Science March 15 2024, Vol.383

より高効率なメソ多孔体型ペロブスカイト (More efficient mesoporous perovskites)

酸化チタン界面の欠陥を不動態化することによる電子注入の向上は、メソ多孔体型ペロブスカイト太陽電池の効率を上昇させてきた。これらの素子において、ペロブスカイトで充填された、炭素・酸化チタン・酸化亜鉛からなる積層メソ多孔体足場は、正孔輸送層無しで電荷が分離するエネルギー・バンドの配置を有している。Liuたちは、酸化チタン上の欠陥をリン酸アンモニウムで不動態化して電子注入を向上させた。その結果、電荷再結合が減少したことで、電力変換効率が約22%に向上した。これらの素子は、55°C750時間の最大電力点追従後も初期効率の97%を維持した。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • メソ多孔体:細孔径がミクロ孔(2nm以下)とマクロ孔(50nm以上)の中間である多孔物質。
Science p. 1198, 10.1126/science.adk9089

分散は多様性を促進する (Dispersal promotes diversity)

種の個体間の多様性は進化の要件であり、多様性の維持は長期にわたる安定を可能とする。Nellたちは実験と数学モデルを組み合わせ、アブラムシと捕食寄生カリバチの両方の分散が、それらの間に安定した生態-進化の動態を生み出すことを示した。エンドウマメアブラムシは、そのスペシャリスト捕食寄生者であるカリバチに対する耐性を急速に進化させるが、耐性が生じると生殖能力が低下する。寄生者の分散の低水準の変化でさえ、あらゆる場所でアブラムシに対し異なる選択圧力を引き起こす。アブラムシが分散できないシナリオでは抵抗力が失われ、アブラムシの分散が強くなると均質化が起こる。しかし、分散が中間的の場合、アブラムシは寄生率の高い地域と低い地域の間を移動することができ、遺伝的多様性を維持し、長期にわたって両方の種が共存できるようになる。(Uc,nk,kj,kh)

【訳注】
  • カリバチ(wasp):昆虫やクモなどの獲物に針で麻酔をかけ、適切な場所に運搬して産卵し、孵化した幼虫はその獲物を食べて育つ。
  • 捕食寄生:寄生者が宿主で栄養を得て成長し、成長後に殺してしまう寄生のこと。
  • スペシャリスト捕食:特定の昆虫だけを捕食すること。
Science p. 1240, 10.1126/science.adg4602

複製フォークの空間的結合 (Spatial coupling of replication forks)

DNA複製因子は広範に特性が明らかにされてきたが、それらが複雑なクロマチン環境内で遺伝物質を複製するためにどのように組織化されるかについてはほとんど知られていない。Liuたちは、ヒトとマウスの細胞においてDNA複製フォークが空間的に結合していることを見出した。これは、フォークの動きに伴う動的なクロマチン相互作用によって証拠づけられた。この結合は、同じ起点にある姉妹フォーク、または密に結合したクロマチン・ループ固定部から生じ、これが正確な複製、伸長、および停止を確実にする。これらの知見は、DNA複製機構の階層構造を支持する実験に基づく証拠を提供し、複製の停止がDNAポリメラーゼの衝突によって引き起こされるのではなく、複製開始段階の間で確立されていることを示唆している。(KU,MY)

【訳注】
  • 複製フォーク:二本鎖DNAの複製が進行する部位。
Science p. 1215, 10.1126/science.adj7606

イントロンを見つけるマイナーな挑戦 (Minor challenge of finding an intron)

真核生物では、mRNA前駆体中で、エクソンとして知られているタンパク質をコードするRNA配列に非コード配列のイントロンが割り込んでいる。イントロンの99%以上(U2タイプ)はメジャー・スプライセオソームとして知られている細胞巨大複合体によって切除される。1%に満たないイントロン(U12タイプ)はマイナー・スプライセオソームによって切除されるが、これに関してはいまだよく分かっていない。Baiたちは、スプライシング活性化の前のヒトのマイナー・スプライセオソームを全て組み立てて再構成し、その三次元構造をほぼ原子の解像度で決定した。構造解析で、このスプライセオソームの構成成分であるU11核内低分子リボ核タンパク質が、U12タイプのイントロンの5´スプライシング部位を特異的に認識することで、どのようにそのイントロンとかみ合わさるのかと、マイナー・スプライセオソームがどのように組み立てられているのかが明らかになった。(MY)

