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Science October 17, 1997, Vol.278


NOの信号を作り出す(Synthesizing NO signals)

一酸化窒素(NO)は、血流制御、神経伝達、あるいは免疫応答と言っ た広範囲の生理学的機能に関与している。Craneたち(p.425;お よびWickelgrenによるニュースストーリ記事,p.389)は、(O 2起源の)OH基をアルギニンのグアニジン窒素(guanidino nitro gen)への付加を触媒する一酸化窒素合成酵素(NOS)のオキシナーゼ活性ドメイン の結晶構造を示した。このヘム含有構造と、チトクロムP-450ファ ミリーの構造を比較した結果、NOSの折り畳み構造が特異であり、ヘ ムを取り巻く環境が異なっているにも関わらず、類似したメカニズムが機 能していることが明らかになった。イミダゾールとアミノグアジ ニンが夫々並列した位置関係を持って占めている疎水性O2部位と、 極性Lアルギニン結合部位が、2重の 機能を持つ阻害剤設計の鋳型(テンプレート)となっている。(Ej,hE,Kj)

古代の土壌形成のてがかり(Ancient clues to soil formation)

土壌と沈降物内の有機物分解を開始し、最終的に炭素を固定するすることになる ような化学反応を同定することは困難だった。 糖とアミノ酸が合わさって、より大きな分子量の化合物(料理された食品の刺激性 の匂いを生じる芳香族の副生物)を形成する、古典的なメイラード反応が関連すると 考えら れていた。 Evershedたちは(p. 432)、エジプトの考古学サイトに保存されている植 物の メイラード反応の特徴的な副生物を発見した。(Na)

DNAコンピュータの開発(Developing DNA computing)

DNA分子を用いた計算は、大規模並行(massively parallel)計算であり、ある種の 数学的探索問題に対しては、解の発見に必要な時間が、典型的なチューリング計算 機では指数関数的に増加するのに対し、問題の規模に比例して増加するに過ぎない 。Ouyangたちは、クリーク極大化問題(クリークとは、与えられた頂点と辺からなる 集合において、各頂点が他のすべての頂点とそれぞれ一つの辺によって接続されて いる関係にある頂点からなる部分集合を指す)を解くためのDNA計算アルゴリズム に分子生物学の方法を取り入れた(p. 446)。6頂点からなるネットワークにおける 接続をDNA配列で表現し、選択的消化と増幅のステップで最大のクリーク以外の ものを消去するわけである。著者たちはさらに良いアルゴリズムの必要性を論じて いる。というのも、この方法では、計算に必要なDNAの量が指数関数的に増加する ので、40頂点以上のネットワークについて扱うのは非実用的だからである。(KF)

トリトンの暴風雨(Triton's tempests)

ボイジャー2号は、海王星の月の一つであるトリトンの窒素の豊富な大気が活発な 動的状態にあり、風や雲は季節的な変動をしている証拠があることを示した。 Elliotたち (p. 436; Hubbard による展望記事(p.403)も参照のこと)は、地球上に 設置された望遠鏡を用いてトリトンの大気による星の掩蔽(ある天体が他の天体に より覆い隠される現象)を観測した。そして、「中心の閃光」すなわちトリトンの 大気を通過することによって屈折された星の光の部分的な集中現象が見えるよう に、1995年にはハワイに赤外 線望遠鏡施設が設置された。彼らは、トリトンの中層大気が球から歪んでおり、 これは、超音速の帯状風かあるいは内部の質量分布の歪みによる可能性があると 推論している。(Wt)

モンスーンのモデリング(Modeling monsoons)

大気の気候モデルは,典型的には境界条件を規定するものとして海面温度 が用いられてきた. しかしこのアプローチはモンスーンの降雨のような大気と海洋との相互 作用の大きな現象の研究に疑問を投げかけている.特に赤道地域における 過去の気候のシミュレーションは,古気候のデータと必ずしも一致させる ことができなかった.KutzbachとLiuは,6000年前の大西洋の赤道地域 における気候の振舞を調べるために,地球の軌道の変動 (orbital variations)に強制された海洋と大気のモデル の両方を用いた.この結合モデルは古気候のデータと一致し,当時モンスーン の降雨は約20%激しいものであったということを示している.(OT)

細胞周期の段階(Cell cycle steps)

