AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 21 2023, Vol.380

深いところで、深く眠る (Sleeping deep)

睡眠は不可欠であるが、すべての哺乳類が長時間の睡眠が可能な環境に住んでいるわけではない。海洋哺乳類は、海にいる場合、睡眠にとって特に困難な状況に遭遇する。Kendall-Barたちは、高度な遠隔監視技術を用いて、野生のキタゾウアザラシが、海では1日あたり2時間未満しか眠らずに過ごせ、しかも300メートルあたりの深さに潜ってそうすることを見出した。他の海洋哺乳類とは異なり、彼らはまひ状態を伴う完全なレム睡眠に入るが、彼らの捕食者が住み着いているよりも深いところで睡眠に入る。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • レム睡眠:身体は休息状態にあるが、脳の活動は覚醒状態に近い睡眠状態であり、急速眼球運動(Rapid Eye Movement)を伴うためREM睡眠と呼ばれる。
Science, adf0566, this issue p. 260

トップダウン設計による複雑な構造物 (Complex architectures by top-down design)

既に確立された構造的性質をもつ構成要素に基づく人工タンパク質複合体の設計が、最終的な複合体の性質に制限をかけることがある。Lutzたちは、強化学習を用いて、予め定められたパラメーターを忠実に守る、複合体タンパク質構造物を生成する方法を開発した。彼らはこの設計方法を任意の容積を充満する設計を生成することによって実証したが、この設計方法には事前設計タンパク質環の間の対称的コネクターを含めた。60サブユニットから成る二十面体に集合するように設計された小さいタンパク質は、ワクチンでの抗原提示や多価作動薬複合体での分子シグナルの伝達向けに有用の可能性があるが、これは著者が予備的生物学実験で実証しているとおりである。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • トップダウン設計:製品全体のレイアウトを先に決めて、各部品を順次設計していく方法。
  • 強化学習:システム自身が試行錯誤しながら、最適なシステム制御を実現する、機械学習手法のひとつ。
Science, adf6591, this issue p. 266

レトロトランスポゾンがその攻撃目標を見つけ調べる (A retrotransposon zooms in on its target)

ヒトゲノムの大部分は、自身を複製してDNAの新規部位に貼り付けることができる、トランスポゾンと呼ばれる反復配列で構成されている。ヒトにおいて最も一般的で、唯一実証可能な活性をもつ種類のトランスポゾンは非長鎖末端反復レトロトランスポゾンで、それはRNA中間体を利用していて、この中間体は新規の挿入部位でDNAへと直接変換される。Wilkinsonたちは低温電子顕微法を用いて、何が挿入される配列を決めるのか、どこにそれが挿入されるのか、を示した。彼らはまた、この特異性が変更されうることを示している。これは、これらのレトロトランスポゾンが遺伝子挿入の手段として設計できるかもしれないことを示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • レトロトランスポゾン:ゲノム上のある場所から別の場所へと移動する転移因子(トランスポゾン)のうち、自身の転写産物を逆転写して移動する複製・貼り付け型の方式により転移するもの。
Science, adg7883, this issue p. 301

2つのガンの物語 (A tale of two cancers)

生息地の喪失と過去の迫害によってすでに絶滅の危機にさらされているタスマニア・デビルの個体数は、DFT1と呼ばれる致死性で伝染性のガンにより、過去数十年にわたり大幅に減少してきた。最近の研究の中には、このガンの進行と広がりが緩慢になり、それが地域病になったかもしれないことを示唆するものがあり、これは死亡数の減少に通じる。しかしStammnitzたちは、タスマニア・デビルの第2の伝染性顔面ガンであるDFT2の進化について記載している。より最近になって進展したこのガンの系統は、より急速に変異し、この種に対する高レベルの脅威となっている。(MY,KU,kh)

Science, abq6453, this issue p. 283

つかの間の優位さ (A passing advantage)

メスによる選択は集団を形作る上で大きな役割を果たしている。多くの種で、メスは稀少あるいは非通常型の形質を備えたオスを好むことが示されてきた。この好みがどのように時間とともに維持されるのかは未解決の問題のままだった。Potterたちは、トリニダード・グッピーを何世代にわたって調べ、メスが稀少なオスをはっきり好むことと、これらの稀少な形質を同様に持つ子どものオスを通して、さらなる適応恩恵を獲得することを見出した。しかし、ひとたび稀少形質がより通常になると、この適合恩恵は、オス親の稀少形質が結局普通となって消え失せ、オス孫はそんなに好まれなくなるのである。(MY,kh)

Science, ade5671, this issue p. 309

ねじりと閉じ込め (Twist and confinement)

