AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 24 2018, Vol.361

微小管を構築するために切断する (Severing to build microtubules)

微小管は、チューブリン・サブユニットから構築された必須の細胞内ポリマーであり、細胞分裂の際に細胞形状を確立し、細胞小器官を移動させ、染色体を分離する。Vemuたちは、微小管切断酵素が微小管の軸に沿ってチューブリン・サブユニットのヘテロダイマーを切り取ることを示している。このナノスケールの損傷は遊離チューブリンの取り込みによって修復され、脱重合に対して微小管を安定化させる。切り取りが修復を追い越す場合、微小管は切断され、新鮮なチューブリンからなる安定化された末端が出現する。切断された微小管は、新しい微小管成長のための鋳型として作用し、微小管の数と量の増幅をもたらす。したがって、一見逆説的に見えるが、切断酵素は、神経発生および有糸分裂紡錘体構築などのプロセスにおいて微小管の量を増加させることができる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaau1504

漁業がなくなる? (Fishin' gone?)

気体の溶解度は気温が上昇するにつれて低下するため、地球温暖化は、海洋の酸素濃度低下を引き起こす可能性が高い。これは、魚の個体数、漁業、および世界全体で入手可能な食料の量に有害な影響を与えるかもしれない。そのような影響は、以前に起こったことがあるのだろうか? Yaoらは、大気中二酸化炭素濃度も地球全体の気温も高かったおよそ5500万年前のある期間、暁新世/始新世境界温暖極大期の硫黄同位体データを報告している。彼らは、広範な無酸素化と、その結果生じた、海洋生物に有毒な、硫化水素の高濃度化を見出した。同様の影響が、海洋生態系に深刻な悪影響を及ぼしたのかも知れない。(Sk,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 804

エンテロウイルスの隠れた真実 (Hidden truths of enteroviruses)

エンテロウイルスは世界の健康増進に重要であるが、エンテロウイルスの調査を行う国はほとんどない。Pons-SalortとGrasslyは日本の調査データを使用して、感受性の人と免疫性の人との比に関する相互作用をモデル化し、出生率と死亡率の低下、調査の不完全性、感染の季節性を説明している(Nikolay and Cauchemezによる展望記事参照)。モデルによれば、エンテロウイルスは予測可能であるが、顕著な非線形動態を示す。このモデルはまた、病原性の増加と抗原性の変化および伝達性に関する兆候を明らかにしている。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エンテロウイルス:一本鎖RNAウイルスで、腸管内で増殖する。感染しても何の症状も出ない人が多く,感染により免疫が得られる
Science, this issue p. 800; see also p. 755

ヒト疾患のモデルとしてのヒト (Humans as models of human disease)

マウスは、細胞シグナル伝達経路の機能を探索するための簡便なモデルである。しかしながら、時々、「天与の実験モデル」はマウスに過度に依存する危険性を強調する。RIPK1は、細胞死を調節するよく研究されたプロテイン・キナーゼである。複数の組織と器官におけるこのタンパク質の広範な役割のために、RIPK1欠損マウスは出生直後に死亡する。Cuchet-Lourencoたちは、原因不明の遺伝性免疫不全症患者を研究した(Pasparakis and Kelliherによる展望記事参照)。彼らは、4人の患者にRIPK1遺伝子の不活性化突然変異を同定した。マウスで見られていたものとは異なり、ヒトにおけるRIPK1喪失の有害な影響は免疫系に限定され、潜在的な治療上の意味をもつ知見であった。(KU,kh)

Science, this issue p. 810; see also p. 756

木星のオーロラ構造は月が駆動する (Moons drive structure in Jupiter's aurorae)

地球と同様に、木星にも高エネルギー粒子が大気と衝突して発生するオーロラがある。それらの入射粒子は、木星の月 Io と Ganymede から来た可能性がある。MuraたちはJuno探査機からの赤外線観測を用いて、その木星の月によって生成されたオーロラを画像化した。Io によって誘起されたパターンは、交互に続く、渦を想起させる一連のスポットを示しており、そのパターンは、時には、2つの弧に分裂した。Ganymede に関連するオーロラも二重構造を示す可能性がある。これらの予想されていなかった特徴の原因は不明のままであるが、これがどのようにして木星の月が高エネルギー粒子を生成し、また、その粒子が木星にどのように伝搬するかを検証する方法を提供できる可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 774

疾患における血液プロテオーム (The blood proteome in disease)

