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Science July 4, 1997, Vol.277


オゾン対微粒子(Ozone versus particulates)

米国環境保護省で提案している新しい環境標準の中ではオゾンと空中に浮遊する微細 な粒子に焦点が当てられている。揮発性有機化合物(volatile organic compounds: VOC)と窒素酸化物(NOx)の排出が両方の汚染物質の生成に影響している。 Mengたちは(p.116参照)大ロスアンジェルス地区の大気の三次元モデルを使い、 多種類の気相とエアロゾル及び、それらの相互作用を考慮に入れて汚染を減少させる 戦略の研究を行った。VOCとNOxの排出をコントロールするとオゾンの生成を押さえる ことができるが、他の前駆物質との化学的結合のため微粒子の発生を抑えるにはたいし た効果はなかった。(Na)

姉妹の系(Sister system)

非常に若い星を研究することにより、我々の太陽と太陽系の起源に対する手がかりを 得ることができる。およそ150パーセク離れたところまでの、最近傍の良く調べられた領域は、 冷たい水素とヘリウムからなる大きな暗黒星雲を含んでおり、また、X線源 でもある。Kastner たち(p.67)は、太陽に類似の若い TW Hya 星やいくつかの他の 若い星を含んでいるが、暗黒星雲は欠いている、はるかに近傍の系が、強い X線源であり、およそ2千万年の年令であることを見出した。COやHCNの分子は、 太陽系に類似のディスクの中で、星の周りを回っている。(Wt,Nk)

消滅作用(Disappearing act)

超伝導体中の電流を輸送するすべての電子が、電子対をなしてボーズ凝縮している のではない。有限の温度においては、これらの電子のあるものは、擬似粒子(QP)と して、その励起状態に存在する。それらの力学挙動から、超伝導状態について多く のことを明らかすることができる。QPは温度勾配に強く応答するため、Krishana たち(p.83; Leeによる展望(p.50)も参照のこと)は、温度勾配を測定するために、 電気回路的なブリッジのバランスをとる方法により、Bi2Sr2CaCu2O8 の熱伝導度 を研究した。彼らは、低温(およそ20K)における異常なプラトー状の挙動(高原状に飽和する)を見出 した。この挙動は、超伝導性の凝縮物質からQPの熱流が消滅するような超伝導状態 への突然の相転移である可能性があると、彼らは示唆している。(Wt)

ビスマスの二重結合(Bismuth double bonds)

周期表上の軽い主要なグループの元素に対しては、非金属間の二重結合が見られるが 、より重い元素になるにつれて、原子のp軌道間の重なりが次第に困難になり、分子 軌道の形成は不安定なものとなる。Tokitoh たち(p.78) は、第6周期の元素である ビスマス原子二つの間の二重結合は、非常に立体的に込み合った化合物の中でも安定化 されうることを示している。相対論的な電子的効果がこのような結合を形成することに 重要である可能性がある。(Wt)

量子粒子のスペクトル(Quantum dot spectra)

量子効果が現れる微小な量子粒子(quantum dot=QD)においては、微小な構造や 印加ポテンシャル、あるいは、その両方によって電子を閉じ込め、局在化される。 Gammonたち(p.85)は、半導体のQDから、外形分解能10nmの光学および核磁気 共鳴スペクトルが得られる技術を開発した。このような計測技術によって、局在化 した応力や組成について超高感度の測定が可能になり、新たな応用が期待される。 (Ej,hE)

人類移動のウインドー(Migration window)

アジアから北米への人類の最初の移動は明らかに、最終氷期の終わり頃、海面の 高さが非常に低かったときだったに違いない。局地的な海面の高さの正確な履歴を 知ることは、人類の移動のルートを知るために不可欠である。Josenhansたちは (p.71参照)詳細の測深データ、地震データ、海底のコアと放射性炭素データを使い、 ブリティッシュコロンビアの大陸棚の海面の高さの履歴を再構築した。 それによると人類が移住を開始した初期、海面は1年間に5センチの割合で急速に 上昇しており、人類が大陸棚の縁を移動のために利用できたのは、14500から10000 年前の時期だけであったことが判明した。(Na,Og,Nk)

チトクロムbc1複合体(Cytochrome bc1 complex)

呼吸鎖の必須部分にミトコンドリアのチトクロムbc1複合体がある。Xiaたち(p.60)は、 この複合体を結晶化させ、そのX線解析から、いくつかのタンパク質成分の原子 モデルを作ることが出来た。4つの鉄中心と2つの阻害剤結合部位が同定され、 生理学的データから構造に関する他の側面も解釈された。(Ej,hE,Kj) (An)

