AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 14 2018, Vol.361

鳥予報 (Bird forecast)

何十億羽もの鳥が、毎年、世界中で渡りをしている。そして、我々の現代の環境においては、多くの鳥が人工の構造物や乗り物と衝突している。 渡り事象の最盛期とその位置を予測出来ることは、そのような衝突を減らす我々の能力を大幅に改善するかもしれない。 Van Doren と Horton は、レーダーと大気条件データを用いて、北米で渡りをする鳥の最盛期とその動きを予測した。 彼らのモデルは、0から3000メートルの間の高度において、この頃のこれらの重要な事象を避ける計画作成と準備を可能にする7日前までに、鳥の渡りの様式を高精度に予測した。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1115

一緒にされた金属が活躍する (Metals brought together do more)

亜硫酸塩(SO32-)のようなオキシアニオン(負帯電酸素を持つアニオン)の酵素還元は、多数の電子と水素イオンを送り届ける必要があり、これは触媒と電子輸送用に仕立てられた補因子が成し遂げる芸当である。 この方策を足場タンパク質中で模倣すると、新規に設計可能な酵素の幅を広げるかもしれない。 Mirts たちは、天然のヘム補因子を含有する足場タンパク質を選択し、次に、2番目の補因子である鉄-硫黄原子団を結合するのに適した空洞を遺伝子操作で作った(Lancaster による展望記事参照)。 その結果作られた酵素は、計画的変異を経ることにより、天然の亜硫酸還元酵素に類似した分光特性と活性を持つ触媒へと最適化された。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 補因子:酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質。
Science, this issue p. 1098; see also p. 1071

速く自由に飛ぶ (Flying fast and free)

昆虫の飛行は、すばやく、機敏な場合があり、その空気力学的な詳細を研究することを困難にしている。 Karásek たちは、ミバエの動きを模倣できる、見事な機敏さを備えた、非拘束で、羽ばたき翼を持つロボットを設計した(Ruffier による展望記事参照)。 彼らは、きつい傾斜姿勢で旋回する際のロボットの動きを研究した。 その結果、旋回の間機体の向きは運動で生じる力を受けるだけで、それが機体軸の周りのひねりを生成することが明らかになった。 機体の左右の傾きをこのように補正することで、効率的な旋回に必要な回避の方向へと、ロボットを推進した。(Sk,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ヨー:右や左に向きを変える動きで、飛行機では垂直尾翼で操作。
Science, this issue p. 1089; see also p. 1073

代謝産物を感知するよう作られたタンパク質 (A protein designed to sense metabolites)

多くの病気は、特徴的な血中代謝産物変化を引き起こす。 Yu たちは、選択された代謝産物を酸化して、還元型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド・リン酸(NADPH)を生成することのできる試験紙検査について述べている。 デジタル・カメラが、NADPHの生成後、NADPH用に作られたセンサー・タンパク質の色変化を定量する。 このセンサー系は、フェニルアラニン、グルコース、グルタミン酸について、臨床現場での測定に成功した。 僅か 0.5マイクロリットルの血液を用いて、フェニルケトン尿症患者の血中におけるフェニルアラニン濃度が数分以内に分析された。(MY,kh)

【訳注】
  • フェニルケトン尿症:フェニルアラニンの代謝異常で体内にフェニルアラニンが蓄積し、脳の発達障害や毛髪や皮膚の色が薄くなる症状を来たす疾患。
Science, this issue p. 1122

世界的な森林破壊パターンを地図化する (Mapping global deforestation patterns)

農産物生産、林業、農業、山火事、都市化を含む、さまざまな要因が、森林損失を駆り立てている。 Curtis たちは、高解像度の Google Earth画像を用いて、2001年からの世界的な森林損失を地図化・分類した。 世界の森林損失の1/4強は、牛肉、大豆、パーム油、木繊維を含む、農産物生産のための永久的な土地利用の変化を通しての森林破壊によるものである。 地域的な差異、および政府・保護主義者・諸団体による損失をくい止める努力にも関わらず、農産物主導の全体的な森林破壊速度は、2001年から減少していない。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 1108

リボヌクレオチドがDNA修復を引き受ける (RNA takes over DNA repair)

DNAゲノムに対する損傷は、通常DNAを用いて修復されると考えられている。今回 Pryor たちは、はっきりした例外を述べている(Modesti による展望記事参照)。 彼らは、哺乳動物の非相同性末端結合(NHEJ)経路によるDNA二重鎖切断の修復の際、リボヌクレオチドがいつも決まって取り込まれることを見出した。 V(D)J 遺伝子再構成および Cas9がもたらしたゲノム工学を含むさまざまな状況において、NHEJに特異的な2つの「DNA」ポリメラーゼが、細胞内のリボヌクレオチドを選択的に付加していた。 このリボヌクレオチド付加が、ライゲーションの決定的な段階を促進し、その後DNAが置き換わり、NHEJ修復過程が完結した。(ST,MY,kj,kh)

