AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 31 2020, Vol.369

ストーンヘンジの大砂岩の採掘場所 (Source of Stonehenge's sarsens)

何世紀にもわたる議論にもかかわらず、ストーンヘンジの直立巨石(大砂岩)の地質学的同定には結論が出ていなかった。以前の推測では、採掘場所として北30kmの場所が示唆されていた。Nash たちは、分析手法の組み合わせを用いることにより、この主張(に関連する試料)を分析し、52個の大砂岩のうち50個が一致した地球化学的特徴を持ち、このため共通の採掘源を示していることを見出した。追加の分析により、ストーンヘンジの北わずか25kmの場所が最も可能性の高い大砂岩の採掘場所であることが明らかになった。これらの調査結果は、これらの石がどのように遺跡に運ばれたかについての競合する復元像を解明するのに役立ち、大砂岩がおよそ紀元前2500年のほぼ同時期に立てられたという仮説を支持している。(Sk,MY,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abc0133 (2020).

簡単な二酸化炭素交換 (Simple swaps of CO2)

カルボン酸から二酸化炭素が失われることは、生化学的状況においても合成化学的状況においても一般的な反応であるが、大抵は触媒が関与したり長時間の加熱を伴ってきた。Kong たちは今回、ジメチルホルムアミドのようなある極性溶媒が、自発的に、1つの炭素によって芳香環に架橋されたカルボン酸塩から、二酸化炭素が可逆的に失われるのを促進すると報告している。芳香環に電子吸引性置換基があることで、同位体標識された二酸化炭素は、室温においてさえ効率的に交換されうる。あるいは、アルデヒドとの反応はアルコール形成となる。(MY,kh)

Science, this issue p. 557

高山植物相の起源 (Origins of an alpine flora)

高い山の植物相の進化は、地殻変動と気候の歴史に強く影響されている。Ding たちは、世界で最も種が豊富な高山植物相である、チベット-ヒマラヤ-ホントワン地域の植物相が構築された時期、速さ、様式を考証している。この地域の高山植物群は以前に考えられていたよりも古く、その高山植物の祖先は漸新世初期まで遡る系統を有しており、つまり他のどの現代の高山植物系統よりも古い。高山植物種は、造山運動とアジアモンスーンの激化の時期に、より急速に多様化しており、この地域で最も種が豊富な地域であるホントワン山脈は、漸新世において最も早く高山植物の多様化が急展開した場所として重要な生物地理学的役割を果たした。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • モンスーン:元々は「季節風」を意味する用語であったが、「季節風変化に伴う、顕著な降雨活動の変動」を指するようにもなってきた。
  • ホントワン山脈:中華人民共和国南西部、チベット高原の南東に位置する山脈で、日本名は(中国)横断山脈。
Science, this issue p. 578

ミクログリアの発達 (The development of microglia)

ミクログリアは脳の免疫細胞であり、健康と神経変性疾患において重要な役割を果たしている。Kracht たちは、ヒトのミクログリア遺伝子発現とクロマチン接近可能性の単一細胞分析を行い、その結果をヒトとマウスのミクログリア発達に関する他の研究の結果と比較した。原位置(in situ)検証を使用することで、これらのデータは、成人のミクログリアとは異なるような胎児のミクログリア・サブセットを明らかにし、発達中の脳と成熟した脳の機能的な違いを示唆している。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン(DNAとヒストンにより形成された複合体)上の標的領域と結合できる可能性のこと。
Science, this issue p. 530

統合的細胞内構造の生物学 (Integrative in-cell structural biology)

細菌中で、RNAポリメラーゼはリボソームと結合して、エクスプレソーム(expressome)と呼ばれる転写-翻訳装置を形成することがある。転写と翻訳の分子機械が互いにどのように連結しているかに対して、生体外で再構成された試料の構造データに基づき、複数のモデルが提案されてきた。この細菌特有の転写機械と翻訳機械の結合の仕組みを理解することは分子生物学のセントラル・ドグマについての洞察を提供し、抗生物質の開発に活用されるかもしれない。O'Reilly たちは、NusAタンパク質が転写複合体と翻訳複合体の間を結び付けていることを見出した。彼らは、低温電子断層撮影とクロス・リンキング質量分析を併用して、全て細胞内データから得られた、肺炎マイコプラズマの転写・翻訳中エクスプレソームについての統合モデルを作成した。この方法は細胞内構造生物学の発展に寄与する。(MY,kh)

