AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 19 2018, Vol.362

ケシのゲノムがアヘンの進化を明らかにする (Poppy genome reveals evolution of opiates)

アヘン・ケシは新石器時代以来、鎮痛剤の供給源であった。その結果生じる中毒の危険が、今日多くの人々を脅かしている。Gueたちは今回、アヘン・ケシの概略ゲノムを発表している。これは、11の染色体中に組み込まれた27.2億塩基を含み、5万以上のタンパク質コード遺伝子を予測するものである。特に複雑な遺伝子群は、アルカロイド薬剤であるノスカピンとモルフィナンを産生する代謝経路中の多くの重要な酵素を含んでいる。(MY)

【訳注】
  • ノスカピン:延髄の咳中枢を抑制することにより、咳の発生が抑制される薬剤で、中毒性はない
  • モルフィナン:種々のオピオイド系薬剤を作る上での基礎となる化学骨格。
Science, this issue p. 343

グラフェン積み重ねにおいては厚みが問題だ (Thickness matters in graphene stacks)

グラフェン単層を積み重ねると、層数が材料の特性に影響する。直感的には、積み重ねが厚くなり、試料がグラファイト状になってくるにつれて、その特性は収束すると予想される。Namたちはグラフェン多層膜のコンダクタンスを、厚みを増加させながら測定した。彼らは、試料を最大7層の厚さまで調べ、それらのすべてにおいて、非ゼロの臨界温度で電子相関が相転移を引き起こすことを見出した。しかしながら、その臨界温度は、低温状態の性質と同様に、層数に強く依存していた。この予想外の持続的な層数依存性は、層が増えても鈍化の兆候を示しておらず、さらなる理論的および実験的研究をうながすであろう。(Sk,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 324

硬くてぐにゃぐにゃの内核 (A solid and squishy inner core)

地球の内核は固体と考えられている。それは、剪断波が伝播するであろうことを意味している。しかし、内核の大きさが小さいため、剪断波の検出は非常に困難である。TkalcicとPhamは、さまざまなタイプの地震波の位相の相関を取ることで、最終的に地球の内核における剪断波の速度を決定した (Irvingの展望記事を参照)。この剪断波の検出は、それを見つけるための80年の探求に幕を閉じ、内核が固体ではあるが、柔らかいことを確証している。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 329; see also p. 294

医薬研究の共有化 (Sharing pharmaceutical research)

共同研究の増加は、新しい治療薬候補を予測する能力を高めるであろう。このようなデータの共有化は、現在のところ知的財産権や競合する商業的利益についての懸念によって制限されている。Hieらは、安全な薬理学的共同研究のために、最新の暗号ツールを用いた端末装置どうしのパイプライン的直結データ経路を導入している。これにより多数の研究体は、非公開のデータ・セットを安全に組み合わせて新しい薬物標的相互作用のより正確な予測を得ることができるようになる。この計算パイプライン的直結データ経路は実際に使われており、実在するデータ・セットの広域ネットワーク上で100万回を超えるインタラクションを数日行うことで、より改善された精度の結果を得ている。(ST,KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 347

DNGR-1の欠如は危険である (The absence of DNGR-1 is dangerous)

通常の1型樹状細胞(cDC1)は、壊死細胞の表面に現れたF-アクチンに結合するDNGR-1を介して組織損傷を感知することができる。DNGR-1活性化は”交差提示”、すなわち細胞外抗原と反応し、主要組織適合複合体クラスI分子を介してCD8+T細胞に提示するプロセス、にプラスに作用する。Del Fresnoたちは、DNGR-1を欠くマウスを研究し、DNGR-1も抗炎症効果を有することを見出した(SalazarとBrownによる展望記事参照)。DNGR-1はcDC1によるケモカインCXCL2の分泌を阻害し、それが次に好中球動員を制限する。したがって、DNGR-1は、細胞死検出を損傷制御の機構に結びつける。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. 351; see also p. 292

細胞レベル以上のケーブルが集団的な細胞運動を駆動する (Supracellular cable drives collective cell movement)

神経堤細胞は、発生中に脊椎動物の胚を通って広範囲に移動する。Shellardたちはアフリカツメガエルとゼブラフィッシュの胚を用いて、これらの間葉系細胞の凝集塊がどのように移動するかを研究した(Adameykoによる展望記事参照)。運動は、凝集塊の後部のまわりで収縮する細胞レベル以上のアクトミオシンのケーブルによって動力を与えられた。前部における同様の細胞レベル以上の収縮は、走化性信号によって阻止された。不均衡が細胞を再配列して、凝集塊全体が前へ押し出される。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. 339; see also p. 290

塗装して涼しく (Painting on the cool)