光ファイバーは、光の波長、偏光、強度、位相といったさまざまな光の特性に符号化した情報を載せて、現代の情報化時代のバックボーンを形成している。これらのモードはファイバー内の全反射に依拠している。容量をさらに増やすことは、ファイバー内の異なる空間モードで光を伝搬させることで可能となるが、これはモード混合によって複雑化して、それが起きると情報が壊れてしまう。Maたちは、(内部全反射とは別の) 光を閉じ込める位相特徴を用いて設計された光ファイバーを実証して、モード混合に関連する有害な問題を回避している。これらの成果は、より大容量の光ネットワークを構築するための道筋を示唆するものである。(Wt,kh)

Science, add1874, this issue p. 278

古代マヤ石積みの秘密 (The secret of ancient Maya masonry)

高温多湿の熱帯環境にさらされたにもかかわらず、先コロンブス期のモルタルと化粧漆喰が顕著な安定性を実現しているのは、石灰漆喰の製造における有機材料の添加が鍵となっている。Rodriguez-Navarroたちは、ホンジュラス・コパンのマヤ漆喰を研究し、有機物質、および、貝殻に見られるものに類似する方解石のバイオミネラルのナノ構造を見出した。著者は、コパンの地元の木からの樹皮抽出物を加えた石灰漆喰のレプリカをテストすることで、これらの有機添加剤の存在が漆喰の靭性と耐候性を高めることを示した。最適化された石灰系の漆喰は、遺産の保護と現代の持続可能な建設に役立つ可能性がある。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adf6138

水処理膜を改良する(Improving water treatment membranes)

汽水または廃水のきれいな飲料水への変換は、汚染物質を保持しながら水の流れを可能にする、半透性の逆浸透膜を必要とする。既存の膜材料を改善したと主張する研究にもかかわらず、広く用いられている標準的な逆浸透膜は何十年も変わっていない。展望記事において、McCutcheonとMauterは、新材料開発の商業利用への移行に関する問題について論じている。特に、材料開発を水処理工程全体の中にあてはめ、適切な条件下で新しい材料を試験し、そして製造可能性を評価する必要性を強調している。評価をこのような方法で変化させることが、汚染水処理に対する材料科学の応用を改善するかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 汽水:海水と淡水の中間の塩分を持つ水。
  • 逆浸透膜:ろ過膜の一種で、水を通すがイオンや塩類など水以外の不純物を通さない性質を持つ膜のこと。
Science, ade5313, this issue p. 242

連鎖する環境危機への対応 (Facing coupled environmental crises)

人類は、気候変動と生物多様性の喪失による社会的・生態学的な大きな影響に直面しつつある。この2つの危機は、互いに共通の原因と影響を及ぼし、絡み合っている。Portnerたちは、International Panels on Climate Change と Biodiversity and Ecosystem Servicesのメンバーによる合同会議の結果を概説している。彼らは、生物多様性の喪失と気候変動との間の関係を議論し、相互に関連する問題としてそれらに対処するための解決につながる可能性のある策を提案している。温暖化ガス排出量の大幅な削減、多用途の陸景と海景の保護、天然資源への公平な利用を提供する政策は、将来の生態系機能と人間の幸福を確保するのに役立つ可能性がある。(Uc,KU,kh)

Science, abl4881, this issue p. 256

1回治療での塩基編集 (Base editing in a single treatment)

脊髄性筋萎縮症は、乳児死亡の主要な遺伝的原因である。これは、運動神経細胞生存 (SMN) タンパク質と呼ばれるタンパク質の欠損に起因する。SMNを増加させる薬剤は効果的であるが、反復投与を必要とし、そうでなければ時間の経過とともに効果が消失する可能性がある。Arbabたちは、SMNタンパク質をコードする不十分に活性な遺伝子を十分に活性な形態に変換することによって、SMNタンパク質を恒久的に正常濃度に補正するゲノム編集戦略を明らかにした。マウス・モデルにおいて、この変化を効率的かつ正確に行う塩基編集を用いた治療は、寿命を延長し運動機能を回復させた。塩基編集と現在の脊髄性筋萎縮症治療薬の1回の併用治療は、マウスの治療結果をさらに改善した。(Sh,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 運動神経細胞生存(SMN)タンパク質:運動神経細胞の生存に必要なタンパク質で、筋肉を動かすためにも必要とされている。SMNタンパク質量が少ないと、筋肉だけでなく消化器や骨など体のさまざまな場所で影響がでる。
Science, adg6518, this issue p. 257

RNA監視が発がん性を変える (RNA surveillance turns oncogenic)