2つの報告が細胞周期に伴う分子的振舞いについて焦点をあてている。 サイクリン依存性タンパク質キナーゼ(Cdk)の基質を同定することは 困難であることが証明されている。Vermaたち(p.455)は、発 芽酵母の細胞周期のG1期からS期(DNA合成が起きると き)の間の遷移の分子制御を詳細に調べた。彼らは、S期-Cdkの 阻害剤であるSic1pを、G1-Cdkが直接リン酸化することを見つ けた。このリン酸化がトリガーとなりユビキチン結合を生じさせ、その結 果Sic1pが分解され、S期-Cdkの抑制を取り除く。従って、Siclpのリン 酸化がG1期からS期への遷移を制御する中心的事象であると思われる。 Visintinたち(p.460)は、上の考え方を補強し、どのようにタンパク 質分解機構が適正な標的を捕らえ、適正なタイミングで作用するかを示し ている。発芽酵母中の2つのタンパク質Cdc20とCdh1は、分裂後期 促進複合体の基質特異性活性化物質として作用し、標的タンパク質を分解 し、その結果、染色体の分離を可能にし、有糸分裂から細胞を抜け出させ る。タンパク質分解機構の活性はCdc29やCdh1のようなタンパ ク質によって精密に調整されており、その結果、細胞周期中に、適切な標 的は適切な時間に分解される。(Ej,hE,Kj)

インシュリンの信号伝達(Insulin signaling)

イノシトール六リン酸(InsP6)がインシュリン分泌細胞において果たす役割が、 Larssonたちによって探られた(p. 471)。InsP6は、タンパク質フォスファターゼ (phosphatases)1(PP1)、2A (PP2A)そして3 (PP3)の活性を抑制した。こうした フォスファターゼの抑制によって、電位開口型のL型のカルシウムチャネルまたは 関連するタンパク質のリン酸化が持続され、これによって、チャネルが開いている 確率や細胞内へのカルシウムの流入、そしてインシュリンの遊離が増加するという 結果になるというわけである。実際に、InsP6の適用によって、培養された細胞中 のL型チャネルを通るカルシウム電流は増加した。細胞を高濃度のグルコースにさ らすと、細胞内のInsP6濃度は一過的に増加した。このように、InsP6は、膵臓の ベータ細胞の刺激-分泌結合に寄与しているのかもしれない。(KF)

脳の原点(Brain sources)

脊椎動物の脳は、単純な管から始まり、細胞増殖と細胞遊走と畳み込みから 構成する複雑なパターンを経て形成される。 以前の研究の示すところによれば、高等脊椎動物の脳の複雑な表面層である 新皮質の細胞が新皮質の原基における細胞の増殖によって形成されるというもの であったが、Andersonたちは (p. 474; LumsdenとGulisanoによる展望参考p. 402)、 新皮質の細胞が、近くの細胞の増殖と、皮質下層から遊走する細胞との 組み合わせから生じることを示している。 成熱脳の区画は、発生中にそんなに分離していないかもしれない。(An)

深層のダイアモンド(Deep diamonds)

最近になって、ブラジルSao Luiのいくつかのダイアモンドは、全く、地質学的な 試料が得られてない地球の底部マントルから来たものではないか、と示唆されている 。 McCammonたち(p.434)は、メスバウア分光法によりこれらのダイアモンドに含まれる 三価鉄と二価鉄の量を測定した。このデータはダイアモンドの産出場所と、 インクルージョン(取り込み物質)が底部マントルにおいて平衡状態にあることと つじつまが合い、殆どの三価鉄はガーネットとペロブスカイトに抽入されたもので あることが伺える。(Na)

タンパク質冷却(Protein cooling)

リガンドのタンパク質結合部位からの光分離のような反応のあと、タン パク質には余分なエネルギーが蓄積されたままになっている;これは結局 振動エネルギーとして再分配されて冷却し、周囲の水溶媒に分散される。Mizut aniたち(p.443)は、ミオグロビンのCOの光分離のあとの冷却過程 における上記プロセスの相対的な寄与の割合を、ピコ秒の時間分解能で研究した。 彼らはヘムの冷却について2種類の時間スケールの証拠を見つけ、それぞ れは、古典的な拡散過程と集団運動過程に起因することを明らかにした。 (Ej,hE,Kj)

超分子の整列(Supramolecular ordering)

樹状分子、すなわち枝分かれがはっきり認められる階層構造を持つポリマーは、 超分子の集合体を形作る基本単位(ビルディングブロック)となりうる。Hudson たちは、電子顕微鏡によりこれらの集合体の直接的な構造の特徴づけ(構造 キャラクタリゼーション)を与えている。これにより、ある一連の化合物に対 する超分子構造を確立することができた。この構造の研究から得られる洞察は、 合理的な超分子のデザインに必須のこのような集合体の構造的特性を調整する のに用いることができる。(Wt)

