AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 20 2023, Vol.382

2足す2が4にならない場合 (When 2 plus 2 doesn’t equal 4)

エピスタシスは、たとえば、ひとつの遺伝子またはその変異体が別の遺伝子の表現型効果を変更する場合に生じるが、そのとき色素沈着に関与する酵素の喪失が、別の遺伝子のパターン形成の調節を隠蔽する。Aguirreたちは、分裂組織の発生に関与する3つの遺伝子の一連のシス調節対立遺伝子を調べ、特にトマトの種子区画数に関する影響を調べた。彼らは、遺伝子間の幾つかの関係性が発現強度依存性であるが、これらの相互作用の多くは予期せぬ効果をもたらすこと見出した。これらの結果は同時に、3つの遺伝子間の遺伝的相互作用についての理解を深めるだけでなく、農業目的に対する遺伝子操作された対立遺伝子から出現する可能性のある予期せぬ表現型についての洞察をも与える。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • エピスタシス:異なる位置にある様々な遺伝子や対立遺伝子の相互作用が形質に影響を与えること。
  • シス遺伝子:同種の植物又は交雑親和性のあるドナー植物に由来する遺伝子。
Science, adi5222, this issue p. 315

超極薄で熱的に安定な自己組織化単分子膜 (Ultrathin and thermally stable SAMs)

逆(p-i-n 構造)ペロブスカイト太陽電池(PSC)は、従来の電池と比較して製造上の利点を有しているが、電荷抽出層の安定化のために用いられる自己組織化単分子膜(SAM)は熱劣化しやすい傾向があった。Liたちは、酸化ニッケル膜内の粒子に固定される結果、高速な正孔抽出のために双極子モーメントを最適化して低い欠陥密度をもたらす、ホスホン酸SAMについて報告している。1.53電子ボルトのp-i-n PSCでは、25.6%の電力変換効率が達成され、この電池は65℃で1,200時間動作させた後もその効率の90%以上を維持した。(Sk,kh)

Science, ade9637, this issue p. 284

明るくて遠くの高速電波バースト (A bright and distant fast radio burst)

高速電波バースト(Fast radio bursts FRB)は、銀河系外の発生源からの短時間の電波放射である。RyderたちはFRBを検出し、その発生源を赤方偏移約1の銀河と特定した。これは、現在からビッグバンに向けて、その中間地点よりも遠くにある。このバーストは異常に明るく、FRB放射機構のモデルに対し疑問を投げかけている。著者たちは、また銀河間物質がどの程度に電波の速度分散を引き起こすのかを研究し、より低い赤方偏移で測定された相関から予想されるものよりも大きな分散が発生していることを見出した。彼らは、主銀河内に磁化されたプラズマが存在し、それが複雑な形態を持っていると推論した。(Wt,nk,kh)

Science, adf2678, this issue p. 294

農地の温暖化は鳥にとってさらに悪影響 (Warming on farmland is worse for birds)

動物生息地の農地および市街地への用地転換が拡大しており、それが気温の上昇と極端気候の増加を伴っている。森林は農地など、開けた生息地よりも極端気温を和らげることができるため、これらの二重ストレスが相互作用して動物の環境適合度に影響を与える可能性がある。 Lauckたちは、市民科学プログラム Project NestWatch のデータを使用し、米国本土全域の森林、草原、開発地域、農地における鳥類の雛の成功に極度の暑さがどのような影響を与えるかを調査した。彼らは、極度の暑さが、異なる土地利用では異なる影響を及ぼすことを見出した。農地に営巣する鳥は、極端に暖かい気温では雛の巣立ちの成功率が低かったが、森林ではその逆が当てはまった。将来の温暖化は、人間が支配する地域での鳥の繁殖に悪影響を与える可能性がある、特に保全が懸念されている種の間で。(Uc,nk,kj,kh)

Science, add2915, this issue p. 290

汎用プラスチック用構成要素 (Building blocks for versatile plastics)

ポリオレフィンは多くの魅力的な性能特性にも関わらず、分解が困難であるため、深刻度が増すプラスチック廃棄問題の一因となっている。Zhaoたちは、ポリオレフィンと同様に機能するが、再生利用に向けた分解がより容易な重合体類について報告している。具体的には、彼らは両末端に水酸基を持つ直鎖オリゴマーと分岐オリゴマーから(これらの構成要素からなる)ブロック共重合体を作製し、脱水素してその炭化水素鎖間にエステル結合を形成した。これらの構成要素の分布を変えると、作られるプラスチックの特性が調節され、さらに、水素化によりエステル結合が切断されて元の構成要素に再生される。(MY,kh)