正確なRNA調節は、正常な発達と病気の予防に重要な品質管理機構である。異常なRNAは、欠陥のあるタンパク質の翻訳を避けるために、識別と破壊が必要である。Inscoたちは、RNA監視機構を活性化して異常なRNAを分解する、サイクリン依存性キナーゼ13 (CDK13) が、腫瘍抑制機能も持っているということを報告している (Fisherによる展望記事参照)。動物黒色腫モデルにおいてCDK13が変異すると、異常なRNAの蓄積と翻訳がより激しい悪性症状をもたらした。他のがん型の分析は、同様のCDK13変異を明らかにし、そしてRNA監視に関わる複合体の付加成分の遺伝子がヒト腫瘍で繰り返し変異していることを示した。これらの知見は、RNA監視が以前は認識されていなかった腫瘍抑制の役割を持っている可能性を示唆している。(KU,kj,nk)

Science, abn7625, this issue p. 258; see also adh4051, p. 240

AMPKを細胞小器官の生合成に連結する (Linking AMPK to organelle biogenesis)

キナーゼAMPKは、エネルギー恒常性を制御するのに役立つ重要なセンサーである。Malikたちは、AMPKが転写因子TFEBを制御して遺伝子転写を増加させ、ミトコンドリアとリソソームの生合成を支えるその機構を明らかにしている。AMPKは、フォリクリン相互作用タンパク質1(FNIP1) の直接リン酸化によって作用するらしい。FNIPは、GTPアーゼであるRagCおよびRagDに対するGTP活性化タンパク質として機能する複合体の一部であり、リソソーム表面でラパマイシン複合体1タンパク質キナーゼ・シグナル伝達複合体の機構的標的を調節する。これがリソソームからのTFEBの放出をもたらし、それが核で作用できるようになる。(KU,kh)

Science, abj5559, this issue p. 259

シュレーディンガーの猫、子猫、ライオン (Schrodinger’s cats, kittens, and lions)

生きた状態と死んだ状態が重なり合っていて、その運命は観測した時にのみ決定されるとしたシュレーディンガーの猫という考えは、量子力学の解釈に不合理があることを指摘した思考実験に由来する。しかし、そのような重ね合わせ状態の概念は多くの異なる量子系で既に実現されているので、古典的世界と量子的世界がどこで別れていくのかが(近年の)論点となっている。Bildらは、16マイクログラム・メカニカル共振器においてシュレーディンガーの猫状態をつくりだし、観測し、制御した。筆者らは、重ね合わせ状態の規模を制御可能にすることで様々な量子状態を効率的に創り出しており、本技術は量子力学的挙動と古典的挙動の境界を調べる技術基盤として期待されている。(NK,kj,nk)

Science, adf7553, this issue p. 274

太古の脳の観察 (View of an ancient brain)

神経系の進化の起源は、生物学における基本的な問題として残っている。神経系の特徴は、それらがシナプスを介して伝達する別々の細胞 (ニューロン) で構成されていることである。神経系を持つすべての動物の姉妹グループである有櫛動物は、ニューロンの進化的起源とそれらの接続に関する比較研究において重要な役割を果たしている。有櫛動物の行動を助ける神経回路を立証するために、Burkhardtたちは高分解能の三次元電子顕微法を用いて、神経網ニューロンが別々の実体ではなく、シナプスの影も形もなくに連続した神経突起原形質膜を介して相互接続されていることを明らかにした (Dunnによる展望記事参照)。この知見は、神経ネットワークと神経伝達の進化に関する新たな視点を提供する。(KU,nk)

【訳注】
  • 有櫛動物(ゆうしつどうぶつ、学名:Ctenophora):クシクラゲ類とも呼ばれ, クラゲ様の動物を含む動物の分類群の1つで、クラゲ類(刺胞動物)とは別のグループの生物である。これが神経系を持たない海綿動物を含む他の全動物群から最初に分かれた系統であるとの説も提起されている。
Science, ade5645, this issue p. 293; see also adh0542, p. 241

私有地の保護区 (Private land protection)

高い生物多様性を保護するには、広大な世界の土地が、何らかの保護下に置かれていなければならない。公有地で種の保護が優先されておらず広く分布もしていない地域では、私有地の保護区が種の保全に役立つ可能性がある。ブラジルでは、数十年前に制定された原生植生法が、種の保護における私有地の役割を評価する機会を提供してきた。De Marcoたちは、ブラジルのセラードにあるこれらの私的休耕地によって保護されている哺乳類の種を調べ、それらが種の範囲の最大25%を含むことを見出した(MachadoとAguiarによる展望記事参照)。そのような地域は、生態学的に手付かずであるか修復されていた場合、さらに重要な役割を果たす。(Sk,kh)

【訳注】
  • セラード:ブラジル内陸中西部に広がる熱帯サバンナ地帯で、イネ科の草本と落葉低木からなる草原地域。
Science, abq7768, this issue p. 298 see also adh1840, p. 238