プリオンがはたらいている、だけではない(More than just prions at work)

ウシ海綿状脳症(BSE)のヒトにおける変異体に関する複数の報告によって、病原媒体 の伝達に関する理解が必須であることがわかってきた。プリオンは、タンパク質分 解酵素に対する抵抗性を有する高次構造をもつタンパク質の病原媒体であり、正常 なタンパク質に対する異常な構造変化を誘発して増殖し、ウシ海綿状脳症(BSE)や クロイツフェルト-ヤコブ病(CJD)などの病気を引き起こすものと疑われている。 Manuelidisたち(p.94)は、モルモットとシリアンハムスターにおけるクロイツフェルト-ヤ コブ病(CJD)の一系統を連続的に代を重ねさせることを何度も試みた結果、BSEと類 似の病気をラットに誘発させることができる系統が観察されることを発見した。 プリオンタンパクにタンパク質分解酵素に対する抵抗性が存在しない場合にも病理 が確認できたが、これは、病気の誘発には、他の要因が重要であるのかもしれない ことを示唆するものである。(KF,An,hE)

リサイクルされる落ち葉(Recycling litter)

流れに沿っている水生生態系の植生に、落葉はどのような効果があるのであろうか? Wallaceたち(p.102)は、森の中の流れに沿った長い区間を3年間に渡って落葉を 含む生物の遺骸を取り除いた結果、大きな石、小石、砂利を構成している生物系に 甚大な影響が生じたことを見つけた。その結果、detritivore(腐敗物食性生物) から肉食動物に至る無脊椎動物の多様性とその生物量は大幅に減少した。 しかし、生物遺骸の除去は、こけに覆われた川床の生物には影響を与えなかった ことから、流れに住む、無脊椎動物は異なったエネルギー源を利用していることが 示唆される。(Ej,hE)

ラパマイシンの下流の影響(Downstream effects of rapamycin)

免疫抑制薬ラパマイシンの哺乳類標的(mTOR)は、興味深いタンパク質 グループに属し、このタンパク質が細胞分裂周期とDNA修復において 働いている。mTOR分子とそれに関連しているタンパク質は、ホスホイノシチ ドリン酸化酵素と類似しているが、それらの生理学的標的がホスホイノシチド であるかタンパク質であるかが不明であった。 Brunn たちは(p. 99)、真核生物の開始因子(eIF)-4E-結合性タンパク質 PHAS-1をリン酸化するタンパク質リン酸化酵素として働いている証拠を示す。 PHAS-1は、eIF-4Eに結合することによって翻訳開始を抑制しているが、 PHAS-1がmTORによってリン酸化されると、この結合が抑制される。(An)

血管形成に拮抗する(Antagonizing angiogenesis)

新しい血管の形成を意味する血管形成(angiogenesis)が陽性因子と陰性因子によって制御されている。 陽性制御因子には、Tie2に結合し、活性化する糖タンパク質リガンドである アンギオポエチン-1 (Ang1)がある。 Tie2は、主として血管内皮細胞に発現するタンパク質チロシンリン酸化酵素受容体である。 Maisonpierreたちは、Ang1の配列とよく類似している配列をもつアンギオポエチン-2 と呼ぶ血管形成因子を単離した。 内皮細胞において、Ang2は、Tie2受容体に結合しているが、受容体を活性化しない。 むしろAng2は、Ang1の刺激活性に拮抗していると思われている。 成人において、血管再造形を経験している組織にAng2が発現されている。 Ang2因子を過剰発現している遺伝子組換えマウスでは、 頻繁な血管の発生異常がしばしば見られる。 Ang2は、Ang1の活性を変調することによって、代替の血管形成、あるいは 安定な血管新生、あるいは血管の退行を引き起こす可能性がある。 (Hanahanによる展望を参考) (An)

海洋循環の変化(Change in circulation)

氷河期の間、北極海の形状と水深は大きく変化し、その大部分は氷床で囲まれてい た。BischofとDarbyは、深い海の底から採取した標本中の、氷によって運ばれた岩 のかけらなどから、その源と考えられる地域を逆にたどることで、北極海の氷と氷 山の循環が、現在とは異なっていたらしいことを示した。 現在、流れの循環は主として時計回りになっていて、グリーンランドの近くのフラ ム海峡から出ていく。これに対し、過去70万年の大半の期間では、氷は明らかに、 直接フラム海峡に向かって移動していたのである。(KF)