Science, adh3353, this issue p. 310

ベンジル基炭素での置換を偏らせる (Biasing substitution at benzylic carbon)

求核置換反応は、炭素と化学結合を作るのに広く用いられている。多くの場合この反応は立体化学、つまり置換基の空間配置が、正確に予測可能の状況のもとで起きる。しかし、アリール基に隣接するなどの特定の炭素中心は反応性が高いため、求核剤が反応部位に達する前に脱離基が離脱するいわゆるSN1機構が起き、立体化学的に規則性のない生成物が生じてしまう。Singhたちは、キラルなアニオンで包み込むことが、低温でこのSN1過程で形成されるベンジル・カチオンを触媒的に安定化し、それにより、炭素?炭素、炭素?酸素および炭素?窒素の結合形成における立体化学を選択的に制御できることを見出した。(MY,kh)

【訳注】
  • ベンジル基:C6H5CH2? で表される化学基。
  • 求核置換:電子豊富な求核剤が求電子性の基質部を攻撃して結合し、同時に基質部から化学基が脱離して、基質部の化学基が入れ替わること。
  • SN1機構:炭素から化学基(脱離基)が脱離して炭素カチオンが生じ、これに求核剤が結合する反応の機構、脱離基の脱離能により反応が決定され、求核剤は反応速度に影響しない。
Science, adj7007, this issue p. 325

LYTACの徹底的調査 (An in-depth look at LYTACs)

リソソーム酵素置換療法、抗体薬物抱合体、オリゴヌクレオチド治療薬などのさまざまな生物学的薬剤のリソソームへの送達は、それら治療薬の活性にとって極めて重要である。リソソーム標的キメラ (LYTAC) などの細胞外タンパク質分解因子は、リソソーム標的化を通じて細胞外間隙からの標的タンパク質の正確な除去を可能にする。Ahnたちは偏りのない遺伝子スクリーニングとプロテオミクスを用いて、この細胞外分解因子活性の細胞決定因子を図化した。E3 Cullin-3の活性化は、LYTAC標的複合体をリソソームに届けること可能にし、分解因子への細胞感受性に対する予測標識であった。典型的なリソソーム標的受容体である細胞表面CI-M6PRは、内在性マンノース-6-リン酸 (M6P) 修飾糖タンパク質に連想よって阻止されることが判明した。レトロマー複合体は、LYTAC-CI-M6PR複合体を再使用することでこの分解活性を妨げた。したがって、M6P生合成またはCI-M6PR再使用の破壊は、LYTAC活性を高めた。LYTACによる膜タンパク質分解の詳細な機構研究は、エンドサイトシス生物学の解明を可能とし、疾患に対する分解因子の合理的な配備に役立つかもしれない。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • リソソーム:細胞内小器官の一つで、加水分解酵素を持ち、エンドサイトシス等でリソソームに取り込まれた生体高分子を加水分解する。
  • レトロマー:エンドソーム(細胞内に存在する小胞)からトランスゴルジ網(細胞内小胞輸送の中心的な役割を果たす細胞内区画)への膜貫通受容体のリサイクルに重要なタンパク質複合体。
Science, adf6249, this issue p. 281

大爆発 (A big blast)

2022年のフンガ・トンガ・ハアパイ噴火は、成層圏に大量の水を注入し、オゾンの大規模かつ急速な損失を引き起こした。Evanたちは、火山噴煙中の水、エアロゾル、オゾンに関する現場のデータを収集した。リモート・センシング観測と組み合わせて、加湿された火山エアロゾル上の不均一な塩素活性化が、発生した大規模なオゾン損失の原因であることを示した。この損失は主に、強い加湿、放射冷却、エアロゾルの表面積増加の相乗効果によって引き起こされたものである。この観測は、地球温暖化による対流の変化に伴う中緯度成層圏の過剰な水分が、成層圏下部のオゾン損失を増加させる可能性を示唆している。(Wt,kh)

Science, adg2551, this issue p. 282

海馬のさまざまなコーディング戦略 (Different hippocampal coding strategies)

同期的な海馬ニューロンの集合体活動は、エピソード記憶を支えている。この観察は、海馬の主な機能が、経験のさまざまな要素間の連想性をコード化するという見解をもたらした。しかし、別の仮説は、海馬が柔軟な「行動を導くことが可能な世界」の予測的表現を生成するというものである。Liuたちは、嗅内皮質から海馬野CA1への入力を切断すると(SteudlerとOlafsdottirによる展望記事参照)、その結果、場所細胞の同時発生的発火を無傷のまま維持しながら、場所細胞の連続的動態を破壊した。連続的動態の再生は切断されたが、集合体の再活性化は維持された。したがって、さまざまなCA1コードは、連想記憶課題を支える場所コードと、空間の予測的推移についての学習を必要とする課題を支える連続的コードとを使うことで、対応するメモリ操作を提供する。(KU,kj,kh)