【訳注】
  • クロス・リンキング質量分析:相互作用しているタンパク質複合体の成分を架橋物質で化学的に結合させ、その後質量分析することでタンパク質複合体の相互作用部位の情報を得る分析法。
  • NusAタンパク質:遺伝子が転写を受ける際に、転写の開始後にRNAがRNAポリメラーゼにより伸長する過程で、RNAポリメラーゼに結合してRNAポリメラーゼを中心とした固有の複合体を形成する転写伸長因子と呼ばれるもののうちの1つ。
Science, this issue p. 554

高速の塩基エディターの秘密 (Secrets of a fast base editor)

CRISPR-Cas9塩基エディターは、DNAヌクレオシドを脱アミノ化できる酵素に融合したRNA誘導 Casタンパク質で構成されている。天然の酵素でDNAのアデニンを脱アミノ化するものはないため、天然の転移RNA脱アミノ酵素が Cas9に融合されて進展し、DNA上で作用するアデニン塩基エディター(ABE)になった時に躍進が起こった。さらなる進展が酵素ABE8eを提供した。この酵素は、最初のABEよりも1000倍以上速く脱アミノ化を触媒する。Lapinaite たちは今回、DNAに結合したABE8eの3.2オングストローム分解能の構造を示しており、その構造において標的アデニンは触媒の立体構造を捕捉するように設計された類似体で置き換えられている。その構造は、ABE8eをより前のABEと比較する速度論的データとともに、ABE8eがどのようにしてDNA塩基を編集するかを説明し、そして将来の塩基エディターの設計に情報を与えることができるだろう。(KU,kh)

Science, this issue p. 566

エントロピーを減少させる (Lowering the entropy)

光格子に投入された原子は、固体中の電子挙動を忠実に真似ることができる。しかしながら、多くの興味深い量子相が生じると期待される極低温に到達するのは簡単なことではない。Yang たちは、彼らの試料のエントロピーを減少させる巧みな実験手法を紹介している。彼らは、 試料原子と冷媒路が交互に並んだ列からなる配列を創った。そのエントロピーは試料原子から隣の冷媒路へ移され、冷媒路はその後取り除かれた。結果として得られる低エントロピー系は、量子シミュレーションや量子情報処理の基盤として活用できる。(NK,kj,kh)

Science, this issue p. 550

胸腺はどのようにして免疫学を形作ったか (How the thymus shaped immunology)

胸腺の機能は1961年に Jacques Miller によって発見され、免疫学と現代医学の基礎を築いた。研究者たちはその時まで、胸腺が単に、免疫細胞の墓場のたぐいで、もはや使われないリンパ組織の残物を表すものに過ぎないと誤って信じていた。Miller は概説記事で、胸腺の重要な機能の発見をもたらした影響力の大きな実験と概念的思考を詳しく述べ、その黎明期から学ぶことのできる洞察を提供している。胸腺機能の知見が、その後どのようにしてT細胞生物学の分野を生み、それが免疫細胞の相互作用、ワクチン接種、ガン免疫療法、および腸内細菌叢に与えてきた影響もまた論じられている。(MY,kh)

Science, this issue p. eaba2429

COVID-19はどのように発生するのか? (How does COVID-19 develop?)

コロナウイルス病2019(COVID-19)は、画一的な症状を呈さない疾患であり、患者は無症状から致命的な呼吸窮迫まで多様な症状を経験する。COVID-19を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、多数の細胞型に感染し、それは、それが結合する細胞受容体、あるいは受容体グループによって決定される。Matheson と Lehner は展望記事で、受容体結合がCOVID-19疾患の症状の様式をどのように決定するか、すなわち感染の生物学に関して分かっていない問題について、および感染を防いで重症の疾患を減衰できるかどうかについて考察している。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 510

ファミリーの差を明らかにする (Revealing family differences)

