AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 8 2019, Vol.363

熱に順応する布 (A cloth that adapts to the heat)

布地は赤外線を捕捉し、それにより我々が寒中で暖かさを保つのに役立っている。もちろん、暑い気候では、これはあまり望ましくない。Zhangたちは、カーボン・ナノチューブで被覆された高分子繊維を束ねた糸からなる、赤外線順応布地を作成した。糸自体は熱と湿度で膨潤したり、しぼんだりし、結果として繊維の間隔が変化した。より広い糸の間隔は、布地が呼吸することを可能にしたが、布地の赤外線放射率も変えた。これにより、高温多湿条件下でのより優れた熱交換が可能になった。布地の自己調整放射率は、着用可能な熱管理服に役立つかもしれない。(Sk,kh,KU)

Science, this issue p. 619

壊れやすい薬剤を腸に送る (Delivering fragile drugs to the gut)

経口薬剤送達は、多くの医薬品を送達する、最も簡単で最も侵襲性の少ない方法であるが、インスリンを含む多くの薬剤および医薬品は、胃や消化管を無事に通り抜けることが出来ない。Abramsonたちは飲み込み可能な送達媒体を開発した。これはどんな出発位置からでも胃壁に付着するよう自身で向きを変える。糖の容器中にバネを封入することで、生体分子を送達する動作を誘発することができた。この方法は、ブタにおいてインスリンの有効な送達をもたらすのに成功した。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 611

反応部位の選択を揺り動かす (Shaking up reaction-site selectivity)

直感的には、化学結合に振動エネルギーを注入することが、その結合の選択的開裂を促進するはずに思える。実際は、振動励起と反応性の関係は、より微妙でより複雑であることが、広く証明されている。Thomasたちは、光共振器と特定の振動モードの強い結合が、2つの競合する反応部位を持つ分子に、どの程度強く影響するかを研究した。この分子は、Si-C または Si-O 結合のそれぞれの開裂によってフッ化物と反応することのできる、2つのケイ素中心を有していた。いずれかの中心での振動を励起することで、全体的な反応が減速され、一方、抑制されていた Si-O 開裂が増強された。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 615

人間の意識の動態 (The dynamics of human consciousness)

重度の脳損傷を有する患者を治療する場合、人間の意識の有無を推測することは難問である。Demertziたちは、重度の脳損傷によって引き起こされた脳の接続性の変化を評価するために、159人の患者の機能的磁気共鳴画像データを記録した。植物状態にある患者の脳活動の動的パターンは、意識状態または最小意識状態にある患者と区別することができた。さらに、無反応患者では、意識状態に関連するパターンが散発的に出現していた。それは、非侵襲的な意識が回復できる可能性がある道筋を示唆している。(Sk,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat7603 (2019).

南アメリカにおけるジカ・ウイルスの動態 (Zika dynamics in South America)

ジカ・ウイルス(ZIKV)の感染動態を特徴付けることは困難である。多くのZIKV感染は無症候性であり、ZIKVの臨床症状は非特異的である。Rodriguez-Barraquerたちは、アメリカ大陸における最近の発生の中心地である、ブラジルのサルバドールで進行中の長期健康調査を利用した。彼らは、2015年10月にZIKV発生の前後からの複数の血清学的分析を用いて、ZIKV免疫応答をデング・ウイルスに対する応答(DENV)と区別した。人口の約73%がZIKVに攻撃された。DENVに対する既存の抗体の存在は、ZIKV感染リスクの低下と症状の低下と関連していた。(KU,kh)

Science, this issue p. 607

適量のアルカリを添加する利点 (Advantages of adding just enough alkalis)

有機-無機ハイブリッド太陽電池に対して、セシウム・カチオンやルビジウム・カチオンを添加すると、電力変換効率の改善が可能となる。Correa-Baenaたちはナノ規模のX線蛍光画像法を用いて、低濃度の金属カチオンの添加で臭化物アニオンとヨウ化物アニオンの分布が均一化し、電荷担体の寿命も向上することを示した。しかし高濃度の添加では、凝集とクラスター形成が電荷再結合の増大を招いた。(MY,kh)