【訳注】
  • イントロン:ヒトゲノム上に数十万個存在するタンパク質非コード配列。スプライシング機構から、99.7%を占めるU2タイプと、わずか0.3%のU12タイプに分類される。後者はごく少数のため「マイナー・イントロン」と呼ばれているが、進化的に高度に保存され、細胞の生存に必須とされる重要な遺伝子に通常1つ含まれている。
Science p. 1245, 10.1126/science.adn7272

急速なマグマ流 (Rapid magma flow)

2023年11月、アイスランドで巨大な貫入体(dike)が形成され、その後、Sundhnúkur噴火が発生した。Sigmundssonたちは、さまざまな地球物理学的観測を用いて、貫入体の形成とマグマの輸送をモデル化した。彼らは、地下のマグマの流量が毎秒7400立方メートルという信じられない高速ピーク値に達したことを見出した。地質構造の引張応力と破壊は、マグマ源からの圧力以上に重要な要因であった。全体として、著者たちは、この系は潜在的な危険性が高く、同様の特徴を持つ他の貫入体侵入にも当てはまる可能性があることを示している。(Wt,nk,kh)

Science p. 1228, 10.1126/science.adn2838

1度に2つの分子鎖 (Two chains at once)

低密度ポリエチレン(LDPE)はプラスチック・フィルムや他の柔軟製品に広く利用されている。その特性は、直鎖分子構造ではなく分岐分子構造に由来しており、この構造を作るには大量のエネルギーを使う高圧合成法を必要とする。Froeseたちは、より温和な溶液相条件下で、長鎖の分岐を達成する独特な方法を報告している。彼らの触媒は1度に2つの分子鎖を組立て、それらは原料エチレン中に混入される少量のジエンの使用で結合されることで、はしご状の構造を作り出することができる。得られたプラスチックはLDPEに匹敵する特性を持つ。(MY,nk,kh)

Science p. 1223, 10.1126/science.adn3067

セルロース消化をさらに手助け (More help for cellulose digestion)

世界中の都市化された人々の腸内は、農村部に住むヒトの腸内よりも微生物の生物多様性が少ないことが知られている。懸念されるのは、重要な菌種の喪失が、都市化された人々の代謝の健康不良の増加に寄与することである。Moraïsたちは、メタゲノム解析で構築したゲノムの中でセルロース分解に関わる重要な遺伝子を探索することにより、ヒトのセルロース分解菌を発見した。ルミノコッカス属のすべての候補種は、微結晶セルロースを分解することができる酵素複合体である活性セルロソームを構築した。これら3種の菌は霊長類と反芻動物宿主由来を示す系統発生系統発生を持ち、しかもそれらは特異的な宿主選好と継続的な宿主適応を示した。ヒトでのセルロース分解菌の発生は、複雑な過程の動的な共進化が腸内で起こり、おそらく環境によって調節されていることを明らかにしている。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • メタゲノム解析:特定の環境サンプル(土壌、水、糞便など)に存在するすべての微生物、特に細菌のゲノムを直接解析する手法。ここでは細菌群としての腸内微生物叢から得た短いゲノム配列情報を、つなぎ合わせたりグループ化したりすることによって、個々の細菌のゲノムを構築している。
  • ルミノコッカス属:セルロース分解能力を持つグラム陽性菌の一属。草食動物の胃などに生息する。
  • セルロソーム:セルロースやヘミセルロース等の多糖を分解する嫌気性細菌が産生する、多種多様な糖質分解酵素が骨格タンパク質に結合した酵素複合体。
Science p. 1197, 10.1126/science.adj9223

大量の富 (An abundance of riches)

複数の分野にまたがるデータ量の近年の爆発が、あらゆる種類の観測データを収集・処理する能力の大幅な向上により推進され、これまで実現したことのない新たな発見の機会を過去10年間にもたらしてきた。Vanceたちは、ビッグデータの領域における最近の発展が、地球科学、特に水文学、海洋学、大気科学の分野にどのような影響を与えたかについて概説した。これらの進歩の鍵は、データそのものに加えて、これらのデータを使って過去、現在、未来の地球システムを表現することを可能にする数値モデルの出現にある。(Wt,kh)

