AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 21 2018, Vol.361

DNAを用いて象牙取引を解剖する (Using DNA to dissect the ivory trade)

アフリカゾウの象牙取引は数十億ドルの産業で、毎年最大4万頭の象の死亡につながっている。 Wasser たちは、DNAに基づく方法を使って、アフリカから象牙を密輸する大手輸出業者を突き止めた。彼らは、2006年から2015年の間にあった38の押収物を取り上げ、同一の象に由来するが別々に船積みされた牙のパターンと出現を見分けた。 調べた象牙のうちの28本が同じ象からの片方と考えられ、同じ象からの牙が、別々の船積みで同じ密輸業者によって出荷されることがしばしばあることを示唆している。 押収物の流通ルートの解析は、3つの大きな密輸ネットワークを明らかにした。DNA が一致した押収物の片方同士は、殆ど全ての場合、それぞれが 10ヶ月以内に同じ港を通過していた。(ST,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat0625 (2018).

覚せい剤乱用のまん延を分析する (Analyzing the drug abuse epidemic)

米国には拡大中の覚せい剤汚染が存在する。 Jalal たちは、38年間にわたって故意でなく覚せい剤を過剰に摂取して死亡した約 60万の人たちを分析した。 全死亡率は、指数関数的な増加曲線によく従ったが、このパターン自身は、背後に存在する幾つかの異なる覚せい剤の汚染を足し合わせたものである。 地理上の多発地は時間とともに拡大し、同様に、覚せい剤個別の人口統計的な違いも拡大した。(Uc,MY,ok,kh,nk)

Science, this issue p. eaau1184

自己最適化する反応器 (A self-optimizing reactor)

化学者は既知反応の条件調整に多大な時間を費やす。 温度と濃度の僅かな変化が生成物の収率に大きな影響を及ぼすことがある。 Bedard たちは、この骨の折れる仕事を自動的に遂行するフロー式の反応分析装置を発表した。 この装置系は、統合分析からのフィードバックを用いることで最適条件に収斂し、それは以降の高精度での適用が可能である。 加熱・冷却・撹拌・光化学的能力を持つ一連のモジュールを、広範な反応に対して配置することが可能だった。 これらの反応には、パラジウム触媒による均一・不均一クロスカップリング、還元的アミノ化、不活性雰囲気下での不安定中間体の生成が含まれる。(MY,kh,nk)

Science, this issue p. 1220

恒星振動は差動回転を示している (Stellar oscillations show differential rotation)

太陽は、赤道では極よりも速く回転する。 このプロセスは差動回転として知られており、黒点の動きに見ることができる。 日震学は、その効果が太陽の内部に及ぶことを示してきた。 他の星も同様の差動回転が起きているのかは、これまで測定することができなかった。 Benomar たちは、Kepler 宇宙船を用いて、数十の太陽型星の振動を長期観測した。 彼らは、振動を別々の周波数に分解することによって、差動回転の兆候を探した。 いくつかの星は、確かに極よりも速く回転する赤道を持つように見え、また、反対のパターンを示すものはなかった。(Wt,nk)

Science, this issue p. 1231

レーザーの不安定性を手なずける (Taming laser instabilities)

広域で高出力のレーザーは、しばしば、光共振器内での多モードの無秩序な妨害による不安定性に悩まされる。 このような不安定性は、最終的に、レーザの動作を制限したり、光共振器を損傷させることがある。 このような不安定性を最小化するための通常の取り組みは、光共振器内のモード数を制限することである。 Bittner たちは、不安定性につながる自己組織化構造の形成を妨げる、カオス(混沌)的な光共振器を設計した(Yang による展望記事参照)。 光共振器形状の境界条件を用いた、カオスでカオスと制すというこの手法は、高動作出力でレーザーを安定させる、強固な道筋を提供するかもしれない。(Sk,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1225; see also p. 1201

初期のずれが大きな変化につながる (Early shifts lead to big changes)

哺乳類は、形態学的に最も多様な分類群の一つである。 この多様性の根底にある独特な特徴の一つは、脊柱の変化性である。 脊柱は、高速疾走のための柔軟性から直立歩行のための支持機能までの、あらゆることを容易にしている。 Jones たちは、現代の哺乳類の祖先の分類群である、非哺乳類の単弓類、つまり哺乳類型爬虫類を研究した。 前肢機能が多様化するにつれて、脊柱は独特の部位を発達させた。 その後、これらの部位はさらに分化し、今日我々が目にする非常に多様な哺乳類の形態につながった。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • 単弓類:両生類から生まれた有羊膜類がさらに進化した分類群の一つで、有羊膜類は、哺乳類につながる単弓類と、鳥類を含む爬虫類につながる竜弓類に分岐した。
Science, this issue p. 1249

Cas9の標的区域を拡大する (Expanding the targeting space of Cas9)