Science, this issue p. 627

リンパ節転移をあおる (Fueling lymph node metastases)

転移細胞は、2つの経路で原発腫瘍から遠隔臓器に移動することができる。すなわち、直接血流に入り込むか、或いは原発腫瘍に隣接するリンパ節に入り込むことができるかである。リンパ節内での腫瘍細胞の存続と増殖を可能にする生物学的機構については、ほとんど知られていない。Leeたちはマウス・モデルを研究し、腫瘍細胞が自身の代謝を脂肪酸酸化へと変えることで、リンパ節の微小環境に順応することを見出した。これは、転写共役因子であるYes関連タンパク質(YAP)により駆動されるシグナル伝達経路の活性化により生じる。重要結果として、脂肪酸酸化またはYAP駆動シグナル伝達の阻害が、マウスでのリンパ節転移を抑制した。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 転写共役因子:DNA上の転写制御領域に結合する転写因子に結合して遺伝子発現を調節するタンパク質。
  • YAP:重力に抗する細胞張力を制御し、重力に耐性な三次元の組織構築や配置の制御に関わるタンパク質として知られているが、また、その発現上昇がガンの転位再発率の高さや予後の悪さに関係することでも知られている。
Science, this issue p. 644

タイミングが重要 (Timing matters)

ある生物種が、急速な気候変動にどのように応答するかは複雑な問題である。Paniwたちは、乾燥にはもっぱら強い、カラハリ砂漠のミーアキャットの長期のデータを使用して、予想される変化が時間とともに個体数の持続性にどのように影響するかを調査した。一年のうちのある部分での温暖化と降雨量の変化は、生存率と持続性に悪影響を及ぼす一方で、その年の他の部分での同様の変化は反対の影響をもたらした。気候変動のより広範な影響を理解しようとするとき、このような変動性を理解することが、極めて重要となるであろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 631

絶滅危機の主張 (The case for endangerment)

2009年に米国環境保護局(EPA)は、いわゆる「危険性認定」を立ち上げた。これは、6つの長期持続する温室効果ガス一式を「大気汚染」であると明示した。このような大気汚染は、現在と将来の世代の健康と福祉に脅威をもたらすと予想された。したがって、EPAは米国の大気汚染防止法の規則の下でこれらのガスを規制する権限を有している。Duffyたちは、その時から何年にもわたり収集された科学的な証拠の包括的総説を提供している。これらの知見は、危険性認定の基礎を更に支持・強化する。このように、説得力のある主張が追加的なデータの大規模な一群を有することで、更にいっそうの説得力をもってきた。(Uc,KU,kh)

Science, this issue p. eaat5982

沈んだ青でさえ全て彩り (All the hues, even the blues)

光合成生物は、有効な光吸収を最大化するとともに、損傷の原因となる過剰な光から自分自身を守って均衡を保たねばならない。この両方の課題は、光エネルギーを吸収してそれを光化学系に伝えるか、或いは熱として消失させる、葉緑素とカロテノイドという色素を必要とする。Wangたちは、珪藻から得られたフコキサンチン-クロロフィルa/c結合タンパク質(FCP)の構造を決定した。この構造は、この集光性タンパク質中の光合成に特化した色素の配置を明らかにしている。フコキサンチンとクロロフィルcは、より水深の深い所へ差し込み、またクロロフィルaやbがそれほど吸収しない青-緑色光を吸収する。FCPは植物の集光性複合体に関係するが、カロテノイドに対するより多くの結合部位を持ち、また、クロロフィル用の部位はより少ない。このことが光エネルギーの伝達と消失を助けているのかもしれない。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 光化学系:葉緑体中に存在し、クロロフィル分子が補足した光エネルギーを化学エネルギーに変換する光合成の機構。
  • 集光性タンパク質:光を吸収し、そのエネルギーを光化学系に供給する、クロロフィル色素や補助色素としてカロテノイド色素を含有するタンパク質。
  • フコキサンチン:コンブ・ワカメ等の褐藻に見られるカロテノイドの1種。主にフコキサンチン-クロロフィルa/c結合タンパク質(FCP)として存在し、光合成の補助色素として機能する。
Science, this issue p. eaav0365