Science, adi8237, this issue p. 283; see also adk4642, p. 262

ホット・キャリアの動態を明らかにする (Unraveling hot-carrier dynamics)

電子が導電帯に光励起されると、通常は急激に熱運動化し散乱過程を経てエネルギーを失う。上部伝導帯中のホット・キャリアを効率的に抽出する能力は有用となるだろうが、関連するその過程の理解が欠如している為に実現していない。Taghinejadらは、ホット・キャリアによって放出されるテラヘルツ・パルスの解析に基づく技術を開発した(Bangleと Mikkelsenの展望記事参照)。筆者らはモデル化を用いて、ホット・キャリアの時空間的ダイナミクスを解明することが出来た。本研究は、高エネルギーのホット・キャリアを活用できる環境発電(energy harvesting)や光化学といった応用を開発するための明瞭な指針を提供する。(NK,KU,kh)

Science, adj5612, this issue p. 299; see also adk6862, p. 264

ズワイガニの大量餓死 (Mass starvation of snow crab)

海洋熱波は、地球の気候に与える我々の影響の構成要素であり、予想される環境変化と予想外の環境変化の両者をもたらすことがある。2018年から2021年の間に、歴史的にカニが豊富な時期と一連の海洋熱波があった後、ベーリング海のズワイガニの個体数は100億匹減少した。Szuwalksiたちは調査データを用いて、この生態学的にも商業的にも重要な種の減少の潜在的な促進因子をモデル化した。彼らは、水温は種の熱限界を超えていなかったが、それがカロリー必要量を大幅に増大させたことを見出した(Kruseによる展望記事参照)。この増大は、生息域の制約と相まって、予期せぬ大量餓死事象を引き起こした。(Sk,kh)

Science, adf6035, this issue p. 306; see also adk7565, p. 260

セミの連鎖的な影響 (Cascading effects of cicadas)

周期ゼミは13年から17年ごとに一斉に発生し、絶え間ない騒音だけでなく、鳥や他の捕食者のための食物の殺到ももたらす。Getman-Pickeringたちは、2021年のBrood Xのセミ発生前後と発生の間に一連の実験を行い、この資源の追加が米国東部の森林の栄養動態にどのように影響したかを明らかにした (Parkerによる展望記事参照)。彼らは、発生のない年と比較して、セミの発生は、鳥による毛虫の捕食を低下させ、毛虫の密度を高め、オークの苗木の被食率を増加させることを見出した。鳥が日和見的にセミの餌に切り替えるにつれて、植食に対する鳥の制御は低下したが、このことは資源の脈動がこの短期的で広範囲の影響を与えることを示した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 周期ゼミ:カメムシ目に属する昆虫で、主にアメリカ中西部と東海岸に生息する。13年から17年に1度、何十億ものセミが周期的に同時発生するが、その群れは発生する年ごとにBroodと呼ばれ、それぞれのBroodにはローマ数字がつけられている。2021年に発生したBrood Xは、周期ゼミの中でも最大の群れである。
Science, adi7426, this issue p. 320; see also adk5880, p. 268

脳に霊感を得たコンピュータ素子 (A brain-inspired computer chip)

人間が毎日処理し、世界中に送信するデータ量は驚くべきものである。しかしながら、それに伴うエネルギー・コストは高く、エネルギー効率の高い装置を設計することが強く求められている。Modhaたちは、他の同等の構造と比較して、大幅に高い性能、エネルギー効率、面積効率を達成する、NorthPoleと呼ばれる神経細胞に霊感を得た構造を備えた素子について述べている(IyerとRoychowdhuryによる展望記事参照)。この素子の重要な特徴は、ほぼすべての種類のコンピューティングにおいて、メモリとのやりとりが論理処理と同じくらい重要な役割を果たすという認識である。アナログ・インメモリ・コンピューティングとは異なり、この純粋にデジタルな系は、必要に応じてビット精度を調整する選択肢を有しており、それが電力使用量の最適化を可能にする。(Sk,kh)

【訳注】
  • アナログ・インメモリ・コンピューティング:生物学的な脳におけるニューラルネットワークの実行方法の主要な特徴を真似ることで、人工知能の計算速度やエネルギー効率の課題に対処する有望なアプローチで、アナログAIとも呼ばれる。IBM によって研究されている。
Science, adh1174, this issue p. 329; see also adk6874, p. 263