Science p. 1193, 10.1126/science.adh9607

剥離可能な材料を拡大する (Expanding exfoliated materials)

MXene(マキシン)は、遷移金属の炭化物、窒化物、または炭窒化物からなる層状無機化合物族である。これらは、ほとんどの場合、酸性条件下で三次元(3D)母材を選択的にエッチングすることによって得られる。1つの未解決問題は、既存の化学工程を用いて得られる可能性のある、他の層状材料があるかどうかである。Björkたちは、どの3D材料が化学的剥離に成功する可能性があるかを決定するための、計算を用いた高処理量選別方法について述べている(ThakurとAnasoriによる展望記事参照)。著者たちは、119の見込みのある候補を特定し、その中から、標準的なMXene族とは全く異なる材料である、母材のYRu2Si2化合物から、Ru2SixOyナノシートを実験的に合成した。(Sk,kh)

Science p. 1210, 10.1126/science.adj6556; see also p. 1182, 10.1126/science.ado4113

デグロン端を敏感にする (Sharpening degron’s edge)

デグロン・タグは低分子化合物を用いて標的タンパク質の濃度を迅速かつ調整可能に制御することができる。望ましい性質のタグを開発する能力は、研究や生物工学におけるその用途を拡大できるかもしれない。Mercerたちは、高親和性の分子糊複合体を作り出すための連続的進化基盤を報告している。この取り組みを用いて、著者たちは、タンパク質分解を引き起こすために通常用いられる免疫調整薬とは異なり、もともとある内在性タンパク質を回避するサリドマイド誘導体の存在下にタンパク質・セレブロンと結合する小サイズのジンクフィンガー・デグロンを考案した。この研究は生体への影響がない(orthogonal)小サイズのデグロン・タグ、およびさまざまな低分子化合物を用いる分子糊相互作用を作り出すための強力なシステムを提供するものである。(hE,MY,kj,kh)

【訳注】
  • デグロン技術:タンパク質分解を誘導するペプチド配列(デグロン配列)を標的タンパク質に付加し、リガンドを介して、タンパク質分解・除去を誘導する手法。
  • タンパク質分解誘導剤:標的タンパク質のみを分解誘導することができる薬剤。疾患を引き起こすタンパク質を細胞から除去できるため次世代の治療薬として期待されている。サリドマイドやその誘導体(免疫調整薬、IMiDs)に代表されるタンパク質分解誘導剤は、タンパク質分解酵素であるE3ユビキチンリガーゼの構成因子のひとつであるセレブロンへ結合することにより、特定のタンパク質の分解を誘導する。IMiDsは"分子糊"のように機能することで、E3ユビキチンリガーゼと標的タンパク質を近接させ分解誘導することから、Molecular glue(分子糊)型のタンパク質分解誘導剤と呼ばれている。
  • ジンクフィンガー:タンパク質ドメインの大きなスーパーファミリーの1つで、DNAに結合する性質を持つ。
Science p. 1194, 10.1126/science.adk6176

フィロウイルス経口治療薬 (Filovirus oral therapeutic)

フィロウイルスは頻繁に出現し、しばしば致命的なヒト疾患の恐るべき大流行を引き起こす。治療選択肢は今までモノクローナル抗体に焦点を当ててきた。レムデシビルは、ウイルスのRNAポリメラーゼに結合して、RNA転写の未成熟終止によって複製を妨げるアデノシン類似体である。この薬は、ヒトにおいて進行性重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染症の治療に静脈内で使用され、成功してきた。Crossたちは、関連する経口プロドラッグであるオベルデシビル(現在、COVID-19治療の第3相臨床試験中)のフィロウイルスに対する治療的価値を非ヒト霊長類で試験した(SprecherとVan Herpによる展望記事参照)。この薬剤をウイルス暴露後24時間以内に動物に1日1回、10日間投与すると、この薬はスーダン・エボラウイルスによる致死的感染に対して完全な防御を与えた。経口薬を持つことは、フィロウイルスが発生する僻地の資源に乏しい地域で用いる場合、物流上大きな利点となるだろう。(KU)

【訳注】
  • プロドラッグ:投与されると生体による代謝作用を受けて活性代謝物へと変化し、薬効を示す医薬品。
Science p. 1195, 10.1126/science.adk6176; see also p. 1181, 10.1126/science.ado6257