雲の影響の反映 (Reflections on cloud effects)

海洋上の豊富な雲凝結核(cloud condensation nuclei CCN)エアロゾルは、地球の気温にどのくらいの影響を与えているのだろうか? Rosenfeldたちは、CCN がどれほど海洋の層積雲の特性に影響を与えるかを解析した。その層積雲は、地球が受け取る太陽放射の多くを宇宙に戻す (Satoとsuzukiによる展望記事を参照)。CCNの存在量は放射冷却の変動の大部分を説明した。したがって、これらの雲による放射強制力の大きさは、現在のモデルが示すものよりも、CCNの存在に対してはるかに敏感であり、これは温暖化効果を補う別の存在を示唆している。(Wt,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaav0566; see also p. 580

標的外の薬物代謝 (Off-target drug metabolism)

人間が飲み込むものはすべて、腸内微生物相の採餌活動と形質転換活動にさらされている。これは、食物成分同様に治療薬にも当てはまり、薬の効力と毒性における個々人の変化の主要な原因であるかもしれない。Zimmermannたちは、個々の薬物応答は、個々人の微生物相の遺伝的特徴に依存することを見い出した。彼らは、さまざまな変異微生物相を接種されたマウスにおいてヌクレオシド薬(抗ウイルス薬および抗うつ薬として使用されている)の代謝を調べた。彼らは次に、異なる身体区画における薬物動態をモデル化し、そして宿主と微生物の寄与を同定した。個人によっては、最大70%の薬物変換が微生物代謝に起因されうる。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaat9931

銅が輝くのを助ける (Helping copper glow)

銅は多量にあるので、この金属を発光応用への魅力的な候補にする。しかし、多くの銅錯体は光励起後に無放射のまま減衰する傾向にある。最近説明されている例外には、アミド配位子とカルベン配位子の間に銅を挟んだ2配位錯体がある。Hamzeたちはこの構造単位を徹底的に探り、ほぼ100%の発光効率を計測した。彼らはこの特性を利用して、有機青色発光ダイオードの試作品を作った。このフォトダイナミックスでは、銅が促進するアミドからカルベンへの電荷移動に起因する励起状態を持つ、主に配位子中心のものであるらしい。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 601

霊長類の脳の中の抽象的概念 (Abstract concepts in the primate brain)

霊長類は、見た目は異なるが同じ知的構造に対応する空間同士の概念的類似性をコードする神経細胞を持っているだろうか? Baraducらは、サルが、見知っている環境と、この環境とは同じ一般的構造を共有しているが未見の標識を示す新たな仮想環境の、両方を探索しているときのサルの海馬神経細胞を記録した。海馬細胞のおよそ3分の1は、見知っている標識と新しい標識の両方で有意に相関がある発火を示した。この相関は、目前の視覚的情報ではなく、空間または課題要素で決まった。これらの細胞の機能的な特徴は人間の概念細胞と類似しており、外見的な視覚的特性よりも特定の刺激に意味があることを表わしている。(ST,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 635

対称性を使って安定化する (Stability through symmetry)