CRISPR-Cas9 はガイドRNA と連携して、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)の隣にある特定DNA 部位を標的にして開裂する。 化膿性連鎖球菌由来のCas9(SpCas9)は、ゲノム編集に最もよく用いられるものであるが、PAMとしてNGG 配列(ここでN は任意の核酸塩基、G はグアニン)だけを認識し、その結果、標的になり得るゲノム内の領域を制限してしまう。 Nishimasu たちは、この制約に対処するため、NGG ではなくNG を認識するSpCas9 変異体を作った。 このSpCas9-NG 変異体は標的範囲を広げており、野生型酵素のような特異性を持ち、塩基エディターとともに用いることが出来た。 このためSpCas9-NG は、CRISPR-Cas9 ゲノム編集ツールボックスに対する強力な追加ツールであり、基礎研究から臨床治療まで広範な応用に役立つだろう。(MY,kh)

【訳注】
  • モチーフ:DNAやタンパク質中に認められる再出現単位。
  • Cas9:CRISPR技術で用いられる核酸分解酵素。
  • 塩基エディター:CRISPR技術を応用して、DNAを標的の位置で切断せずに解きほぐし、1つの塩基を別の塩基に化学的に置換するツールボックス。
Science, this issue p. 1259

ペロブスカイトの前途 (The road ahead for perovskites)

小面積のペロブスカイト太陽電池(PSC)は高い変換効率を示すため、商用デバイス開発の関心が高まっている。 Rong たちは、安定化対策、大量生産法、大面積膜に対する均一性確保における最近の進歩について概説している。 筆者たちは、印刷可能な三層メゾスコピックPSC に対して、1万時間を超える寿命が 1sun (1 kW/m2)の光照射下で報告されたことに注目している。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • 三層メゾスコピックPSC:色素増感型に属し、メゾスコピック粒径の多孔TiO2 粒子膜/スペーサー粒子膜/背面電極の炭素粒子膜、の三層が積層され、このすべてにペロブスカイトを染み込ませ、TiO2 とペロブスカイトの界面で光電変換がなされる太陽電池。 正孔輸送層が不要である特徴を持つ。 なおメゾスコピックとは、マクロとミクロの中間の、 5~100 nm程度の大きさを言う。
Science, this issue p. eaat8235

種間競争が群落の形を作る (Interspecies competition shapes communities)

哺乳類の腸内細菌叢は多様で動的であり、また、腸内細菌は食物摂取と薬摂取に対して敏感に反応する。 それでも、個人差が極めて大きいにかかわらず、健康な成人の細菌群落構成は時間に対して著しく安定な状態を保つ。 Garcia-Bayona と Comstock は、激烈で多様な競争にさらされて、空間と資源を得ようと争い、またその集団を維持するのに、腸内細菌種が用いている機構について概説している。 細菌は、一連の抗体、バクテリオシン、毒素、送達装置を進化させて、種間争いを可能にしてきた。 これらの細菌間武器は、同種細菌株を標的にするものから、幅広く作用する殺菌剤までに及ぶ、さまざまな特異性と幅を持つ。 この有毒装備の一式は、可能性のある治療法の開発に対して価値ある資源を提供する。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • バクテリオシン:細菌類が産生する、おもに同種や類縁種に対する抗菌活性をもったタンパク質やペプチドの総称。
Science, this issue p. eaat2456

鳥が縞模様を変える方法 (How birds change their stripes)

縞から斑点にいたるまで、動物はしばしば周期的な色模様を示す。離散的な胚領域(プレパターン)が、鳥類で観察される周期的な羽毛模様の形成に先行して生じる。 キジ目の鳥の縞模様の自然変動を記録した後、Haupaix たちは、ある種の模様を別の種に移すために長期の皮膚移植を行った(Prud'homme と Gompel による展望記事を参照)。 この方法は、局所的な模様調整機構より上流にある発生学的な位置指定目印に従って、周期的な縞模様の形成が行われることを明らかにした。 体節中胚葉はまず、色素生成遺伝子agouti の初期発現によって縞模様位置を指示し、次に、色素生成を分泌量依存的な様式で調節することで縞模様の幅を制御する。 このように、羽毛の模様形成には2段階のプロセスが作用している。(KU,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. eaar4777; see also p. 1202

より賢い合成生物学的回路の構築 (Building smarter synthetic biological circuits)

生物的な計算の基礎を成す論理機能を、遺伝子合成及び生物学的調節回路で可能にできる。 そして、合成生物学はまた、細胞挙動の制御にも用いることができる(Glass と Alon による展望記事参照)。 Andrews たちは数学モデルと計算アルゴリズムを用いて、標準化された構成要素を組み合わせて、プログラム可能な遺伝的順序論理回路を構築した。このような回路は、生細胞の生物学的チェックポイント回路と非常によく似た調節機能を発揮できる。 遺伝子調節を迂回するために用いる相互作用するタンパク質からなる回路 は、ゲノム改変せずに細胞経路と直接的に相互作用することができるかもしれない。 Gao たちは、お互いに調節し、がん遺伝子の活性化を含む多様な入力に応答し、信号を処理し、そして例えば細胞死に導くなどの応答を条件つきで活性化するタンパク質分解酵素を遺伝子操作で作った。 このプラットフォームは、将来の生物医学的応用のための「利口」な治療回路の開発を促進するはずである。(KU,MY,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 順序論理回路:現在の出力が現在の入力だけでなく、過去の履歴による影響を受ける論理回路のこと。
  • チェックポイント:生物の中で起こる過程の中で、ある素過程から次の素過程に進む条件が整わないと、次に進めない関門になっていること。
Science, this issue p. eaap8987, p. 1252; see also p. 1199