低血糖濃度に応答して、グルカゴン受容体(GCGR)(ファミリーBに属するGタンパク質共役型受容体(GPCR))とβ2アドレナリン受容体(β2AR)(ファミリーAに属するGPCR)の両方が活性化され、その結果、環状アデノシン一リン酸によるシグナル伝達経路により作動して糖の産生を向上させる。この応答の反応速度論は、これら2つの受容体で異なる。Hilger たちは構造データおよび分光データに基づき、活性状態にある膜貫通らせん6の立体構造が重要な差異要因であることを示している(Lebon による展望記事参照)。β2ARでは、このらせんが活性型立体構造に移行するのは、作用剤が結合する場合だが、GCGRでは、作用剤とGタンパク質の両方の結合が必要である。これは、GPCRのパートナーであるGタンパク質の活性化が、β2ARよりGCGRの方が遅い理由を説明しそうである。(MY,kh)

【訳注】
  • Gタンパク質共役型受容体:2つの末端がそれぞれ細胞内と細胞外にある7回膜貫通型受容体タンパク質で、細胞内に三量体Gタンパク質が結合し、細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容してそのシグナルを三量体Gタンパク質の変化として細胞内に伝える。
Science, this issue p. eaba3373; see also p. 507

RNA分子の脱アデニル化 (Deadenylating RNA molecules)

転移RNA(tRNA)と伝令RNA分子は、細胞内で加工されると、しばしば末端2',3'-環状リン酸基を獲得する。これらの環状リン酸化合物は、tRNA連結酵素の結合点を提供するので、tRNAを再生利用するためには、翻訳停止したリボソームから取り除かれる必要がある。Pinto たちはヒト組織培養細胞から、その役割を果たすことができる脱アデニル化酵素を同定した。結晶構造の生化学的特性評価と分析により、ANGEL2が、RNAプロセッシングと修飾のための機能を備えた2',3'-環状脱リン酸化酵素であることが明らかになる。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • RNAプロセッシング:核内で合成されたRNA(伝令RNA前駆体)を、核外に出す前に、切断や化学修飾、切断再結合を行い、成熟伝令RNAに加工する工程。
Science, this issue p. 524

対立遺伝子特異的なオープン・クロマチンの影響 (Effects of allele-specific open chromatin)

ゲノムの非翻訳領域の遺伝的多様体は、疾患の発症の根底にある可能性がある。しかし、私たちは神経精神疾患に関連するそのような変異体の機能を解き明かし始めたばかりである。Zhang たちは20人のヒト由来多能性幹細胞株から得た5つの型の神経前駆細胞を使用して、対立遺伝子固有のオープン・クロマチン(ASoC)多様体を調べた。多くのASoC多様体は、転写因子結合部位などのゲノム要素、および、神経学的特性に対する全ゲノム関連研究で特定された遺伝子座と重複していた。実験的解析と計算的解析から、彼らは一塩基多型を特定した。また、統合失調症に関連した1つの多様体が神経発生にどのように影響するかを明らかにしている。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • オープンクロマチン:DNAがヒストンタンパク質などのタンパク質に巻き付くことで形成されているクロマチンにおいて、巻きが弱くてDNAが剥き出しになっている領域。
  • 多様体(バリアント):同一種の生物集団の中に見られる遺伝子型の違い。同一種であっても個体によってさまざまな遺伝的変異が存在する。
Science, this issue p. 561

胎児脳の新皮質 (Neocortex in the fetal brain)

ヒト進化の道の途中で、遺伝子の重複と分岐がタンパク質 ARHGAP11Bを生成したが、これはヒトにおいて見い出されているが、非ヒト霊長類や他の哺乳類には見い出されていない。Heide たちは、胎児マーモセット(小型のサル)においてARHGAP11B遺伝子の発現影響を、その遺伝子が持つヒト特異的プロモーターの制御下で、解析した(Dehay と Kennedy による展望記事参照)。胎児成長の初期の数週間で、この遺伝子は神経前駆細胞と新皮質の、普通の胎児マーモセットで明白であるよりも、精巧さを高めた。ARHGAP11Bの発現は、ヒト脳を特徴付けるより頑強な新皮質の1つの原因かもしれない。(KU,kh)

Science, this issue p. 546; see also p. 506

反応は溶媒をはしゃがせる (Reactions give solvents a kick)