衝突条件(Collision conditions)

多くの化学反応においては、反応物の並び方が反応の進行にとって重要である。し かし、精密な衝突条件、すなわち反応に関与する分子の振動や回転、速度、もまた 反応速度に影響を与えるのである。Houたちは、銅表面上の重水素分子の解離吸着 を観察し、反応のための原子の立体配置に関する要求が、分子の動力学的エネルギーに強 く依存していることを発見した。衝突エネルギーが低い場合には、立体配置に対し て強い制約があるが、衝突エネルギーが増加するにつれ、立体配置の重要性は低下 するのである。(KF)

核小体におけるヒストン脱アセチル化酵素(Histone deacetylases in the nucleolus)

ヒストンは、DNAを染色体中にパッケージングする核内タンパク質であり、転写の関門 として作用している。 ヒストンアセチル化酵素とヒストン脱アセチル化酵素(HD)は、ヒストンを修飾 し、これらの修飾は、転写に影響するヌクレオソーム構造の変化を 引き起こすと思われている。 Lusserたちは、酵母脱アセチル化酵素RPD3に相同的ではない新規なヒストン 脱アセチル化酵素(HD2)をトウモロコシにおいて発見した。 HD2は、リボソームRNAが合成されている核の区画である核小体に局所化されている 酸性リンタンパク質であり、リボソーム染色質の構造と機能を制御する可能性がある 。(An,hE)

根本原因(Root causes)

新しい変異であるpickleが、Ogasたちによって、シロイヌナ ズナ(Arabidopsis thalina)中に同定された。このpickle変異 を持った植物は、その1次根に異常な形態を示すが、2次、および不定根 には影響を及ぼさない。 変異体の根組織の試料が遍在性ホルモンで あるジベレリン(giberellin)から分離されて培養されると、組織は 自発的に新しい胚と植物を生成する。このpickle変異によって、ジ ベレリンへの応答が変化し、分化の胚性状態を保持しているように見える 。(Ej,hE,Kj)

肝臓内の転写(Transcription in the liver)

肝臓内の遺伝子発現はいくつかの肝臓濃縮転写因子によって制御されている。 この因子の中の2つである、肝細胞核因子1と4(HNF-1とHNF-4)は、肝臓細胞の分化状態に 相関している。 KtistakiとTalianidisは、HNF-1は、肝臓の表現型を定義している制御ネット ワークの中心的役割を果たしていることを示している。 HNF-1とHNF-4両方がそれぞれのDNA結合部位を含むプロモータによる 転写を活性化しているが、HNF-1は、HNF-4の結合部位を含む遺伝子を抑制している。 この抑制機構は、2つの因子の間のタンパク質とタンパク質との相互作用を含んでい る。(An)

細胞の形態と真菌の病気(Cell shape and fungal disease)

カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)のような真菌病原体は、日和見 生物であり、ほとんどの場合休眠しているが、表在性感染を起こしたり、 組織の防御が弱いときには生命を脅かすこともある。カンジダは、病原性 にとって重要であると信じられている、細胞性から糸状成長へと、形態的 に変化する。BraunとJohnsonは、汎用の転写リプレッサと して働く酵母(S.cerevisiae)のTUP1遺伝子の相同体をこわす ことによって、特異的に糸状に成長するカンジダの変異体を作った。 この結果は、TUP1相同体によって負性制御されている遺伝子が、この形態的切 り換えを支配しているらしいことを示している。(表紙とMageeによ る展望記事参照)(Ej,hE,Kj)

免疫を再生する?(Recreating immunity?)

タンパク質分解酵素と逆転写酵素阻害剤を組み合わせることは、HIV-1 (ヒト免疫不全ウイルス1)病の処置に大きな可能性を持っているように 見える。しかし、この治療はどの程度まで正常な免疫系を再構成すること が出来るのか分かってない。Autranたちは、1年間の併用療法によ って、HIV-1によるCD4+とCD8+リンパ球活性化の顕著な 減少と、後期になってナイーブCD4+細胞の増加があることを見つけ た。抗原特異的応答性によって測定されたところによると、治療6カ月後 のT細胞の機能改善もまた観察された。これは部分的な回復を表している に過ぎないが、HIV-1によって免疫系が不可逆的損傷をうけてはいな いことを示唆している。(Cohenによるニュースストーリ参照)( Ej,hE,Kj)
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