腸-脳の提携を解剖する (Dissecting the gut-brain axis)

腸内の細胞は、ホルモンの傍分泌作用を介して感覚情報を変換すると一般に信じられている。 Kaelberer たちは、よく研究された古典的な傍分泌による変換に加え、腸管内分泌細胞がまた、迷走神経求心路と共に、高速で興奮性のシナプスを形成することを見出した(Hoffman と Lumpkin による展望記事参照)。 このより直接的な腸-脳シグナル伝達回路は、神経伝達物質としてグルタミン酸を使用する。 このように腸を刺激する感覚性刺激は、食物選択に関連するものを含め、特定の脳機能と動作に影響を与えるよう、操作し得る可能性がある。(Sh,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 傍分泌:細胞間におけるシグナル伝達のひとつで、特定の細胞から分泌される物質が、血液を通らず組織液などを介してその細胞の周辺で局所的に作用する。
  • 迷走神経:延髄から出ている末梢神経で頸部・胸部・腹部に達して多くの内臓に分布する。 ここで求心路とは、末梢で検出した神経情報を脳に伝達する神経経路。
Science, this issue p. eaat5236; see also p. 1203

キラルなリンへの迅速な甘酸っぱい経路 (A swift citrusy path to chiral phosphorus)

DNAとRNAの骨格中のリン酸は、十字形のように描かれることが多いが、実際には四面体である。硫黄は時々、ヌクレオチドに基づく薬剤開発の際にリン酸酸素の1つと置換される。 その幾何構造のために、この交換は2つの異なる異性体に導ける。 Knouse たちは、目的に合わせてどちらかの異性体を選択的に生成する一対のリン試薬を報告している。 その能力は、その後に放棄される付加リモネン置換基の立体配置に依存した。 硫黄置換オリゴヌクレオチドへの経路を単純化できることに加えて、この試薬は、各異性体の異なる生物活性のより正確な研究を可能にするだろう。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1234

量子ビットの状態を記録する (Counting the state of a qubit)

量子コンピュータの演算は、誤り訂正の能力に依存している。 これは、通常、多数の量子ビットの高速、高信頼度な量子非破壊の測定が必要である。 Opremcak たちは、光子計数器を用いた超伝導量子ビットの状態決定の方法を記述している。 量子ビット状態を光子数として簡単に読み取り可能になれば、現在の方法に特徴的な嵩ばる構成部品と多大な付帯実験の必要がなくなる。(Wt,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 1239

芳香族分子の頑強な集合 (Robust assembly of aromatic molecules)

有機材料は高空隙率を示すことがあるが、このような構造は、しばしば高温で崩壊したり分解したりする。 Yamagishi たちは、3つのくさび型ジピリジルフェニルからなる対称型の外殻を持つ芳香族分子を合成し、高誘電率の溶媒で結晶化させた。 不安定なC-H…N 結合とファン・デル・ワールス力によって生じる複雑な孔壁構造を持つ多孔質結晶が形成された。 これらの相互作用が弱いにもかかわらず、この多孔質構造は202°Cまで安定で、崩壊後に溶媒蒸気に曝すことで回復できた。(MY)

Science, this issue p. 1242

初期動物の正体を確かめる (Confirming the identity of early animals)

最初の複雑な生物は、約6億年前のエディアカラ紀に出現した。 これらの生物の多くについての、分類学上の所属を見分けることは困難であった。 左右対称の楕円形の生物である、ディッキンソニアの化石は、特に分類が困難であった。 Bobrovskiy たちは、ディッキンソニアの化石から得られた脂質からなる生物指標化合物を用いて分析を行い、この化石が、動物だけにみられる指標であるコレステロイドをほぼ例外なく含んでいることを見出した(Summons と Erwin による展望記事参照)。 したがって、ディッキンソニアは動物の基部に位置する生物であった。 このことは、エディアカラ紀の生物相が、その後の、約5億年前のカンブリア紀に観察される、動物形態の爆発の前兆だったかもしれないという考えを支持している。(Sk,MY,kh,nk)

【訳注】
  • ディッキンソニア:エディアカラ紀の海中に生息していた最大の生物であり、1m 近い広がりをもつ扁平な形をしているが、化石の厚みは 3mm 程度しかない。
  • 生物指標化合物:生物起源の有機物。
Science, this issue p. 1246; see also p. 1198