとした 回転速度は、内核の外側の速度の不均一性の一部を定義し、説明 することができる。また、それは、内核が、核とマントルの重力的 な結合にうまく適合する、より大きな粘性をもつことを許すことに なる。(KF)

有効な融合(A telling fusion)

Janusリン酸化酵素(JAK)ファミリーというタンパク質チロシン キナーゼがサイトカイン受容体と細胞内の情報伝達経路を結合 させる。この経路が制御するのは、細胞の生存、増殖と分化で ある。Lacroniqueたち(p.1309)は、JAKの調節不全がヒトの 癌を引き起こす可能性があることを示している。 JAK2の触媒作用領域とTELという転写制御因子のオリゴマー 形成領域を含む融合タンパク質を生成する急性リンパ芽球性 白血病における染色体の転位置である。融合タンパク質は、 構成的リン酸化酵素の活性を持ち、造血性株化細胞に サイトカイン非依存性成長を与えている。(An)

死の宣告を仲介する(Mediating death sentences)

c-mycというプロトオンコジーンのタンパク質生成物が 腫瘍形成に関連しているが、細胞死も誘発できる。 c-Mycによって活性化された死と標準細胞死の経路、例えばFas (CD95)死受容体の結合とがどのように関連するかは今まで不明で あった。Hueberたち(p.1305)は、c-Mycが死を誘発するためには、 CD95に自己分泌的に結合するようにc-MycがCD95 リガンドを必要とすることを示している。生存信号を 発生する成長因子は、誘発死を免れることができる。 この結果は、いくつかの細胞において、死の 信号の受けること(例えばCD95とCD95Lとの結合)が 自動的な死信号とはならないことを暗示している。c-Mycが細胞を 死に対して感受性になるが、それでも生存信号が介入し、 細胞を救うことができる。(Greenによる展望記事参考p.1246)) (An)
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