【訳注】
  • NHEJ:DNA二重鎖切断の修復に利用される修復機構の1つ。
  • V(D)J 遺伝子再構成:免疫グロブリンやT細胞受容体の生成における遺伝子を再構成する仕組みのこと。
  • ライゲーション:DNAリガーゼを用いてDNA分子を連結する反応のこと。
Science, this issue p. 1126; see also p. 1069

メタマテリアルで量子へ向かう (Going quantum with metamaterials)

メタ表面(二次元メタマテリアル)は、極めて薄く平滑な表面で、バルク光学部品の置き換えを可能にするはずである。 メタ表面が量子光学分野へも拡張できることを、今回2つの論文が実証している。 Wang たちは、複数の光子をそのまま誘電体メタ表面に透過させ、散乱させて単一光子検出器に導入して、多光子量子状態を決定した。 Stav たちは、誘電体メタ表面を用いて単一光子ごとのスピンと軌道角運動量の間の量子もつれを作り出した。 これら成果はナノ光量子構築基盤上で動作する集積量子光学回路の開発に役立つはずである。(NK,MY,kj,kh)

【訳注】
  • メタマテリアル:ナノ規模の構造を設計することで、新規な物性が発現するようになった構造体のこと。
Science, this issue p. 1104, p. 1101

アリの毒液を解き明かす (Teasing apart ant venom)

アリの毒液は、主として、特性の解明がまだ進んでいないポリペプチドからできている。 Robinson たちはトランスクリプトミクスと、質量分析に基づくプロテオミクスを併用して、キバハリアリが持つ毒液の作用機構を究明した。 毒液ペプチドのほとんどは、多様な膜翅類昆虫が持つ毒素遺伝子スーパーファミリーに由来した。 2つのペプチドが哺乳類の痛みの原因であったが、それは2つの別の機構に依っていた。 ペプチドの1つは、痛みを引き起こす作用を持ち、また、このアリの餌であるコオロギの活動能力も奪い、それ故、防御にも捕食にも機能するものであった。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • キバハリアリ:オーストラリアに棲息し、尻に毒針を持ち体長 3cm近くにもなるアリ。
  • トランスクリプトミクス:特定の状況下において細胞中に存在する全ての mRNA(または一次転写産物)を解析する研究手法。
  • プロテオミクス:生体内の細胞や組織における、タンパク質の構造・機能を総合的に解析する研究手法。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau4640 (2018).

(IL-)2が存在するか否か? ((IL-)2 be or not to be?)

免疫学的T濾胞ヘルパー(TFH)細胞は、B細胞抗体産生とB細胞記憶の確立を支えるCD4陽性T細胞の亜集団である。 対照的に、非TFH細胞は、病原体遭遇部位での増強された自然免疫細胞の機能を調整する。 T細胞増殖因子インターロイキン-2(IL-2)が役割を果たしているかもしれないことを示唆する証拠があるが、TFH細胞または非TFH細胞への分化の根底にある因子はほとんど理解されていないままである。 DiToro たちは、IL-2レポーター・マウスを用いて、IL-2を産生する未活性CD4陽性T細胞が TFH細胞になるように運命づけられているのに対して、IL-2を受けとる非生産細胞は非TFH細胞になることを示している。 CD4陽性T細胞の運命決定はT細胞受容体の強さと関連しており、最も高いT細胞受容体信号を受け取った未活性CD4陽性T細胞のみがIL-2を産生することができた。(KU,kh)

【訳注】
  • レポーター・マウス:ある遺伝子が発現しているかどうかを判別するために、その遺伝子を別の遺伝子 (レポーター遺伝子) で組み替えたマウス。
Science, this issue p. eaao2933

4つの Ugi断片をまとめて操縦する (Steering together all four Ugi pieces)

ほぼ60年経過したウギ反応(Ugi reaction)は、アルデヒド、アミン、カルボン酸、イソシアニドの4つの分子構築要素を一緒に結合する極めて効率的な手段である。 各成分は独立に調整可能であるため、この反応は多様な化合物ライブラリーの構築に特に適している。 しかしながら、立体選択性が課題であった。 Zhang たちはキラルなリン酸が、高エナンチオ選択性を有する4成分の結合反応を触媒できることを示している(Rivaによる展望記事参照)。 理論からは、リン酸とカルボン酸を含む水素結合複合体がイミン中間体へのイソシアニド攻撃に対して、立体化学作用を用意することが示唆される。(KU,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ウギ反応(Ugi reaction):1959年にドイツの化学者 Ugi.I によって発見された反応。 4成分を混ぜるだけで新薬の原料となるジペプチドが合成される。
  • エナンチオ選択性:キラルなL体あるいはD体が優先的に得られる反応の性質。
Science, this issue p. eaas8707; see also p. 1072

においの同一性の表現 (Representing the identity of a smell)