縁続きの細胞の運命(Related cell fates)

近い種同士は、発生的な類似点を多数有しているが、一方ではっきりとした違いも 示すものである。こうしたバラツキの背後にある遺伝の機構とは、どのようなものな の か? EizingerとSommerは、違う種類の二つの線虫の相同的な細胞の運命を題材に、 進化過程における変化を解析した。線虫(Caenorhabditis elegans)とPristionchus pacificusにおいては、腹側表皮にある12の前駆細胞は、産卵口細胞か非産卵 口細胞になる運命にある。Caenorhabditisの非産卵口細胞は、表皮と融合するが、 Pristionchusの非産卵口細胞は、アポトーシスに到ることになる。細胞の系譜にお けるこの違いは、ホメオティックな遺伝子lin-39によって制御され、この二つの縁 続きの動物の細胞の運命は、lin-39遺伝子から異なった読み出しを行なうことに よって決定されるのである[表紙参照のこと]。(KF)

イニシエーション(開始)の樹(Initiation trees)

神経細胞機能の特質の1つは活動電位のイニシエーション(開始)と発火 であり、これが膜脱分極の波を形成している。古典的な観点では、活動電 位が軸索に伝播する細胞体の近傍からイニシエーションが起きるのである が、シナプス後端点へ向けて後ろ向きに活動電位を伝播する、デンドライ ト(樹状突起)中の活性コンダクタンス(電気伝導性)が存在するという最近の観測 に 基づいて拡張されてきた。Chenたち(p.463)は、活動電位がデン ドライト内部で開始され、それが細胞体の方に伝播していくらしいと言う 結果から、今までの観点を更に拡張することを議論している。イニシエー ションの部位はデンドライトへの興奮性入力と、細胞体への抑制性入力に よって制御されており、体細胞性発火が存在しなくてもデンドライト樹内 部で可塑的変化が生じていることを示唆している。(Ej,hE,Kj)

カタツムリの学習(Learning in snails)

アメフラシという軟体動物が、連想学習の研究においてモデルシステムとして 広く利用されている。 シナプスにおける学習の物理的な相関が多くの研究の焦点であった。 MurphyとGlanzman(p.467)は、定義された特異的なシナプスにおいては、 連想学習に長期増強が必要であることを示している。 (Johnstonによる展望参照p.401) (An)

ニューロンではなく、グリア細胞になる(Becoming glial cells instead of neurons)

発生中、細胞が環境の合図に反応するのは、細胞内の情報伝達経路の活性化 であり、それによって遺伝子発現の変化および最終的に分化を引き起こす ことによる。 Bonniたち(p.477)は、ラットにおける大脳皮質の前駆細胞がサイトカインに反応し、 ニューロンあるいはグリア細胞に分化することを指示される機構を研究した。 この細胞を毛様体神経栄養因子にさらすことが、分裂促進因子によって 活性化されたタンパク質リン酸化酵素経路とJAK-STAT経路を始めさせた。 (JAKはSTATという転写制御因子をリン酸化し、活性化するタンパク質リン酸化酵 素である。) 後者の経路は前駆細胞をグリア細胞に分化することを促進している決定要因になっ たことが判明した。(An)

右と左の学習(Left and right learning)

ヒトの脳における認知機能の非対象分布は十分確立している.例えば,言語 能力には主に左半球が使われている. LaMendolaとBever(p.483)は,ラットに食物探 しの 課題を学習することに挑ませて,ラットの脳において空間学習は非対象に分布し ているという証拠を示している.左半球(右ヒゲと連結している)は食物の探索 を導くための空間の地図的な表現を扱うために使われているようだし,一方右 半球(左ヒゲと連結している)は機械的学習によって食物探し問題を解決している .(OT)

研究ニュース:安価な電子回路作製(Patterning electronics on the cheap)

電子回路といえば、通常シリコンにフォトリソグラフィーでパターンを形 成したものと相場が決まっているがこのフォトリソフラフィーのプロセス には多大の労力が伴い、そのために支払うコストも馬莫大なものになって いる。このところ、有機LEDディスプレイを始めとする有機物質を利用 した半導体の実用化が目前になってきた。このような有機半導体の製造に は、フォトリソの代わりに、インクジェット技術や、従来の印刷技術が使 われることが多く、そのため生産が大変安価になることが期待されている 。ICカードの様に値段が重要なエンドユーザ向けの商品には、使い捨て も可能で、しかも容易に大型化可能なプラスチック半導体の商品化が有望 であろうと、Duke(p.385)が報告している。(Ej)
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