多様性が安定性に導く (Diversity leads to stability)

地球上で最も生物多様性の高い生態系のいくつかは、その経時的安定性もまた最も高いが、生態学理論は、より多くの種が同時発生すると生物群集は安定性が低下すると予測している。最も一般的に用いられる種の共存モデルは、ロトカ-ヴォルテラ・モデルに由来しているが、このモデルは個体群がロジスティック増加様式に従うことと、複数の種が安定して共存できるためには自己制約が必要であることを仮定している。Hattonたちは、指数が1以下のべき乗則の個体数増加を伴う代替モデルが、個体数レベルでは一般化ロトカ・ヴォルテラ・モデルとほぼ同じ予測を提供するが、生物群集数に対しては非常に異なる予測を提供することを示している。指数が1以下のべき乗則モデルでは、多様性が安定性を促進する。このモデルは、公表された個体数の時系列およびマクロ生態学的相似関係と一致している。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 生物群集:同一地域に生息する多種類の生物のまとまり。
  • ロトカ-ヴォルテラ・モデル:生物の捕食-被食関係による個体数の変動を表現する数理モデルの1つ。
  • ロジスティック増加様式:生物の個体数の変化の様子をロジスティック曲線で表す数理モデル。
Science p. 1196, 10.1126/science.adg8488

テルルはもうクールじゃない (Making tellurium uncool)

熱電冷却は魅力的な固体方式であるが、現在は資源の限られたテルル化物基材に依存している。Qinたちは、魅力的な冷却の可能性を持つ比較的単純なセレン化鉛基材の材料を発見した(JakharとIbáñezによる展望記事参照)。彼らは、結晶系に余分の鉛が追加された組成が格子空孔を埋めるのに役立ち、結果として熱電効率を向上させることを見出した。この材料とセレン化スズを組み合わせることにより、著者たちは、比較的魅力のある性能を持った冷却装置を構築したことで、テルルを含まない冷却の可能性を実証している。(Sk,nk,kh)

Science p. 1204, 10.1126/science.adk9589; see also p. 1184, 10.1126/science.ado4077

正孔輸送分子を固定する (Anchoring hole-transporter molecules)

原子層堆積法がTangたちによって用いられ、ペロブスカイト太陽電池(PSC)の正孔輸送層として用いられる自己組織化単分子層(SAM)を安定化させた。彼らは、原子層堆積法によって追加の酸化インジウムが堆積された後は、SAMが透明な酸化インジウム・スズ電極により強く固定されることを見出した。これらの薄膜は、強力に化学吸着されたヒドロキシル基の高い被覆率を有しており、それがトリメトキシシラン基を介して SAMに結合していた。逆型PSCは、85°Cで1200時間、最大電力点追従で動作させた後でも、その電力変換効率の98%を維持した。(Sk)

【訳注】
  • 最大電力点追従:太陽電池での発電時に、気象条件等の変化で常に変動する最適動作点(電力が最大となる最適な出力電圧で電流を取り出せる点)に追従しながら動作する機能。
Science p. 1236, 10.1126/science.adj9602

切り替わる恐怖確認物質 (Switching identity)

心的外傷となるような出来事は、恐怖の汎化をしばしば伴う不安障害に至ることがある。これが起こると、状況に関係した恐怖行動が、無害な状況に対して汎化され、生活の質や心の健康に対して悪影響を及ぼす。Liたちは、行動的、分子的、および電気生理学的な手法を用いて、恐怖の汎化をマウスにおいて仲介する機構を調べた(HenとSchacherによる展望記事参照)。恐怖の汎化は、背側縫線側方翼のセロトニン作動性神経細胞の一部集団における、糖質コルチコイド受容体の変調により誘発される神経伝達物質の切り替わりに起因することが分かった。この切り替わりを阻害すると、恐怖の汎化は防止された。これはこの機構が、急性ストレスにより生じる有害な結果のいくつかを防止する標的にできるかもしれないことを示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • 恐怖の汎化:実際に受けた心的外傷とは異なる状況でも恐怖を感じること。
Science p. 1252, 10.1126/science.adj5996; see also p. 1180, 10.1126/science.ado3464