化学反応中、反応物と生成物に直接接触していない溶媒分子の再配置は、通常、単純な拡散応答と見られている。Wang たちは、6つの一般的な反応(銅触媒によるクリック反応とディールス-アルダー反応など)における分子の拡散をパルス磁場勾配核磁気共鳴法を用いて研究した。彼らは、ブラウン運動による拡散と比べて、実際に研究した触媒反応で、より強い移動度上昇を観察した。クリック反応に対する移動度は微小流体勾配法で確かめられた。彼らは、エネルギー放出が反応中心の一時的な並進運動を作り出し、それが溶媒分子を機械的に乱すと主張している。(MY,nk)

【訳注】
  • ディールス・アルダー反応:4炭素の共役ジエンに2炭素のアルケンが付加して不飽和6員環を形成する反応。
  • クリック反応:シートベルトをカチッと締めるように、二つの反応原料を高収率で副生成物を出さずに結合させる基質特異的な反応。
Science, this issue p. 537

酸化物上に作られたグラフェンのナノリボン (Graphene nanoribbons made on oxides)

原子的に精密なナノグラフェンおよびナノリボンは、前駆体の脱水素環化に触媒作用を及ぼす金属表面に合成されてきた。しかしながら、素子中で使用するには、通常は、これらの構造を絶縁体表面、あるいは、半導体表面に移されなくてはならない。Kolmer たちは、一連の熱的に誘発された転換を通して、特別に設計された前駆体分子の脱水素脱フッ素環化を促進するルチル型二酸化チタン(TiO2)の表面に、精密なグラフェンのナノリボンを合成した。走査型トンネル顕微鏡と分光法により、基板との弱い相互作用とともに、ナノリボンの明確なジグザグ端の形成が確認された。(Wt,MY,nk)

Science, this issue p. 571

変形可能な半導体 (Deformable semiconductors)

半導体は通常、脆く、簡単には変形しない。Wei たちは、セレン化インジウムの大きな単結晶は、それどころか優れた柔軟性を有することを見出した(Han による展望記事参照)。この変形能力は、インジウムとセレンの間の順応性のある層内結合に由来している。著者たちは、以前に発見された硫化銀に加え、これらの観察結果を用いて、他の変形可能な半導体を見つけるのに役立つかもしれない材料の変形係数を決定した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 542; see also p. 509

よりきれいな空 (Cleaner skies)

アメリカ合衆国本土の粒子状物質の大気汚染は最近数十年を通じてかなり減少してきているが、一体どこでその進展がなされてきたのであろうか。Colmer たちは36年分のデータを分析し、微小粒子状物質濃度の空間分布がこの期間にわたりほぼ変化無く留まっていることを見出した(Ma による展望記事参照)。微小粒子状物質による汚染の程度は全体に下がっているが、1981年に汚染が最大と最小だった地域は今日においても変わっていない。我々は、大気汚染管理において重要な前進を遂げてきたかもしれないが、地域社会間での不均衡な汚染暴露への対処については、それほど成功してこなかった。(Uc,MY)

Science, this issue p. 575; see also p. 503

カリフォルニア州北部における流行病 (Epidemic in Northern California)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)大流行に関するゲノム配列決定は、発生源の追跡と、おそらく将来の突発の防止についての教訓を引き出すのに有益である。Deng たちによるゲノム解析は、カリフォルニア州北部が、州から州への伝搬だけでなく、飛行機と船による海外旅行にも由来する複雑な一連のウイルス伝来を経験したことを明らかにした。この研究は、迅速な管理を可能にするために、迅速に試験し、陽性患者の接触を追跡できることの重要性を強調している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 582

大規模太陽フレアの予測 (Predicting large solar flares)

太陽上の磁気エネルギーの突然の放出は、強力な太陽フレアを引き起こす。そして、この予測は難しい。Kusano たちは、大規模太陽フレアの開始に対して、物理学根拠の閾値を導出し、それらが日常の太陽観測からどのようにして予測できるかを示している(Veronig による展望記事参照)。彼らは、2008年から2019年までの太陽の観測を用いてその方法を試験した。多くの場合、この方法は、いくつかの発生未発生の誤判定はあるものの、今後 20時間以内にどの領域で大規模フレアが発生するかを正確に特定している。この方法は、また、各フレアが始まる正確な位置と、そのフレアの強さの限界も与えている。太陽フレアの正確な予測は、地球周囲の宇宙気象状態の予測を改善できるであろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 587; see also p. 504