レーザー・システムからより高強度の光を得る一般的な方法は、複数のレーザーを束ねてレーザー・アレイを作ることである。しかしながら、個々の共振器の異なるモード間の混信と干渉に起因する不安定性が、一般にレーザー性能に悪影響を及ぼし、最終的にはレーザー共振器を損傷してしまうことがあった。Hokmabadiらは、素粒子の構成や特性を記述するために高エネルギー物理において構築された理論である超対称性から得られた概念を活用して、安定な半導体レーザー・アレイを設計した(Kottosの展望記事参照)。対称性の議論に基づき、本手法は拡張可能であり、より複雑なフォトニクス・システムを設計・開発するための現実的な技術基盤になるかも知れない。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 623; see also p. 586

ChAT発現 T細胞はウイルス感染と戦う (ChAT-ty T cells fight viral infection)

神経伝達物質アセチルコリン(ACh)は、筋収縮、 神経細胞情報伝達、及び血管拡張などのプロセスに関与している。ニューロンと共に、免疫学的T細胞とB細胞の集団は、ACh生成の律速段階を触媒する酵素コリン・アセチル基転移酵素(ChAT)を発現する。しかしながら、免疫細胞由来のAChの役割は不明である。Coxたちは、サイトカイン・インターロイキン-21(IL-21)が、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス感染の際にCD4+とCD8+ T細胞中でChAT発現を誘発することを報告している(Hickmanによる展望記事参照)。ChATのT細胞特異的欠失は、血管拡張および抗ウイルスT細胞の感染組織への輸送を強く損ない、このことが慢性ウイルス感染の効果的な制御を弱めた。このように、IL-21は慢性感染の際に決定的役割を果たしている。さらに、この知見は、組織中への免疫細胞の遊走を調節することのできるコリン作動性機構を明らかにする。(KU,kh)

Science, this issue p. 639; see also p. 585

HIVグリカンとナノ粒子ワクチン (HIV glycans and nanoparticle vaccines)

合成ナノ粒子はワクチン設計のために広範な関心を引きつけているが、免疫系が多量体ナノ粒子への応答をどのように行うのかは不明のままである。Tokatlianたちは、多価ナノ粒子型または単一の単量体として配置されたHIV外被抗原により生じる免疫を研究した(Wilsonによる展望記事参照)。ナノ粒子HIV免疫原は、単量体型と比較してより大きな抗体応答を引き起こした。糖鎖付加は、それがマンノース結合レクチンへの結合、補体固定、および濾胞樹状細胞への抗原輸送を促進するので、体液性免疫増強の鍵のようであった。この知見は、先天性免疫システムがHIVナノ粒子をどのように認識するのか、および次世代のナノに基づくワクチン設計における抗原糖鎖付加の重要性を強調している。(KU)

【訳注】
  • HIVグリカン:HIV抗体の中でHIV外被の糖タンパク質gp120の特定の位置に結合したグリカンを認識する強い抗体が存在する
Science, this issue p. 649; see also p. 584

ある者にとっては多過ぎ、他の者にとっては少な過ぎる (Too much for some, too little for others)

先進国や新興経済国では、農業や化石燃料の燃焼による過剰な窒素が、生物多様性、気候、そして人間の健康に悪影響を及ぼしつつある。しかし、世界の他の地域では、窒素の乏しい土壌が、食料安全保障を脅かしている。展望記事において、Stevensは、植物および生態系の窒素循環に対するこれらの主要な外乱の影響を議論し、地域的に適切な窒素管理への取り組みを通して、窒素過剰と窒素不足の両方の問題に取り組む、緊急の必要性を強調している。(Sk)

Science, this issue p. 578

心血管疾患における見解を変える(Changing views in cardiometabolic disease)

分岐鎖アミノ酸(BCAA)は食事から得られる必須アミノ酸のサブセットである。展望記事で、WhiteとNewgardは、血中BCAAの増加と2型糖尿病や心血管疾患を含む肥満関連疾患とを結び付ける科学的根拠について議論している。著者らは、BCAAが心血管系の健康状態の生物指標をどのようにして提供することができるのか、またBCAAが心血管疾患の症状を促進する機序について議論している。(Sh,nk,kh)

Science, this issue p. 582