我々は、未だににおいが広範な濃度にわたってその同一性をどのように保持しているかを知らない。 Bolding と Franks はマウスを研究して、嗅覚に対する二つの重要な脳領域である嗅球と嗅皮質中のニューロンの活動電位を同時に記録した。 におい情報は、嗅球において濃度依存が大きい表現から、嗅皮質においてほとんど濃度不変な表現に変えられた。 その根底にある機構には、「勝者総取り」の側方抑制が関与している。 嗅皮質の側枝回路において、主細胞は嗅球からの出力に迅速に反応し、反復抑制はその信号の強度依存性を抑制した。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 側方抑制:1つのニューロンが刺激を受けたときにその周囲のニューロンのパルス発生が抑制されること。
Science, this issue p. eaat6904

多層型有機素子を仕立てる (Tailoring tandem organics)

多層(タンデム)型太陽電池は、より広範囲の太陽スペクトルを利用することで高効率化が可能である。 有機半導体のバンドギャップは広範囲に渡って調整できるが、セルを直接接続する2端子素子の場合、発生電流がほぼ同等の必要がある。 Meng たちは、半経験的な解析を用いて、最上層と最下層のセルの活性層が適切に釣り合ったものを選択した。 彼らは、溶解法を用いて逆型多層素子を作製した。この素子は、17.4%という高い電力変換率を有している。(Wt,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 多層(タンデム)型太陽電池:異なる波長の光を吸収して光電変換を起こす電池セルを積層した構成の太陽電池。
  • 逆型:透明電極と対抗電極の間に、透明電極側から電子輸送層、活性層、正孔輸送層を持つ構成の太陽電池。 対抗電極に非腐食性金属を用いることができる利点を持つ。
Science, this issue p. 1094

ER-SURF、ミトコンドリアへのタンパク質の移入 (ER-SURF protein import into mitochondria)

真核生物細胞は、明瞭なタンパク質組成によって定義される膜結合型細胞小器官を含む。 ほとんど全ての細胞タンパク質は細胞質ゾル中で合成されるため、細胞小器官に常在するタンパク質は、細胞タンパク質の合成後、適切な位置にそれらを導かれなければならない。 Hansen たちは酵母での研究で、ER-SURFと名付けられたタンパク質標的設定の仕組みを明らかにした。 そこでは、小胞体(ER)の膜の広がりがミトコンドリア・タンパク質の「捕獲用の網」として働く。 この過程はミトコンドリア前駆体タンパク質を、ミトコンドリアへの効率的な移入へ向かうように、効率的に方向付けした。 このように、かつては相容れないタンパク質の行先と考えられていた2つの異なる細胞小器官は、タンパク質の局在化の際に協力する可能性がある。(Sh,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ER-SURF:小胞体表面からミトコンドリア・タンパク質を回収して、行き先をミトコンドリアへと変更する経路。
Science, this issue p. 1118

ガイア(地球生命体)が新しい状態に入る (Gaia enters a new state)

ガイア仮説によれば、生物とその無機的な環境は、地球上の生命ための条件の維持を助ける自己制御系を形作る。 Lenton と Latour は展望記事で、ガイアが新しい状態、Gaia 2.0 に入っていると主張している。 そこでは、人間は地球上の過程への自らの影響を認識し始めており、人間の行動を変容させて、地球上の生命のための条件を改善するだろう。 著者たちは、ガイアの基本的ないくつかの特徴と、自己制御し、人間の生命を支える惑星を維持する努力に対し、それらの特徴がどのような情報を与えることができるかを探っている。(Wt,nk)

Science, this issue p. 1066

植物における急速で、長距離の信号伝達 (Rapid, long-distance signaling in plants)

葉を食べる昆虫によって、ある葉に損傷を受けた植物は、他の葉に警告して先制防衛反応を開始することがある。 モデル植物であるシロイヌナズナでの研究で、Toyota たちは、この全身信号が、グルタミン酸受容体様のイオン・チャネルによって知覚される、グルタミン酸の放出で開始されることを示している(Muday と Brown-Harding による展望記事参照)。その後、このイオン・チャネルはカルシウム・イオンの濃度変化の連鎖を開始し、これが篩管組織系、および原形質連絡と呼ばれる細胞間チャネルを通って伝播する。 このグルタミン酸塩に基づく長距離シグナル伝達は迅速である。 数分以内に、損傷を受けていない葉は、遠くの葉の非運に反応することができる。(Sk,MY,ok)

【訳注】
  • イオン・チャネル:細胞膜にある膜貫通タンパク質の一種で、受動的にイオンを透過させるタンパク質の総称。
  • 篩管:水を吸い上げる導管(木部)と、葉で作られた物質を全体へ流す篩管(篩部)からなる、維管束とよばれる植物組織の構成要素。
  • 原形質連絡:植物や一部藻類の細胞壁を横切り、細胞間の輸送や通信を可能とする微小な流路。
Science, this issue p. 1112; see also p. 1068