受動的放射冷却材料は熱を放出する。これらの材料は、日中の涼しさを提供することで空調設備の必要性を低減できるが、屋根およびその他の建物表面に適用することは往々にして課題が大きい。Mandalたちは、多孔質のフッ化ビニリデン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体を作製して、優れた放射冷却材料を作り出した。さらによいことに、この重合体はさまざまな表面への塗布や噴霧が容易で、良好な耐久性を持ち、また、色付けさえ可能である。このことは、この材料を高性能な受動的放射冷却材料として広範に使用することへの有望な候補にする。(MY,kh)

Science, this issue p. 315

量子インターネットの諸段階 (The stages of a quantum internet)

インターネットは、私たちの日常生活には欠かせないものであるが、未だ多くの欠点がある。中でも、通信が傍受され、情報が盗まれる可能性は重大である。しかし、もし、インターネットが量子情報-量子ビット-の伝送能力を獲得した場合、これらのセキュリティ上の懸念事項の多くが解決されるだろう。Wehnerらは、このいわゆる量子インターネットを実現するために何が必要かを概観し、そしてそのそれぞれが更に強力な応用に対応するような開発の諸段階を提案した。機能的な量子コンピュータをノードとし、量子通信チャネルを介して接続 された、本格的な量子インターネットは、未だかなり先であるが、最初の長距離量子ネットワークは既に計画されている。(Wt,kh,nk,kj)

Science, this issue p. eaam9288

自然に優しい母体 (A nature-friendly matrix)

人口が増大するに従い、我々はますます多くの土地を取得し、改変してきたが、人類以外の種に対してはますます少ない土地しか残していない。このことは明らかに持続不可能であり、自然を保護する土地の大きさは増やして、保全する必要がある。 しかしながら、やはり世界の広大な地域を保護されず改変されたままにしている。そんな景観が見込みのないものとは限らない。KremenとMerenlenderは、人間が改変した土地のほとんどを「生き生きした景観」として管理するために、生物多様性に基づいた技術がどのように利用できるかを述べている。生態系から利益を得るだけではなく、人類以外の種の維持と持続のために、この「生き生きとした景観」は人間に必要な物を供給し、そして生物多様性を維持することが可能である。(Uc,KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. eaau6020

電位依存性ナトリウム・チャネルの構造 (Structures of voltage-gated sodium channels)

神経細胞と筋細胞のような「興奮性」細胞において、電位差が細胞膜を横切る信号を伝達するために用いられる。この電位差は細胞膜内のイオン・チャネルの開閉により調整される。例えば、ヒトの電位依存性ナトリウム(Nav)チャネルにおける変異は、慢性痛、てんかん、不整脈のような障害と関係する。Panたちは、ヒトNavチャネルの高分解能構造を報告し、また、Shenたちは、ヒトにフグ中毒および貝中毒を起こす毒素と結合した昆虫のNavチャネルの構造を報告している。ともにこれらの構造は、ナトリウム・イオン浸透の分子的基盤への洞察を与え、構造に基づく医薬品発見への道を与える。(MY,kh,kj)

Science, this issue p. eaau2486, p. eaau2596

性差を評価する (Assessing gender differences)

危険を冒す意欲、忍耐、利他的行為、肯定的及び否定的互酬性、信頼などの、性別に伴う選好度の違いに何が寄与しているのだろうか? FalkとHermleは、世界選好度調査(Global Preference Survey)に参加した79の国々の8万人について研究し、このデータを、国内総生産および男女不平等指数のような国レベルの計量値と比較した。彼らは、女性が平等の機会を持てば持つほど、男性との選好度の違いが大きくなることを認めた。(MY,kh)

Science, this issue p. eaas9899

量子は古典をしのぐ (Quantum outperforms classical)

量子コンピューターは、ある種の計算問題を古典的コンピューターよりも効率よく処理できると期待されている。この期待は、計算複雑性理論における(根拠十分な)推察に基づいているが、量子的アルゴリズムと古典的アルゴリズムの能力を厳密に比較することは実行困難である。Bravyiらは、ある種の線形代数問題を解くのに並列量子回路に必要とされる「ステップ」数が問題の規模に無関係である一方で、類似の古典的回路に対してこのステップ数が問題の規模に伴って対数的に増えることを理論的に証明した(Montanarの展望記事参照)。このいわゆる量子優越性は、類似の古典的回路では再現できない量子相関を量子回路は実現できることに起因している。(NK,KU,kh,kj)

Science, this issue p. 308; see also p. 289

カーボン・ナノチューブが水中でのニッケルの働きを助ける (Carbon nanotubes help nickel work in water)