疾患におけるヒト血清タンパク質の機能を理解することは、その生成、蓄積および分布を追跡調査することの困難さにより制限されてきた。 Emilssonたちは、65歳以上の5000人を越えるアイスランド人のヒト血清タンパク質を研究した。血清の組成はタンパク質の複雑な制御ネットワークを含み、そのネットワークは大部分の或いはすべての組織わたって全体的に統合されている。著者らは、疾患と健康状態に関連するモジュールと機能グループを同定し、遺伝子変異を錯綜する疾患に関連付けることができた。(KU,kh)

【訳注】
  • プロテオーム:geneに対するgenomeと同じくproteinに対するproteomeでタンパク質全体を示す。細胞の状態、例えばがん細胞と正常細胞のプロテオーム比較によりがんの原因となるタンパク質を突き止めたりする治療法を見つけたりする。
Science, this issue p. 769

電子のウエディング・ケーキ (An electronic wedding cake)

量子ドットのようなナノ構造では、空間閉じ込めが電子に離散的エネルギー準位を強制する。量子化は外部磁場においても起こるが、そのときは電子のエネルギーがいわゆるランダウ準位(LL)に分離する。Gutierrezetたちは、グラフェン製の円形共振器において、これら2つのメカニズムと電子相互作用の関係を探索した。外部磁場が増加するにつれて、電子の量子状態は原子様状態からLL様状態に変わった。電子相互作用は、高磁場では、独特なウエディング・ケーキ様の電子密度形状を引き起こした。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ランダウ準位:磁場の中で荷電粒子がサイクロトロン運動するときに取り得る、不連続なエネルギーの準位
Science, this issue p. 789

国民の健康と国の発展 (Population health and national development)

健康な国民は生産的で安定的な国家に繋がる。ユニバーサル・ヘルス・ケア(普遍的健康管理制度:UHC)は実際的、倫理的な理想であり、社会的かつ経済的な進歩により、ほぼ達成可能と思われている。しかしながら、UHCは異なる文脈においては、違うことを意味している。最低限の目標は、いかなる個人でもまたは家族でも良質の医療サービスの利用によって経済的困窮を被るべきではない、ということである。Bloomたちは世界中の健康上の優先事項と、全ての人の健康管理利用を達成するためには技能・資金そして技術の観点で何が必要なのかを評価している。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaat9644

血液脳関門を形成する (Developing the blood-brain barrier)

中枢神経系形成の間、様々な信号は血管内皮細胞とニューロンおよびグリアによって動的に統合される必要があり、中枢神経系において機能的なニューロン-グリア-血管ユニットを確立させる。皮質形成の間、ニューロンDab1とApoER2受容体は、リーリンと呼ばれる誘導の合図に応答する。マウスの研究においてSegarraたちは、Dab1とApoER2が血管内皮細胞でも発現されることを見出した(Thomasによる展望記事参照)。内皮細胞とニューロンでのリーリン信号伝達の統合は、皮質形成中のニューロンの正確な配置に必要な血管、グリア、およびニューロン間の通信を促進する。この統合はまた、成熟した脳の血液脳関門の整合性に必要とされる神経血管ユニットでの正確な情報のやりとりに重要である。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • グリア:神経膠細胞とも呼ばれ、かつてはニューロン間を埋める梱包材と見られていたが、ニューロンの活動を感知し支配するなど多様な機能が明らかになりつつある。
  • リーリン:神経細胞の移動と発達中の脳での中での位置の固定の過程の制御を補助するタンパク質
Science, this issue p. eaao2861; see also p. 754

準結晶性グラフェン中のディラック・フェルミ粒子 (Dirac fermions in quasicrystalline graphene)

並進対称性はないが、回転次数を有することが可能な、準結晶格子は、結晶と無秩序固体の中間的な物質の電子物性を探索するのに用いることができる。Ahnたちは、12の回転次数を有する、正確に30°回転されたグラフェン二重層を成長させた。電子回折と顕微法により準結晶の形成が確認され、角度分解光電子分光により、準周期性を持つ異常な界面層の電子結合が明らかになった。このミリメートル規模の層は、もしかすると、可能性として他の基板に移すことができる。(Sk,kh)

【訳注】
  • 準結晶:ある種の高い秩序性を持つが、既存の周期性という概念に当てはまらない結晶
  • ディラック・フェルミ粒子: 自身が自身の反粒子ではないフェルミ粒子. ニュートリノ以外のフェルミ粒子はディラック粒子であると考えられている. なおこれはマヨナラ粒子の対立物である.
Science, this issue p. 782

酸を好む (A preference for acids)

二酸化チタン表面がさまざまな環境条件下で水にさらされると、秩序だった被覆層が生成する。Balajkaたちは、真空条件下と空気中で、水の吸着に対して走査トンネル顕微鏡とX線光電子分光法を用いて、この過程を研究した(Parkによる展望記事参照)。秩序被覆層は、有機酸(ギ酸および酢酸)の吸着の結果として、空気中でのみ生じた。空気中にはアルコールのような他の化学種がはるかに高い濃度で存在していたが、二配位吸着とエントロピー効果が酸吸着を有利にした。(MY.kh)