ほとんどの合成化学反応は、炭化水素由来の溶媒中で行われる。対照的に、酵素は、しばしば反応物を疎水性ポケットで取り囲むことで、水中で選択的反応を極めて優雅に行うことができる。Kitanosonoたちは、単一壁のカーボン・ナノチューブが同様に水中で単純なニッケル触媒を効果的にすることができることを示している。ナノチューブ表面におけるニッケル・イオンをキラルな配位子と界面活性剤に統合させて、アルドキシムと不飽和ケトンからのニトロン形成に対する高度にエナンチオ選択性の触媒が得られる。分光測定から、ナノチューブが疎水性環境の提供だけでなく、ニッケル中心で電子密度を高めていることが示唆される。(KU,kj)

【訳注】
  • アルドキシム:分子式 RCH=NOH、アルデヒドとヒドロキシルアミンの縮合化合物
Science, this issue p. 311

食塩水中でのトランジスタ検知 (Transistor sensing in salt solutions)

電界効果トランジスタ(FET)の表面における受容体への分子結合は、相互コンダクタンスの変化によって検知することができる。しかしながら、一般に生体分子と共に使用される生理食塩水は、表面から約1nm以内で起こる事象を遮蔽する電気二重層を作る。Nakatsukaたちは、大きな、負に荷電したDNAステム・ループ構造への結合を用いることでこの限界を克服した。そのループ構造は、リガンドが受容体へ結合することにより、高いイオン強度を有する溶液中でさえもFETで検知可能な構造変化を引き起こす。著者らは、グルコースのような中性分子やスフィンゴシン-1-リン酸のような双性イオン分子と同様に、人工脳脊髄液中のドーパミンのような荷電分子の検知を明らかにしている。(Sh,KU,kh,kj)

【訳注】
  • ステム・ループ構造:低分子RNAにしばしば見られる環状の一本鎖DNA部分と二重らせん構造のステム(幹)部からなる核酸の高次構造
  • イオン強度: 電解質溶液の活量係数とイオン間の相互作用を関係づけるための概念である. 溶液中のすべてのイオン種について、それぞれのイオンのモル濃度と電荷数の2乗の積を加え合わせ、結果を1/2にしたもの
Science, this issue p. 319

マヨラナ粒子のための鉄の家 (An iron home for Majoranas)

鉄系超伝導体FeTe0.55Se0.45の表面は、有望なトポロジカル超電導体であると確認されており、マヨラナ結合状態(MBS)と呼ばれる奇妙な準粒子のホストとなっていることが予想されている。Wangたちは、磁場の印加により形成された渦芯において、走査トンネル分光法を用いることにより、この材料中のMBSの痕跡を探した。彼らは、通常状態に加えて、MBSに関連する特徴的なゼロバイアス・ピークを観察し、その系におけるエネルギー規模を好適な比にすることにより、その2つを区別することができた。(Sk,kh,kj)

【訳注】
  • ゼロバイアス・ピーク:バイアス電圧がかかっていないときに観測されるトンネル電流のピーク
Science, this issue p. 333

ヒト卵巣の再構築 (Reconstituting a human ovary)

ヒト多能性幹細胞(hPSC)は、in vitroでヒト始原生殖細胞様細胞(hPGCLC)に誘導されたが、これはヒトのin vitro配偶子形成へ向けての第一歩である。Yamashiroたちは、異種再構築卵巣でhPSCをマウス胚性卵巣体細胞と共に培養することで成熟した配偶子を生成する段階に近づいた(Gillと Petersによる展望記事参照)。4ヶ月にわたって、hPGCLCは後成的再プログラミングの特徴を示し、ヒト卵母細胞の直前の胚前駆体であるヒト卵原細胞に非常に類似した細胞に徐々に分化した。この研究は、ヒト生殖細胞研究のための機会を創出し、ヒトin vitro配偶子形成の基礎を提供する。(KU,kj)

Science, this issue p. 356; see also p. 291

あなたを幸福にする政策 (Policies to make you happy)

政策の意志決定はしばしば、その価値を評価するための経済モデルを巻き込む。しかし、経済指標は、その国で実施されている政策を人々がどのように経験するかについて、完全には語っていない。展望記事において、Grahamたちは、幸福指標(生活満足度や幸福感に影響する因子を評価すること)を政策決定へ導入することの、見込まれる価値について議論している。彼らは、政策立案に幸福感への考慮を含めることで、労働力の将来的な持続可能性が確保されるかもしれないと提案している。(Sk,kh,kj)

Science, this issue p. 287

表面原子の超微細スペクトル (Hyperfine spectra of surface atoms)

非ゼロスピンを有する核と電子スピンとの相互作用は、小さな電子エネルギーを生成する。Willkeたちは、走査型トンネル顕微鏡の探針を用いて、酸化マグネシウム表面上で操作される鉄原子およびチタン原子に対する、これらの超微細相互作用を測定した。探針は、電子常磁性共鳴スペクトルを測定するためにも使用された。単一原子の超微細構造は、他の磁性原子に対する位置だけでなく、その原子の結合部位にも敏感であった。(Sk,kh)

Science, this issue p. 336