Science, this issue p. 786; see also p. 753

協同的な量子磁性 (Cooperative quantum magnetism)

量子光学において最も初期からの最も集中的に研究されている問題の一つは、二準位系 (原子)と単一光子の相互作用である。この単純な系はエキゾチックな光-物質の相互作用を, さらには超放射のような複雑な現象の出現を研究する上の貴重な基盤を提供するが, 後者は原子群の密度が増加して原子群の間の結合が増強される際に出現する協同効果である。Liらは、結合磁性系に対する類似の協同効果に類似した磁気協同現象を観測した。この結果は、量子光学の概念が継承でき、凝縮系におけるエキゾチック相の制御や予測に活用できるかも知れない ことを示唆している。(NK,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 794

向上したリチウム電池 (An elevated lithium battery)

リチウム金属と酸素に基づく電池は、リチウム・イオン電池より一桁大きなエネルギー密度を与える可能性がある。しかし、通常の稼働条件下では、リチウムは酸化して過酸化物や超酸化物を生成する。Xiaたちは高温では、各酸素分子に4つの電子が移動する過程により、リチウム酸化物の生成が有利になることを示している(Fengたちによる展望記事参照)。熱的に安定な無機電解質と、酸素還元と酸素発生反応双方に対する二機能性触媒の使用で、可逆性のくり返し使用が達成される。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 777; see also p. 758

水銀の吸い込み (Mercury sinking)

水銀は毒性が強く、地球全体にどこにもある汚染物質で、人の健康を著しく損なうことがある。ほとんどの水銀汚染は、石炭と他の化石燃料の燃焼および産業活動から大気に入ってくるが、それは総てどこに行くのだろうか? Zaferaniたちは、南極沿岸沖で得られた生物起源のケイ酸質堆積物(珪藻軟泥)を分析し、それらが驚くべき程多量の水銀を含んでいることを見つけた。この結果は、過去150年にわたる水銀放出の25%もの量が、このような堆積物中に捕捉されたのかもしれないことを示唆していて、海洋の生物ポンプが、地球規模の水銀循環に果たす可能性のある重要な役割を明らかにしている。(MY,kh)

Science, this issue p. 797

AI前進のための倫理的な方法(An ethical way forward for AI)

人工知能(Artificial intelligence AI)は、日常生活のなかに普及しつつある。今後5年間で、世界中の世帯の推定 55% が音声補助手段 を所有すると予想されている。さらに、医療診断やサイバーセキュリティ、そして、その他の応用でも、ますます AI に依存しつつある。展望記事において、Taddeoと Floridiは、これらの発展の倫理的な意味を議論している。特に、人間に対する目に見えない影響と、人間の自己決定を守る必要性について論じている。AI の設計や規制、使用に関して情報を与える基本的な倫理原則を開発し始めるための世界的な新しい計画が始まっている。AIの倫理規定には、AIが個人と社会に利益をもたらし、尊重することを保証するため、 危険を特定し、望ましくない結果を避けるための先見性のある方法論が含まれていなければならない。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 751

睡眠不足はどのようにして体重増加に導くのか (How sleep loss leads to weight gain)

慢性的睡眠不足は、健康上悪い影響を与えることがある。これには体重増加および2型糖尿病が含まれる。重要な代謝組織内での根底をなす分子過程のせいと考えられている。Cedernaesたちは、不眠と通常睡眠で一晩過ごした後の15人の白人青年から採取された脂肪組織と骨格筋組織の試料において、DNAメチル化のような分子変化を比較した。この2つの組織型は大きく異なる応答を示した。筋組織では、不眠は代謝経路を下方制御することで、骨格筋の分解を高めた。しかし脂肪組織では、睡眠中断後に同じ経路が上方制御された。このため睡眠不足は、脂肪組織をプログラムしなおして脂肪貯蔵を増加させるのかも知れない。(MY,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aar8590 (2018).

追加の細胞周期チェックポイント (An additional cell cycle checkpoint)

細胞分裂は、G1/S、G2/Mおよび中期/後期の移行を含む、細胞周期段階の時間順序を調整するチェックポイントによって制御されている。しかし、第4の基本的な移行(S/G2移行)に対する制御機構は知られていない。Saldivarたちは、S/G2移行を調整する、スイッチのような制御機構を報告している。チェックポイント・キナーゼATRは、S期において進行中のDNA複製を感知して、有糸分裂の転写ネットワークを抑制し、S期のDNA複製が有糸分裂前に完了することを保証している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 806